突然のことに困惑を隠せないわけです
音がした方へと急ぐ二人、先頭を走るブリューゼが後ろにいるフローラに手を広げ止まるように合図を送る。
立ち止まったフローラが自分を守り立つブリューゼ越しに倒れているものを見つめる。
「ヘビ?」
体の白い巨大な蛇が目を回して倒れているのを見たフローラの声に反応したのか白ヘビが体を震わせながら頭を起こす。
細く長い瞳孔をさらに細くした白ヘビが目の前にいるフローラとブリューゼを見下ろす。
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
フローラが謝ると白ヘビは瞳孔を広げて驚いた様子を見せたあと、まぶたを閉じ一呼吸置き再びまぶたを開ける。
「なるほど悪意は感じないな」
白ヘビの放った言葉にフローラは頷いて肯定すると、白ヘビは二人を順に見ていく。
「獣人は分かる。だが娘……お前は何なのだ? 底知れぬ力を感じる」
「ごめんなさい上手く説明できる自信がないんですけど、ドラゴンの力を持つ人間です」
「ドラゴンの力を持つ人間だと? 人間がドラゴンの力を使うなど俄かには信じがたい」
白ヘビの言葉に対しフローラは首を横に振る。
「信じてもらうしかないです。私たちがあなたに対して敵意がないことも含めて」
フローラの真っ直ぐな視線を受けた白ヘビは目を自身の額へと向け、本人には見えてはいないが黒く焦げている額からくる痛みを感じ唸ってしまう。
「う、うむぅ……我に軽々とダメージを与える力を前にすれば信じざるを得ない。だがドラゴンとも違った違和感も感じるのだ」
白ヘビに対してニコッと笑顔で応えたフローラに、これ以上は追及しないでほしいと言う警告にも感じた白ヘビは口を閉じ言葉を飲み込む。
「して……いや待て、この姿では会話するのに不便か」
そう言った白ヘビの体が光に包まれると蛇の形から人型へと姿を変える。
「うむぅ、この姿は数百年ぶりか。足があるのは慣れぬ感覚よ」
白い短髪の髪をボリボリとかきながら足で地面を踏みながらぼやく青年は金色に輝く瞳でフローラたちに近づいてくる。
警戒するブリューゼを無視してフローラのもとへとやって来た白ヘビの青年は片膝をついてフローラの手を取ろうとするが、フローラは大きく後ろに下がってしまう。
「なぜ逃げる」
「なぜって私が聞きたいです。なんで上半身裸なんですか!」
「あ? あぁ」
ズボン以外何も着ていない自分の上半身と、少し頬を赤くするフローラを見て首をかしげる白ヘビの青年は口を開く。
「人に接するマナーとしてズボンは穿いたんだがな。そもそも普段裸であるから気にならないんだが、まあ気になると言われれば改めよう」
いまいち理解も納得もしていないと言った様子だが、胸元に手を当てるとそこを中心に生まれた真っ白なカッターシャツが身を包む。
「なんでそんなに胸元を開いているのか分かりませんけど裸よりはましです」
胸元を大きく開いた着こなしに不満は残りつつも諦めたフローラの隣では、初めて出会ったとき上半身裸だった自分は問題なかったのかとやや困惑気味のブリューゼがいたりする。
そんな二人を無視して白ヘビの青年は再びフローラに近づき手を取ると、片膝をつく。
「我の名はヴァイツ。強く麗しき貴女の名をお聞かせ願えぬか?」
「え、えっと……フローラです」
「フローラか、素敵な名前だ」
敵意がなくなった途端、思ってもいなかった行動に出たヴァイツに困惑するフローラだがそんなことはお構いなしにヴァイツはフローラの手に唇を近づける。
「おい、お前何をする気だ?」
「何って挨拶だが?」
ヴァイツの額を手で押えて苛立った様子を見せるブリューゼに、手を握られたままのフローラは困惑する。
「そんなことを言いつつ噛みついて毒で苦しめようって魂胆じゃないか?」
「失礼な。我が認めた相手にそんな失礼なことをするわけなかろう」
ブリューゼに不満顔のヴァイツが立ち上がって向かい合う。
「我は強き乙女が好きだ。更に知的とあれば見過ごすわけにはいかん。ゆえにこの場で求婚を申し込むのだ」
「はぁぁっ⁉」
突然の求婚に混乱して頭を抱えるフローラよりも声を上げて不満を露わにするブリューゼの声が森に響く。
「と言うわけだ。フローラ、我と⁉ おい獣人なにをする」
「うるさい! 勝手なことをするな。フローラは俺が仕える大切な方だ! 勝手なことは許さん」
「ただの従者が文句を言うな。我はフローラと話をしている」
「んだとぉ‼」
険悪な雰囲気になる二人をどうしていいか分からず、困惑してしまうフローラの背後から現れたネーベがブリューゼとヴァイツを見てわざとらしくため息をつく。
「あたしからしたら二人ともダメだね。フローラを困らせている今が見えない男どもが何を言っても説得力なんてありゃしないね」
「うっ」
「ぐっ」
ネーベの一言に押し黙ってしまった二人が同時にフローラに目を向ける。二人の視線を受けてフローラが苦笑いをするとブリューゼとヴァイツはがっくり肩を落としうなだれる。
「ま、まあとりあえず落ち着きましょう」
「はい」
「うむ」
今だ苦笑いのフローラの言葉に二人は素直に返事をするのだった。