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ダイ8時代 僕にとっての友達 友達にとっての僕

その日の放課後。ズーケンは、担任であるモトロオに、理科室へ連れていかれた。今は授業もなく誰も使っていないが、ズーケンは何故こんなところへ呼び出されたのか全く理解出来なかった。わけも分からずついていき、状況も全く掴めないまま椅子に座らせられるズーケンに、不安交じりの妙な緊張感が走る。そんなズーケンの前にモトロオが座ると、彼は軽く一息つく。

「驚いただろ?こんなところに連れていかれて」

「ま、まあ…」

一体今から、何が始まるのだろうか…。奇妙な実験でなければいいが。

「まあ何も説教するわけでも、お前で変な実験をしようってもんじゃねぇんだ。ちょっと話をするだけだ。だからリラックスして聞け」

「は、はい…」

緊張のあまり、固まっているズーケンをリラックスさせようと、モトロオは軽い冗談を交える。だが、

当のズーケンは、考えていることを見透かされているような気がして、さらに固まってしまった。

「んで、早速だがお前、昨日いいことしたみてぇだな」

「…へ?」

モトロオは嬉しそうに問うものの、ズーケンには全く心当たりがないので、首を傾げるしかない。

「1組のクイタン。昨日、ヘスペローと一緒にあいつん家行ったそうだな。妙なおもちゃを持って。担任の先生んとこに、クイタンのお母さんから連絡があったんだよ。お前らが友達になってくれたおかげで、クイタンが明るくなって、学校へ行けるようになるかもしれないって。クイタンも、やっと自分を分かってくれる友達が出来たって、お母さんと一緒にめちゃくちゃ喜んでたみたいだぞ」

「ややや!」

説教か何かが飛んでくると思いきや、思わぬ吉報が届いた。ズーケンは嬉しくなるのと同時に、妙なおもちゃについて、言及されないかどうか心配だった。

「俺は嬉しいよ。お前はいい奴だからな。まあ、俺のクラスの奴らは皆そうなんだけどよ。中でもお前は特に、誰かを思いやる気持ちが人一倍強いんだろうな。他の奴らとその親御さんで三者面談してると、お前がよく出てくんだよ。皆、お前を褒めてる。お前が友達になってくれたおかげで、子供が学校を楽しんでるって親御さんは嬉しそうに話すし、のクラスのやつらも、お前について親御さんに話す時は、楽しそうに話すんだとよ。よく一緒にいるヘスペローのお母さんだって、そう言ってんだぞ」

「ややや⁉そんな!」

目と口を大きく開けて驚愕するズーケンに、モトロオは愉快そうに笑っている。

「ただ、これで勉強の方も、もうちょい頑張ってくれれば言うこと無しなんだけどな」

「あが」

目は上を向き、口は開いたまま固まるズーケン。彼の普段の成績は、平均よりやや上ではあるが、最近は、色んなことがあったからか、やや下回り気味である。

「まあ、それはひとまず置いといてだな、一旦口閉じろ。お前にはもっと大事な話があるんだよ」

「はい」

ズーケンに顎を定位置に戻させると、モトロオは本題に移る。

「実はこの前、お母さんから電話があって、それによるとお前、最近家では口数が減ったらしいな。そのせいか、親御さんからは学校でなんかあったんじゃないかって、心配してたぞ」

「!」

ズーケンはその時、初めて気づいた。母親に、心配をかけてしまっていたのだ。思い返せばこれまで、ダイナ装備のことやマニヨウジのこと等を隠す為に、両親との会話を出来る限り避けるようにしていた。

「いつもなら学校であったことをあれこれ話してくれるとあったが、最近はお前から話しかけてこなくなったのと、親御さんから声をかけても生返事ばかりだから、何かあったんじゃないかって心配してるんだとよ。正直、俺もなんかヘンだとは思ってたんだよ」

「ややや…」

その通りだった。ズーケンは、両親に悟られないよう、なるべくいつも通りを装っているつもりだった。しかし、彼の中には常に、両親に知られてしまうのではないか、そもそもマニヨウジをあの世に送ることが出来るのか、そんな不安に満ちていた為か両親から見ても隠しきれない程、元気がなかったのだろう。それは、担任であるモトロオから見ても明白だった。

「お父さんのことは、前にお母さんから聞いた。お父さんがいねぇと寂しいし、心細いよな。それに、お父さんがいない分、お母さんも苦労するだろうしさ。お前も、色々と大変だろうよ。他には、何か悩んでることとか、ないか?」

「…」

モトロオも、父ズケンタロウのことを心配し、ズーケンの両親と同じ様に、自身のことを心配してくれている。ズーケンはそれを分かっていたものの、流石に今抱えているものは話せなかった。信じるわけがない。信じてくれたとしても、余計な心配をかけてしまうだろうから、話すべきではない。そう考えたズーケンが黙り込むと、モトロオはまた溜息をつく。

「なぁズーケン。誰かの話を聞いて相談に乗ってやったり、アドバイスをしてやるのは、とても大事なことだ。けど、相手の気持ちをちゃんと分かってやれなかったり、そもそも自分に余裕がなくて、話すらまともに聞いてやれなかったりと、意外と難しかったりすんだよ。だから、子供ながらにしてそれが出来るお前は、凄いと思ってる。でもな、相手の話を聞くことも大事だけど、自分の話を聞いてもらうことも、それと同じくらい大事なことなんだよ」

「…」

ズーケンは、先程まで少々フランクだったモトロオの、真剣そのものの話に、ただただ聞き入っていた。

「まぁ。話したくないなら無理に話すこともないさ。そっとしてほしい時もあるしな。今はそれで良いかもしんねぇけど、いつか一人でいくら考えても答えが出ない、どうにもならないようなことに直面する時が来る。誰にでも、絶対来ちまうんだ。そんな時、周りにとってのお前みたいな頼れる奴が、お前にはいるか?楽しいことだけじゃなくて、悩んでることや辛いことも話せる相手が、お前にはいるのか?」

「…」

ズーケンは、答えることが出来なかった。考えたこともなかった。そのことを察したモトロオは、一度瞼を閉じ、息を吐く。

「なんかな…もしかしたらお前は、他の皆とはなんか違うもんを見てきたのかもしれねぇな。それがなんなのか、俺には分かんねぇけど、それが今の優しいお前を作ったのかもな」

人一倍優しい人は同時に、人一倍傷ついてきた人でもある。モトロオは、これまでの人生の中で触れ合ってきた人々との思い出を振り返り、そんな考えを持つようになった。

「ただな、何かあった時、全部自分が悪いって責めたり、一人で抱え込むのだけはやめとけ。お前のその優しいところに、責任感が強いところにつけ込む奴だって、この先現れるかもしれねぇからな。それに、抑え込んでばっかりいると、ちょっとしたきっかけで爆発しちまうことだってある。キョダイノガエリ…とまではいかねぇとは思うが、どの道長くは持たねぇ。特に、お前みたいな優しくて、気を遣い過ぎて、何でもかんでも自分の中にしまい込んじまう奴はな」

「やや…」

キョダイノガエリ。ダイチュウ人が、肉体や身体能力を大幅に増強させ、地球でよく知られる恐竜に似た姿、「キョダイナソー」へと姿を変える現象のことである。命の危機に瀕すること、感情の高まりが頂点に達すること等を条件に稀に起こるのだが、キョダイナソーへと変貌する際、意識を失う場合もあり、暴走する可能性もある。意図的に起こすことも可能であるが、その場合コントロールする為の訓練を受ける必要がある。また歴史上、子供のダイチュウ人がキョダイノガエリを起こし、死に至る事例があったことが伝えられている。戦時中、ダイチュウ人の兵士達がシゲン人を迎え撃つ為、キョダイノガエリを用い、キョダイナソーとなったとされている。ただ当時戦地に赴き、命からがら生還した者によると、当時兵士達は戦いの中負傷し、多くの血が流れ、同士が倒れ、常に己の死と隣合わせにあった。心身共に追いつめられ極限状態にあった者が大半であり、中には意図せずキョダイノガエリを起こし、自我を失い命尽きるまで暴走した者も少なくなかったという。

「まあちょっとお前には難しすぎたかもしれねぇけど、今のうちに頭の片隅に入れとけ。とにかく、一人でもいいからよ、悩みぐらい気軽に言える相手作っとけ。打ち明けるのは勇気がいるけどよ、それが出来たら、お前にとって心強い味方になってくれるはずだ。一人いるだけでも、かなり違ってくるからよ。あ、勿論俺でもいいからな。いつでも言えよ」

「あ、はい…」

始めは、モトロオから成績が悪いと説教を食らうかと思いきや、いつの間にか褒められ、励まされている今の状況に、ズーケンは内心かなり驚いていた。

「あ。あと、この前は、ありがとな。俺のことを心配して来てくれたんだろ?自習とはいえ、授業中抜け出してくんのは、先生の立場としてはあんま良くねぇが、俺個人としては、お前のその気持ちは、嬉しかったよ。勉強も大事だけど、お前が皆にしていることは、簡単に出来ることでもなければ、学校の勉強だけじゃ得られない、ある意味、社会へ出て一番に役に立って、誰かの救いになる、勉強よりも大事なものなんだ。だから、勉強は出来なくても、大人になって忘れちまっても、せめてその優しさと思いやる気持ちだけは、忘れずに持ってろよ」

「ややや…」

先生は、こんな風に笑うのか、こんなにも温かい言葉をかけてくれるのか。戸惑いもしたが、彼の気持ちと、優しい笑顔は、心の底から温かくなる程嬉しかった。

「あ!でも、勉強しなくていいってことじゃあねぇからな?勉強は出来るに越したことはねぇし、出来てた方が可能性だって広がるし、サボったとしても、将来なりたいものが出来た時に、どの道必要になってくるかもしれねぇしさ。まあ、せめて努力はしろよ努力は」

「ややや、ははぁ…」

そりゃそうか。立場上、そう言うしかないのだろう。

「んじゃ、今日はもう家に帰っとけ。俺はこれから職員会議があるし、お前も親御さんが心配するだろうからな。あ、廊下は走んなよ?誰かとぶつかって怪我したり、相手に怪我させたりするといけねぇからな。俺に怒られちまうし、イヤだろ?お互い」

「や、まあ…」

ご最もだと思った。そのケーズは、何度か聞いたことがある。決まって、喧嘩になるのだ。

「あとほら、これも忘れんな」

ズーケンは、担任からそっと手渡された連絡帳をそっと受け取った。モトロオは左手の腕時計をチラ見し、内心焦りを感じつつも表に出さないよう、優しい声と笑顔のまま、一緒に理科室を出た。

「それじゃな。気をつけて帰れよ」

軽く手を振りながら走り去っていくモトロオの背を、ただただ見つめるズーケン。

(…皆だけじゃなくて、先生にも苦労をかけさせないようにしよう)

きっと忙しい中、自分の為に時間を割いてくれたのだろう。以前彼が倒れた日から、まだ一週間経っていおらず、本当は身体もしんどいのかもしれない。そう思った時、ズーケンはモトロオに対し、自身に付き合ってくれた嬉しさよりも、付き合わせてしまったことへの申し訳なさが勝ったズーケンは、そう心に決め、その場を後にした。勿論、廊下は走らず、ゆっくり歩いて。



ズーケンとモトロオが話している頃、レーガリン、ヘスペロー、ペティの3人は昇降口で、ズーケンが来るのを待っていた。

「…こねぇな」

「うん…」

「だねぇ」

ズーケンを待ち続けること早10分。ペティとヘスペローのこのやりとりは、既に3回目だ。

3人だけではどうも会話が続かず、弾まない。その為か、この10分は、彼らにとっては倍の20分に等しかった。この状態が続くと、このグループの中心がズーケンであったこと、彼がいなければ自分達は会話すらままならないことを実感するのだった。

「…」

昨晩、父から普段の自分がどう思っているのかどうか、聞くことを提案されたレーガリンは、それを聞き出すタイミングを伺っていた。誰も一言も発さない今のこの状況ならば、いつでも切り出せる。しかしやはり、普段の自身の振る舞いを聞くことへの不安と、このなんとも言えない気まずい空気が、逆にレーガリンの口を、重く閉ざさせていた。

「やっぱ…あいつがいないと、静かだよな」

「うん、そうだね。でも、ズーケンのおかげで、上手く話せなくても、皆と一緒にいていいんだって思えるんだ。僕は、皆と一緒にいられるだけで楽しいし、落ち着くから」

「まあな。それは俺も一緒だな。あいつがいる時みたいにいかなくても、俺達は、これでいいのかもな」

ズーケンがいる時のように、会話を盛り上げられなくとも、ただただ一緒にいるだけで居心地が良いのなら、それで良いのかもしれない。二人がそう思った時だった。

「でも…そのズーケンから、僕達はどう思われてるんだろうね」

「「…?」」

ズーケンの話題が出たことで、レーガリンは、切り出すタイミングを掴んだ。

「僕達は、ズーケンと一緒にいて楽しいのかもしれないけど、ズーケンは、僕達と一緒にいて、楽しいのかな」

「え…」

今までズーケンと一緒にいて、考えたこともなかったレーガリンの疑問に、ヘスペローとペティは、思わず言葉を失った。

「お前それ、どういう意味だよ?」

「ズーケンは、皆に優しいし、色々気を遣ってる。でも、僕達にも気を遣ってるんだとしたら、それでズーケンは楽しいのかなって思っただけだよ」

動揺しながら詳細を尋ねてくるペティに、レーガリンはそっけなく答える。

「いや、それは…」

「それに、気を遣うってことは、気を遣わなきゃいけないような相手だってことだし、そんな相手といて、楽しいわけないよ」

「お前なぁ…。確かにあいつは気ぃ遣い過ぎるところもあるかもしんねぇけど、気を遣わせるような真似をしなきゃいいだけの話だろ?それに、もしあいつが俺達に本当に気を遣ってるんだとしたら、それは気を遣えない奴がいるからじゃねぇのか?」

誰が一番気を遣わせてるんだ。そう言わんばかりのペティの反論は、ズーケンを友人として慕うが故に、レーガリンに対し思うところがあった故に、普段抑えていた感情が籠められていた。感情を表に出すことが多いペティだが、ここまで怒りを露わにするのは、初めてだった。レーガリンは、そんなペティを目の当たりにすると、一度彼から顔を背け、溜息をついた。

「やっぱり…僕は、嫌われてるんだろうね。僕は、ズーケンみたいに優しくないし、気も遣えない。だから友達だって少ないし、むしろ皆に嫌われてる。そんな奴、いない方がいいんだよね」

やはり、父の言う通りだった。ペティの言い方からして、気を遣えない奴とは、間違いなく自身のことであることを確信したレーガリン。いつもなら腹を立てて言い返しているところだが、ペティの言葉を聞いたことで、父の言葉が正しかったことが証明されてしまった。それが、腹が立つよりも、ただただショックだったのだ。

「お、おい。どうしたんだよ?お前、今日なんか変だぞ?」

「何か、あったの…?」

二人は、レーガリンが深く溜息をつき、落ち込んでいる姿を初めて見た。明らかにいつもと様子が違う彼に、先程レーガリンに対し感情的になったペティも、またヘスペローも戸惑いが隠せなかった。

「別に…なんでもないさ…」

「いやいや、んな訳ねぇだろ…。マジでどうしたんだよ…」

思わず言い過ぎてしまったか。ペティは焦り始める。

「なんでもないって。ただ、本当の自分に気付いただけさ…」

「そ、そうなの…?」

聞いてほしいような聞いてほしくないような。そんな相反する二つの思いと、自身に対する失望渦巻くレーガリン。

「でも…レーガリンもいてくれないと、僕は寂しいよ」

「え…?」

自己嫌悪に陥り、すっかり元気をなくしてしまったレーガリンに、ヘスペローは、優しく言葉をかける。レーガリンは思わず、俯かせた顔をヘスペローに向ける。

「だって、レーガリンも僕達にとって大切な友達だもん。そうだよ…ね?」

ヘスペローは、先程のやり取りもあって、不安そうな表情をペティに向ける。

「まあな。少なくとも嫌だったら一緒にいねぇし、ズーケンだってそうだと思うぜ」

「そっか…」

ペティの答えは、自身と同じだった。先程ピリついたこともあって、彼がどう答えるか不安ではあったヘスペローは、ひとまず安心した。

「友達って言ったって…僕みたいな奴は、君が一番苦手なタイプじゃないか」

「え?あ、う、ううん、そんなことは…」

大ありだが、そんなことを本人の前で言えるわけがない。ヘスペローは、ただただ困った。

「それに、友達なら僕の良いところって、分かる?」

「えっ…えーっと…」

「お前なぁ…」

ズーケンとヘスペローは、似通っているところが多い。ズーケンが苦手意識を持っているならば、ヘスペローも同じ筈だ。そんなレーガリンの予想通りであったことは、予想外の返しに惑うヘスペローを見れば明らかであった。また、まるで人の気持ちをふいにするようなレーガリンに、ペティは呆れ気味だったものの、先程のようにまた強く言い過ぎてしまう可能性もあり、思わず出そうになった言葉を呑み込んだ。

「確かに…苦手…かもしれないけど、だからってレーガリンが悪いわけじゃないし、仲良くなれないとは限らないよ。それに、今まではズーケンと話すことが多くて、レーガリンとはあんまり話してこなかったから、僕は、レーガリンのことをちゃんと分かってないと思うんだ。だから、これからはもっとレーガリンと話して、良いところもちゃんと知って、レーガリンの事を、もっと理解したいんだ。勿論、ペティとも」

結局、レーガリンの事を苦手な相手であると、認める形にはなった。だが、そんな苦手な相手を、苦手だからこそ、誤解していることがあるならそれを解いて、分かり合いたい。それが、ヘスペローがレーガリンに伝えたい思いだった。

「ヘスペロー、ありがとな。こういう奴を大事にしときゃ、少なくとも嫌われることはねぇだろ?」

ヘスペローの、相手に歩み寄る気持ちが込もった言葉には、ペティも、そのニコニコっぷりから分かるぐらい大喜びだった。

「大事にするって、具体的にどうしたらいいの?」

一方、レーガリンの表情は、晴れやかな笑顔を見せるペティとは全くの正反対の、曇り気味の真顔である。

「そうだなー…例えば、あいつに苦労をかけないことだな。お前が自覚してるとこがあんなら、そこを直すとかさ。まあもし、俺もあんなら直さなきゃいけねぇけどさ」

「…やっぱりそうなるか」

何もかも父の言う通りだった。ペティからの助言が、昨晩父に言われたことと大方似通っていた為、レーガリンは、改めて自身に問題があることを再認識し、がっくり肩を落とした。

「でも、ズーケンだって、僕達に気を遣ってるだけじゃなくて、きっと良いところもあるから、一緒にいてくれるんじゃないかな?」

ため息交じりに嘆くレーガリンに、今度はヘスペローが答える。

「そりゃ、二人には良いところはあるかもしれないけど、僕には、いいところなんてないよ。さっき、ヘスペローだって言えなかったわけだし」

「えっ、えっと…それは…ごめん…」

「それがダメだっつってんだろ…」

一言多いところも、良いところが見えなくなる原因の一つでもある。

「確かに…さっきは言えなかった。でも、だからこそ、レーガリンのことをちゃんと分かりたいって思うんだ。 折角、こうして皆と友達になれたんだから、良いところとか、そうじゃないところとかもちゃんと知って、レーガリンや皆と、もっと仲良くなりたいんだ。そしたら、レーガリンの良いところも見つけられるし、それを言えるようになれると思う。僕は、友達の良いところぐらい、知りたいから」

「そうだな。俺達それぞれの良いところもわりぃところもちゃんと知って、誤解してるところがあんならそれを解いて、お互い受け止め合う。それを、お前がやって、俺達もやる。それで良いんじゃねぇのか?」

ヘスペローの言葉に、ペティが補足する形で、彼らは思いを伝える。

「…そうだね。ありがとう」

気が付けば、これまでなんとも思っていなかったペティと、苦手だった筈のヘスペローに救われ、そんな彼らに対し感謝の言葉を口にしていた。また、それはレーガリンが友人に対して初めて口にした言葉であった。それもあって二人は、驚きのあまり思わず顔を見合わせた。そしてお互い、すぐに笑みがこぼれた。

「僕の方こそ…ありがとう。僕も、ズーケンや二人にとって良い友達でいたいから、皆の為に僕に出来ることがあるなら、それを頑張るよ」

「だな。まあ、あいつのことだから俺らが変に気を遣うと逆に気ぃ遣わせちまいそうだから、基本はいつも通りにしてようぜ。俺達も、お前もな」

不器用ながらも温かい言葉をかけてくれるヘスペローと、面倒臭そうにしながらも親身に寄り添ってくれるペティ。この二人の優しさと思いやりに触れたレーガリンは、早速二人の良いところを見つけられた喜びと、そのことで、心が温かくなるのを感じた。自分にも人の良さを理解出来たのだ。

「あれ…?皆、帰ったんじゃ…」

そこへ、聞き覚えのある声と共に、今までよりも仲が深まった3人が、待ち望んでいた顔がやってきた。

「皆で待つことにしたんだよ。それに、3人も悪くねぇけど、お前を置いてくのもナンだし、やっぱお前がいてくれた方がいいなって思ったからさ」

「やや。そうなのか」

ズーケンは、少々不思議そうに首を傾げる。確かによく見ると、3人共、以前より良い顔をしているようにも見える。

「明日なんだけどさ、ダイナ装備の皆がようやく揃ったわけだし、ズーケンの家に行ってもいいかな?ケルベ達も呼んでさ、マニヨウジのこととか、今後のことを皆で話し合おうよ」

何を話していたのかを聞かれるのは、流石に恥ずかしかった。詳細を尋ねられる前に、レーガリンは話を進めた。

「だな。マニヨウジの封印が解けるまで時間がねぇし、一回ちゃんと話し合った方がいいな。俺も、レーベルには会ってみてぇからな。んで、肝心のズーケンはどうだ?お前んちがダメなら、そもそも成り立たねぇけど…」

「あ、うん…。僕ん家は、大丈夫…」

ズーケンは、確認を取ってきたペティと同じ気持ちであった。だが、夢枕に立った亡き祖父から告げられた事実を話すかどうか、少し迷った。

「どうしたの、ズーケン?」

「え、あ、いや…朝、起きれるかなぁって…」

ヘスペローが、心配そうな顔で尋ねてくる。レーガリンもペティも、少々不審に思っているようだ。3人の顔を見れば見る程、祖父から伝えられたことは、言い出せなかった。

「んもぅ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。そんなに朝早く押しかけたりしないから。なんだったら僕が起こしに行くから、安心しなよ」

「あ、ありがとう…」

自身の心配をしてくれた3人に、ズーケンは、咄嗟に嘘をついてしまった。その罪悪感が、自身の嘘を信じ、安堵して笑う3人の顔を見れば見る程、自身の中で大きくなっていくのを感じていた。

マニヨウジの封印が解けるまで、あと3日。


翌日。昨日の打ち合わせの通り、ズーケンの部屋に集まった一行、ケルベロ三兄弟、そしてダイナ装備達。マニヨウジ打倒やバウソー、そして人質となった少女の救出、今成すべきことを成す為にどうすべきか、話し合うことにした。まず最初に、ケルベロ三兄弟から、ある大きな報告がある。

「実は昨日、俺達は人質になった女の子が無事かどうか確認する為に、マニヨウジのところへ行ったんだ」

「何だと⁉なんて無茶な真似を…」

始まって早々、ケルベからの衝撃の告白に、アサバスを始め、その場にいる全員に衝撃と動揺が走る。

「危険なのは十分、分かってたさ。でも、この前3人で出かけた時、近所でたまたま人質にされちまった、あの子のお母さんを見かけて…あんな寂しそうで哀しそうな顔を見たら、居ても立っても居られなくなっちまったんだ。それに、本当は俺一人で行くつもりだったんだけど、こいつらも俺と同じだったみたいでさ、一緒に来てもらったんだ」

最初、ケルベは危険な場所だからこそ、一人でマニヨウジの元へ向かおうとした。だが、弟達は、危険な場所だからこそ、三人で行こう、一人で行く方が余計心配になると、説得したのだ。

「そうだったの…。でも、無事で良かったわ。それで、女の子は無事なの?」

カンタはひとまず、三兄弟が無事に戻ってきたことに安堵するも、彼らを待っていたのは驚愕、そして奇妙に満ちた光景であった。

「女の子は無事だった。今まで同じ様に、眠らされているみたいだけどな。ただ、マニヨウジと初めて遭遇した場所に行った時、あいつは、その地下に拠点を作っていたんだ」

「えええええっ⁉」

「しかも、ご親切に階段まで作ってやがったぜ」

三兄弟が初めてマニヨウジと遭遇した時、マニヨウジは憑りついたバウソーの身体で、ボンベエ盆地の地中から這い上がるのがやっとだった。それから僅か数日、マニヨウジは、ルベロが付け足したように、地下室を作り上げることが出来る程の力を取り戻していたのだ。

「ちょっと待て!封印が解けるまでは、まだ3日はあるはずだよな⁉」

「確かに、まだ封印が完全に解けるまでには時間がある。だが、封印が弱まりつつあるのも事実だ。それによって、奴が本来の力を取り戻しつつあるということだろう。他にも何か、気付いたことはないか?」

「他の情報…」

ペティを始め動揺する一同に、アサバスも内心焦りながらも冷静に事態を予測し、ケルベに問う。

「そういえば、何か粘土みたいなものをこねていなかったか?」

「粘土…?」

三兄弟がマニヨウジと対面した時、マニヨウジは既に粘土をこねており、それから三兄弟が去るまでの間、終始粘土をこね続けていたのだ。

「あーあったあった。なんかすげー真っ黒だったよな。それで聞ーたら、お前らには関係ないとか言って、まー、見ててなんかヤな感じだったから、ろくでもねーもんだろーな。なんか、知らねーか?」

「いや…ラミダスからは、それらしい情報は聞いていない。だが、何か企んでいるのは間違いないだろう」

ベロンとルベロから語られた、マニヨウジが憑依したバウソーの身体を使ってこねていたという真っ黒な粘土。それが何なのかは、ダイナ装備達を始め誰にも見当がつかなかった。

「粘土のことは私達にも分からないけど、どの道早くマニヨウジのところに行かないといけないのは、間違いないわね」

「そうだな…。封印が解けるまでまだ今日含めて2日あるが、奴が力を取り戻しつつある以上、このまま野放しにしておいては、何をしでかすか分からない…」

誰が見ても明らかな程、緊急事態だ。アサバスは、意を決する。

「皆、ケルベ達から今のマニヨウジの状態を聞く限り、奴は我々の想像よりも早く力を取り戻しつつある。最悪の場合、封印が早く解け、ラミダスによって封じられていた力を、完全に取り戻すだろう。そうなれば、我々だけでマニヨウジをあの世に送ることは不可能だ。そこで、明日にでもマニヨウジの元へ向かい、今度こそ奴をあの世に送り、バウソーを、そして人質となった少女の救出を行いたい。だがその為には、誰かが我々を、マニヨウジの元へ連れて行ってもらう必要がある。しかし、何が待ち受けているか分からない。危険なのは重々承知だ。無理強いはしたくないが、誰かが共に来てもらわねばならない。それでも…我々共に、マニヨウジの元へ赴いてくれる者は…いるか?」

60年前、アサバス達は、マニヨウジをあの世に送り、憑依されたバウソーを救うべく、60年もの間その時を待ち続けてきた。そんな彼らの思いに、誰もが応えたいと心から思っていた。だが、その為の行動に出ることは、簡単には決められなかった。無理もない。彼らはまだ、10にも満たない少年達だ。

「…頼む」

アサバスは、祈るような気持ちで、静かに懇願する。元の身体があれば、土下座していたであろう。正直な気持ちを言えば、ダイナ装備達も怖い。彼らもまた、心はズーケン達と大差ない少年少女達なのだ。

だが、それでも彼らは、行かねばならない。マニヨウジを倒し、バウソーとアンゾウを救えるのは、ダイチュウ星の人々全員の命と、種族の壁を越えて分かり合えた者、ここにはいないダイナ装備達全員の親友の思いを、60年間背負い続けてきた、彼らダイナ装備しかいないのだ。しかし、彼らだけでは、マニヨウジの元へ向かうことすら叶わない。自分達と共に、マニヨウジと対峙する、「誰か」が必要なのだ。その誰かを、自分達は選ぶ権利もなければ、無理強いすることも出来ない。

そんな彼らの、強くも複雑な思いを、少年達も理解していた。だが、誰もがあと一歩を踏み出せずにいた。そんな中、その思いに応えるのは、ここにはいない彼らのもう一人の親友、ラーケンの孫であった。

「…僕が、行くよ」

ズーケンは、静かに立ち上がった。アサバスがどれだけ複雑な気持ちを抱えて自身に話しているのかを、まるで自分のことのように苦しくなる程理解していた。誰にも、危険な目に遭ってほしくない。だが、誰かがいなければ、自分達は役目を果たすどころか、マニヨウジの元へ赴くことすら出来ないのだ。危険な目に遭わせたくない筈の自分達の中から、誰かに危険を共にしてもらわなければならない。そんな矛盾に苦しんでいることを。それに、第五のダイナ装備のことを考えると、親友であるバウソーを救えなかった亡き祖父のことを思うと、自分が行くしかないと考えていたのだ。

「ありがとう…ズーケン。心のどこかで、お前ならそう言ってくれると思っていた。だが、本当にいいのか?以前も言ったが、確かに、マニヨウジと共に封印されたバウソーは、ラーケンの友人であり、ラーケンは、自身の命を捨ててでもバウソーを救おうとしていた。だが、だからといって、孫であるお前が行く義務も義理もない。それでも、お前がバウソーを助けようとしてくれているのは、ラーケンもきっと喜んでいるだろう。だが、その為にお前に危険が及ぶのは、ラ―ケンは望まない筈だ。それでも…共に、戦ってくれるのか?」

ズーケンが、自分達と共に来てくれる。親友の孫であることもあって、アサバス達は嬉しく、頼もしく思い、心強かった。同時に、一番巻き込みたくない相手を巻き込んでしまうことを、複雑に思っていた。本来なら誰も巻き込みたくなかった彼らからしてみれば、ラーケンの孫であるからこそ、彼ズーケンだけは、特に巻き込みたくなかったのだ。だからこそ、アサバスは今一度、ズーケンに問いた。何もかも自分達と共に背負い、マニヨウジと、戦ってくれるのかと。

ズーケンは一度、目線を下に落とす。当然、簡単に決められることではない。マニヨウジと戦うことになれば、何が待ち受けているか分からない。そのことに対する恐怖と不安と戦いながら、ズーケンは、目線をアサバスに戻す。

「それでも、僕は行くよ。すごく危険なのは分かってるつもりだけど、どれだけ危険で、何が待ち受けているかも分からないけど、だからこそ、誰にも危険な目に遭ってほしくないんだ。でも、誰かが行かなくちゃいけないなら、僕一人行けばいいなら、僕が行くよ。僕だって、バウソーを助けたいし、あの子のことも助けてあげたい。それは、祖父ちゃんのこととは関係なしに、僕が思っていることで、僕の気持ちそのものだから」

60年間マニヨウジと共に封印され続けてきたバウソーを、マニヨウジによって囚われの身となってしまったアンゾウを、そして、目の前で矛盾する思いに苦しむ彼らを救う為にも、ズーケンは決断した。正直、彼自身の中ではこれまでにないと不安と恐怖で満たされていた。だが、それでも自身が行くしかない。祖父自ら、自身に頼まれたのだ。自分でなければ、マニヨウジと戦うことすら出来ないのだ。

「…ありがとうズーケン。恩に着る。いや、どれだけ礼を言っても言い切れん…」

「全くだ。ズーさんには世話になりっぱなしだけど、また世話になっちまいそうだな」

「あなただって、本当は不安で不安で仕方がないのよね…。けど、それでも一緒に来てくれるのは、本当に嬉しいわ!それに、とっても心強い!ズーケン!ありがとう!」

「だけどズーケン、安心して。何があっても、あたし達が必ずズーケンを守るから」

ズーケンの、隠された真意を知る由もないダイナ装備達は、ズーケンが決心してくれたとはいえ、彼が内心どれだけ大きな不安や恐怖と戦っているのか、十分過ぎる程理解していた。それぞれ、溢れんばかりの感謝の思いを口にする彼らは、絶対に使命を果たすことと同時に、自分達に何があろうと、ズーケンだけは何としてでも守り抜くことを誓った。

「みんな…ありがとう…」

そんな彼らの気持ちや気遣いもまた、ズーケンは言うまでもなく感じ取っていた。

「それじゃ、俺達はそんなズーケンの代わりに行くとするか」

「…え?」

ズーケンが、自分史上最大の勇気を振り絞り、そんな彼をダイナ装備達が守り抜くことを誓った矢先、ケルベが、一息ついて立ち上がる。

「だな。まー、ついてきてくれるのは頼もしーけど、しょーじき留守番しててくれてたほーが安心だよな」

「ああ。その通りだ」

「え、えっとあの」

続いて、ルベロとベロンも立ち上がる。一瞬、三兄弟の言葉の意味を理解出来ず戸惑うズーケン達に、ケルベが説明する。

「始めから、俺達でマニヨウジのところに行くつもりだったんだよ。元々、マニヨウジと最初に出くわしたのは俺達だから、俺達が行くべきだなって思ってたからさ。それを言おうと思ったら、ズーケンが格好良いところを見せてくれてさ。まあズーケンにはわりぃけど、この通り俺達が行ってくるからさ。お前は家で、俺達のことを待っててくれよ」

「あ…う、うう…」

ズーケンは迷った。ここで、第五のダイナ装備の存在を明かすべきかどうかだ。ケルベ達3人がマニヨウジのところへ赴いたところで、誰も救えやしない。それどころか、彼らが危険な目に遭うだけだ。しかしここで、第5のダイナ装備のことを話せば、皆に心配をかけてしまう上、もしかしたら自身と共にマニヨウジの元へ向かおうとする、誰かが出てきてしまうのかもしれない。

「ズーケン。お前の気持ちはとても嬉しかったが…ケルベの言う通りだ。お前の勇気には心から感動したが、我々の本心としては、やはり複雑なのだ」

ズーケンが話すべきかどうか迷う最中、アサバスは本心を語ることにした。

「まず、お前達誰一人巻き込みたくないのが本心だ。本来ならラ―ケンと共にマニヨウジと対峙するつもりだった。だが、そのラ―ケンがいなくなった以上、誰かがラ―ケンの役割を果たさねばならない。その誰かに名乗り出る者がいるとしたら、我々はズーケンだろうと考えていた。ズーケンは人一倍心優しい上責任感も強い。何より、ラーケンの孫であることから、亡き祖父の代わりにバウソーを救いたいとだろうと思ったからだ。そして、我々の思った通り、お前は真っ先に名乗り出てくれた。半分は嬉しかった。危険を冒してまで、我々と共にマニヨウジと戦おうとしてくれるその気持ちが、もう半分は…正直、罪悪感を感じた」

「…!」

「以前も話したと思うが、ラーケンは息子であるズケンタロウ、つまりズーケンの父親でもある彼に我々やマニヨウジのことを一切話さなかった。それには、お前達親子を巻き込みたくない思いがあった筈だ。しかし、お前が共にマニヨウジの元へ赴くとなると、その思いを無下にすることになる。だからこそ、ラーケンの孫であるお前だからこそ、お前を巻き込みたくなかったのだ。そしてそれは、ラーケンの思いであり、私達の思いでもあるのだ」

亡き祖父の思いとアサバス達ダイナ装備の思い。そして、マニヨウジの秘密と第5のダイナ装備の存在。相反する思いと事実の間で、ズーケンは葛藤する。彼らの思いを踏みにじるような真似はしたくないが、本当はマニヨウジが怖くて怖くて仕方がないのだ。だが、自身か父親であるズケンタロウが行かねば、誰も救うことが出来ない。彼が祖父から語られた、重大な事実を伝えるタイミングを伺っている間にも、話は進んでいく。

「なら、猶更俺達の出番だな。後のことは、俺達に任せとけって」

「でも…」

「心配するな。俺達は3人だ。一人で行くわけじゃない。だから、安心してくれ」

「あ、あの…」

ケルベとベロンに引き留められたズーケンは、これ以上彼らに気を遣わせない為に、いよいよ第五のダイナ装備の存在を明かすことを決めた。

「だってさ。ズーケン、ここはご厚意に甘えて、留守番してようよ。僕だって君が危なっかしい目に遭うのは嫌だし、君が行くんだったら心配した僕がついて行かなくちゃいけなくなるでしょ」

「そ、そうか…」

だが、レーガリンの安堵の本音を聞いたら、ヘスペローとペティの心配そうな顔を見たら、話せなくなってしまった。

「まーそんな顔すんなって。だーいじょーぶだって。俺らに任せとけ。必ず帰ってくるからよ。だからお前ら、ちゃんと留守番してろよ?」

ルベロ達も、本当は自身と同じくらい、もしくはそれ以上の恐怖と戦っているに違いない。なのに皆、自身のことを気遣ってくれている。その優しさがより、ズーケンの胸を締めつけた。

「…わりぃな」

「気にすんなって。何も全員で行く必要はねーわけだし、お前らは何も気にすることはねーんだよ」

「むしろ。大人数で行くのは、逆に心配になる。だから皆は、いつも通り過ごしてくれ」

「うん…」

ズーケンと同じ様に、マニヨウジに対する強い恐怖を抱ているペティとヘスペロー。自分達を励ましてくれるルベロとベロンに、彼らもまた、強い罪悪感を抱いていた。

「んじゃお前ら、本当はお前らだって巻き込みたくなかったが…頼んだぜ」

「おう。一緒に頑張ろうぜ」

「あなた達が来てくれるのも嬉しいわ。頼りにしてるわよ」

「大丈夫。あなた達も、あたし達が絶対守ってみせるから」

「…ありがとな」

アムベエ達もまた、共にマニヨウジと戦うケルベ達を、必ず守り抜くことを誓った。

そして、この日はとうとう、ズーケンは何も伝えることが出来なかった。



話し合いの結果、明日、ケルベロ三兄弟が、ダイナ装備達を連れてマニヨウジの元へ向かうことになった。明日の朝、3兄弟がダイナ装備達を迎えにズーケンの家に訪れることになり、ズーケンは、その際3人に、今日話せなかったこと全てを話すことにした。そして、ダイナ装備達には、彼らの気持ちをふいにするようで申し訳なかったが、レーガリン達が帰宅した今、話すことにした。

その為にズーケンは一度、下の階にある祖父の仏壇から、刃の折れた短剣を取って部屋に戻った。全てを話す準備を整え、ダイナ装備達に、最初に封印した際、マニヨウジが4人に耐性を持ったこと、そのマニヨウジに対抗する為、祖父が第5のダイナ装備を作っておいたこと、そしてその第5のダイナ装備を扱えるのは、ラーケンと同じ血が流れる、ラーケンの息子であるズケンタロウと、ラーケンの孫である自身のみであることを、ついに話した。

「あいつ…とんでもねぇことを隠していやがってたんだな…」

「きっと、私達の気持ちを無駄にしたくなかったね。アサバスが、ラ―ケンの代わりにダイナ装備になったから、猶更そうだったんじゃないかしら」

「そうだと思うけど…ちょっと寂しいね。あたしは、話してほしかったな。だって、そんなに大きな秘密を1人で抱えるのって、すごく苦しい筈だから…」

「だが、そのラ―ケンのおかげで我々は、マニヨウジと戦うことが出来る…。ラ―ケンの息子であるズケンタロウと、孫であるズーケンかいればな…」

60年目の事実を知ったダイナ装備達は、生涯そのことを明かさなかった、ラーケンの心中に理解を示しながらも、どこか寂しさも感じていた。それも、ラ―ケンを親友だと思っていたからこそ抱いた思いであり、彼らの心中は、より複雑なものであった。

「こうなった以上はやむを得ん…。ズーケン。ズケンタロウにこのことを話すんだ」

「え…」

ズーケンの脳裏に、父ズケンタロウの顔が過る。元々父は生まれつき身体が丈夫ではなく、体調を崩しながらも懸命に働く姿を何度も見てきた。その病弱な身体で、今までずっと子供である自身を支え、育ててきてくれたのだ。そして今、その無理が祟り、彼は入院している。ズーケンはそんな父に、これ以上無理をさせたくなかったのだ。

「お前かズケンタロウが必要となった以上、どちらかには必ず来てもらわねばならない。私達は、父親であるズケンタロウに来てもらうことにする。子供であるお前を、これ以上巻き込むわけにはいかないからな」

「そうするしかねぇよな。ってか、ズーさん。なんでケルベ達がいる時にそれを言わなかったんだ?それ言っときゃ、ケルベ達が行かなくてもズケンタロウが行けばいいってなったぜ?そういや、そもそもズケンタロウは、今どこにいんだ?この家に来てから一回も見てねぇんだよな」

「そ、それは…」

これ以上は隠しきれない。

「ごめん…。父ちゃん今、病気で入院してるんだ…」

「なにぃ⁉そんなの初めて聞いたぜ⁉」

アムベエの真っ当な疑問に、ズーケンは俯きながら、気まずそうに答える。初めて聞くその事実には、アムベエを始め、ダイナ装備達は驚愕した。

「それで、お父さんの状態は?」

「まあ…良いような、悪いような…」

今、ズケンタロウの身体は回復しつつあるが、それを言えば、父がマニヨウジの元へ赴くことになるだろう。だが、かといって悪いと言うのも、彼らを騙すようで申し訳ない。

「少なくとも悪かねぇなら一緒に来てもらおうぜ」

「何言ってるのよ!悪いから入院してるんじゃない!患者を無理矢理連れ出すなんて御法度だし、マニヨウジのところなんて猶更よ!」

「…それもそうか」

「ややや…」

そこまで重症ではないが、医者の子故感情的になるカンタがはっきり言ってくれたおかげで、父はマニヨウジの元へに行かなくてもよさそうだ。

「ねぇ。ズケンタロウには兄弟はいないの?ラーケンは一人っ子だったし、いるなら、その人に頼めば…」

「いや…父ちゃんも一人っ子なんだ…。僕も…そうなんだ」

「そうなんだ…」

ラーケンやズケンタロウは、一人っ子である。自身もまた、一人である。ズーケンはそのことを、どこか苦しそうに伝えた。

「となると…ズーケン、お前にも兄弟がいなければ、結局お前に来てもらうしかない。それでも、いいのか?」

ズケンタロウに来てもらうことが出来なくなった以上、彼らに残された選択肢は、一つしかなかった。

「うん。僕も、最初からそのつもりだったから…気にしないで」

やむを得ないとはいえ、自身が行くことが決まった途端、ズーケンに、マニヨウジと戦うことへの恐怖と不安が一気に押し寄せてくる。

「ズーさん、わりぃな…。不安だろうけど、俺達が何が何でもズーさんのことを守るからよ」

「そうね。たとえどれだけ危険でも、私達がズーケンを守ればいいだけのことだものね」

「その通りだ。ズーケン。お前のことは、何が何でも我々が絶対に守り抜く。だがその代わり、たとえ何が待ち受けていようと、どれだけの危険が降りかかろうと、我々がお前を守り抜く。だから、共に必ずマニヨウジを倒し、バウソーを、人質となった少女を救おう」

「…分かった。頑張るよ」

この時、ダイナ装備達から見て分かる程、ズーケンが抱えている感情が、その顔に表れていた。彼らの力強い励ましを受けたズーケン達は、とうとう己を頼るしかなくなった彼らの心中を思うと、そう言うしかなかった。だが、バウソー達を救いたいのは、紛れもない本心だ。また、この時ズーケンが暗い表情を浮かべていた理由は、マニヨウジのことだけではなかったが、それに気付く者はいなかった。

「そういえば、そもそもその短剣はどうやって使うの?見たところ、刃の部分が折れちゃってるみたいだけど…」

「やや。それは…」

レーベルが尋ねると、ズーケンは思わずハッとなる。自身の両手の二本指で握り締めていた短剣が、マニヨウジを倒し、バウソー達を救う最後の希望であることは確かだが、その使い方に関しては、全く何も聞いていなかった。これには少々焦った。

「見た限り、持っただけでは何も起きないことは確かだ。となると、考えられるのは…ズーケン。今度はその短剣を持ったまま、ダイナ装備として使うことを意識するんだ」

「わ、分かった」

ズーケンは瞳を閉じ、アサバスに言われたことを心の中で強く念じる。すると次の瞬間、刃を失っていた短剣の柄から、白く輝く光の刃が姿を現した。

「うおー!すげぇ!!」

「やはりそうだったか!」

「ちょっと見て!ねぇ綺麗じゃない⁉」

ダイナ装備達が大盛り上がりする中、ズーケンは、カンタが、ちょっと見て、の声を聞いたからか無意識に目を開けた。

「やや!本当だ!」

「なんだか見ていて、すごく安心するわ…。なんていうか…温かくて優しい光を感じる」

「きっと、ズーケンやラ―ケンの、優しい気持ちが込められているから…かもしれないわね」

「ややや、そりゃどうも…」

女性陣に褒められたような気がしたズーケンは、少々照れてしまった。

「とにかく、こいつでマニヨウジをぶった切ればいいんだよな」

「でも、マニヨウジはバウソーに憑りついてるわけだから、バウソーごと切っちゃっても大丈夫なのかしら…」

「どれどれ…」

ズーケンは、レーベルの懸念通りか、それともアムベエの言う通りそのまま使っても安全か確認すべく、無意識の内に光の刃に左手を横からかざした。すると、かざしたズーケンの左手を、光の刃が貫く。

「やっ!あっ!」

「「「「わあああああああああああああああああああ!!!!」」」」

ズーケンは一瞬焦り、ダイナ装備達からは揃って悲鳴が上がった。だが、特に痛みはない。

「あ、大丈夫だ」

「うぉいズーさん!心臓にわりぃ真似はやめてくれぇ!いや、もうねぇんだけど」

「でも、心がギュッて締め付けられる感覚はあったわよね…」

「良かったぁー…本当にびっくりしたわ…」

「ズーケン…。今度からもう少し慎重になってくれ…。こうもいきなり無茶な真似をされるとかなわん…。あと、もうその左手を下ろしてくれ。見ているだけでこう…痛々しいというか…ムズムズするというか…とにかく、下ろしてくれ」

「や、すまん」

今の心境をなんとも言い表し難いアサバスから注意を受けたズーケンは、他のダイナ装備達の反応と合わせて、少なくとも見ていていい気がしないことは理解出来た。

「とにかく、これでバウソーにマニヨウジが憑りついたまま切っても大丈夫だってことが分かったし、これでやっと、バウソーを救えそうだぜ」

「だが、奴のことだ。その短剣のように、自身が耐性を持たないダイナ装備の存在も考慮していると捉えていいだろう。そうなると、何かしら対策を練ってくるに違いない上、人質となった少女は、おそらくその対策の一つだろう。それにもし、奴がその短剣のような魂の一部を使ったダイナ装備の存在も知っていた場合、まずズーケンがいる時点で怪しまれる可能性が高い。そうなれば、ズーケンや少女は勿論、バウソーにも危険が及ぶかもしれん。バウソー自身が既に、人質のようなものなのだからな」

「ったく…改めて腹が立つぐらい頭が回る野郎だぜ…」

「正面からじゃ、難しそうね…。何か良い手はないかしら…」

アサバスを始めダイナ装備達は、長年背負い続けてきた使命を果たす手段と方法を得たものの、マニヨウジの警戒心が強く用意周到な性格を考慮すると、改めて一筋縄ではいかない相手だと思い知った。

「皆で、考えましょ。まだ時間はあるんだから。きっと良い案が思いつくわよ」

「…そうだといいが」

カンタは明るく振る舞うが、アサバスは懸念を拭い切れない。それは彼だけでなく、カンタも含めたこの場にいる全員がそうだった。

「ズーさん。話は変わるんだけどよ。こんな大事な時に言い出すのもなんだけど…明日、レーガリン達んとこ、行ってこいよ」

「え…?」

ズーケンは一瞬、アムベエが何故いきなりそんなことを言い出したのか、全く分からなかった。それは、他のダイナ装備達も同じだった。

「別に、深い意味はねぇんだけどよ…ほら、大事な時だからダチの顔ぐらい、見ときたいだろ?ここにいたって、しんどくなるだけだしよ。それに、さっきはまともに話せてなかったから、今度はちゃんと話してこいよ。きっと元気もらえるぜ。こっちは大丈夫だから、いってこいって」

「…」

アムベエは言葉に、自身の嘘偽りない気持ちを乗せてその理由を話し、ズーケンに勧める。ただし、最も大きな理由は伏せて。だがそれも、ズーケンも、他のダイナ装備達も、すぐに気付いてしまった。

「…分かった。ありがとう」

「おう。気をつけてな」

しかし、ズーケンも他のダイナ装備達も、それを一切口にはしなかった。アムベエの言う通り、事実、今この部屋には重苦しい空気が充満しており、ズーケンは息が詰まりそうだった。ただ、彼の言う通り大事な時だからこそ、三人の友人達とも話しておきたいと考えていた。ズーケンは、アムベエの厚意に甘えることにしたのだ。

「それじゃ、いってきます」

アムベエを含めたダイナ装備全員は、友人達の元へ向かうズーケンの背中を見守り、彼らが楽しい時を過ごせることを願いながら見送った。そしてそれが、明日で最後にならないことを祈りながら。

マニヨウジが復活するまで、あと2日。


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