始まりの鼓動
ブリューゼが住んでいた村から東へ歩くこと一週間。ようやく目的地となる穴兎の獣人たちが住むと言う場所へとたどり着く。
「この辺りに住んでいるんですか? それらしき入り口も痕跡も見当たらないですけど」
「あぁ、穴兎たちは地下に穴を掘って住んでいる。それは外敵から身を守るためであり、さらには入り口も定期的に変えているから見つけるのは困難だ。鍵があればあっちから来てくれるんだが……」
「慎重な方々なんですね」
フローラが感心しながら手を地面に触れる。それが何を意味するか理解できていないブリューゼが首をかしげるなかフローラは目をそっと閉じてしばらく動かなくなる。
「なんとなくですけど、分かった気がします。行ってみてもいいですか?」
目を開いたフローラが笑顔で言うとブリューゼは驚いた顔で頷く。
「物質なんかの魔力の流れを探るのって集中力も使うんですけど、自身の魔力を慎重に広げていく必要があるんで意外に魔力を使うんです。たぶんですけどフラムの力に私が馴染んできているから探れる範囲が広がったのかもしれないです」
驚いていたブリューゼに説明しながら歩くフローラは何でもない雑木林の間で足を止める。そして掌を上に向けるとブリューゼたちの方を見る。
「この地面の下に魔力の痕跡が向かっているんですけど……穴兎の方々を呼ぶ方法とかはあるんですか?」
「本来は穴兎たちが持つ月の水晶を持っていれば迎えが来てくれる。だが今は持っていないから強引に呼ぶしかないな」
「強引ってそんなことをしたら嫌われませんか?」
「まあよくは思われないだろうが、あとは話し合いだな」
ブリューゼの答えにフローラは眉を下げて困った顔をして落ち葉の広がる地面を見つめる。少しだけ考える素振りを見せたあとブリューゼとネーベの方を向く。
「ちょっと練習はしたんですけどまだ安定しないんで離れてもらえますか?」
「何をするつもりだい?」
「落ち葉を飛ばして入り口をさらけだしたら出てきてくれるかなって」
不安そうに尋ねるネーベに応えるとフローラは掌の上に炎を生み出す。そのまま炎が揺らいだかと思うと高速で渦を描き始める。炎の渦が空気をかき混ぜ生まれた風が周囲一帯に吹き荒れフローラを中心に落ち葉が飛んでいってしまう。
落ち葉がなくなった地面にはよく見ると不自然にズレた四角い線があり、それを見つけたフローラが近づこうとしたその瞬間、地面が勢いよく開いたかと思うと二つの影が飛び出してくる。
驚くフローラの前でブリューゼが左足の蹴りと右手で二つの影を押さえつける。
「何者だ!」
「我々穴兎の住処を荒らす者は許さないぞ!」
ブリューゼに押さえつけられバタバタと暴れるのは身長で言えば100センチ程度だが長い耳を含めれば130センチ程度の丸い体をした兎である。
手に持つ槍を振り回しブリューゼから逃れた2匹の穴兎たちはしなやかに着地すると、丸い目で必死に敵意を持ってにらむ。
「驚かせてしまってごめんなさい。どうしても会いたくて」
「うるさい! 僕らの住処を荒らす者は排除だ!」
「そうだ許さないぞ! 我ら穴兎の門番がここは通さない!」
謝るフローラだが聞く耳は持たないと、長い耳をバタバタさせた穴兎たちは槍を構え足を曲げ体を沈めるとバネのように跳ねる。
その素早い動きに反応したブリューゼが飛び出す一方で、スピードについていけないフローラは思わず目をつぶって身を縮めてしまう。
━━ドックン
心臓が大きく1回鼓動する感覚。本来なら生きている限り当たり前に動いている心臓だが、改めて鼓動を開始したかのような挙動は全身に新たな血を送り込む感覚をもたらす。
自分の体に走った感覚に驚き目を開いた瞬間、フローラ自身にもはっきりと分かるほどの魔力が体内を駆け巡り周囲に解き放たれる。
先ほどの風とは違い周囲に広がる魔力の圧は木々を揺らさず落ち葉を巻き上げることもないが、当てられたものたちはその圧に本能で危険を感じあるものは身をすくめ動けなくなり、あるものは逃げ出す。
バサバサと一斉に鳥が飛び出し様々な色の羽根を散らしながら空へと飛んで行ってしまう。
「ふえっ」
自分でも何が起きたのか理解できていないフローラが体内から抜けた力に驚き気の抜けた声を出すが、ブリューゼは立ち尽くし穴兎の二人は戦意を喪失しうつ伏せで頭を押えて震えている。
「いっ今のはなんだ……」
「えーっと、うまく説明できないんですけど……たぶんドラゴンの力があふれたというか馴染んだというか」
目を丸くして驚くブリューゼに困惑気味に応えるフローラが自分の手を前に出すと炎を生み出す。
掌に収まりきれない炎が生まれフローラの手を包む。
「うわぁ、火力が上がってる」
自分の手にある炎に驚くフローラが怯える穴兎たちを見ると、目が合った二人は頭を地面につけたまま後ずさりする。
「ど、どうか命だけは! 仲間の命だけは見逃してください!」
「我らの命でご勘弁を!」
ガタガタ震えながらも命乞いではなく、仲間の身を案じる二人にフローラは慌てて手を上下に振って炎を消すとしゃがむ。
「そんなことはしませんよ。それよりも驚かせてごめんなさい」
謝るフローラをおそるおそる見上げた穴兎の二人は、長い耳をペタンと垂らしたままじっと見つめる。
「私はこちらの狼人族であるブリューゼさんの仲間を探していて、ここにいると聞いたので訪ねたんです。どうやって呼べばいいか分からなかったので乱暴になったことは謝ります」
体を起こすとコロンとでんぐり返りをして座った穴兎たちは、まだ耳を垂らしまま不安げな瞳でフローラを見つめる。
「な、何もしない?」
「何もしませんよ」
おそるおそる尋ねた穴兎にフローラが微笑んで応えると二人はガシッと抱き合う。
「怖かったぁ~」
「もうダメかと思ったぁ~」
「え、えーと……本当にごめんなさい」
抱き合って泣く二人を見てフローラは心底反省して謝罪の言葉を述べるのだった。