二人は思わぬ展開に振り回される
目の前に置かれたお茶を見つめて戸惑いの色を浮かべるブリューゼが隣に座るフローラを見る。その目はどうしていいか分からずに助けを求めている。
「せっかくのご厚意なんで飲みましょうか」
フローラの言葉に背中を押されたブリューゼは、恐る恐るカップを手に取ると不器用にカップを口へと運ぶ。
「熱っ」
舌を出して熱がるブリューゼを見てクスクス笑ったフローラが目の前に座っているネーベを見る。
「迷惑をかけた上にお茶までごちそうしていただきありがとうございます。あまり長居をすると迷惑をかけるのですぐに帰ります」
「迷惑だなんて思ってないさ。むしろお礼を言いたいくらいさ、嫌味ったらしいクリヒケイトの情けない姿を見られてあたしはスカッとしたね!」
拳を握って熱く語るネーベに笑顔で応えるフローラだがすぐに目を伏せる。
「ネーベおばさんはそう言ってくれますが、私は村の人から嫌われたみたいです。仕方ないんですけどね……」
力なく笑うフローラを見てネーベは小さく頷く。
「皆クリヒケイトのことが嫌いだけれどもあれでもこの土地の領主なわけだしね。無駄にプライドだけは高いから今後の報復を考えればこの反応は当然ではあるさね」
ネーベの言葉にフローラはさらに肩を落として落ち込んでしまう。
「こんな田舎に住んでいて老い先短いあたしが偉そうに言えた義理じゃないけどさ、他人のことも大切ではあるけど最初と最後に考えるべきは自分のことだと思うんだがね。フローラに楽しく生きていく権利はあるんじゃないかい? そのために皆に好かれる必要はないさ」
そう言いながらフローラの前に置いてあるカップを押す。
「そりゃあ嫌われるよりは好かれたいに決まってるけどさ。全員に好かれるなんて土台無理な話でもあるのさ。それよりもフローラの今後を考えようじゃないかね。あんたもそう思うだろ?」
ネーベに話を振られるとは思っていなかったブリューゼがむせて咳き込む。
「ケホッ、そ、そう思う……」
「そうだろそうだろう。」
咳き込みながら頷くブリューゼを見て、満足そうにニカッと笑うネーベにつられてフローラも笑顔を見せる。
「いいかいフローラ。あんたは嘘をつくような子じゃないのはよーく知ってる。城へ勤めてからの2年間の話をあたしは信じてるから」
そう言ってネーベがフローラの両肩に手を置く。
「フローラのやったことは間違ってない! あんたのお母さんだって間違いなくそう言うはずだよ。だから胸を張って生きるといいさ」
ネーベの言葉を目を大きく開いて聞いていたフローラだったが、目を潤ませると目元押さえて何度も頷く。
「色々あって大変だっただろうし辛かっただろう。これからも大変だとは思うけど自分の信じた道を進むといいさ」
「はい……ありがとうございます」
我慢できずにあふれ出した涙をぬぐったフローラは、ぎこちない笑みを見せ頷いてネーベに応える。
「さあそれじゃあこれから忙しくなるね」
勢いよく立ったネーベをフローラとブリューゼが目で追うとネーベは鼻息荒く腕をまくる。
「何を呆けた顔をしてるんだい? あたしも一緒に行くさね」
「えっ!?」
「なに?」
「なにさその反応は。あたしがついて行たら何か不都合があるってのかい?」
ネーベがジト目でブリューゼを見て圧をかけると、ブリューゼは体をのけ反らせてタジタジとなってしまう。
「でもネーベおばさん、私たちについて行くって家はどうするんですか?」
「そんなの捨てて行くに決まってるさ」
「え? 捨てる!? そ、そんな」
当然と言わんばかりに答えるネーベにフローラは驚きあたふたとする。
「なにさフローラもあたしが邪魔だってのかい?」
「いっ、いえそんなことじゃなくて。家を捨てるって」
フンッと顔を逸らしわざとらしく怒ってみせたネーベだが、慌てて否定するフローラを見てすぐに可笑しそうに笑みを浮かべる。
「うちの爺さんがいつか旅に出たいって言って口癖のように言っててさ。そのときは一緒に行こうと何度も言ってたくせに先に空へ旅立っちまうんだから最後まで困った人だよ」
突然の身の上話についていけずに唖然とする2人を置いてネーベはニヤリと笑う。
「じいさんの分も旅に出たいって思ってね。ちょうどいい機会だからあたしもフローラについて行くってわけさ」
口をポカンと開けるフローラとブリューゼが顔を見合わせる。
「もしかして私たちをかくまったせいで━━」
「その言い方は自意識過剰ってやつさ。フローラに関わったから出ていくんじゃなくて、フローラと出会ったからこの年でも旅に出ようと決心できたのさ」
そう言ってウインクするネーベにフローラは肩の力を抜いて微笑む。
「よろしくお願いします」
「はいよ。ブリューゼのお兄ちゃんもよろしく頼むよ」
ネーベに背中を叩かれて戸惑いながらもブリューゼが頷くと、ネーベは満足げにブリューゼの背中を叩く。