運命の日
寒く靄が立ち込めるある朝、15歳の少女は寒くてまだ霜が張った地面に足跡をつけ、井戸から汲み上げた水を桶に入れると近くの小屋へと入る。
中には一頭の馬がいて白い息を吐いて桶を運ぶ少女に負けないくらい白い息を吐きながら、自分の前にある水が入れ替えられるのをつぶらな瞳に映す。
「ラピドは今日も元気ね」
少女が声をかけるとラピドと呼ばれた馬は嬉しそうに顔を擦り寄せる。
「くすぐったいってば」
笑いながら顔を抱きしめて撫でると喜んで興奮したラピドが柵に体当たりをする。
「こらぁ、そうやってすぐに柵に体をぶつけるんだから。しょっちゅう修理しないといけないってお父さんがボヤいてたよ。それに」
やんわりと怒った少女がラピドの頬を撫でる。
「ラピドも怪我するでしょ。大人しくしてないと」
優しく話しかける少女に、大人しくなったラピドはブフッと鼻息を吐いて新しくなった水に口をつけて飲み始める。
そんな様子を目を細めて見ていた少女は空になった桶を手に取る。
「さて、次はっと」
そう言って馬小屋から出ると近くにあった柵の扉を開け、自分に向かって走ってくるニワトリたちを引き連れ、小さな倉庫から餌袋を抱えて取り出すと餌入れの中に入れていく。
広場の中に数カ所点在するそれらに餌を入れる度に賑やかに騒ぐニワトリたちを宥めながら満足そうに微笑む少女の肩に、拳くらいの大きさの赤い物体が着地する。
「フラムどこへ行ってたの?」
少女にフラムと呼ばれた赤い物体は背中の赤い翼を広げて、短い尻尾と脚をパタパタさせて口からろうそくの火くらいの小さな火を吐く。
二足歩行の赤いトカゲ、この世界ではドラゴンと呼ばれている人でもない、動物でもない魔物と呼ばれる生き物。
この世界の人々は動物の上位種として魔物を扱っており、その違いは体内に宿している魔力を使って生活しているかどうかにある。ただ曖昧なところもあり、地域によっては魔物であったり動物であったりもする。
動物と同じく一部の魔物は人と共存関係にあり、荷を運んだり畑を耕したりと生活の一部に溶け込んでいる。
そんな中でドラゴンは人に懐くどころか本来は出会うこともできない存在なのだが、現にドラゴンの子供であるフラムは少女に頭を擦りつけ甘えている。
「そんなことしても遊びに行ったっきり帰ってこなかったの許さないんだから。こらぁもう、くすぐったいってば!」
本気で怒っているわけではないのは、終始笑顔である少女を見れば誰の目から見ても明らかである。
「おはようフローラ、今日は一段と早起きね」
「お母さんおはよう。だって今日は大切な日だから楽しみで眠れなかったんだもん」
フローラと呼ばれた少女が声のする方に顔を向け挨拶をすると、母親も微笑み返してくる。
「スキル鑑定の儀式がある日だものね。お母さんもフローラと同じ年のときはワクワクしたもの」
「でしょ。なんか凄いスキルを私が持ってたらもっとお金を稼いで、ラピドの小屋とか大きくしてあげるしお母さんたちの生活も華やかにしちゃうんだから」
「それは頼もしいわね。期待してるから」
そう言って二人は顔を見合わせてクスクス笑う。
***
━━スキルとは生まれたときから持っているものですが、魔力の安定が確立される15歳のときまで発現しにくいものとなっています。
体内に魔力の流れができて体が魔力の負荷に耐えうるようになって初めてスキルが使えるようになると言われております。
スキルが使える体になるのが、皆さんたち15歳のときだとされていまして━━
大きな建物にある広い空間で教壇に立つ白いヒゲをたくわえた老人の男性が十数人の少年、少女に向かって語りかける。
白いローブを身にまとう人の良さそうな老人は、この式の進行を行う司祭である。
中央には少年少女が並び、その周りには両親と思われる男女。さらにその周囲には警備兵らしき鎧を装備した兵たちが立っている。
そして司祭の後ろにある立派な横長のテーブルには、威厳とどこかただ者ではない風格を感じさせる高貴な出で立ちの数人の人物たちが横並びで座っている。
そんな中、教壇に立つ目尻に深い笑いジワを刻む優しそうな司祭は話を続ける。
「スキル鑑定の儀式とは皆さんの前にある黒き水晶に触れ、魔力による外的干渉を与え内に眠るスキルを起こす儀式となりますが、ここで一つ注意があります」
コホンと咳払いをした司祭が皆を見渡す。
「スキルが発現しないからと言って落胆することはありません。スキルが使うことができる人の方が少ないこと、そして発現が遅い人も沢山います。今日行うのは、皆さんに自分の内に眠る可能性があるのだと言うこと、それを知るための儀式であると言うことを忘れないでください」
最後まで優しく語り終えた司祭が、後方に座る人物たちに目配せをすると、高貴な出で立ちをした人物の一人が頷く。
「では、早速スキル鑑定の儀式を行いたいと思います。名前を呼ばれた方から順に前に出てください」
司祭の言葉に数人の大人の男女が出てきて祭壇に置かれた黒き水晶の前に立ったり、少年、少女たちに流れの説明を始めたりする。
程なくしてつつがなく行われるスキル鑑定の儀式にスキルが発言して喜ぶ者、逆にしなくて落胆する者などそれぞれだが賑わいを見せる。
「では次は……フローラ・サマント」
「はい!」
名前を呼ばれて元気よく返事をしたフローラは緊張してやや硬くなった体で祭壇まで歩くと、目の前にある黒き水晶を見つめる。
「ではフローラさん、黒き水晶に掌を置いてください。そのままじっとしていてくださいね」
係員の指示に、緊張した面持ちで黒き水晶に手を置いたフローラの手が光始める。
「おおっ、スキルの反応がありますね」
「えっ、本当に! やった」
司祭の言葉に思わず喜びの声がもれるフローラが誘導に従い黒き水晶から手を離すと、水晶の上に赤い文字が浮かび上がる。
「どれどれスキル名は……合成? はて、珍しいスキル名だが」
司祭が老眼鏡をかけ浮かんだ文字を読み上げると、近くで待機していた数人の係員が分厚い本のページをめくり検索を始める。
そしてすぐに一人の係員が手を挙げる。
「見つかりました!」
「おぉそうですか。読み上げてください」
司祭の言葉を受けて手を挙げた係員は本の内容を読み上げる。
「『合成』とは無機物、有機物、そして魔物同士を一つのものにまとめ新たな可能性を生み出すスキルと記されています」
男性の言葉に今一、ピンっときていないフローラを始めとした参加者たちだが、何やら険しい表情をしていた高貴な出で立ちの男性が口を開く。
「たとえばだ。炎の属性を持つ剣と風の属性を持つ剣を組み合わせれば、両方の特性を持った武器が生まれる。つまりはお互いの特性を持った新たな物を生み出せる……と言うことで合っているか?」
「は、はい。ギムレット様のおっしゃる通りです!」
ギムレットと呼ばれた高貴な出で立ちの男性の言葉を聞きながら、必死に本に書かれている内容を確認していた係員は大きな声で肯定する。
それを見て満足そうな笑みを見せ頷いたギムレットはフローラの方を見る。
「魔物の合成……聞いたことがある。既存する異なる魔物を一つにして新たな魔物を生み出すことができる。空を飛ぶ馬や火を吹く鳥なんてものも生み出せる。それら新たな魔物を使役し邪悪な魔族共を退けることに大きく貢献した人物がかつていたと……」
ギムレットの説明に周囲から感嘆の声が上がり、皆の関心は自ずとフローラに集まる。
「え、ええっとなんだかそんな凄いスキルなんですかこれ」
戸惑うフローラにシスターの格好をした二人の女性が近づき手を取ると、司祭のいる壇上へと案内する。
状況が把握できずに挙動不審なフローラが壇上に上がると、司祭が別のシスターからお盆を受け取りフローラに差し出す。
「誉れあるスキルを発現させた者に贈られる証を」
お盆の上に載っている青いクリスタルのついたネックレスを見てゴクリと唾を飲み込んだフローラは、恐る恐る受け取り促されるまま自分の首へとかける。
と同時に起きる拍手にフローラは再び戸惑ってしまう。
「今後、合成というスキルの文献を紐解きスキルの有用性を我々が見出します。その後あなたが一番活躍できるであろう場所に所属することになるはずです」
司祭から今後の予定が告げられ、なんとなくしか理解できていないがフローラは何度も頷く。
「それではもう一度、誉れあるスキルを発現させたフローラさんに盛大な拍手をお願いいたします!」
司祭の言葉に場内にいる人々からフローラに向けて惜しみ無い拍手が送られる。