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ダイ6時代 喋ると出るのは、籠り込められた思い

「ごめ、ごめんくださーい」

ズーケンが、右の二本指で呼び鈴を押すと、やや緊張気味の声でドアに話しかけるかのような声量で呼びかけた。

「んもぅ。それじゃお家の人に聞こえないって…まあ、呼ばなくても一緒かもだけど」

よくやる行動だが、正直、呼び鈴を鳴らした時点で声を出す必要はないのかもしれない。ふと、レーガリンがそう考えていると、目の前で玄関が開かれる。

「えっと…クイタンの、お友達?」

出迎えたのは、いかにも主婦なエプロンを着た、ケイティと同じく長い首が特徴の竜脚類、藍色のフクイティタンの女性だ。人間に換算すると30代半ばである彼女は、息子と同じくらいの少年4人が目の前に並ぶ光景に少々戸惑う。

「え、えっと…まあ…もしかしたら、そうなるかもしれません…」

「え?」

返しに困ったズーケンの返しに、女性はキョトンとしている。玄関前でなんとも言えない微妙な空気が流れる。

「クイタン…さんに、お話があって来たんですけど…いますか?」

まだ仲良くなっていないのに呼び捨ては勿論、君付けはしていいものか、一瞬迷ったのだ。

「クイタン君のことは、以前から聞いていまして、お友達になれたらなぁって思って来たんですけど、今、会えそうですか?」

ベロンを自宅まで送り届けた翌日。一行は3年1組を尋ねた。クイタンのクラスメイトによると、クイタンは3年生になってから、1か月程で不登校になってしまったとのことだ。その詳しい理由は、誰も知らないそうだ。完全に固まってしまったズーケンに代わり、事実とそうでないことを混ぜながら、レーガリンは何食わぬ顔で尋ねる。すると、女性は顔をしかめ、なんとも言えない表情を浮かべる。

「えっと…家にはいるけど…どうかなぁ…。ちょっと待っててね」

女性は渋い顔のまま、一度家の方を振り向き、ズーケン達に待つよう告げてから玄関を閉めた。そして、数秒も立たない内に、再び玄関を開ける。

「ごめんなさい。ウチの子、今ちょっと調子が悪いみたいで…」

「そ、そうですか…。では、また…」

女性は、クイタンの母親であった。彼女が申し訳なさそうに、何度か小さなお辞儀をすると、ズーケンは深いお辞儀で返した。一時撤退しようと、ズーケンが一歩下がった時、レーガリンが一歩前へ出る。

「じゃあせめて、クイタン君のことだけでも、お話を聞かせてもらってもいいですか?色々あると思いますし、もしかしたら、何か力になれるかもしれませんし…」

「やや?」

「え?ああ…そうね。折角来てくれたんだもの。上がってって」

ズーケン達が呆気に取られている間、いつの間にか、クイタンの話を聞くことになった。クイタンの母親が家の奥に入っていったタイミングを見計らい、未だに状況が呑み込めていないズーケンと二人に、レーガリンは小声で話す。

(ここで引き下がったら何も得られないし、もしかしたら何か手がかりが掴めるかもしれないからね。話だけでも聞こうよ)

(ややや、しかし…)

(まあ…正直、もうここしか手がかりがねぇし、行くしかねぇな)

(そ、そうだね…。緊張してきたなぁ…)

やや強引に押しかけるようで、ズーケンとヘスペローは少々申し訳ない気持ちになったが、ペティの言う通り、他に当てがないことも分かっていた。二人は、レーガリン達と同じ且、違った緊張感を持ちながら家に上がった。



クイタンの母に案内された一行は、茶を出されたテーブルを囲み、彼女の話に耳を傾けていた。

「ウチの子ね、特に具合が悪いとか、病気してる訳じゃないし、家では普通に元気なのよ。1、2年生の頃はちゃんと通ってたんだけど、3年生になって一か月ぐらいだったかな?風邪を引いて学校を何日か休んで、元気になったと思ったら、いきなり学校に行きたくないって言い出して…理由を聞いても、行きたくないの一点張りだし、先生に聞いても、お友達と何かあったわけでもないみたいだし、私達も結局、理由までは詳しく分からなくて…」

「そ、そうだったんですか…」

クイタンの母親は、思い詰めた表情から溜息混じりに、現在の我が子の状態を語る。夫婦共に解決策が見い出せず、お手上げ状態だった。クイタンの両親を悩ませる深刻な問題ではあるが、ズーケンにはイマイチ、その内容があまり入ってこなかった。状況が状況なことに加え、人の家はどうも落ち着かない上、内心ソワソワムズムズしっぱなしだった。それでも、ズーケンはどうにか情報を聞き出そうと、どうにか会話しようと試みる。

「ク、クイ、クイタン君とは、何かお話されてるんですか?」

「そうねぇ…元々口数が少ない子だったし、学校に行かなくなる前から会話は少なかったと思うのよ。なるべく私から声をかけるようにはしてるけど、あんまり会話が続かなくて…。学校に行かなくなって始めの内は、学校に行ってみようって何度か言ってたけど、今はもう学校のことはあまり触れないようにしてるわ。なんだか余計に行かなくなっちゃう気がして…かといってずっとこのままなのも心配なんだけど、私達もどうしたらいいか分からないのよ…」

「そうなんですね…」

クイタンの引き籠り問題は、ズーケン達が思っている以上に深刻な問題であった。彼女が悩む姿を見ていると、自身も落ち込んでしまい、とてもダイナ装備のことなど聞く気にはなれなかった。そんな彼に代わり、またレーガリンが踏み込む。

「何か、クイタン君のことで変わったことはなかったですか?」

「変わったこと…ねぇ…ずっと部屋に籠ってるから、私もよく分からないんだけど…」

クイタンの母は、難しい顔を浮かべると、長い首を折りたたむように丸め込むと、ここ最近の記憶を辿り始める。部屋に籠りがちな為、我が子の変化を感じ取るのは難しかったが、あることを思い出す。

「そういえば…あの子の部屋の前を通ると、たまに誰かとお話ししてるような声が聞こえるのよ」

「!」

その瞬間、全員ハッとなり、それぞれの顔を見合わせる。

「…どうかしたの?」

「あ、いえ、なんでもないです…。それより今、クイタン君と直接お話って出来ますか?せめて話だけでも出来ればいいな~って思いますし」

長い首を傾げて不審がるクイタンの母に、レーガリンは愛想笑いを浮かべ、一旦彼女を席から外させることによってどうにか追及を防いだ。

「そうねぇ…どうかしら。ちょっと聞いてみるわ」

クイタンの母が息子の部屋へ向かう。それから間もなく、彼女が部屋に戻ってきた。

「あの子ね。あなた達と、お話ししてもいいって言ってたわ」

「やや!そうですか!」

ズーケン達は安堵するも、彼女の顔は浮かない。

「ただね…」

「やや?」




クイタンの部屋の前。ズーケンは、扉をノックする。

「ク、クイタン…。はじめまして。僕、ズーケン。ズケンティラヌスだよ」

ズーケンは、緊張気味でぎこちない自己紹介を、扉の向こうにいる少年に向かって届ける。だが、返事は返ってこない。

「いきなり訪ねてきてごめん。驚かせちゃったと思うし、困らせちゃったと思うけど…それでも、君と話がしたいと思って来たんだ。すごく大事な話なんだ。だから…話しても、いいかな?」

引き続き、おそるおそるクイタンに語り掛けるも、返事どころか、物音すら聞こえない。ズーケンは不安になり、一度背後にいるレーガリン達の方に振り返る。

「一応、話してみるしかないよ」

レーガリンはそう言うと、自身の背後で心配そうに見守るクイタンの母親に振り返る。

「すいません。ここからはプライベートな内容になるので、後は僕達に任せてもらっていいですか?詳しい内容は後でお話しますので」

「え…?あ…それじゃあ、後はお願いね」

勿論、これからクイタンに尋ねることは、彼女に話すつもりはない。彼女に席を外してもらう為についた、方便な嘘である。

「さあ、これで聞きたい放題だよ。まずは単刀直入に聞こっか」

「あ、はい」

階段を下りていくクイタンの母親の背に、少々罪悪感を感じながらも、ズーケンは聞き取りを開始した。

「クイタン…。いきなり聞くんだけど…ダイナ装備って、知ってる?」

「…知らない」

単刀直入に尋ねた後、少々間を置いて、クイタンは静かに返した。

「ややや…そんな…」

「まだ諦めるのは早いよ。もっと詳しく話して」

「う、うん。分かった」

すぐに折れそうになるズーケンを、レーガリンは背後から励まし、指示を送る。

「クイタン。ダイナ装備っていうのは…色々あるんだけど、僕達が捜してるのは、ベルトの形をしたダイナ装備で、レーベルって言う子なんだ。その子がいないと、これから大変なことが起きちゃうんだ。でも、その子さえいれば、その大変なことになるのを防げるし、皆が助かるんだ。僕は、皆を助けたい。勿論、君だって助けたいんだ。それに、そのベルトのダイナ装備の子に、他のダイナ装備の皆も会いたがってるんだ。もし君が何か知ってるなら、何でもいいから僕達に教えてほしいんだ」

ズーケンは、藁にも縋る思いでクイタンに自身の強い気持ちを訴え、頼み込む。

「…知らないよ」

だが、クイタンの返事は変わらない。強いて言うなら、先程よりも少し口調が強くなっただけだ.。それともうひとつ、ドアの向こうで、微かに話し声が聞こえる。

「ズーケン。ちょっと一回代わって」

そこへ、これまでの二人のやり取りから、ある疑問を抱いたレーガリンが、ズーケンの隣に出る。

「クイタン。ダイナ装備のことを知らないのに、なんでダイナ装備がなんなのかについては聞かないの?正直ズーケンの説明じゃ足りないことだらけだし、質問の一つぐらいしたっていいのに。あと、なんか話し声が聞こえるけど、本当は、何か知ってるんじゃないの?」

「ややや…」

少々強引且、自身の説明不足を指摘されたような物言いに、ズーケンは、なんとも言えない気持ちになった。そして、クイタンからの返事は、ない。

「んもぅ。こうなったらズーケン、ちょっと耳を」

「あだだ」

少々苛立ち始めたレーガリンは、ズーケンの頭を横向きにし、やや強引にクイタンの部屋の扉に押し付ける。ズーケンの種であるズケンティラヌスは、聴覚に優れている。レーガリンは、自分達の中で一番耳が良いズーケンに、クイタンと、もう一人いるであろう誰かの会話を聞き取るべく、このような行動に出たのだ。短い悲鳴を上げながらも、すぐにその意図を察したズーケンは、ドアの向こうに耳を澄ませる。

「クイタン…お願い。あたしを、あの子達に会わせて。きっと、マニヨウジが復活しかけているんだわ。それに、他のダイナ装備の皆も、あたしのことを心配していると思うから…お願いよ」

「でも…」

「あの子達の言った通り、このままだとマニヨウジが復活して、この星が大変なことになるの。大勢の犠牲者が出るわ。前にも話したでしょう?あたし達は、マニヨウジからこの星を守る為に、マニヨウジに憑りつかれたバウソーを救う為に、60年間ずっと待っていたのよ。あなたや、あなたのお父さんやお母さんを守る為にも、あたしは行かなきゃいけないの。だから、あの子達に会わせて!」

「…」

「クイタン!」

ドアの向こうで、クイタンに、自身の使命を懸命に訴える少女の声が響く。

「何か聞こえる?」

レーガリンの口調は、少々イラついている。彼の気持ちを鎮める為にも、ズーケンは得た情報をそのまま3人に流す。

「やっぱりそうか!」

聞くなや否や、レーガリンは扉を覗き込むように顔を近づける。

「クイタン。あと…レーべルだっけ?いるのは分かってるんだし、ちょっと一回、レーベルと話させてくれない?今、その子がめちゃくちゃ必要なんだよ」

「…」

「ねぇ、聞いてる?」

「…」

「んもぅ!無視してないでさっさと答えてよ!」

返事が一向に返ってこないことに、腹を立てたレーガリンは感情的になり、さらに扉をドンドン叩き始める。

「おいおい。流石にやり過ぎだって」

「だって、喋らないんだからしょうがないじゃん!いくらこっちが話しかけても、これじゃあ何にもならないよ!」

「ややや…」

ペティが注意するも、レーガリンはヒートアップする一方だ。苛立ちを鎮める為に正直に話したつもりが、却って怒りに火をつけてしまったようだ。後悔しつつもズーケンは、こんな時こそ、深呼吸する。

「レーガリン…ここは僕が…」

「無理だよ!さっきだってズーケンが話したのに、何にも答えなかったじゃないか!」

「や…」

ズーケンは、レーガリンの怒りの勢いに思わず押されそうになるも、ここで引き下がれば、ダイナ装備と会うことは勿論、クイタンと分かり合うことも出来ないだろう。一瞬、怒れるレーガリンから目を逸らし、気持ちを整える。

「レーガリン…。また、僕に任せてくれないかな?クイタンにダイナ装備のこととか、まだ話せてないことがいっぱいあるし、もう一度ちゃんと話させてほしいんだ…お願い」

ズーケンは、一番付き合いの長い友人であるレーガリンに、静かに頭を下げた。彼に怒りを鎮めてほしかった、感情的になっている友人の顔を見たくなかったのもあるが、ただ、ちゃんとクイタンと話がしたい気持ちの方が、断然上回っていたのだ。

「何も、そこまでしなくても…分かったよ」

ヘスペローと共に不安そうに見ていたズーケンが、勇気と声を絞り出し、苛立ちを見せるレーガリンを説得した。彼が一歩引き下がったところで、ズーケンはまた、ドアの向こういるクイタンに向き直る。

「クイタン…ごめん。また、驚かせちゃったよね。レーガリンは、君を怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ…今、レーベルが言った通り、これから本当に大変なことになるかもしれないんだ」

なんでそれを…。ドアの向こうから、クイタンの動揺する声が聞こえた。ズーケンは、思わずハッとなる。

「ごめん!君とレーべルが話してるの、聞いちゃったんだ…。盗み聞きするつもりはなかったんだけど…本当に、ごめん…」

ズーケンは、扉の向こうにいるクイタンに向けて、深く頭を下げた。

レーガリンには理解出来なかったが、彼の中では、クイタンに対してだけでなく、ベロンの時も含めて、二度も盗み聞きをしてしまったことに対する罪悪感も強かったのだ。心の底から謝罪をしたものの、返事は聞こえない。

「でも…レーベルが必要なのは本当だし、会いたがってる子達がいるのも、本当なんだ。友達と会えなくて、寂しい思いをしてる子達がいるんだ。会いたい人に会えないのは、すごく寂しいし、不安にもなるよね。レーベルだって、同じように思ってるだろうし、なんとかしてあげたいんだ。だからクイタン、そこから出なくていいし、僕に会いたくなかったら会わなくてもいい。けど、せめてレーベルを、お友達に会わせてくれないかな…?」

「…」

ズーケンは、己の思いの全てを伝えた。だが今度は、何も聞こえない。そもそもズーケンは、聞こうともしなかった。これ以上盗み聞きするような真似は、したくなかったのだ。ズーケンは俯き、深いため息をつき、肩を落とす。しかしその直後、部屋の扉が開けられた。

「!」

ズーケンが顔を上げると、そこには、母親と同じ、藍色のフクイティタンの少年クイタンがいた。

「…いいよ」

クイタンは、顔を長い首ごと下に向けながら、小さな声でそう言った。そして、扉を開けたまま踵を返し、部屋に戻っていく。

「…」

「どうやら会わせてくれるみたいだな。行こうぜ」

「…う、うん」

クイタンの背を見つめ呆然としていたズーケンに、ペティは彼の背後から促す。ズーケンは、少々戸惑いながらも、友人達と共に、部屋へと足を踏み入れていった。


「お、お邪魔します…」

ズーケンの心からの言葉と説得を受け、クイタンは一行を、己の部屋へと招いた。彼は自身の机の前に座り込む。

「ねぇ…もしかして、あれ?」

「だねぇ」

ヘスペローの目線の先にある机の上には、ベルトが置かれている。ベルトは、帯に当たる部位に、コモドドラゴンのような大型爬虫類の顔を象った形をしている。レーガリン達はそれが、4つ目のダイナ装備にしてベルトのダイナ装備レベルト、レーベルだと察した。

「あなた達が…」

「クイタン。レーベルは、僕達が連れて行ってもいいんだよね?」

「えっ…あ…えっと…」

レーベルは、自身を迎えに来た者達が、かつての自身と年の変わらない少年達であったことに驚く一方、レーガリンは彼女に構わず、彼女がいる机の下で座り込むクイタンに確認をする。すると、クイタンは一瞬レーガリンの顔を見ると、すぐにまた俯く。

「…いいんでしょ?」

「…」

レーガリンの口調は、また苛立ちを帯び始める。

「ちょっと。いくら何でも人と話すのが苦手だからって、ずっと黙ってるなんてないよ。そんなんじゃ友達なんて出来ないよ」

「ややや…いくら何でもそこまで言わなくても…」

少なくとも、彼自身だけでなく、先程のことも関係しているのは、間違いなさそうだ。

「…それ以前の問題かも」

ふと、レーベルが呟く。

「待って。クイタンは、人とお話しするのが苦手なのよ。それに今、久しぶりに人と会って話しているから、緊張しちゃってるんだと思うわ」

「だったら、どうして部屋に入れたのさ。その子だけ渡して部屋に籠れば良かったじゃないか」

「やや…」

レーベルのフォローも空しく、レーガリンはだんだんイライラを募らせていく。部屋中に、気まずい空気が漂い始め、ズーケンは息苦しさを感じ始める。

「落ち着けって。ダイナ装備が見つかったんだからいいじゃねぇかよ」

「いやいや。いくら何でも話す気なさすぎるよ。まあ、僕も話したくないけど」

「お前なぁ…」

「多分…あたしが、あなた達に会わせてって頼んだからだと思う…。クイタン、人と話すのがすごい苦手だけど…あたしの為に勇気を…責めないであげて」

「…」

レーガリンをなだめようとしたペティ、そしてクイタンのフォローに回ったレーベル。一段落ついたものの、険悪な空気がさらに重く、気まずくなっていく。そんな状況に、耐えられなくなったズーケンは、咄嗟に思いついた提案を胸に、クイタンの前に座り込む。

「ごめん。クイタン。色々驚かせちゃって…。いきなり知らない子が4人も尋ねてきたら、びっくりするよね。僕達は、もう帰るから…ただ、レーベルには他のダイナ装備の皆に会わせてあげたいから、その子達を連れて、明日また来ていいかな…?今度は、僕だけで来るから」

「…」

もし自分なら、いきなり初対面の子が4人も尋ねてきたら、間違いなく戸惑うだろう。部屋の空気もピリついてきている。この場にいるのは、皆しんどい筈だ。特にレーガリンは、クイタンと根本的に相性が悪い。そのクイタンも、人と接することがあまり得意ではなさそうであり、4人も相手にするのは猶更酷だと、ズーケンは判断した。よって、今度は自身と、ダイナ装備達3人のみで訪ねることにしたのだ。

「…分かった」

しばしの沈黙の後、クイタンは、小さく頷きながら答えた。

「ありがとう、クイタン。それじゃ皆、帰ろう」

「だな。今日のところは、その方がいいな。けど、あいつらと合わせるっつったって、アサバスとアムベエはともかく、カンタはどうすんだ?」

現在、アサバスとアムベエはズーケンの家で保護されている。一方カンタは、レーガリンの家にいる。そこから、担架である彼女をクイタンの家まで運ぶのは、一苦労である。

「僕が、レーガリンの家まで行ってカンタを運ぶよ」

「マジか。明日俺、親が仕事で妹と留守番してなきゃいけねぇから、一緒に運べねぇそ?」

「大丈夫。僕が、なんとかするから。レーガリン…明日、君の家まで行っても、いいかな…?」

出来るなら、レーガリンと一緒にカンタを運びたいところだが、それはどうも難しい。せめて、カンタを迎えに行きたいところである。

「まあ…いいけど…」

ズーケンがおそるおそる尋ねると、レーガリンは顔をしかめ誰とも目を合わせず、渋々といった感じで承諾する。

「ありがとう」

「…なんか僕、悪者になってない?」

レーガリンはイラついてはいたものの、ズーケンの、安心したような笑みで礼を言われると、なんともいえない罪悪感が、じわじわ沸いてきたのだ。

「いいからいいから。ほら帰るぞ」

「んもぅ…」

ペティは、険しい顔にさらにしわを寄せるレーガリンの背中を押し、やや強引に部屋から押し出した。残る2人も、後に続こうとした時だった。

「ごめんなさい。折角来てくれたのに…」

背後からレーベルの謝罪を受け、ズーケンとヘスペローは向き直る。

「いやいやいや、そんなことは…。むしろ、僕達が急に来ちゃったし…その…困らせちゃったと思うから…こっちこそ、ごめん」

「いや、でも、ズーケンはただ、レーベルのことを捜しに来ただけで…何も悪いことはしてないし…。レーガリンは、ちょっと良くなかったけど、悪気はなかったと思うし…。やっぱり、いきなり知らない子が4人も来たら、誰だって…戸惑うだろうし、仕方ないと思うから…」

「やや…ありがとう」

まさか、普段口数が少ないヘスペローが励ましてくれるとは…。ズーケンは、思ってもみなかったことだが、嬉しい気持ちになった。またそれは、ズーケンだけではなかった。

「二人共、ありがとう。明日は、アサバスやアムベエ、カンタちゃんとも、ちゃんとお話し出来たらいいな。待ってるからね」

「うん。それじゃ…」

ズーケンは、何がなんでも明日、4人のダイナ装備を再会させることを誓った。

「あ、あの…」

ズーケンが引き上げようとしたその時、ヘスペローが、緊張のあまり声を震わせる。

「明日なんだけど…僕も来て、いいかな?」

「!」

真横にいるズーケン。机上のレーベル。そして、俯いていた首を上げたクイタン。その場にいる全員の視線が、自身に集まっていることを感じながら、ヘスペローは続ける。

「その…もしかしたらだけど…僕も、何か力になれるかもしれないっていうか…なれたらいいなって思ったんだけど…ダメ、かな?」

ヘスペローは、緊張のあまり誰とも目を合わせられず、終始視線を泳がせていたが、その思いは、皆にしっかり伝わった。

「ありがとう…。あたしは、とても嬉しいけど、二人は?」

「僕は、いいけど…クイタンが」

「…いいよ。僕は大丈夫」

レーベルとズーケンに尋ねられたクイタンは、長い首をそれぞれに向け、こくりと頷いた。

「あ、ありがとう…。それじゃ、明日よろしくね」

ヘスペローは、ぎこちなくなりながらも、クイタンの目を見てそれだけ言うと、ズーケンと、部屋の外で待つレーガリンとペティと共に、クイタンの家を後にした。

家を出る際、ズーケンがクイタンの母に、翌日また訪ねていいか聞くと、息子が良いと言ったならと、歓迎してくれた。おそらく彼女は、息子が二人に心を開きつつあると思ったのだろう。

いつもならズーケンと一緒にいたいであろうレーガリンも、今回ばかりは流石に同行はしなかった。しかし、ズーケンとヘスペローが二人で行動することに関しては、かなりモヤモヤしているようだった。

その帰り道、レーガリンのクイタンへの愚痴を、ペティが右耳から左耳へ受け流しつつなだめる一方、ズーケンとヘスペローの二人は、クイタンのことについて考えていた。

「ねぇズーケン。明日…クイタンと何を話せばいいんだろう…?」

「うーん…。僕達が話すというより、クイタンの話を聞く方が、いいのかも。話を聞けば、もしかしたら、自然と話したいことが浮かぶかもしれないし…僕も、分からないけど」

「…そうかもしれないね」

両者共に、クイタンとどう接するかについて考えてはいたが、帰り道を歩いている時も、それぞれの帰路についても、家に着いても、結局答えは出なかった。明日行けば、どうにかなる。拭いきれない不安に見舞われながらも、彼らはそう思って気を紛らわせるしかなかった。

マニヨウジの封印が解けるまで、あと5日。


次の日。ズーケンとヘスペローは、レーガリンの家を合流地点とし、クイタンの家に向かった。勿論、ダイナ装備であるアサバスとアムベエ、そしてカンタも一緒だ。二人は、カンタの上にアサバスとアムベエを乗せ、3人を運搬した。だが、傘と風呂桶を置いた担架を持って移動し、道中すれ違う人々の好奇や懐疑に満ちた視線を浴びるのは、肉体的にも精神的にもかなり堪えた。ダイナ装備達は、疲労や恥じらう気持ちを堪え、自分達を運んでくれる彼らに、せめてもの思いで感謝の言葉やねぎらいの言葉を何度も送っていた。二人は、自分達を気遣ってくれるダイナ装備達の為にも、なんとしてでもクイタンの家に送り届けると己を奮い立たせ、3人を運び続けるのだった。


ズーケンとヘスペローがダイナ装備達を運び続けること30分、彼らはクイタンの家に到着した。二人が持参してきた変わった傘や風呂桶、担架には困惑するクイタンの母親には、ズーケンは最新のおもちゃだと説明し、どうにか納得させることが出来た。ちなみに、最新のおもちゃと説明したことに関しては道中、ダイナ装備達のことをクイタンの母にどう説明するかを5人で話し合った結果、カンタの案を採用したのだ。ただ、どうにか家に入ることは出来たものの、クイタンの母親の表情は曇ったままだった。彼女は長い首を傾げながら、息子の部屋に入る二人と奇妙なおもちゃ3つ、正しくは5人の後ろ姿を見つめるのだった。

「レーベル!久しぶり!元気にしてた?」

「うん!カンタちゃんも二人共、また会えて嬉しいわ!」

部屋に入って早々、開口一番に歓喜の声を上げたのは、ダイナ装備の中でもレーベルと最も親しかったカンタだった。レーベルもまた、昨日会った時とはまるで別人のように明るく元気な声を上げた。

「私達の方こそ、またレーベルに会えて安心したぞ」

「ああ。これも、ズーさんとヘスさん達のおかげだな」

「いやいやいやはやいやはや…」

「ヘスさん…?」

そんな呼び方をされるのは始めてだ。アムベエに親しまれている証だとは思うが、ヘスペローは一瞬戸惑った。彼は、この呼び方が好きらしい。

「ズーケン、ヘスペロー…ありがとう。あなたのおかげで、皆にまた会えたわ…。なんてお礼を言ったらいいのか分からないけど…本当に感謝してるわ」

かつてレーベルを引き取った少女、クイタンの祖母が亡くなって以来、レーベルは他のダイナ装備と会うことはなかった。彼女の場合、再会できたことへの喜びは強かったものの、それよりも、全員無事に揃ったことへの安心感の方が上回っていた。

「いやいや、そんなそんな」

「クイタンも、ありがとう。クイタンがまたズーケン達に会ってくれなかったら、こんな風に皆とも話せなかった…本当にありがとう」

「あ…うん…」

ズーケンもクイタンも、レーベルから感謝されると嬉しくも少々照れ臭かったようで、両者揃って顔ごと視線を下げた。

「お前がクイタンか。話はズーさんから聞いてるぜ。レーベルが世話になったな。ありがとよ」

「え…?」

会って早々、アムベエから礼を言われ、クイタンは一瞬戸惑う。

「ダイナ装備になった者は、食事も睡眠も不要となり死ぬことこそないが、誰かと食事をすることも出来ない上、皆が寝静まった夜は一人になりがちで、孤独を感じやすい。特に、長年連れ添った相手が亡くなった場合はな。だがその孤独も、君がいてくれたおかげで緩和されたのは違いない。レーベルにとって、君の存在は大きかった筈だ。私達からも礼を言う。ありがとう」

「あ…う、うん…」

真正面のレーベル、初対面のアムベエとアサバスからも礼を言われ、クイタンは照れるあまり俯く。まだ緊張が取れないのか、小刻みに頷いている彼に、二人は本題を切り出す。

「なぁ。レーベルから事情は聞いてるよな?お前にとって、レーベルがどれだけ大切な存在なのかぐらい、多少は分かってるつもりだけどよ、今の俺達には、この星を救う為には、レーベルが必要なんだ。頼むよ」

「マニヨウジと決着がつくまでの間だけでいい。彼女を、私達に預けてくれないだろうか?彼女がいればダイナ装備全員が揃い、マニヨウジをあの世に送り、バウソーを救うことが出来る。特にバウソーを救うことは、ここにいるズーケンの亡き祖父にして、我々の親友であるラ―ケンの悲願でもあるのだ。全てが終わった時は、レーベルを君の元へ返す。だから、承知してはくれないだろうか?」

「…」

60年間使命を背負い続けてきたアムベエとアサバスの、熱く、頼み込むような思いを聞く内に、クイタンは無意識に、長い首ごと顔を上げていた。全てを聞き終えると、少々考え込むように下を向く。それから程なくして、彼は再び顔を上げる。

「…分かった。いいよ」

4人のダイナ装備達それぞれに目をやり、クイタンは答えた。ダイナ装備達に、安堵の溜息がもれる。

「ありがとう。恩に着る」

「んじゃレーベル。いよいよだ。やってやろうぜ」

「うん…そうだね…」

アムベエが意気込む一方、レーベルは、どこか浮かない様子だ。

「どうした?なんか元気ねぇな?」

「いや、そんなことはないんだけど…ただ、クイタンのことが、ちょっと心配で…。学校に行かないでずっと家にいるから、あたしがいなくなったら、クイタンは、一人になっちゃうし…」

クイタンが不登校になってからおよそ四ヶ月。彼が、かつてラ―ケンからレーベルを引き取った女性からレーベルを託されて約2年。その間、レーベルはずっとクイタンの話し相手として、一人の友人として共に過ごしてきた。だが、レーベルから見れば、自身以外の話し相手がいないクイタンを1人にしてしまうことが気がかりだったのだ。

「離れるといっても一日か二日、そう長くはなるまい」

「それはそうなんだけど…もし戦いが終わって、またクイタンと一緒に暮らすようになったとしても、クイタンが学校へ行けるようになるわけじゃないし、このままだと、クイタンがなんじゃないかって不安で…」

アサバスの言う通り、短期間ならクイタンも平気だと思ってはいるが、レーベルが懸念しているのは、その先のことである。

「なぁ。そもそもなんで、学校に行かなくなっちまったんだ?何かあったのか?」

「いや…そうじゃないけど…」

「クイタンはお友達と一緒にいるのは楽しいけど、皆と一緒にいると、心がどこか疲れちゃうみたいで…一人でいるのは平気だし、家にいる方が、一人でいる方が楽だって。だからたくさん人がいるところとかは苦手で、今まで学校には無理して通ってたみたいなのよ」

アムベエに尋ねられるも、上手く話せそうにないクイタンに代わり、レーベルが説明に入った。クイタンは、学校で何か問題を起こしたわけでも巻き込まれたわけでもなく、大人数の中、集団行動で過ごす学校そのものが苦手だったのだ。

「私とは真逆ね。私はみんなといると元気が出るし、もっともっと一緒にいたいって思うけど…流石にずっと一緒だと疲れちゃうし、気持ちは分からなくもないわ。でも、ずっとお家にいるのも、それはそれで疲れちゃうんじゃないかしら?」

カンタには、クイタンの顔がどこか疲れているようにも見えた。かつて施設にいた頃、戦禍の中で本来持ってた明るさや元気を失った児童を大勢見てきたカンタには、そんな彼らと今のクイタンの姿が、どこか重なって見えたのだ。

「多分…緊張しているのもあると思うの。元々、あんまり人と接するのが得意じゃなかったから…その分、周りに気を遣ったり、合わせちゃうことが多かったって」

「そうなんだ…」

クイタンが不登校になった理由に、ヘスペローは、自身に近いものを感じていた。

「友達と一緒にいることについて、あたし達とクイタンは、感じ方が違うのかもしれない。でも…少しぐらい、分かる気がするの」

その理由は、レーベルの過去にあった。また、そこには、何故彼女がダイナ装備となったのか、その器にベルトを選んだ理由も隠されていた。


「あたしが施設にいた頃、今のクイタンみたいに、あんまり他の子と関わらないで、ずっと一人でいる子がいたわ。話しかけてもそっけないっていうか口数が少ないっていうか、どこか皆と距離を取りたがってるみたいだったけど、あたしは放っておけなかったから、なるべく声をかけるようにしていたわ。それでもその子は、あたしと話そうとしなかったけど、ラーケンとカンタちゃんも、あたしと一緒にその子に声をかけてくれるようになったわ」

「ああ、あの子ね。覚えてるわ。みんなは近寄りづらかったみたいだけど、私とラ―ケンはお節介だったからね。距離を取ろうとすればする程、心配になって近づいちゃうのよ。それにあの時は、あの子もだけど、レーベルもほっとけなかったのよね」

「そうだったね。あの時はありがとう。カンタちゃん」

「…まあ。俺も覚えてるよ」

当時を思い返し、レーベルとカンタは懐かしい気持ちになっていた。また、一人でいた少女に、一人で声をかけて続けていたあの頃、カンタとラ―ケンが一緒に来てくれた時は、何よりも心強かったことは、今でも覚えている。そして、その時の感謝の気持ちも、今でも忘れていない。因みに、小さな声で返事したアムベエと、バウソーも、その少女のことを気にかけてはいたものの、両者共に異性は苦手であり、声をかけるどころか、自分から近づくことすら出来なかったのだ。

「あたし達でその子に声をかけるようになったけど、その子はあんまりお話ししてくれなくて、あたし達もどうしたらいいか分からなくなって、最終的には、声だけかけて、あとはそっとするようになったわ。ある日、突然あの子が病気にかかっちゃって、保健室で過ごすようになったの。あたし達がほとんど毎日お見舞いに行ってたけど、今度は病気でお話どころじゃなくなって、あたし達の時と同じ様に病気は悪くなる一方だった。それから、あたしとアムベエも病気にかかって一緒に保健室で過ごすようになったけど、あたし達もお話どころじゃなかったから、結局ちゃんとお話出来なかったのよ。そんなある日の夜…あの子が、初めて自分からあたしに話しかけてきたの」

レーベルちゃん…ごめんなさい…。今まで…いっぱい私に話しかけてくれたよね…。けど私、一人でいる方が落ち着くから、ずっとあなたのことを避けてた…。でも、私…レーベルちゃんが話しかけてくれた時、本当は…すごく嬉しかったの…。だけど…私、今までずっと一人でいたから…人とあんまりお話してこなんじゃったから…なんてお話したらいいか分からなかったの…。私…嬉しかったのに…レーベルちゃんや、みんなの気持ちに応えられなくて、ごめんなさい…。もっと早く、お話すれば良かったね…ごめんなさい…。

「…その次の日、その子は亡くなっていたわ。すごく悲しかったけど、最後の最後に、あの子がやっと話しかけてくれた…。あたしも病気が重くて、ちゃんとお話出来なかったけど、あの時は嬉しかったわ…あたしが今までしてきたことは、間違ってなかったって思えたから」

そう…だったんだね…ありがとう…。当時、大病に侵されていたレーベルは、そう返すのが精一杯だった。だが、その時の少女の顔は、どこか嬉しそうだった。今まで無表情だった彼女が、レーベルだけに見せた、最初で最後の笑顔であった。

「…そういや、そうだったな」

後に、その話をカンタ自身から聞いたアムベエは、涙が止まらなかった。あの時、自身も声をかけてあげれば良かった…。そんな後悔が、心の中で満たされたからだ。その後悔があってか、以来アムベエの異性への苦手意識がなくなったのだ。

「それから数日経って、ラーケンからマニヨウジのこと、ラミダスのこと、それとダイナ装備のことを聞いて、あたしはダイナ装備になるって決めた。もしかしたら、あたしは助かるかもしれない、マニヨウジをやっつけて、戦争を終わらせることが出来るかもしれない、あの子みたいに苦しんでいる人達を、戦争の犠牲になる前に救えるんじゃないかって、思ったのよ」

カンタ達のように話し合い、笑い合うことはなかった少女。だが、その存在の大きさが、彼女に対する思いの強さが、レーベルの決断を後押ししたのだ。

「勿論、すぐに決められたわけじゃなかったし、ラーケンの話を、ラミダスのことを信じられたわけじゃなかった。けど、ラ―ケンのことは信じていたし、どの道あたしはもう助からなかったから、最後の最後ぐらい、誰かの役に立てるなら、誰かの役に立ちたかった。それに…あたしも、ラーケンみたいに、ラミダスが優しいシゲン人だってことを、信じたかったのよ」

レーベルの中にも、同じ施設の児童達や、後のダイナ装備となった者達と同じように、シゲン人への恐怖や憎しみ、悪意は少なからずあった。だが、ラーケン達のように、心優しきシゲン人の存在を信じたい気持ちと、戦争によって苦しんでいる人々を、ダイチュウ人だろうとシゲン人だろうと救いたい思いも、間違いなく彼女の中にあったのだ。

「マニヨウジを封印した後、ラ―ケンのおかげで、あたしはフクインちゃんの元に引き取られることになった。フクインちゃんは、服威軒っていう洋服屋さんの子で、ダイナ装備のあたしのことをすぐ受け入れて、あたし達が背負ってるものも理解してくれたわ。それからあたし達は、60年間ずっと一緒に過ごしてきたけど、フクインちゃんがある日、持病が悪化して余命宣告を受けたの。そしたらフクインちゃん、死ぬ前に一度、あたしと一緒にクイタンに会いたいって言ったのよ」

「そりゃどうして?」

ズーケンが思ったように、死が迫りつつあるフクインが、何故クイタンに会おうとするのか、そして何故、レーベルが一緒なのかが、皆引っかかっていた。

「フクインちゃんとクイタンは、家が近所で、クイタンが生まれた頃からの付き合いだったし、同じフクイティタンだったから、仲も良かったのよ。フクインちゃんには孫がいないから、クイタンのことを孫の様に思っていたわ。それに、余命宣告を受けた時は、丁度クイタンが学校へ行かなくなって、家からほとんど出なくて、誰とも話そうともしなかったから、余計心配だったのよ。それと、あたしに一緒に行こうって言ったのは、以前あの子のことを話したことがあったから、もしかしたら、クイタンの手助けになるんじゃないかって、思ってたみたい」

あまり人に心を開かないクイタンではあったが、毎朝登校する際、優しい笑顔で見送ってくれるフクインにだけは心を開いていた。また、ズーケン達が訪ねて来るまで、自身の、人と関わりたくない気持ちをを明かした、唯一の相手でもあった。

「あたしもクイタンのことが気になってたし、フクインちゃんと一緒にクイタンに会ったわ。でも、クイタンには、すぐバレちゃったよね」

「うん…。そうだね。あの時は、びっくりしたよ」

レーベルとクイタンは、当時を思い返し、互いに苦笑いし合った。というのも当時、フクインは、レーベルを腰に巻いてクイタンと会話しており、フクインが、内情を打ち明けたクイタンへの助言に悩む度に、レーベルが小声でアドバイスを送っていたのだ。だが、耳が遠くなったせいかフクインが助言を求める度に、長い首を曲げて腰に巻いたレーベルに顔を近づけるのを何度も繰り返していく内に、クイタンが不審に思い始め、フクインがベルトに顔を近づけた際、耳を澄ませたところ、レーベルの存在を知ったのだ。

「最初はすごくびっくりしたけど、事情を全部聞いたら、フクインさんが僕の為にレーベルを連れてきてくれたことも分かったし、レーベルも、僕の為に力になろうとしてくれてたのも分かった。マニヨウジのことや、ダイナ装備やバウソーのことは、すぐには理解出来なかったけど…レーベルが、僕のことを心配して、僕の話を聞いてくれたのは、嬉しかったんだ」

当時、誰にも会いたいとも話したいとも思っていなかったクイタンだったが、フクインやレーベルが、自身のことを気にかけ、話を、気持ちを聞いてくれたことには、喜びを感じたのだ。

「それに、レーベルが僕の話を聞いて、僕のことを心配して、励ましてくれる内に、僕とレーベルは、見た目は違うけど、僕と同じように心を持っているんだって思えた。不思議だけど、同じダイチュウ人のクラスの子よりも、ベルトのレーベルの方が話しやすかった。だからフクインさんは、きっと良いお友達になれるからって、一日だけ話し相手として僕にレーベルを預けてくれたんだ」

その日クイタンは、始めはベルトの姿であるレーベルに戸惑ったものの、彼女に聞かれたことを話す内に、その度に優しい言葉をかけてもらう内に、いつの間にか自分から話しかけるようになり、彼女と会話が出来るようになっていた。クイタンにとって、あれだけ自分のことを話せた相手は、今までいなかったのだ。

「でも、その次の日、フクインさんが亡くなったってお母さんから聞いた時は、本当にびっくりしたし、ショックだったなぁ…。その後レーベルから、フクインさんはもう長く生きられなかったことも聞いて、もっと話しておけば良かったって…すごく後悔したんだ…」

あの時、もっと話をしておけば…。フクインの死は、余命宣告よりも1年早かった。そのこともあり、クイタンのみならず、レーベルにも大きな衝撃と悲しみ、そして後悔を与えた。

「それにあの時、本当はレーベルも、すぐにでもテルエさんのところへ行かなきゃいけなかったんだけど…あの時は、外へ出る気にもなれなかったし…レーベルとも、離れたくなかったんだ。レーベル程、たくさん話せる相手はいなかったし、もしレーベルがいなくなったら、僕はまた一人になっちゃうって思ったから…。レーベルだって、他のダイナ装備の皆に、友達に会いたかった筈なのに、結局、テルエさんにも君達にも、レーベルを渡せなかったんだ…ごめん」

クイタンは、長い首を小さく曲げて頭を下げた。今の状況も、レーベルの使命も、彼女の気持ちも理解してはいたものの、彼女をズーケン達に託すことが出来なかったことを悔やんでいたのだ。

「クイタンも、本当はあの時、ズーケン達に託さなきゃいけなかったのに、僕には出来なかったって、後悔してたのよ あなた達が来てくれた時、あたしはすごく嬉しかったし、すぐにでも皆の元に行きたかったけど…クイタンのことが心配だったから、本当は少し迷ってたのよ。だから昨日、あなた達がまた来るって言ってくれた時、内心安心したわ。おかげで昨日、落ち着いてクイタンと話し合うことも出来たから、あの時は正直助かったわ。ありがとう」

「そっか…」

あの時、一度クイタンの元を後にしたのは、正しかった。ズーケンは帰宅してから、自身の判断が間違っていたのではないか、あの時もう少し、クイタンと話し合うべきだったのではないか、寝床についている間、一人ずっと考えていた。だが、レーベルから感謝されると、そんな懸念は消え去り、ズーケンは、心から安心出来た。

「クイタン。あの時、君は本当は、レーベルを僕達に託そうって思ってくれたんだよね。マニヨウジのことも、レーベルの気持ちも、みんな分かってたから。でも、友達と離れ離れになるのは、やっぱり寂しいよね。勇気がいることだと思う。それでも、本当は誰にも会いたくないのに、君は勇気を出して、今こうして僕達と会ってくれて、レーベルを託して、他のダイナ装備の皆と、レーベルの友達を合わせてくれた。それだけでも、僕は嬉しいんだよ。ありがとう」

「…」

ズーケンは、長い首を小さく折り曲げたまま俯くクイタンの心情に寄り添いながら、彼に感謝の言葉をかけた。すると、まさか礼を言われると思っていなかったのか、クイタンは少々驚いた表情を浮かべながら、小さく曲げた首を伸ばす。いつもの位置に首を戻したクイタンは、少し微笑んでいた。

「相変わらず、やっぱズーさんは良いこと言うぜ。お前も、さっきよりも良い顔してるぜ」

「ややや。そりゃどうも…」「そ、そうかな…」

アムベエに褒められ、ズーケンとクイタンは同時に照れながらも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「それで、決心はつきそうか?」

「えっ…あっ…」

だが、アサバスに問われると、クイタンからは、笑みが消え、また先程のように首を畳んでしまった。ズーケンも、心配そうな表情を浮かべている。

「ごめん…まだ、ちょっと不安かも…。マニヨウジが、どれだけ怖い人なのかは学校で教わったし、そんな人と戦うなんて…レーベルのことがすごく心配で…やらなきゃいけないことだって分かってるんだけど…ごめん…」

「ややや、そっか…」

クイタンは、使命を背負うレーベルの身を案じていること、そのレーベルが自身の元から離れ、独りになることへの不安を拭いきれずにいることが、彼の決断を躊躇わせていた。

「確かにあたしは、マニヨウジと戦うことは怖いし、バウソーを助けられるかどうか不安でしょうがないわ。でも、あたしは一人で戦うわけじゃない。ここにいる、アサバス、アムベエ、カンタちゃんと一緒に戦うのよ。あたしにはあたしのやるべきことがあるように、あなたにも、あなたのやるべきことがある筈よ」

「え…」

「あたし達がマニヨウジと戦うなら、クイタンは、誰とも会おうとも話そうともしないで、一人で部屋に閉じこもるあなた自身と、戦うべきなんじゃないかって思うの」

「!」

レーベルが語った、クイタンの戦うべき相手。それは、周りとの付き合いに疲れ、誰とも関わらず一人の世界に閉じこもろうとするクイタン自身であり、彼の戦いは、孤独感、疎外感、虚無感との戦いなのだ。

「…そうだよね。ごめん…僕も、ずっとレーベルに頼りっぱなしなのは、良くないって分かってるんだけど、やっぱり、誰かと会って話そうって気にはなれないし、どうしたらいいのか、僕にも分からなくて…」

「クイタン…」

クイタンも、今の自身の問題を自覚してはいたものの、自分ではどうすることも出来ず、悩んでいた。マニヨウジを倒すことだけを考えれば、レーベルを一日借りて行けば良い。だが、それで良いのだろうか。それでマニヨウジを倒し、バウソーや人質となった少女、そして大勢の人達を救い、元の生活に戻ったとしても、クイタンは、その後もずっと家に引き籠ったままなのかもしれない。少々お節介気味なズーケンとしては、クイタンも、彼のことを心配し、不安になっているレーベルも救いたいと思った。

「レーベル。君と一緒にいる時のクイタンって、どんな感じ?」

「どんな感じ…って?」

ズーケンは、ひとまず、話題を変えることにした。レーベルに尋ねることで、一時的に気まずそうにしているクイタンから、皆の関心を逸らすと同時に、クイタンのことについて、もっと詳しく知ろうと考えたのだ。この時、クイタンは驚いた表情を浮かべながら、ズーケンに、レーベルに視線を向けた。

「げん、元気か、そうじゃないか…とか…」

「そうね…」

ズーケンは一瞬、ちゃんと意味が伝わらなかったことに少々焦りを感じた。しかし、レーベルが考え込んでいる様子から、今度はきちんと伝わったことを感じ取り、内心ホッとしていた。

「学校に行かなくなって…最初の頃は元気な気はしたけど…今は、その時程元気じゃないような気がするわ。なんとなくだけど…少しずつ、落ち込んでいってるような…」

「…」

少々言い辛いこともあり、やや抑え気味な声量のレーベルから、クイタンは黙って顔を背ける。

「やはりそうだろう。どれだけ人が苦手でも、誰にも会わないでいるのは、流石に精神的にも堪えるだろう。君にとって、誰かと接することは、疲れることかもしれないが、今のままでは君に良くない上、家族も心配する。誰にも、良いことはないのだ」

「…」

アサバスからの、助言混じりの忠告といえる言葉に、クイタンは、返事をせずに俯いてしまった。しかし、アサバスの言う通りであることは、彼も十分痛感しているのだ。そのことはまた、ズーケンも感じ取っていた。

「クイタン…。誰かと会いたいって、思う時はない?ほら、ふと、誰かの顔が思い浮かんだり、その人と話してるところを想像したりとか…あったりするかな?」

ズーケンは、クイタンに自身を重ね、時折自身が思うことが、彼にもあるのではないかと考えていた。因みに、ズーケンにとってその相手とは、ラーケンのような、今は亡き家族のことだ。

「…ある、と思う」

俯いたまま考え込んだクイタンは、小さな声で答えた。

「そっか…。その誰かは、分かる?」

「…分からない。誰かと話したい気はするけど、その誰かが分からなくて…。でも、ちゃんと話せるかかどうか不安だし…話せても、僕が疲れちゃう気がして…結局、どうしたらいいのか分からないんだ…」

クイタンは、全く人と関わりたくないわけでなかった。むしろ、相手を必要としている。だが、人付き合いに不安があることや、人疲れしやすいこともあって、一歩外へ踏み出せずにいる。彼は、自分を変えようと、孤独になろうとする自分と今、戦っているのだ。それを理解したズーケンは、意を決する。

「それじゃ…もし、もしだけど…僕だったら、その誰かになれるかな?昨日、ちょっと押しかけちゃったけど…」

「!」

ズーケンは、照れ混じりの苦笑いだったが、その思いは紛れもなく本物だった。しかし、肝心のクイタンは、ズーケンから顔を背け、また黙り込んでしまった。これにはズーケンも内心焦った。

「ズーケンならきっと、良い話し相手になれると思う。それに、何も話さなくても、良い友達になってくれると思うんだ」

「やや?」

余計なことを言ってしまったか。恥ずかしさと血の気が引くのを同時に感じるズーケンを、絞り出した声でフォローに回ったのは、ヘスペローだった。

「僕、友達と一緒にいるのがあんまり得意じゃなくて…お話ししたり、遊びに行ったりすると、楽しい気はするけど、疲れちゃうから、ちょっと苦手なんだ。多分…自分でも知らない内に気を遣って、友達に合わせようとして…自分の言いたいことも言えなくて、ずっと自分を抑えてきたから、それで疲れてきちゃったんだと思う。正直、今でも自分の気持ちが上手く伝えられない時があるし、変に合わせちゃいそうになる時もあるから、友達付き合いは苦手なんだ。でも、ズーケンは、そんな僕を受け入れてくれた。無理して話そうとしなくてもいいから、変に気を遣わなくてもいいから、一緒にいて、楽しくて楽ならそれでいいって言ってくれた。誰かに合わせてばっかりだった僕に、ズーケンは合わせてくれたんだ。だから僕は今、ズーケン達と一緒にいられるのが楽しくて、楽で、すごく居心地がいいんだ」

「…」

ズーケンは、ヘスペローとは長い付き合いではあったが、その胸の内を聞くのは、初めてだった。彼の緊張し切った声から出る思いに、ズーケンは嬉しく心が温まるのを感じた。だがその一方、ヘスペローに未だに気を遣わせてしまっていると、少々気を落としてしまった。

「もし…もしだけど、君に、誰かに気を遣わせたくないっていう気持ちがあるなら、ズーケンは、そんなことをしなくていい。無理に話そうとしなくても、ただただ一緒にいてくれるから、もっと楽に、自分を出していい相手なんだよ」

始めは、緊張気味で話すのもぎこちなく、表情も固いヘスペローだったが、自身の気持ちを、喜びを伝え終える頃には、本人も気付かない内に、穏やかな笑みを浮かべていた。

「一緒にいるのが、楽で、楽しい相手…」

クイタンは、ヘスペローの言葉を噛みしめるように呟く。そして、自身の思いと気持ちを整理し終えると、一息ついた。

「多分…僕は、これからも人とは距離を取って生きていくのかもしれない。その方が、僕にとっては楽だから。でも…それでも、そんな僕のことを分かってくれて、一緒にいてくれる人がいるなら、その人の事を大切にしたい。やっぱり、誰かと一緒にいて話したり遊んだりするのだって、楽しいから。わがままなのかもしれないけど…僕にとって友達は、一緒に何かしてもしなくても、居心地のいい存在であってほしいし、友達にとっても、僕はそうでありたい」

ズーケンとヘスペロー、そしてレーベル達ダイナ装備の言葉と思いを受け取り、クイタンは、自分にとっての友達とは何か、そして、友人としての自身の在り方を見つけた。自分なりの答えを見つけた彼の口元から、笑みがこぼれる。それはどこか、すっきりしたような表情だった。

「二人共、ありがとう。おかげで、すごく気持ちが楽になったよ。確かに僕は今まで、変に気を遣い過ぎていたのかもしれない。友達と一緒にいると確かに楽しいけど、僕は人と話すのが苦手で、皆と上手く話せてる気がしなくて、本当は不安だったんだ。それに、僕の周りの友達も、僕以外にも友達がいて、その友達と楽しそうにしてるのを見てたら、僕と一緒にいるより、楽しいんじゃないかって思っちゃって…」

クイタンは、この時初めて、レーベル以外の誰かに自身の本音を明かした。その際、話していいのか迷いはしたが、沈痛な面持ちでやっとの思いで打ち明けたベロンとは真逆に、やっと話せたという、すっきりした表情を浮かべていた。

「でも、ズーケンとヘスペローのおかげで気付いたんだ。人と上手く話せない僕だけど、すぐ疲れちゃう僕だけど、そんな僕を受け入れて、一緒にいてくれる友達がいる。もしかしたら、僕と一緒にいて楽しかったり、居心地良く思ってくれる友達がいるかもしれない…。ズーケンやヘスペローが、受け入れてくれたから…今度は僕が、二人にとって居心地のいい存在になれたらいいなーなんて…。とにかく、なんだか…元気が湧いてきたよ」

「「良かった…!」」

初めて会った時から打って変わって、すっかり明るく、照れ笑いを見せる程元気になったクイタン。ズーケンとヘスペローは、そんなクイタンに負けないぐらい喜びと安堵に満ちた笑顔を見合わせた。

「んで、学校はどうすんだ?行くのか?」

「うーん…ちょっと、分からないかな…。まだ時間はかかるかもしれないけど、なるべく早く行けたらなって思う。待っててくれてる友達も、きっといるだろうから」

不登校になり始めた頃、自身のことに気にかけ、家まで訪ねてきてくれた同級生達がいた。今度は、自分から彼らに会いに行こうと、クイタンは前向きな気持ちになっていた。

「そっか。でも、あなたと同じ様な子だっていっぱいいるだろうし、その子達の為の場所だってきっとあるわ。それに、無理して家から出なくたって、あなたの為に会いに来てくれる人はいるし、その人達を大切にすればいいと思うわ」

「そっか…ありがとう」

カンタはかつて、ラーケンから聞いたことがあった。学校に馴染めない子供達の為の場所や、自分の殻に閉じこもってしまった子供のケアをする人がいるのだと。もし、ズケンタロウが周りと学校で馴染めなかった場合、それらに視野に入れ、頼ろうとしていたのだ。そして、ズーケンが生まれる前にも、ズケンタロウにそのことを話していた。ズーケンが学校に行けなくなった時の為に。

「僕は、今まで一人がいいって思ってたけど、本当は内心どこか心が重く感じてた。そんな僕のことを気にかけて、ズーケンやヘスペローみたいに、家まで来てくれる子がいる。家までは来れなくても、僕のことを思ってくれる子もいると思う。みんなの気持ちには、すぐには応えられなくても、僕のことを大切に思ってくれる気持ちだけでも、大事にしたい。そして、僕の気持ちも、人の気持ちを大切に出来る人に、僕はなりたいんだ」

レーベルはかつて、亡くなるまで気にかけ、声をかけ続けた少女に、その最期まで態度で応えてもらえることはなかった。だが、最後の最後に、自身の気持ちだけでも大事に思ってくれたのではないか、そう思い嬉しそうに喜んでいたことから、クイタンも、自身を思ってくれる者達の思いに、彼らの期待に応えることは出来なくとも、彼らの気持ちを大事にし、それを伝えることなら出来るのではないか。そう思い至り、自身の理想像が今、出来上がったのだ。

「それに、ヘスペローのおかげで、人と話すのが苦手なのは僕だけじゃないって分かったし、それでも頑張っている君とズーケンを見ていたら、きっと大丈夫だって思えたから…勇気を貰えたよ。僕も、頑張るよ」

「クイタン…」

勇気を貰ったのは、クイタンだけではなかった。

「僕だって、クイタンには勇気を貰ったし、僕と同じ様に悩んでいる子がいて、その子が一生懸命頑張ろうとしている姿を見てたら、僕も頑張らなきゃって 励まされたよ。僕も今まで、友達といるのにどうして疲れちゃうんだろうって悩んでたし、自分がおかしいんじゃないかって思ってた。でも、クイタンに会って、疲れちゃうのは僕だけじゃない、何もおかしいことじゃないんだって思えたんだ。だから、クイタン、ありがとう」

「えっ…あっ…うん」

ヘスペローから礼を言われると、クイタンは照れから思わず、彼から長い首ごと顔を逸らす。だが、やはり礼を言われると嬉しいのだ。二人は、互いに同じ悩みを持っていることが分かると、親近感が沸くと同時に、決して一人ではないことを感じた。そしてそれは、周りからの理解も得難いことも、分かっていた。だからこそ、ヘスペローは、あることを決めた。

「けど、僕と同じ様に悩んでるってことは、君も大変な思いをしてるってことだよね。もし、君がまた学校に通えるようになって、友達のことで悩んだりしたら、その時は…僕も、力になるよ」

「!」

この時、クイタンは驚いていたが、ヘスペロー自身も、まさか自分からこんな言葉が出るとは思いもしなかった。以前、ズーケンが自身にかけてくれた言葉を、いつの間にか自分が人にかけていたのだ。

「多分だけど、君と僕が似たような悩みを抱えているなら、僕なら少しぐらい、君の気持ちが分かるかもしれないし…少しぐらい、不安とか、悩みとかを軽く出来るかなって思ったんだ。ズーケンのようにはいかないかもしれないけど…僕でよければ、いつでも話してね」

「…!」

勇気を出して言ったものの、ヘスペローは正直、いざクイタンに相談された時、実際に彼の力になれるかどうか不安であった。だが、自分でも力になれる人がいるのなら、その人の役に立ちたい。その思いは紛れもなく本物であり、その言葉だけで、瞳から感涙がこぼれ出す程、クイタンの心を優しく温め、救っていたのだ。

「ヘスペロー…みんな…ありがとう…!」

再び登校出来るようになるまで、すぐには難しいかもしれない。だがクイタンは、そう時間はかからないように思えて、明るい気持ちになれた。

「君の役に立てたなら何よりだ。だが、急ぐことはない。焦らず、ゆっくり気持ちを整えてから、また学校へ通うといい」

「もし学校に行けなくても、その時はまた、僕が会いに行くよ。僕でよければ、だけど…」

「勿論、皆大歓迎だよ!ズーケンも!ヘスペローも!」

ついさっきまでとは打って変わって、すっかり明るい笑顔を見せるようになったクイタン。そんな彼に新しい友人として受け入れられたアサバス達ダイナ装備と、ズーケンとヘスペローは心から安心し、心の底から嬉しかった。

「ありがとうクイタン!僕も、今度遊びに行くね」

嬉しさのあまり、つい勢いで返したヘスペロー。その今度が、いつになるか分からないものの、なるべく早く来てほしいと思っていた。

「すっかりいい顔するようになったじゃねぇか。もう大丈夫そうだな」

「そうね。あたしも安心したわ。マニヨウジとの戦いが終わったら、すぐに戻ってくるから、待っててね」

そして、元気を取り戻したクイタンのことを、レーベルは誰よりも安心していた。

「うん。ありがとう。でも、僕のところには、戻らなくていいよ」

「!」

クイタンからの予想外の返事に、レーベルを始め皆、一瞬戸惑った。

「僕、ずっと考えてたんだ。レーベルと一緒にいるのは楽しいし楽だけど、レーベルだって、僕と一緒にいるより同じダイナ装備の皆と一緒にいる方が、楽しくて楽なんじゃないかって」

「そんなこと…」

クイタンと一緒にいる時だって楽しい。だが、はっきり否定することは出来なかった。

「さっき、アサバス…だっけ?その子から、ダイナ装備は死なないけど、動くこともご飯を食べることも出来ないし、寝ることも出来ないって聞いて、気付いたんだ。夜の間、僕は寝れるけど、レーベルはずっと起きてるから、僕が起きるまで、ずっと一人になんだって。それって、楽しくもないし楽でもないと思うから、皆が眠る夜でも一緒に話が出来る、君達と一緒にいた方が良いんだよ」

クイタンは、いつも傍にいてくれたレーベルにとって、一番楽しくて楽な相手は誰か、それを見つけた。それがたとえ自分ではなかったとしても、彼女の為になるなら、その友人達に託すことにしたのだ。

「それに、フクインさんが亡くなってからずっと離れ離れになってたわけだし、今度こそ、ずっと一緒にいてほしいんだ。特に、カンタって子とはすごく仲が良かったみたいだから、それなら猶更一緒にいないとね」

「クイタン!あなたってほんと素敵な子ね!ありがとう!お友達になれて嬉しいわ!」

「クイタン…ありがとう…」

クイタンの気持ちに、カンタやレーベルは心から感動し、心の底から感謝していた。きっと、レーベルが傍にいなくても大丈夫だろう。レーベルは勿論、この場にいる誰もがそんな安心感を覚えていた。

「お前、やっぱいい奴だな。また学校に行きゃ、ダチもいっぱい出来るだろうよ」

「ああ。レーベルを預けてくれただけでなく、我々ダイナ装備の孤独を理解し、我々が一緒にいられることを望んでくれた。心から恩に着るぞ」

「ありがとう。皆も、レーベルのこと、頼んだよ」

クイタンは照れ笑いしながら、かつてのフクインや今のレーベルのように、自身のことを気にかけ、優しい言葉をかけてくれる、新たな友人達に、初めての親友を託した。始めは、レーベルがいなくなることに対し、不安でいっぱいだった彼だったが、今では新しい友達を得たことで、彼らに対する安心や信頼も覚えていた。クイタンは、笑顔でレーベルを送り出すことが出来たのだ。

「任せとけ!必ずマニヨウジの野郎をぶっ倒して、バウソーを助け出してくるからな!それまでには、もっと元気出しとけよ!」

「うん。ありがとう。皆も…無事に帰ってきてね」

ダイナ装備達とクイタンは互いに約束し、ズーケン達と共に、彼の元を後にした。ヘスペローは、次に彼の家に訪れる時は、引き籠っている彼が心配になった時ではなく、他の子達と同じ様に、ただ友達同士で遊ぶ時であることを願った。勿論、たとえクイタンが学校に来れなかったとしても、一人の友達として、彼に出来ることをしていきたいと考えていた。ズーケンも、ヘスペローと同じように、クイタンの力になろうとしていたが、彼とは違う点が一つあった。クイタンの為に出来ることを、ヘスペローも自分なりに出来る範囲で、難しい時は素直にズーケンに頼ろうと考えていた。一方ズーケンは、誰も巻き込まないよう、自分一人でクイタンに寄り添おうと考えていた。彼は、周囲に気遣うあまり、人に頼るのが苦手なのだ。

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