別れと出会い
腕でフローラの首を絞めるブリューゼが部屋に入るなり槍を向ける兵たちと、その後ろで今の状況を見て驚きの表情を見せるマリアージュとサマトリアを睨みつける。
「何これ? どういう状況? 何でここにフローラがいるわけ?」
喋るマリアージュに首元を絞められ、苦しそうな表情のまま目だけを向けるフローラの背後にいるブリューゼが声を上げる。
「それ以上動くな! 動けばこの娘の首をへし折る!」
ブリューゼの言葉に一番驚いたのはフローラであり青ざめた顔で自分を絞めるブリューゼの腕を掴んで逃げようともがく。
「なぜにブリューゼくんが拘束を解いて動けているのか、フローラくんがここにいるのか。色々と知りたいことはありますが、今はこの場を治めるのが先ですね」
「そうですね。というわけでやっちゃってください。あの獣人は最悪死んでもいいけどフローラはやっちゃだめだからね。あぁでも生きてて両手があればいいんで足くらいは吹き飛ばしても構わないから。じゃっ、よろしく~」
軽いマリアージュの命令で兵たちが槍の穂先を向けてにじり寄る。
「言っただろう動けばこの娘の首を折ると」
睨みを利かせるブリューゼの発言に躊躇した兵たちが足を止めてブリューゼを睨む。
「ふ~ん、めんどいことするなぁ」
腕を組んでいたマリアージュが右手の掌をブリューゼに向ける。
「氷漬けってどんな気分だろね。フローラ、あとで聞かせてねっと『アイスボール』!!」
氷の球がマリアージュの掌の前に生まれると、真っ白な煙と氷の欠片をまき散らす爆発が起き氷球が飛んで行く。
突然のことに目を見開くブリューゼとフローラだが、その間に真っ赤な炎が割り込み氷球を受け止める。
「フ、フラム⁉」
攻撃に身構え緩んだブリューゼの腕から必死に叫ぶフローラの目の前では、全身に炎をまとって氷球を受け止めるフラムの姿があった。
「ぎゅぎゅぎゅっううっ!!」
「はっ? なんでドラゴンの子供がこんなとこにいるわけ?」
驚きつつもすぐにニヤリと笑みを浮かべたマリアージュが再び右手を開きフラムに向ける。
「ドラゴンの子供! なんて素敵な研究材料なの。どう切り刻んじゃおっかな」
マリアージュはお気に入りのおもちゃを見つけた子供の用に目を輝かせる。
「素材がいっぱい! 『ウインドバインド』」
マリアージュの掌から緑の球体が放たれフラムの頭上に達するとはじけ、数本の風の帯がフラムに絡みつく。風の帯に身を捕らえられ集中力が散ったフラムは受け止めていた氷球に負けて地面に叩きつけられる。
「フラム‼」
叫ぶフローラが駆け寄ろうとするがそれをブリューゼが押えて阻止する。
「へぇ~この子フラムって言うんだ。フローラのペット? じゃあ私のペットでもあるわけだから優しく名前を呼びながら解体してあげるから安心して」
無邪気な笑みを見せるマリアージュにフローラは思わず言葉を失ってしまう。
「待て! 分かった。俺は牢に戻る」
緊迫した空気の中でブリューゼの声が響き、皆が彼に注目する。
「俺が元の位置に戻れば問題は無いだろ。この娘は無関係だ。解放してやってくれ」
突然人質にされたかと思えば解放しろと言うブリューゼの意図が理解できないフローラから腕が離れる。
「悪かった」
小さな声で謝るブリューゼに背中を押されて、初めて彼が自分を助けるために演技したのだと理解したフローラが振り返る。それと同時にサマトリアの笑い声が響く。
「馬鹿を言っちゃいけないねぇ! そんなので元に戻るわけないじゃないか! 君たちは即実験室送りだよ! 暴れないように手足を切り取ってあげるからまずは僕のスキルはなんでも斬れるってことを味合わせてあげるよ!」
走ってきたサマトリアが一人の兵士から剣を奪うとブリューゼとフローラに向かって剣を振り下ろす。反応できないフローラと、反応できたが傷つき鈍った体で動けないブリューゼが目を大きく見開く。
そんな二人の前に火柱が上がるとサマトリアの放つ斬撃をその身で受け止める。
フローラを守るべく体を拘束され満足に動けない状態で、炎を使い体を浮かせ小さな体でサマトリアの斬撃を受けたフラムから小さな火の粉が散り、それらに混ざって真っ赤な血が舞う。
「フラム‼」
声を上げ手を伸ばしたフローラが火の粉と共に落ちるフラムを受け止める。
「フラム! フラム! しっかりして‼」
自分の腕の中で苦しそうに息をするフラムに向かって必死に声をかけるフローラの前でニヤニヤしていたサマトリアがやがて堪えきれなくなったのか大きな声で笑い出す。
「うはははははっ! ほらすごいだろ! 並みの刃では切れないドラゴンの皮膚だって切れるんだよ。すごいと思わないかいフローラくん?」
「なんでこんなことをするんですか‼」
笑うサマトリアに声を荒げるフローラだが、当の本人はニヤニヤと笑うだけである。
「なんでって初めに来たとき教えたじゃん」
サマトリアの代わりにマリアージュがフローラに応える。
「私たちの仕事はスキルの有効活用。国を潤わせるため、人類の発展のため、そしてなにより研究員として世界を塗り替えるような技術を確立するため」
「だからって命を弄んでいいことにはなりません」
「綺麗ごと言ったってさ、フローラだって二つの命を一つに塗り替えたじゃん。十分命を冒涜してるって」
言い返したフローラだがマリアージュの指摘には言い返す言葉がなく黙ってしまう。
「ほらっ、今謝ればフローラの力を有効活用してあげるからこっちに戻ってきなよ。そのドラゴンくんの傷も治してあげるからさ」
マリアージュの言葉に心の揺れに合わせ瞳も揺れたフローラは、肩からお腹にかけて傷を負い苦しそうに息をするフラムを見てすぐにマリアージュの方をすがるように見つめる。
フローラの視線に対し僅かに口角を上げたマリアージュだったが、フラムが口を勢いよく閉めて歯を鳴らすと口の隙間から炎が零れる。
「フラム! 動いたらだめ‼」
フローラの叫びも虚しく、フラムは体を捻り大きく開けた口をサマトリアへ向けると炎を吐き出す。
突然のことに驚いたサマトリアは炎に巻かれて床をのたうち回る。数人の兵が布を叩きつけて火を消し、残った兵が盾を構えて警戒する。
慌ただしいなか、苦しそうに息をするフラムが自分の胸を指でさし、その指をフローラに向ける。
(ぼくの命をママに……)
突然頭に響いた声に驚いたフローラが見開いた目でフラムを見ると、フラムは小さく頷く。
「そっ、そんなこと……」
(大好きなママ。大切なママ。守りたい……僕の全てをママに……生きてほしい)
頭に響く声が弱々しくなる、そして手の中で呼吸も小さくなりぐったりとするフラムを見つめるフローラの目から涙がこぼれる。
「フラム……ごめんね」
(謝らないで……今日までありがとう……ママ)
フローラの目から涙がこぼれ床に落ちて飛び散ると同時に両手でゆっくりと自分の胸にフラムをあて優しく抱きしめたフローラから眩い光が放たれる。
光が膨れ小さな部屋いっぱいに広がると同時に兵たちが構えていた盾が燃え上がる。部屋の壁のいたるところに火が走り、小さな火が壁でくすぶり薄暗かった部屋に光をもたらす。
「あはははははっ! 綺麗ごと言いながら、なんだかんだでやってんじゃん! それよそれ! 私たちが求めていた魔族と人間の合成! 成功してんじゃん!」
髪に火のように赤い玉を滑らせ赤みを帯びた瞳で睨むフローラを見て、驚くどころかマリアージュは手を叩いて喜ぶ。
「もうちょい時間がかかると思ってたけど、いろんな過程をすっ飛ばして成功させるなんてやるじゃん! やっぱフローラ、才能あるよ!」
「私は……」
唇を噛み苦悶の表情を浮かべたフローラだったが右手に炎を宿すと壁に向ける。そのまま掌から炎の球を放ち壁を破壊する。
「逃げます」
激しい爆発に紛れフローラはブリューゼの腕を掴み、自分が開けた穴に飛び込むのだった。