ダイ7時代 祖父と父と子 見当もつかない真実
ズーケンとヘスペローが、ダイナ装備達と共に再びクイタンの元を訪れた日。レーガリンは、自宅で自身の部屋に籠り、勉強机の上に一人座り込んでいた。
「はぁ…」
頬杖をつきながら、深いため息をつくレーガリン。いつもなら勉学に励むところだが、何一つ手につかない。ズーケンとヘスぺローが、二人で出かけたことを思うと妙に苛立ち、気持ちが落ち着かなかった。
「…」
彼が,
苛立ちを募らせていると、部屋の外からドアをノックする音が聞こえてくる。
「ちょっと、いいか?」
ノックと声の主は、レーガリンの父レガ―リンであった。
「…何?」
「たまには話でもしようと思ってさ。ここ最近忙しくて、お前ともあんまり話せてなかっただろ?」
ご機嫌斜めなレーガリンが、ムスッとした声で返事したのに対し、父親は軽めの口調で我が子と話す。
「…そんな気分じゃないよ」
自身とは対照的な父親に対し、レーガリンは溜息混じりに返す。
「…だよな。だから、気になったんだよ」
「…へ?」
「ちょっと入るぞ」
ぶっきらぼうな返事に対する、父親からの意外な返事に、てっきり怒られると思っていたレーガリンは戸惑う。そんな息子の返事を待たず、彼は息子の部屋に入った。
「んもぅ…。何も言ってないのに…」
少々強引に入ってきた父親に対し、レーガリンは振り返りながら、いかにも不愉快そのものの表情を浮かべる。
「悪いな。昨日からなんか機嫌悪そうだったから、気になってたんだ。ズーケン君達と、なんかあったか?」
「いや…別にそうじゃないけど…」
「なら、なんなんだ?話してみろよ」
「やだ。絶対言いたくない」
自身の悩みの根源を言い当てた父親から逃げるように、レーガリンは机に向き直り、彼に背を向けた。レガ―リンもまた、そんな息子の態度から、図星であることを感じていた。
「お前が何に悩んでるのかは分からないけど、ちょっと俺の話を聞いてくれ」
返事はないが、我が子の背に向けて父親は、これまで話せていなかったことを話し始めた。
「俺はな、お前と同じくらいの時は、言い方がきつかったり言わなくてもいいことも言っちまう時がよくあって、周りに嫌な思いをさせたり、怒らせてばっかりだった。だから、友達だってほとんどいなかったんだ」
「…それが?」
レーガリンには何故、父親が苦笑い気味にそんな話をするのかが、いまいち理解出来なかった。
「今でも、たまに物言いが悪いかもしれない。だから、お前にイヤな思いをさせるのが不安で、何度も声かけようとしたけど、結局あんまり出来なくてさ」
ただし、今回のように息子に元気がない時や何か注意する等、良くも悪くもいつもと様子が違う時は例外である。
「けどな、お前が話しかけてきた時は、ちゃんと聞いてやろうって思ってたんだ。話すのは得意じゃなくても、聞いてやることだけなら出来るしな」
「あっそう」
どこかで聞いたような話だ。
「ただ、どうも話しかけづらかったみたいだな。俺が忙しいことを気を遣ってくれてるのと、そもそもあんま口聞かない父親って話しかけづらいだろうから、そこは反省したよ」
「はぁ」
道理で話しかけてこないと思ったら。内心、良くないとは思っていたらしい。
「でも、本当に大事な時は絶対に話そうって決めてた。今日みたいな時とかさ。まあ本当は、人と話す時はちゃんと顔を見てしなきゃダメだって言うところだけど…普段からあんまり会話しない父親に、いきなり話せっていうのも、ちょっと無理だよな。だから今回は、怒らないどくよ」
「…」
久しぶりに会話した気がする父は、意外と寛大だった。説教されないことには安心したが、親の対応としては、それでいいのだろうか。父に疑問を持ったものの、普段会話することはない父が、自分なりに自身のことを考えてくれていたことは、確かだった。
「…何で、自分の物言いが悪いって分かったの?」
気にかけてくれているのは嬉しいはずなのだが、緊張のせいか照れのせいか、どうも感謝の言葉が出なかった。まさかの返しに、父は苦笑いだ。
「俺の数少ない…ていうか、唯一の友達が教えてくれたんだよ。ズケンタロウ。お前の友達、ズーケン君の親父だよ」
「ええ?そうなの?」
自身と祖父だけでなく、父親までもズーケン一族と関わりがあったとは…。3世代揃っての縁に、レーガリンは不思議に思いながらも、どこか嬉しかった。
「あいつと出会ったのは丁度お前ぐらいの頃で、その頃から物言いが悪かった俺は、皆から避けられてた。しょうがないことなんだけどさ。でも、そんな俺にあいつは、皆と同じ様に接してくれたよ。それからずっと、あいつとは友達だよ。まあ、今まで生きてきた中で俺にとっての友達は、あいつだけなんだけどな」
この時、彼は最後にまた苦笑いした。ただ、親友のことを話す時の笑みに、苦みはなかった。
「ある時、ふと気になって聞いたんだ。あいつは友達が多いのに、俺はあいつだけなのは何でだろうってさ。別に気にしてはいなかったけど、そこで返ってきた答えが…お察しの通りだよ」
その時の唯一の友の、言うか言わないか己の中で葛藤している時の顔が、今でも目に浮かぶ。
「ショックだったけど、これでやっと納得がいったよ。俺に友達が出来なかったのは、周りと合わないだけじゃなくて、俺自身のせいでもあったんだって。そりゃ言い方が悪い奴と一緒にいても楽しくないし、傷つけちまう時もあるしさ、こればっかりは仕方ねぇよ」
「よくズーケンのパパは一緒にいたね」
「…まあな」
これには、レガーリンも頷くしかなかった。苦笑いしつつも、我が子が自身の話に食いついてきたことを感じ取ると、これから伝えたいことを、心の中で整理し始めた。それを話す前に、まずは親友の言葉を伝えたかった。
「俺は聞いたんだ。なんで、そんな面倒くさい奴と今まで一緒にいたんだって。散々嫌な思いさせちまっただろうしさ。それを聞いた時のあいつの答えは…嬉しかったな」
確かに…物の言い方は良くないかもしれないけど、お前が悪い奴じゃないことは分かってるし、むしろ優しい奴だと思ってるよ。お前はただ、人より言葉を使うのが苦手なだけなんだよ。
誤解されやすいかもしれないけど、本当のお前を分かってくれる人は、必ずいるよ。
少なくとも俺は、多少は分かってるつもりだし、分かってないことがあるなら、分かりたいって思ってる。
俺は、誤解されたり、相手を誤解したままなのはイヤだから、ちゃんと分かり合いたいんだ。
だから、俺は自分のことをはちゃんと伝えるし、相手のことも出来る限り理解するよう、少なくともすぐに決めつけないようにしてるよ。
まあ…理解し合うには、お互い努力は必要だけどさ、それさえ出来れば、きっと大丈夫だよ。
お前は、自分のことを分かってもらう努力をして、分かってくれる人を大切にすればいいんだよ。
そしたら、自分のことを分かってくれる人から大切に思ってもらえる。そんな気がするんだよ。
「その時初めて思った。俺とあいつが友達でいられたのは、あいつが俺のことを分かってくれたからなんだ。だから、俺は良い友達を、良き理解者を持ったんだってさ」
「理解者、ねぇ…」
自分には、そんな存在がいるのだろうか。少なくとも、理解しようとしてくれている人物は、目の前にいる。
「ズーケン君じゃないのか?」
「え?」
一瞬、心の中を読まれたのではないかと動揺するレーガリン。彼の父親からして見れば、息子の表情から大体察しがついたのだ。
「だって、ズーケン君はお前にとって初めての友達で、一番一緒にいるじゃないか。いや…多分、いてくれてるの方が、正しいかもな」
「どういうこと?」
眉をしかめ、いかにもムカついてるご様子の我が子に、心の中で整理したことを、伝える時が来た。
「レーガリン。お前は俺に似て、言葉の表現が苦手だ。それに、感情のコントロールもな。保育園の頃のお前は、よく周りの子達とトラブルを起こしてた。先生に聞いてみると、元々物言いが悪いお前が、ちょっとしたことで感情的になり過ぎて、言い過ぎたのが原因だって聞いたんだ。だからお前は、保育園の頃はずっと一人でいたんだ」
「…」
レーガリンは、保育園の頃を思い返してみると、確かに良い思い出がほとんどない。あるのは、周りの児童達と喧嘩になったことと、一人で遊んでいた記憶ばかりだ。
「だからさ、もしかしたらズーケン君、お前と一緒にいるとたまにキツい時があるんじゃないかな。お前、たまに無自覚にキツいこと言う時あるし」
「ま、そうだけど」
「おい、開き直んな。ちゃんと聞け」
大事なことなので、たとえ息子がふてくされようが、きちんと言わねばならないので、少々声を張った。普段感情的になることが然程ない父親が声を張ると効果があるそうで、レーガリンの表情が、少々強張った。
「ズーケン君ってさ、お前だけじゃなくて、色んな子とも仲良いだろ?それって、あの子自身に人を引き付ける魅力があるのと、もしかしたら色んな子の良さに気付けて、尚且つ気配りが出来るからだと思うんだよ。思い返してみれば、ズケンタロウも子供の頃からそうだったし、だから友達が多かったのかもな。ただ言葉の表現が下手くそな俺の場合は、一緒にいてもあんまり楽しくないし、あいつのことを振り回しちまう時もあっただろうからさ。ズーケン君も同じような思いをしてたら、大変だろうなって思ったんだよ」
「…そんなことないよ」
本当のところは分からないが、自分が周りを振り回しているとは信じたくはなかった。しかし、父の言うことにも一理ある。
「まあ。まだズーケン君が、お前といてしんどいってことが分かったわけじゃないし、あんま考え過ぎることはないさ。ただ、物言いが下手な奴と一緒にいると疲れちゃう子もいるし、我慢しちゃう子もいるんだ。ここに診察に来る子の中にもたまにいてさ、相談される時があるんだ」
「…なんて答えるの?」
レーガリンは、自身が座る椅子を回転させ、背を向けていた父に向ける。もし、ズーケンが自身と一緒にいて疲れを感じていた場合どうしたらいいのだろうか。息子が内心不安に駆られ、それを遠回しに聞いていることは、父親は分かっていた。
「まず最初に、その子に悪気はないんだ。さっきお前に言ったように、ただ言葉の表現が苦手な子なんだ、君のことを友達だと思ってるはずだけど、もし一緒にいてしんどいなって思ったら、少し距離を取ったり、ちょっと勇気がいるけど、自分の気持ちをちゃんと言うのもありだよって。やっぱ言わないと伝わんないこともあるし、言ってもらえないと分からないこともあるしさ。その子だって、君のことを傷つけるつもりはないだろうしさ。まあ…大人でも難しいことなんだけどな」
「そんな…」
もし今、ズーケンから距離を置かれた場合、下手すれば孤立しかねない。ヘスペローやペティとは、ズーケンと一緒にいるから関わっているようなもので、ズーケンがいなければ…少なくとも、自分から関わることもないだろう。
「ねぇ。僕はどうしたらいいの?このままだと、パパみたいになっちゃうよ」
「そ、そうだなぁ…」
逆を言えば、自分や父のように物言いが下手だと距離を置かれてしまうということだ。それだけは、何としてでも避けたい。父親としても少々複雑だが、自身の二の舞は避けたいところだ。
「もし、お前の物言いの悪さが生まれつきのものなら、ある程度改善は出来ても、完璧に直すのは難しいかもな…。俺も気を付けてんだけどさ、どうも上手くいかないんだよなぁ…」
ボリボリ掻く頭には、人を怒らせた思い出ばかりが浮かぶ。特に、妻と揉める際は、大体自身の言動が原因だったりする。
「いっそ、初めに言っとくのもありかもな。もう最初から言っとけば、変に誤解されずに済むかもな。そもそも物言いが悪い奴がいても、切り替えが早かったりとかあんま気にしない子もいるだろうし、それなら付き合っていけるだろうから、考え過ぎることはないさ」
「うん…」
そうは言ったものの、ズーケンはよく且すぐ頭を下げる性分だ。気持ちの切り替えが早い方でも、何かあっても気にしない方でもない。このままでは、距離を置かれてしまうかもしれない…。孤立への不安で満たされつつあるレーガリンの頭を、父は優しく撫でる。
「まあ、ちょっと不安にはなるよな。でも、嬉しいことじゃねぇか。言葉が下手くそでも一緒にいてくれる友達がいるんだからさ…。俺もあの時、思わずズケンタロウに礼を言って…あっ!」
「いたっ!」
「ああわりぃわりぃ」
あることを閃いたのだが、その際息子を撫でていた手に力が入ってしまった。慌ててわしゃわしゃ撫で直す。
「なぁ、ズーケン君にお礼を言ってみたらどうだ?きっと喜ぶぞ」
「んもぅなんでなんで?痛い痛い…」
わしゃわしゃ撫でられるレーガリンは、少々痛そうにしかめっ面を浮かべながら、父に疑問と苦情をぶつける。
「いいか。いくら友達といえど、友達でいられること自体は、当たり前じゃないんだ。友達付き合いってのは楽しいもんだけど、時に自分とは合わないところを知って、イヤになったりモヤモヤしちゃう時もある。でもな、それでも友情ってのは、簡単には壊れない。それはな、お互いに合うところも合わないところも受け止め合っているからなんだ。つまり、お前の物言いの悪さを、周りの友達は受け止めてくれてるんだろうし、お前も、皆と合わないところも受け止めて、一緒にいるんじゃないのか?」
「…」
ズーケンは心優しいが、失敗を引きずりやすく、落ち込んでいる時間も自身より長い。見ていてうんざりする時もある。ヘスペローは、ズーケンと似たようなところがあり、優柔不断だったり、会話中にまごまごしている時も多い。はっきり言って、ズーケンよりイラつく時が多い。だが、ズーケンと同じ様に、彼も優しい。今はあまり良いところは浮かばないが、探せばもっとあるのかもしれない。ペティは…可もなく不可もなく、と言ったところだろうか。だが、ズーケンやヘスペローのように多少の失敗ではあまり落ち込まず、気持ちの切り替えも早い。意外と共通点が多いのかもしれない。それに、彼がいないとどうも物足りない。皆は、自分のことをどう思っているのだろうか…すぐにでも聞いてみたくなった。
「だからさ、もし苦労をかけてるんじゃないかって思ったら、思い切ってありがとうって言ってみるのもありだと思うよ。まあ照れ臭いだろうけど、少なくとも言われて嫌な気ないだろうし、皆、少しは嬉しいんじゃないのかな」
「ううん…」
レーガリンは、眉をひそめ、悩む。父の言うことは間違っていない気はするが、どうも照れが勝ってしまう。
「それにさ、特にズーケン君は、皆より気遣える分、色んなことを我慢しちゃう子だと思うんだよ。我慢強いんだろうけど、その分我慢し過ぎちゃうこともある。もしかしたら、あの子なりに我慢していることや、表に出したくないものだってあるのかもしれない。だから、あの子の限界が来たら、大変だぞ?」
「そんな風には見えないけど」
ズケンタロウは、そうだった。だから、その息子のズーケンもそうなのではないか。彼はそう思えた。
「あるんだよ、あの子には。他の子達にはない複雑な事情が。だから、人一倍気を遣えたり、誰かに寄り添えたりするのかもな。でも、本当はそんなもの、ない方がいいのにな…」
そして彼は、ズケンタロウ一家の、ある事実を知っていた。
「…?」
また、父の言い方が真面目に、どこか悲しそうな顔になった。レーガリンがそう感じ取っていると、彼の父は、息子の頭を撫でていた右手をそっと離す。
「まあ…今度会った時、言えそうな時に言えばいいさ。出来るんだったら、普段自分のことをどう思ってるのかも、聞いてみたらいいかもな。普段自分がどう思われてるかを知るのも、大事な事だと思うし。もし他にも友達がいるなら、その子達にもさ」
「…分かったよ」
正直、感謝の言葉を伝えることには、かなりの照れ臭さを感じていたが、普段の自分を知ることには、それを大きく上回る程の怖さを感じていた。今夜は、寝つけるか分からない。
その日の晩、ズーケンはまた、亡き祖父と対話したあの真っ白な空間にいた。何気なく辺りを見渡していると、いつの間にやら、正面に見覚えのある人物が立っていた。
「よぉ。元気か?」
「!」
夢の中でしか会えない、話せない、ズーケンの亡き祖父ラーケンは、孫に微笑み、軽く片手を上げる。
「ズーケン。とうとうダイナ装備になった俺の親友全員を、また引き会わせてくれたみたいだな。流石俺の孫だよ。ありがとな」
「いやいや、それ程でも…」
祖父に褒められ礼を言われ、ズーケンは思わず照れ笑いだった。ただ、問題はここからなのだ。
「けど、悪かったな。本当は俺がやんなきゃいけなかったのに、俺が死んじまったばっかりに、みんなお前に背負わせちまった」
「いやいやそんなそんな…」
先程の微笑みから、どこか申し訳なさそうな表情になった祖父に、いつもの癖で咄嗟に右手を振る。
「けど、ありがとな。おかげであいつら、また会えたしさ。俺が生きてる頃はたまに会わせてたんだけど、俺が死んじまってからはそれっきりで、皆寂しい思いしてたし、互いにどうしてるか不安だったんだよ。でも、これでやっとお互いの消息も分かったし、久しぶりに全員会えそうだしさ、マニヨウジのことは関係なしで、そこは嬉しかったんだよ。だから、ありがとな」
「や…はい」
ラーケンは再び微笑みを見せたが、ズーケンにはそれが少し引っかかった。言葉だけ聞くと、喜んでいるのは間違いない筈なのに、何故哀しそうに見えるのか、それが分からなかった。しかし、それはすぐに解消されることになる。
「実はさ…お前に、皆に言ってなかったことがあるんだよ」
「やや?」
「ダイナ装備は、あいつらだけじゃ、マニヨウジは倒せないんだ」
「ええっ⁉」
見ているだけでは、絶対に伝わらない事だ。
「皆がダイナ装備になった後、ラミダスから聞いたんだよ。マニヨウジは、自分を封印したダイナ装備の耐性を持つ。つまり、一度あいつを封印した皆じゃ、あいつは倒せないってことなんだ。だから60年後、奴をあの世に送る時になっても、あいつらだけじゃあの世に送るのは無理なんだ」
「そ…そんな…」
マニヨウジをあの世に送り、バウソーを救うまであと一歩かと思いきや、まさかの落とし穴が待ち構えていた。ズーケンは、開いた口が塞がらない。
「じゃ、じゃあ一体、どうすれば…?」
ズーケンは慌てふためくが、ラーケンは至って冷静である。
「心配すんな。俺はラミダスと話し合って、ダイナ装備をもう一個作っておいたんだ」
「ややや⁉」
まさかの事実に、開いた口をさらに開かせるズーケン。これ以上は、顎が外れる。
「俺の仏壇に、刃が折れた短剣があっただろ?あれが5個目だ」
「はっ!」
口を開けたまま、ハッとなった勢いで、ズーケンはさらに口を開ける。
「あ…が…」
とうとう外れたらしい。
「大丈夫大丈夫。夢ン中だからすぐ戻るって…ほら」
ラーケンが、ズーケンの外れた下顎を上げるようにポンと叩くと、あっという間に元通り。
「やや!ほんとだ!」
「な?医者いらずだろ?」
「どうもどうも…」
えっへんといわんばかりに腰に手を当て、満足げに笑うラーケン。夢の中は、なんでもアリなのだ。とにかく、毎朝拝んでいたあの短剣こそ、マニヨウジを倒しバウソーを救う、最後の希望らしい。
「一応最初に夢ン中で、ダイナ装備は5個あるって言ったけど…流石に覚え切れねぇよな」
「や、まあ…」
笑い混じりの苦い表情の祖父を前に、笑い抜きの苦い表情を浮かべるズーケン。何故そんな大事なことを覚えていなかったのか。夢の中の出来事は記憶が薄れるとはいえ、忘れていた己を情けなく思っていた。
「大丈夫だって。夢なんて基本忘れちまうもんだし、だから今、こうして5個目があることを伝えにきたんだからさ」
「あ、や…どうも」
ズーケンが悔やんでいることは、ラ―ケンには手に取るように分かった。もし、自分がズーケンと同じ年頃なら、同じ様になると思い、フォローを入れたのだ。
「ラミダスから事情を聞いた俺は、5つ目のダイナ装備になることを決めた。でも、皆には内緒でな」
「そりゃなんで?」
「最初は、アサバスじゃなくて俺がダイナ装備になるはずだったのは聞いたよな。もし俺がアサバスと同じ様にダイナ装備になれば、折角代わりを申し出てくれたアサバスや、他の皆の思いを無駄にすることになる。ラミダスはそう言って、俺がダイナ装備になるのに反対した。けど、マニヨウジがアサバス達に耐性を持っちまうから、どうしても別のダイナ装備が必要だった。そこで、俺の魂丸ごとじゃなくて、一部だけを使ってダイナ装備を作ることになった。この方法なら耐性を持ったマニヨウジに対抗出来る上、皆の思いを無駄にしないで済むからな。まあ、俺の寿命は減るけどな」
「やや…」
祖父が遺した最後のダイナ装備とその秘密、そして生まれる前に急死した謎が今、明らかになった。
「ただ、この方法で作ったダイナ装備は、誰かの魂をあの世に送る力はない。けど、俺か、俺の子孫が使えば、相手を成仏させる程の力が出せる。あいつらと力を合わせれば、それこそマニヨウジにだって勝てる。けどな…」
ラ―ケンは一瞬、ズーケンから目を逸らす。
「逆を言えば、お前か、ズケンタロウじゃないとあの短剣は使えない。つまり、マニヨウジを倒すには、最低でもどっちかが奴のところに行かなきゃならないんだ」
「…!」
その瞬間、ズーケンの背筋に悪寒と恐怖が走った。だが同時に、祖父がどんな思いでそのことを口にしたのかも、分かる気がした。
「…わりぃな。本当はズケンタロウに…いや、俺が行くべきだったんだけどな。でも、あいつは今入院してるし、俺は死んじまった。役目も果たせず死んじまった俺が言うのはナンだけど、俺は、お前が助けに行ってやってほしいって思ってる。マニヨウジを倒すのは、ズケンタロウにも出来る。けど、バウソーを救うのは、お前じゃないと出来ないって思ってるんだ」
「やや…それは、どうして?」
どう考えても父が行った方がマニヨウジと戦えて、バウソーを救えるような気がするのだ。
「それはお前が、優しいからさ。勿論、ズケンタロウも優しいけどさ、人の気持ちに寄り添う力は、お前の方がずっと上なんだよ。あと、このことはアサバス達は知らねぇから、お前の口から話してやってくれ。色々と…わりぃな」
「あ、いや、そんなことは…」
祖父が、優しくも申し訳なさそうな表情をするので、ズーケンは咄嗟に、右手を左右に振る。あまりにも必死に振るものだからか、ラーケンは可笑しそうに且嬉しそうに笑った。また、ラーケンが笑うと、ズーケンも安心感を覚え、自然と肩と腕の力が抜けた。
「そういえば祖父ちゃん、バウソーって、どんな子だったの?祖父ちゃんとは、何かあったの?」
「!」
力が抜けたせいか、それともいつもなら起きないことが起きる夢だから、だろうか。いつもなら気になっても黙っておくところだが、ズーケンはふと、気になったことを聞いてみた。その時、祖父が初めて、驚いた表情を浮かべたので、少々焦った。
「あ、いや、ごめん。話し辛かったら特に…」
慌てて謝る孫に、ラーケンは、いや、と制する。
「いいんだよ。そういやあいつのことについて、何も話してなかったな…。まず、バウソーは、ビスタヴェルバーソーっていう、俺達ズケンティラヌスと同じ様にティラノっぽいダイチュウ人なんだ。まあ、ほとんど俺達と似たようなもんだけどさ」
ラーケンは、苦笑いしながらまず、バウソーの、そもそもな情報を語った。それからラーケンは、バウソーが生真面目で正義感が強く、義理人情に厚い人物であること、何でもよく食べよく寝ること、勉強は平均より少し下の、ラーケン自身よりも苦手であったことを明かした。おそらく、他の誰にも話すことはないだろう。
「それから…ちょっと、聞いてくれるか?」
「やや?」
先程までとは打って変わって、ラーケンの表情は真剣味を帯び始める。彼はこれから、生涯誰にも明かすことなく、一人胸に秘め、悔やみ続けてきたある出来事を、教訓も兼ねてズーケンにだけ明かすことにした。
60年前、ダイチュウ星がシゲン人との戦争状態にあった時代。ラ―ケンとバウソーは、今のズーケンと同じ9歳の時であった。後に朝麗舞園と名付けられる児童養護施設に引き取られた二人は、親友同士であった。彼らは施設にある大庭の片隅で、自分達よりも幼い児童達がはしゃぐ様を眺めていた。二人と同じ境遇でありながらも、それを感じせない程無邪気だった。
「ラ―ケン。俺は大人になったら、誰よりも強い兵士になって、俺達の大切なものを奪い、平和と幸せを壊したシゲン人達と戦う。俺はこの星の為に、俺達の為に命を捧げた父のように、一番の親友であるお前と共に、この星の平和を掴むんだ。この命を捨ててもだ」
「…」
バウソーは、己の人生の全てを、シゲン人との戦いに捧げる覚悟だ。強く握りしめた三本の指を見つめるバウソーとは正反対に、ラ―ケンは、自分達と同じ境遇とは思えない程元気いっぱいな児童達を見つめながら呟いた。
「バウソー…。俺は…兵士になんかなりたくないし、戦争にだって行きたくない」
「どういうことだ?」
バウソーは、ラ―ケンが溜息混じりに言ったことに、愕然とする表情だ。当時、男は成人したらダイチュウ星の為に兵士となり、命を捨てて戦うことを教育されていた。そしてそれが、彼を含む多くのダイチュウ人にとって当たり前となっていた。その教えはまた、バウソーにとって当たり前であり、ラ―ケンが何故兵士になることを拒むのか、全く理解出来なかった。
「俺は…誰も傷つけたくないんだ。たとえシゲン人であっても…。それに、俺は…死にたくない」
「⁉」
この星の為に、戦禍の中で喪った両親の仇を取る為、シゲン人と戦うことが全てだと信じていたバウソーにとって、ラ―ケンの言葉は全く理解出来なかった。
「何を言っているんだ⁉シゲン人はこの戦争を引き起こした張本人だぞ⁉俺達の両親、それにあの子達の家族を奪った奴らなんだぞ⁉」
バウソーは激昂する。いくら親友といえど、故郷の為に侵略者と戦おうとしない姿勢には、深い憤りしか感じなかった。臆病者の言葉にしか聞こえなかったのだ。
「俺は、父親が戦争に行って帰ってこなかった時、母が父の分まで俺を育ててくれた果てに世を去った時、俺らは奴らを倒すことだけを考えて生きてきた…!お前は、親の仇を取りたくないのか⁉」
「…」
これまで聞いたことがない激しい怒声と、鋭い眼差しを受けたラ―ケン。だが、バウソーのこの態度も無理はないと考えていた。そして、先程まで無邪気に遊んでいた児童達の視線にも気づいた。
「バウソー…。ちょっと、場所を変えよう…」
児童達が遊んでいた庭から、施設の玄関の前に場所を変えた二人。玄関の鍵は壊れており、抜け出そうと思えばいつでも出来る状態だ。周囲に誰もいないことを確認したラ―ケンは、ここでバウソーの長い間抱えていた思いを受け止め、彼と同じ様に誰にも言わず秘め続けていた、自身の気持ちを伝える決意をした。
「ラ―ケン、どうしてだ!俺達は今まで、大人になったら立派な兵士になってこの星の為に命をかけてシゲン人と戦う、この星や人々の為に命をかけることは、俺達にとって幸せなことだって教わってきたじゃないか!だから、俺は両親の仇を取る為、みんなの為に俺は自分を捨ててでもシゲン人と戦うと決めたんだ!それの、何がおかしいんだ⁉」
「…」
隠し続けてきた本音を、おそるおそる明かしていくラーケンに対し、親友の目の前で声を荒げ、自身の思いと怒りをぶつけるバウソー。その目と心は、シゲン人への復讐心に満ちている。今の親友の目は、直視出来るものではなかった。故に、ラ―ケンは思った。これから言うことは、彼を傷つけることになるかもしれない…。彼が今まで信じてきたものを、根本から否定することになるかもしれない。そして、友達でいられなくなるかもしれない…。そうなるぐらいなら、言わない方が良いのだろうか…。だが、バウソーは本気だ。本気で自分が正しいと思っている。だからこそ、ちゃんと正面から向き合わなければならない。強い憎悪に満ちた目から、背けてはならない。ラ―ケンは、迷いを振り切った。
「…確かに。お前の言う通り、誰かの為に自分を捨てるのは、立派なことだと思うし、それをしようとしているお前はすごいよ。けど俺は…それを誰かに押し付けるのは、誰かに、皆の為に犠牲になれっていうのは、違うんじゃないかって思うんだ」
「…何を言ってるんだ?それの、どこがおかしいんだ⁉」
バウソーは、自分が間違っているとは思えなかった。一方ラ―ケンは、自分が絶対に正しいとは言い切れなかった。しかし、間違ってるとも思えなかった。親友に伝わるか分からない。けど、もしかしたら、分かってくれるかもしれない。ラ―ケンは今、祈るような気持ちで、自身の心の奥底にしまい込んだ記憶を掘り起こしていた。
「昔さ、俺と母ちゃんと二人で住んでた村が、シゲン人に襲われたんだ。俺達は必死で逃げたけど、いつの間にか、はぐれちゃって…。俺、母ちゃんを捜しに戻ったんだよ。そしたらその途中、シゲン人に出くわしたんだよ。俺、もう腰抜けちゃってさ…とにかく怖くて怖くて、すぐに、殺されるって思って一歩も動けなかったんだよ」
「何だって…⁉」
バウソーにとってラ―ケンは、いつも明るく優しく、弱いところなど見せない、誰からも慕われる、自身が憧れる存在であった。そのラ―ケンが今、目の前で両手を震わせながら、己の辛い過去を話している。初めて見る親友の姿を、バウソーは戸惑いながら、受け止められずにいた。
「でも、しばらく経っても何もしてこないから、変だなって思って顔上げたら…そのシゲン人、泣いてたんだよ」
「…⁉」
その時の光景は脳裏に焼き付き、今でも夢にまで出てくる程、忘れたくても忘れられない記憶だった。だが今では、忘れてはならない記憶なのでないかと、思い始めていた。
「…そしたらそのシゲン人、すぐに目の前で倒れちまって…。もう、何が何だか分かんなくて、怖くて怖くて仕方なくて、でも立てないから、必死に這って逃げちまったんだよ…結局、母ちゃん捜しに行けずにさ」
「…」
バウソーの目に、ラ―ケンの手が小刻みに震えている様が映っていた。
「それからこの施設に引き取られた後、その時のことをずっと考えてた。どうしてあの時、俺は殺されなかったのか、あのシゲン人が流した涙は、一体何だったのか…。誰かに聞いてみたかったけど、どうしても言えなくて…」
この施設にいる児童達の大半は、戦争によって家族を喪っている。戦争を起こしたシゲン人の話など、到底することなど出来なかった。ラ―ケンは一人で考え、答えを出すことにしたのだ。
「ある日、授業で先生が言ってたんだ。シゲン人は、ダイチュウ星を奪う為に兵士としてやってくる。だからこの星を守る為に、皆のお父さんは戦争に行くんだって。自分達ダイチュウ人も、大人になったら兵士になってシゲン人と戦うんだって…。その時は、黙って聞いてたけど、それがなんか引っかかってたんだ。そのなんかが気になって、その日はずっとそのことばかり考えてた。それで、やっと気付いたんだ」
ラ―ケンは目を閉じ、大きく息を吸う。
「あの時のシゲン人も、誰かのお父さんだったのかな…って」
「!!」
その時、バウソーの心に燃え滾っていた、憎悪に満ち溢れたた炎が、揺らぎ始めた。ラ―ケンはそれを、バウソーの目から感じ取っていた。一瞬、いつもの彼の目に戻ったのだ。
「きっと、あの時泣いてたのは、自分の子供のことを思い出してて…だから俺のこと、殺せなかったんだと思う。それにもしかしたら、そもそも誰も殺したくなかったんじゃないかって、思ったんだ」
「…どういうことだ?」
バウソーの声は震え始め、その心臓の脈動も、バクバクと早まっていく。
「俺達の星では、大人になったら嫌でも戦争に行かされるだろ?きっと、シゲン人星でも同じようなことが起こってて…本当は行きたくないのに、無理矢理戦争に行かされてたんじゃないか、だとしたら、ダイチュウ星に来たシゲン人達も、もしかしたら被害者なのかもしれないって思ったんだ…」
子供相手に涙を流す者が、戦争を望んでいたとは思えない。
「そんな馬鹿な…!戦争を起こしたのはあいつらだぞ⁉ここにいる子供達や俺達の家族を奪った張本人なんだぞ⁉奴らは侵略者じゃないか!!」
「ああ。俺達ダイチュウ人から見れば、シゲン人は戦争を起こした悪い奴らだよ。けど、ここに家族を亡くした子供達がいるように、シゲン星にも、俺達と同じような子供達がいるはずなんだよ…」
「…っ!」
バウソーは、つい先程まで自身の中で抑えきれない程激しく燃えていた怒りの炎が、一瞬で消えかかった。
「もし、俺達が戦争に行くことになったら、間違いなくシゲン人と戦うことになる。それで…もしかしたら…殺してしまうのかもしれない…。シゲン人を、誰かのお父さんを、家族を…。俺は、それが怖いんだ…俺達みたいな、親のいない子を、自分の手で生んじゃうのが…」
「…よせ」
ラ―ケンは、手も、声も震えている。バウソーの脳裏に、先程楽しそうに遊んでいた児童達の顔が過る。もしかしたらいずれ、あの子達も…。
「バウソー。お前、自分のお父さんが戦争に行った時、どう思ってた?正直、俺は辛かったよ。だってもう帰ってこないから、もう二度と会えないんだって…思ってたから…。学校では、光栄なことだから笑って送り出すんだって教わったけど…全然笑えなかった。それどころか、心が痛くて、辛くて、苦しくて…ただただ悲しかったんだよ…。お前も、本当は、寂しかったんじゃないのか?きっと、俺達のお父さんだって…」
「…やめてくれ」
バウソーは、父から自分に正直に生きろと、いつも言われていた。その通りに生きようと思った。彼の脳裏に焼き付いた、父の最後の姿。戦場へ送り出す時、父は、笑っていた。母も笑っていた。バウソーは…笑っていた。そして、泣いていた。あの笑顔は、戦地に赴く父の為、本当の気持ちを隠す為の、嘘そのものだった。
「それだけじゃない。俺は…気付いちゃったんだよ。父ちゃんは、俺達の為にシゲン人達と戦うんだって言ってたけど…それってつまり、誰かの子を…誰かの父ちゃんを…」
「もういい!!そんな話、聞きたくもない!!」
バウソーは、気が付けば走り出していた。ラ―ケンが言おうとしていることが、分かってしまったのだ。自分達の父親は戦争へ行き、帰ってこなかった。シゲン人の誰かに殺されたのだろう。自分達は、戦災孤児になった。だが、シゲン人達にも、自分達と同じように家族がいて、その家族を守る為に戦場へ出たのだ。そして、自分の父親達と同じ様に命を落としたのかもしれない。誰かの家族、あるいは父親によって。おそらくその父親の子は、自分達と同じ境遇になってしまったのだろう。もし自分の父が、故郷を、家族を守る為とはいえ、誰かの家族を、父親の命を奪い…自分達と同じ戦災孤児を生んでしまっていたとしたら…。もう、何も考えたくなかった。
「バウソー!待ってくれ!!」
ラ―ケンはバウソーを追おうとしたその時、親友の涙が映った。
「…」
足が、動かなくなってしまった。自分の言ったことが、どれ程友を傷つけてしまったのか、悲しませてしまったのか…。
(俺は…あいつの友達なのか…?その友達が…友達を傷つけていいのか…?)
自身のしたことに強い疑問と、これまでよりも強い自責の念に駆られ、どんどん小さくなっていく友の背中から、涙ぐんだ目を背ける。
一番の親友であるお前と共に、この星の平和を掴むんだ。
(分からない…。俺は、どうしたらいいんだ…?けど…やっぱり、このままじゃダメだ!)
ラ―ケンは、再び走り出す。たとえ許してもらえなくてもいい。謝らなきゃ。自分のことを一番の親友だと思ってくれているバウソーを、自分の言葉で、自分の気持ちで深く傷つけてしまったのだ。だから、せめて一言、謝らせてほしい。その一心でラーケンは、もう既に見失った親友の後を追った。
そして、これが後にバウソーにとって60年にも及ぶ悲劇の始まりであり、ラ―ケンにとってもその生涯の中で、最も悔やんでも悔やみきれない程の後悔を残すことになってしまった。
「これを話すのは、お前が初めてかな。流石に重過ぎるし、これ話したら皆しんみりしちまうし、その後の空気とか考えたら、誰にも言えなかったんだよ。その後のことは、皆から聞いた通りだ。ただ、マニヨウジがダイナ装備の皆に対して耐性を持ったことと、俺がダイナ装備になったことも言わなんじまったのは、今思えば流石にまずかったけどな」
「…」
ラーケンが、初めて自身の気持ちを伝えた相手で、親友であったバウソー。そんな彼との最後のやり取り全てを話し終えたラーケンは、当時抱いた強い後悔の念を思い返し、思わず頭を掻きながら苦笑いした。ズーケンに真相を話し終えた後に漂い始めた、この重苦しい空気を払拭するかのように。
「…やっぱり、言い辛かった?」
自分だったら、やはり言い出せなかっただろう。
「まあな。ラミダスが言ったように、皆の思いを無駄にしたくなかったのもあるけど…やっぱり、ただ心配かけたくなかったんだよ。俺が生きて、マニヨウジをまたあの世に送る時になったら、その時に伝えればいいかなって思ってたんだ。けど、寿命が減ってて長生き出来るかどうかも分からなかったから、本当は伝えるべきだったんだ。皆にも、ズケンタロウにも。要は、気を遣い過ぎちまったんだよ」
「そっか…」
元々ラーケンは、人一倍周りに気を遣う分、自身の本音や気持ちは抑え込みがちだった。加えて、バウソーに自身の思いを伝え、傷つけてしまったこともあり、より周りに気を遣い、自身のことは一人抱え込む要因になってしまったのだ。
「お前だって、そうなんじゃないのか?」
「へ?」
しんみりしているところをいきなり問われ、ズーケンは返事が出来なかった。
「お前だって、もっと自分の気持ちとか本音とか、ちゃんと伝えていいんだぞ」
「は、はぁ…」
ズーケンは、何故そう言われるのかが、分からなかった。自覚こそしていないが、彼もまた、かつての祖父と同じように、人一倍周りを気遣い、自身の本音や気持ちを抑え込みがちである。そうなるきっかけは、すぐに明かされることになる。
「あれは…お前のせいじゃない。ずっと、自分の中で抑え込んで生きてきたんだろうけど、誰も悪くない。誰のせいでもないんだよ」
「…!」
祖父が何のことを言っているのか、すぐに分かった。だがそれは、彼が自身の中にしまい続けてきた、思い出すだけで涙がこぼれそうになる程辛く、苦しく、悲しい記憶だった。
「まあ…今回はこのくらいだな。んじゃ、俺が言ったダイナ装備のことと、マニヨウジのことを、俺の代わりに伝えてくれ」
この話をするのは、まだ早い。ズーケンが、あまりにも辛そうな表情を浮かべて黙り込む様から、ラーケンは、そう判断した。
「あと…自分のこともな。約束だぞ」
「え、あっ待っ…」
ラーケンは、最後にそう告げると、思わず右手を伸ばすズーケンの前で、霧のように消えていった。
マニヨウジの封印が解けるまで、あと3日。