仕える者
何を言っているか分からないが、大きな声が友好的なものではないのは村に流れる空気で察することが出来る。
フローラは物陰に身を隠しながら村の入り口の方をのぞき込む。
フローラの視線の先には細身な手足に、銀色に輝く立派な鎧を着た男を中心にした四人の兵の姿があった。
「我らは王の命でここに来た! この村に重罪人であるフローラの家族はいるか!」
頬のコケた口を大きく開き大声で叫ぶ男は口ひげを撫でながら集まって来た村人たちを見渡す。
「この通り王から直々に悪党フローラ捕らえよとの御達しがきている! 本人はもちろん家族も庇う者は同罪と知れ!」
広げた令状を手で叩きながら自慢気に見せびらかす男をじっと見るフローラの肩が叩かれる。振り返ったフローラにネーベが微笑みかける。
「フローラ逃げるんだよ」
そう言ってネーベは表に出ていくと、唾を飛ばしながら村人を怒鳴り散らす男の元へと歩みを進める。
「これはこれはアンシー・クリヒケイト様。ご自身の領地とは言えこのような田舎にまでご足労いただきありがとうございます」
わざとらしく話しかけるネーベを、クリヒケイトと呼ばれた口ひげ男は怪訝そうな表情で見る。
「なんだお前は?」
「あたしゃあただの村人ですよ。それよりも前にお役人様にこの間フローラの家族について報告したと思うんですがね」
ネーベの言葉を聞いたクリヒケイトは後ろを振り返り部下たちを睨むと、一人の部下が前に出て来て何やら耳打ちする。
険しい顔つきになったクリヒケイトが部下を乱暴に押しのけるとネーベの元へと大股で歩いてくる。
「いいか婆さんよ、そんなことは百も承知だ。俺様が言いたいのは、極悪人であるフローラをかくまっている者がいるんじゃないかと、そう言うことだ。村人ってのは家族みたいに群れるからな、知的な表現が分からんか?」
鼻で笑ったクリヒケイトは顎を使って指示を出すと、四人の兵が前に出て槍の穂先を村人たちに向ける。
「いいかよく聞け! これより10数える。その間に極悪人フローラに関する情報を提供しろ! できなければこの村を焼き払い全員処刑とする!」
あまりにも理不尽な宣言だが領主であるクリヒケイトの人となりを知っている村人たちは口答えするよりも青ざめて動けなくなってしまう。
そしてそれはフローラも同じであり、このままだと村が危ないと身を潜めたままクリヒケイトが愉快そうに始めたカウントダウンを聞くことになる。
「ごぉ〜、よ〜ん。ほら誰か出てこなくていいのか? みんな処刑だぞ! おっと、い〜ち!」
煽りながらのカウントダウンは理不尽に進みすぐに最後の1を迎える。
誰しもが終わりのときを迎えたと目をつぶったそのときクリヒケイトたちの前にフローラが立ち塞がる。
突然現れたフローラにネーベをはじめ村人が驚きの表情を見せる。
「なんだぁ〜お前は?」
しかめっ面で睨むクリヒケイトをフローラは睨み返す。
「なんだ小娘。このクリヒケイト様に対して随分と生意気な目をするじゃないか」
口ひげをさすりながらフローラを観察するクリヒケイトの横に来た兵が耳打ちをする。
「な、何!? それは本当か!」
耳打ち中に驚き目の前にいるフローラを二度見したクリヒケイトがニヤリと笑みを浮かべる。
「お前がフローラなのか?」
「そうです、私があなたの探しているフローラです」
「やはり村人がかくまっていたか」
「いいえ、私は今帰ったところです。村のたちとは関係なく隠れて家に忘れ物を取りに来ただけですから」
「嘘をつけ! そんなのは何とでも言えるだろ。それよりも運が向いてきたぞ。お前を捕らえて王に引き渡せば褒美がたんまりもらえるわ。ましてその相手がこんな小娘とは、笑いが止まらんわ」
口を押さえ笑いを堪えるクリヒケイトがフローラを指さす。
「あの小娘をひっ捕らえろ!」
クリヒケイトの号令に一斉に飛びかかる兵たち。それを緊張した面持ちで見るフローラは、掌を地面に向ける。
一瞬赤く燃え上がった掌から放たれた炎は爆発と共に地面を大きくえぐり窪みを作る。
突然起きた爆発に驚き腰を抜かした兵たちが座り込み、目の前に出来た窪みを見て歯を鳴らして怯える。
「な、なんなんだ小娘その力は……。王国のエリート集団並みの力を持つだと」
「次は本気を出します」
フローラの言葉にクリヒケイトは目を丸くして足を震わせる。
「これで本気じゃないだと……ええいこのままコケにされてたまるか! いけ! お前たち行くのだ! 行かなければ全員処刑だ!」
進んでも死、進まなくても死が待っているという状況で槍を握った兵たちが一斉にフローラに襲いかかる。
穂先がフローラに近づき、反撃を躊躇するフローラが掌に力を込めたそのときだった。風を切る音と共に二人の兵が吹き飛び地面を滑って気絶してしまう。
残る二人の兵たちが止まったのも束の間、穂先が踏まれ槍が折られると鋭い爪を持った手が顔を掴みそのまま兵を投げる。
呆気に取られる最後の兵の首筋に鋭い回し蹴りが放たれ、兵は地面に伏せたまま動かなくなる。
フサフサの尻尾を揺らし蹴りを放った足を静かに地面につけたブリューゼは青い瞳をゆっくりとクリヒケイトに向ける。
「まっ、魔族!? な、ななななんでこんなところに魔族がっ!」
尻餅をつき、唾を飛ばしながら手足をバタバタとさせるクリヒケイトに鋭い犬歯を向けたブリューゼが恭しくお辞儀をする。
「俺の名はブリューゼ。誇り高き狼人族の魔族であり、こちらにいらっしゃるフローラ様に仕える者」
「はひぃ!? まっ魔族が人間に仕える!? ど、どういうことだ」
「下賤な人間ごときが知ることではない。どうせお前は俺に狩られるのだからな」
驚き手足をバタつかせるクリヒケイトを見下ろすブリューゼの背後では、自分に仕えるなどと突然のブリューゼの宣言に、クリヒケイト以上に驚いているフローラの姿があった。