焦燥の中で
鉄格子の前に立ったフローラが牢の扉に触れて押し引きしてみるが開くことはなくガチャガチャと金属音が響くだけである。
すぐに周囲を見渡して牢を開けるカギを探すが、どこにあるのか皆目見当もつかないフローラが見つけれるわけもなく壁にかけられている拷問具を順に見る。
大きな木槌などもあり、使える人が使えば壊せるかもしれないが自分には無理だと判断したフローラは牢の扉にあるカギ穴に触れる。
「鍵開けなんてできないし……」
そこでハッとした顔でフローラは扉の鍵穴周辺に右手を当て、左手を近くの鉄格子に当てる。
「カギの部分だけを左へ向かって……」
呟きながら青い光を左へと引いて重ねると扉にあった鍵の部分は何の意味もない鉄格子の部分へと合成されてしまう。
「上手くいった」
小さく喜びを噛みしめつつ扉を開けて、牢の中に入ったフローラはブリューゼのもとへと駆け寄る。
「えっと……」
ブリューゼの右肩に刺さっている大きな杭を引っ張ってみるが抜けないと分かったフローラは右手を杭に、左手を近くの壁に当てると杭だけを壁に合成させて移動させる。
「できたっ。よし次は……」
フローラはブリューゼの足下で屈むと床に刺さっている杭に触れる」
「おい、お前何をしている?」
「何って逃げるんですよ」
「なんだと? なんで逃げるんだ?」
ブリューゼに質問されフローラが顔を上げる。
「あなたはずっとここにいるつもりですか? 事情は知りませんけどこのままここにいたら命が危ないんじゃしないんですか?」
「だからと言ってお前に逃がしてもらう義理はない」
「たしかに義理とかはありませんけど、弱っている人をこのまま見捨てるわけにもいかないんです」
「はん、偽善か? お人好しっていうか愚か者レベルだぞ」
「あぁもう、うるさい人ですね。気が散ります」
さっきまで今の状況に焦っていたフローラだが、文句ばかり言うブリューゼに苛立ちの方が勝り冷静に切り返してしまう。
「じゃあ……そうです。私をここから逃がしてください。私も見つかるわけにはいかないですからあなたを助ける見返りに、ここから私を逃がすってのはどうですか?」
「俺が人間との約束を守ると思うか?」
青い瞳で睨むブリューゼの圧に緊張から、思わず喉を鳴らしてしまうフローラだがぐっと体に力を入れ負けじと睨み返す。
「思います。私は人を見る目はあるんですから自信があります」
言い切ったフローラを見てブリューゼが鼻で笑う。
「そう言う割にはサマトリアを見て驚いてなかったか? 驚き方から見てあいつの本性を知らなかったって感じがしたがな」
「ぐっ……と、とにかくここから逃げるんです」
図星を突かれて動揺しながらも右足に刺さっている杭を床に移したフローラは左足の方へと移動する。
「お前のそれはスキルか?」
「そうです『合成』って言うんですけど、こんな使い方したのは初めてです」
「合成? そのスキルでサマトリアにスキルを移したのか?」
「そんなことをした記憶はありません。私にもなにがなんだかわかりません……」
ブリューゼの質問にサマトリアが言ったことを思い出したフローラは顔に影を落とす。
「ふっ」
「なっ、なにが可笑しいんです」
鼻で笑われたことに怒るフローラだが、ブリューゼは歯を見せ笑いを堪える。
「いや、久しぶりに間抜けな人間に出会ったんで笑っただけだ」
「なんなんですかあなたは。はい、こっちの足も自由に動くはずですけど立てますか?」
文句を言いながらも立ち上がったフローラがブリューゼに手を差し伸べる。それを見て再びふっと笑ったブリューゼが体に力を入れて震わせる。
「さて、立つのは何年ぶりか……ぐっ」
痛みで苦悶の表情を浮かべるブリューゼに思わず背中を支えるフローラを見て、一瞬驚きの表情を浮かべたブリューゼだが何も言わずに体に力を入れて立ち上がる。
よろけるブリューゼを支えようと両手を伸ばすフローラだが、ブリューゼは避けるように壁に身を寄せ自身を支える。
辛そうな表情で壁に寄りかかったままのブリューゼが口を開く。
「で? ここからどうやって出るつもりだ。どこへ逃げればいい?」
「えっ? えーっと……」
元々フラムの案内でここに来ただけでこんなことになるとは思ってもいなかったフローラが脱出経路など考えているわけもなく、辺りを見回して何かないか探る。
焦るフローラの視界をよぎったフラムが自信満々に胸を張って牢の壁に降り立つと、そこにあった小さな穴を指差す。
「そこから出れる……ってそんな小さな穴じゃフラムしか入れないよ」
フローラの言葉に首を横に振ったフラムが必死に両手を大きく広げる。
「壁の向こうは広い空間があるって言いたいんじゃないか?」
ブリューゼの言葉を受けてフローラがフラムを見ると、フラムは何度も首を縦に振って肯定する。
「そうだとしても入れなきゃ意味ないから」
フラムがしょんぼりしたちょうどそのとき、ドアの向こう側が騒がしくなり先ほどよりも激しくドアが叩かれ今にも吹き飛びそうな様子を見せる。
「ど、どうしよう。このままだとドアが開いてしまう」
「お前のスキルで穴を広げることはできないのか?」
壁に寄りかかるブリューゼの言葉に辛辣な表情を浮かべつつも壁に手を触れ、壁と壁との合成を試みるが青い光と光が結ばれず光が空気中に霧散する。
「明確な境目、別の物同士でないとうまく合成出来ないんです。さっきのは鍵と鉄格子という境があったからできましたけど、壁のどの部分を切りとっていいかが分からなくて」
「そうか……ならば」
ふらつきながらもフローラの元へ近づいてきたブリューゼを支えようとしたフローラが手を伸ばす。だがブリューゼは突然左腕を伸ばしフローラを掴むと引き寄せ左腕の肘部で首を絞める。そのまま左手の鋭い爪をフローラの頬に向ける。
「なっ、なにするんですか⁉」
突然の行動に慌てふためくフローラだが、聞く耳をもたないと言った感じのブリューゼはドアの方を睨みつける。
必死にもがくフローラを押えつつ睨むブリューゼの瞳に吹き飛ぶドアが映り、続いて数人の槍と杖を持った兵たちが雪崩れ込み二人の男女、サマトリアとマリアージュの姿が映し出される。