ダイ5時代 無難を選ぶ三男 倒れとったんか
11/8日 誤字を修正しました。
レーガリン達の迅速且的確な対応によって、少年は無事レーガリンの実家であり開拓医でもあるレガリ医院に搬送された。そこで、レガリ医院の院長でありレーガリンの父レガ―リンによる診察を受けた結果、少年は疲労で倒れただけで命に別状はないと診断された。現在彼は、診察室のベッドで今朝のモトロオのようにすうすうと静かに寝息を立てている。
「何とか無事に運べて良かった良かった…」
「だねぇ。一時はどうなるかと思ったけど、もう大丈夫だね」
「いやまあ…そうなんだけどさ、こいつ多分…」
無事少年の命を救い、一同が安堵する中、皆同じことを考えていた。
「あの二人の弟だろうねぇ」
「じゃあやっぱり、この子もダイナ装備を捜しにきたのかな?」
「そう考えるのが妥当だろうね」
「あら!あなた達ダイナ装備のこと知ってるの⁉」
「うん。僕達はみんなでダイナ装備を捜しているんだ」
明らかにこの場にいる5人のものではない女子の声に、ズーケンが返事をする。
「あらそうだったの!嬉しいわ~!」
「な、なあ…ちょっと待ってくれ」
ベロンの眠るベッドのすぐ傍の壁に立掛けられた担架が、しれっと喋っている。さらに、その担架とズーケンがさらっと会話していることに、ペティはツッコまずにはいられなかった。片手を上げ、ちらっと喋る紫色の担架に目をやる。
「なあ、もしかして…ダイナ装備?」
「そうよ!私はカンタ!タタンカケファルスっていう、アンキロサウルスみたいな鎧竜のレディで、見ての通り担架のダイナ装備よ!よろしくね!」
「は、ははぁよろしく」
ファーストコンタクトは緊急事態であった為、改めて自己紹介するカンタ。アサバスやアムベエに比べ大分フレンドリーで勢い強めな彼女に、ズーケンは少々戸惑う。押しが強いのも、少し苦手だ。
「てゆーか、私達のことを知ってるってことは、他のダイナ装備の誰かに会ったの?」
「まあ…うん…」
「えっ⁉やっぱり⁉だれぇ⁉」
「あやややや…」
押しが強いカンタの勢いに、ズーケンは押し流されてしまいそうだ。
「えっと…アサバスとアムベエのことだよね?二人共、元気そうだったよ」
「ほんと⁉良かったぁ~!あ、でもまだレーベルには会ってないってことよね…。早く見つけてあげないと!きっと寂しい思いをしてるに違いないわ!」
「そ、れは確かに…」
押し流されそうになりながらも、ズーケンはなんとか答える。
「お願い!レーベルも一緒に捜して!あの子も寂しがり屋なのよ!」
「ややや、最初からそのつもりです」
「本当⁉ありがとう!よろしくね!確か、服威軒ってところにいるはずよ!私も連れてって!」
「は、はい…」
今まであまり異性と話すこともなければ、ここまでガッツリ一方的に話しかけられたこともなかったズーケンは、対応にかなり困った。激流のごとく語る彼女に身を委ねるしかなく、すっかり押し流されてしまっていた。
「んもぅ、すっかり振り回されちゃってぇ。これじゃ話が進まないよぉ」
ズーケンと同じくらい異性と話したこともなければ、そもそもズーケンよりも人と話さないレーガリンが嘆く。
「あら!ごめんなさい、私ったらまたマシンガンしちゃったみたいね。同じダイナ装備の子達以外と会うのも、担架としての出番も久しぶりだったから…それで舞い上がっちゃったみたい。こうして折角会えたんだから、あなた達の話も聞かなきゃね。何でも聞いて頂戴」
カンタが最後にダイナ装備の仲間と会ったのは約7年前。ラ―ケンが亡くなってから2年後であり、当時カンタを引き取った少年が亡くなった年でもある。
「まずそもそも、何でウチの押し入れに?君は、ヘルボ医院にいるって聞いてたはずだけど…」
ここはレガリ医院。レーガリンの家である。何故ウチにダイナ装備が?レーガリンは顔をしかめる。
「あら?知らなかったの?ここは昔、ヘルボ医院って名前だったのよ」
「ええっ⁉そうだったの⁉」
「確かあなたのお父さんレガ―リンの代になってから、なんとなく不吉な感じがするからって今の名前になったのよ」
「ややや…そらたまげた」
道理で両親や同級生に聞いても誰も知らないわけだ。ヘルボ医院の意外な正体と真実に、誰もが驚きを隠せなかった。
「つーかお前、知らなかったのかよ?親に聞けば一発だったじゃねぇか」
「う、ううん…そうなんだけどなぁ…」
忙しい両親に話しかけ辛かったこと、気を遣うが故に心の距離が出来てしまっていたこともあり、それが裏目に出てしまった。少々呆れ顔のペティに指摘され、明らかに自身のコミュニケーション不足による失態であると痛感するレーガリンは、普段は中々見せない苦い表情を浮かべていた。
「え、えっと…どうして君は、押入れの中に?」
医者は忙しいんだ。ズーケンは、いつかレーガリンが溜息混じりに話していたことを思い出した。さらに、レーガリンが珍しくテンションを下げたこと、多忙な両親に気を遣い聞き出せなかったことを察したズーケンは、ひとまず話題を切り替えて疑問を解消する為にもカンタに振る。
「それが聞いてよ~!皆と一緒にダイナ装備になって、ラ―ケンにここに預けてもらってからしばらくは担架としてそこそこ活躍してたんだけど、最新式のストレッチャーがきてからもう出番が全くなくなっちゃって、私は押入れの中で隠居することになっちゃったのよ~!」
「ややや…それは災難な…」
「でも、ストレッチャーが入ってきた時に捨てられそうになったところをレガリーンが、レーガリンのお祖父ちゃんが長い時間一緒に過ごしてきた相棒みたいなものだからって、私のことを守ってくれた結果なのよ。実際、レガ―リン達に見つからないように、何度も押入れから取り出しては話し相手になってくれたわ。それにレガリーンが生きている間は、他のダイナ装備の皆や、皆を預ってくれた人達をここに呼んで集まっていたのよ。あの時は楽しかったわ~」
「それは良か」
「けど、レガリーンが私を押し入れに隠したまま死んじゃってから、今日までずっと狭くて暗い押入れに一人で…もうほんとにしんどかったのよ~!だから、あなた達みたいな人達が迎えに来てくれるのをず~っと待ってたの!だから、私のことを見つけてくれて、ほんっとぉにありがとう!」
「いやいやそれほ」
「でも、私の事を捜しに来たってことは…ついにマニヨウジが復活するってことよね…。もうそんな時期だろうとは思ってたけど、正直みんな集まれるかどうか不安だったわ…。でも、これでやっとバウソーを助けに行けそうね。ラーケンの分まで頑張って、絶対に成し遂げてみせるわ!」
「そうかそうか」
「で、話は変わるんだけど…」
「おうふ」
カンタのマシンガントークの前には、ズーケンは最早返事すら適当になりつつあった。さらにここから、猛烈な勢いで60年間積もりに積もった、ダイナ装備とは一切関係ないエピソードトークが始まっていた。普段なら人の話を遮れないズーケンは、ただひたすら、おおうおうおうと相槌を打つのであった。どうも担架になってからバリバリ働いてきたが、近所の子供達に乗っかられてガンガンガンガン飛び跳ねられたりと苦労もしたらしい。ズーケンは、蜂の巣になるような感覚とはどんなものなのか、覚えつつあった。
「えっとぉ…それでね…後は…」
「つーか、そもそもどうやって見つけたんだよ?」
カンタが、これまで生きてきた中で印象に残ったエピソードベスト10を発表し終え、エピソードの弾を補充しているタイミングを見計らい、ペティはズーケンとレーガリンに疑問をぶつける。
「ああそれね。ここに来た時、そういえばお祖父ちゃんが使わなくなった担架を持ってたのを思い出して、お祖父ちゃんの部屋に入った時にズーケンが、担架どこだー!って叫んだら、押入れから「ここよー!」って返事が聞こえたんだ」
「それで、押入れを開けたら私がいたってわけ」
「マジかよ…」
「いやはやいやはや…」
非常事態だったからか、普段なら絶対しないであろう行動を無意識の内に取ったズーケン。今思い返しても、何故あんな行動をとってしまったのか分からず、少し恥ずかしかった。だが、そのお陰で人を救うことが出来たのだから、あれで良かったのだとも思えた。
「本当は私のことは秘密にしなきゃいけなかったんだけど、すごい切羽詰まってる声がしたからつい返事しちゃったのよ。担架を探してるってことは、誰かに何かあったってことだからね。それに、めっちゃ寂しかったし!」
たまには口に出してみるもんだ。カンタを見つけた際、ズーケンはふと思った。
「てゆーか、そもそも君はどうして担架に?」
またマシンガンを放たれる前に、レーガリンが疑問を問いかける。
「ああ、それはね。私の両親も医者で、この担架を使っていたからなのよ。ダイナ装備のことは…多分もう二人から聞いたわよね?」
「まあ、そうです」
それはちゃんと言っておかないと、また説明のマシンガンで蜂の巣にされそうだ。
「そう。それじゃ、話すわね。本当は、暗い話はあんまりしたくないんだけど、最後まで聞いてね」
自身の話を早くしたい為か、カンタはズーケン達がダイナ装備のことは既に聞いていることに安堵する。そして、また自身のことを語り始めた。ただし、先程より声のトーンは落ち着いており、アサバス達のように、先程のエピソードトークのような、決して軽いものでも、ただの思い出話でもないことを物語っていた。
「まず私はね、あなた達が生まれるずっと前に、医者の両親の元に生まれたのよ。二人は、私が生まれる前からたくさんの人達を治療してきたの。ただ、私が生まれた頃は皆が知ってる通り私達ダイチュウ人とシゲン人との戦争があって、毎日たくさんの人達が苦しんでいたわ。そんな人達を助けようとお父さんとお母さんは一生懸命頑張ってたけど…どうしても亡くなってしまう人の方が多くて…」
当時、食糧難による栄養失調が原因で様々な病にかかる患者が多かった。さらに、カンタのいた地域で医師は彼女の両親のみであったこともあり、彼らの負担は猶更大きかったのだ。
「私は誰かが死んじゃう度に落ち込んじゃってたけど、お父さんとお母さんは、今生きている人達を救うことだけを考えて、もし助からないとしても少しでも長く生きられるよう最善を尽くすって、患者さんの病気が移って亡くなるまで、最期まで人の為に頑張って生きたわ。だから、そんな両親のように私もお医者さんになりたいって思ってたのよ」
「…そうなんだ」
レーガリンは、溜息混じりに呟いた。カンタは医者であった両親のことを心から尊敬し、人々を助けたいという思いから、医者になるという目標を持っていた。一方、レーガリンも一応将来は医者になることを考えてはいるが、それは両親が個人医であることから、ゆくゆくは自分が両親の跡を継ぐのだろうという、要は「流れ」だ。彼女のように強い意志がある訳でもない。なんとなくで医師になろうとしている自分が、なんだかちっぽけに見えてきたのだ。
「この担架はね、お父さんとお母さんが、亡くなるまでずっと使っていたものなのよ。私が施設に引き取られることになって、その施設にあまり物がなかったから、ウチに置いてある医療器具とか色々譲ったのよ。その中の一つが、この担架よ。ダイナ装備になるって決めた時、思い入れのあるものを器にすることになったのと、ラミダスのところへ行く時にレーベルを運ぶのに丁度必要だったから、これにしたのよ」
戦争によって苦しみ、次々と命を落としていく患者達を目にしてきただけでなく、尊敬していた両親をも喪い、長年暮らしてきた家を去ることになった。壮絶とも言える程の不幸に見舞われただけでなく、そこからダイナ装備としての使命を60年間背負い続けてきたカンタ。ズーケン達が想像出来ない程の苦労も使命も背負ってきたカンタの語りは、その痛みや苦しみを、ほとんど感じさせない程明るかった。
「それにしても、最初にラ―ケンからダイナ装備の話を持ち掛けられた時は本当にびっくりしたわ~。どうしようか迷ったけど、ラ―ケンがね、ラミダスはシゲン人だけど心優しい人だって、自分達と同じ様に戦争で苦しんでるし、シゲン星の子供達だって自分達と同じ思いをしている。俺は戦争に苦しんでる人達を皆助けたいんだって一生懸命話してるのも見て、その通りだと思ったし、私も力になりたいって思ったのよ」
先程までの落ち着いたトーンから、徐々にカンタが最初に見せたような明るいトーンに戻りつつあった。
「それに、ラ―ケンの話を聞いて、私は少し安心したのよ。お父さんとお母さんが亡くなる前まで言ってたわ。今、戦争で苦しんでいるダイチュウ星の人達が大勢いるように、シゲン星でも同じ様に苦しんでる人達が大勢いて、その人達は戦争なんか望んでない、でも戦わなくちゃいけない、傷つけ合わなきゃいけないんだって。だから、その人達も助けてあげたいって私も同じ様に思ってたんだけど…施設に来たら、皆シゲン星の人達を凄く恨んでて…。しょうがないないことなんだけど、その子達と一緒にいると、シゲン星の人達も助けたいって思ってる私が間違ってるんじゃないかって、自分の事を疑うようになってたわ」
当時、シゲン人の手によって戦禍に見舞われたダイチュウ人の大半は、シゲン人に対し激しい憎悪や底知れない恐怖を抱いていた。無論、全てのシゲン人が悪人ではないことを頭では理解していたカンタにも、その感情が全くないわけではなかった。だが、それでも戦争に苦しみ、傷ついている人達がいるなら助けたい。その思いが憎悪を上回ったのだ。
「でも、ラ―ケンがあんなに一生懸命にラミダスのことを伝えてくれたから、やっぱり私は間違ってなかったんだって自信を持てたの」
失いかけていた、相手に歩み寄る優しさ。ラ―ケンのおかげで、それを失うことなく今日まで持ち続けることが出来た。そのことを語る彼女は、とても嬉しそうだった。
「それにね、ラ―ケンは多くの人達だけじゃなくて、友達も助けようとしたのよ」
「やや、それは…」
その先は、多分聞いたことがある。嫌な予感。
「アムベエとレーベルって言ってね。あの時は重い病気にかかってて、いつ死んじゃってもおかしくない状態だったの。でも、ダイナ装備になれば少なくとも死ぬことはなくなるから、それで二人にダイナ装備になるようラーケンは提案したのよね」
「そうなん」
「でそれでね、アムベエがラ―ケンに」
その話はもう聞いた。ということを先程、そして今伝えようとしたズーケンだったが、またもカンタの勢いに押し出されてしまった。彼女が語り続ける中、嗚呼…まずい。このままでは校長先生のお話より長くなる…。嫌な予感と悪寒を感じたズーケンが、とほほと途方に暮れた時だった。
「ズーケンのお祖父ちゃんと揉めたんでしょ?もう本人から聞いたよ」
ズーケンと同じく危険を感じ取ったレーガリンが割って入り、ズーケンを押し出したカンタの喋りをせき止めた。
「え?あ!そうだったわね!アムベエに会ってるんだからもう聞いてる…ってあれ?」
一時的に喋りを止めたカンタは、ある重大なことに気付く。
「ちょっと待って…もしかしてあなた、ラ―ケンのお孫さん…?」
「や、はい。そうです」
「えっ⁉うそぉー⁉」
担架は少年の意外な正体に心が跳ね上がりし、少年は驚嘆する担架の声量に身体が跳ねた。
「ちょっとやだー!なんだかちょっと似てるな~って思ってたのよ~!そうならそうともっと早く言ってよ~!孫がもうじき産まれるってラーケンに会う度に何度も言われてたけど、ラーケンが死んじゃってから産まれたかどうかも分からなくなってたから皆とずっと心配してたのよ~!」
「は、はあ…」
親友の死後、長年気になっていたその孫の存在。ズーケンに会えたことで、カンタはようやく一つの気がかりから解放された気分だった。その為か、彼女の声もテンションも最初の倍以上に跳ね上がっていた。ズーケンはそんな彼女に苦笑いしつつも、ダイナ装備となった祖父の友人達に会うと、皆自分が生まれ、今日まで生きていたことを喜んでくれるのが嬉しかった。同時に、祖父がどれだけ友人達に慕われ、愛されていたのかを感じ、温かい気持ちになるのだった。
「そういえば、アサバスとアムベエに会ったのよね?二人からはどこまで聞いたの?」
気持ちが舞い上がる中、ふとかつての親友達を思い出したカンタに、レーガリンは二人から聞いた情報を端的に説明した。その途中また何かツッコまれマシンガントークが始まるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、レーガリンがその隙を与えない程詳細に説明した為、今回は不発に終わった。カンタは、己が話す時はとことん勢いよく話すが、人の話を聞く時はちゃんと聞くのだ。
「あの時より深刻になってるわね…。バウソーの為にも人質にされた女の子の為にも、早くレーベルのところに行かないと…」
「今、僕の家でアサバスとアムベエが待ってる。二人共君に会いたがっているし、この子が目を覚ましたらすぐ…」
ズーケンが少年に視線を移すと、少年の生まれつき少々鋭い目が、ぱっちりと開いている。真顔だ。
「ややや⁉いつから⁉」
「…その、かん、カンタが、喋り始めた辺りからだ」
少年は天井を凝視したまま緊張気味に答える。
「あらやだ!ちょっとも~言ってよ~!起きてるなら起きてるって!」
「びっくりしたなぁ。ずっと黙ってるから全然気付かなかったよ」
「…」
カンタやレーガリンを始め、不本意だが全員を驚かせた少年は、再び黙ってしまった。少々気まずい空気が流れる中、ズーケンがやや緊張気味に切り出す。
「と、ところで君は…」
「…ベロン。ケルベ達から、話は聞いた」
まだ少し怒っているのか、それともそう見えるだけなのか。ベロンは少々間を置いてから、またぶっきらぼうに言いながら身体を起こす。
「ケルベが、世話になったそうだな。ありがとう」
そして、ズーケン達に向けて一礼した。
「あ、いや、こりゃどうも丁寧に」
ズーケンは、ベロンの顔色を伺いながら話しかけたせいか、やや緊張気味に一礼を返した。
「…」
しばしの間、二人は頭を下げ、そしてほぼ同時に顔を上げる。
「それに、俺も世話になった。ありがとう」
「いやいやそんなそんな」
再び頭を下げる両者。先程よりも長い。んもぅ。レーガリンが思わず声を出す。
「君は、なんであんなところで倒れてたの?」
これではらちが明かない。レーガリンが切り出す。
「…話を聞いて、もらおうと思って、お前達のいる学校へ行って…倒れたらしい」
「なんでそうなるんだよ…」
ベロンは誰とも目を合わせず、言葉を詰まらせながらぎこちなく答えた。ペティには、何の話を持ってきたのか気になっていたが、それよりも何故倒れたのかという疑問が強く残った。どの道、もう少し話を聞く必要があるようだ。
「話って?」
「実は、ケルベ達が今朝、服志真軒に行った」
「え?服威軒じゃなくて?」
ひとまずズーケンが尋ね、ベロンが誤情報を伝え、咄嗟にヘスペローが訂正すると、ベロンは険しい表情のまま黙ってしまった。
「…ごめん」
「いや、俺が悪い」
お互い、し訳ない気持ちになってしまった。ベロンはただ、言い間違えたことが恥ずかしかっただけなのだ。ちなみに、服志真軒は実在し洋服を扱っているが、服威軒とは全く何の関係もない。名前が似たのは単なる偶然である。
「その…服威軒は、既に閉まっていた。店の主人が亡くなったことで、閉店してしまっていたそうだ」
「えええ⁉」
店の名前を間違えないよう気をつけたベロンから、衝撃の事実を告げられた一行に動揺が走る。
「マジかよ…。他には、何か聞いてねぇか?」
このままでは、最後のダイナ装備の手がかりが消えかねない。ペティがやや焦り気味に尋ねる。
「近所の人の情報によると、服威軒の主人は、近所に住むクイタンという少年と仲が良かったそうだ。彼なら、何か知っているかもしれない」
クイタン。その名を聞いた瞬間、ペティの目がパッと開く。
「ちょっと待て。クイタンって確か、1組の奴じゃねぇか?」
「あれ?そうなの?世間は狭いねぇ」
1、2年生の頃、ペティは他の3人とは別のクラスであったが、クイタンとは同じクラスだったのだ。不思議なことに、ダイナ装備に関わる人物や場所がどれも自分達の周囲にある。レーガリンは少々味気なく思ってはいたが、なんとか手がかりだけは掴んだ。
「ありがとう。わざわざ教えに来てくれて。おかげで助かったわ」
「…そうか」
カンタが礼を言うと、ベロンは少しだけ口角を上げた。最初の疑問は解消されたが、疑問はまだ多い。
「ところであなた、学校はどうしたのよ?」
「休みだ」
「やや、早い」
「こっちは一週間後なのにねぇ」
一瞬サボりを疑ったカンタに、ベロンは即答する。これが、地域格差というやつだろうか。
「あなたがここに来るのを、ご家族は知ってるの?」
カンタが尋ねると、ベロンはまた少々黙り込む。
「…いや。知らない」
「つまり、黙って来たの?それじゃ、今頃心配してるわよ」
「…」
ベロンの脳裏に、両親と二人の兄の顔が浮かぶ。
「お家の人を呼びましょ。きっと心配してるだろうし、迎えに来てもらいましょうよ」
「いや、いい。一人で帰る。世話になった」
「ちょっと!待ちなさい!」「やややや!」
カンタの提案を断りベッドから降りようとするとベロン。彼女とズーケンが揃って慌てて制する。
「病み上がりの人をむやみ動かす訳にはいかないわ!せめてお家の人が迎えに来ないと帰れないわよ!」
まるで保育園のようだ。ズーケンはそう思ったが、言わないでおいた。
「どうしてよ?何でご家族には何も言わなかったのよ?」
「…」
カンタが理由を尋ねるも、ベロンは俯いたままで何も答えない。それどころか、誰とも目線を合わせようとすらしていないようだった。
「んもぅ。少しくらい答えてくれたっていいじゃないか」
「黙ってちゃ何も分かんねぇし、伝わらねぇから話してみろよ」
レーガリンとペティから揃って応答するよう言われるも、ベロンは依然と黙ったままだ。
「…?」
一方、ズーケンとヘスペローは、ベロンの両手が小刻みに震えていることに気付く。
「皆…一旦出よう」
「⁉」
ズーケンの突然の提案に、誰もがズーケンに顔を向ける。
「え?何で?」
「いや、ちょっと、なんとなくだけど…その方がいいかなぁって」
「!」
この時ズーケンは、アサバスから聞いたある話を思い出していた。さらに、ずっとベッドの布団を見つめていたベロンの目が、一瞬ピクリと動いた。
「僕も…そう思う」
「まあ、このまま話すのをずっと待ってるのもアレだしな」
「確かに。じゃ、行こっか」
このままではラチが明かない。3人もそう思ったようだ。だが、ヘスペローだけは、ズーケンの意図が察したような気がした。
「ねぇ、私は?」
「君は、ここに残っててあげてほしいんだけど…いいかな?」
ズーケンは、カンタから一瞬俯いたままのベロンに視線を向ける。カンタは、その意図を悟った。
「分かったわ」
「ありがとう。それじゃ…」
一行は一度、病室を離れることにした。ズーケンは去り際、カンタに一瞬視線を送る。それはまるで、彼女にベロンを託すかのようだった。
「ちょっと疲れたでしょう?一人でわざわざズーケン達のいる学校に行って、そこで倒れちゃって…大変だったわね。身体の具合はどう?少しは元気になってきた?」
ズーケン達が去った後も、ベロンは俯いたままだった。そんな彼の背後からカンタは気さくに話しかける。
「…まぁ」
少々間を置いて、カンタに振り返ることなく、ベロンはそれだけ返した。
「ほんと?良かったわぁ。それにしても、朝から大変だったでしょう。服威軒からここまで結構距離あるし、お家から来たとなると…そりゃ倒れちゃうわよね」
「…まあ」
服威軒からレーガリンの自宅であるレガリ医院まではおよそ40分程。ベロンの自宅から通り道にある服威軒までは20分程、そこに加えてレガリ医院まで行くとなると1時間前後はかかる。さらに、ベロンは誰にも話していないが、前日から緊張の為か寝不足状態の上朝食も取っていなかった。服威軒に着いた時点で、彼は既に意識が朦朧としており限界であった。
「けど、こうして元気になったことだし、ご家族も安心するわ。ねぇ、どうして黙って出てきちゃったの?家族のことが、嫌いなの?」
「いや…そんなことは…」
これまでのやり取りからカンタは、ベロンは人と話すことがあまり得意ではないこと、会話する際は基本相手から声をかけられてからの場合が多く自分から話しかけることが少ない、受け身であることは察しがついていた。だからこそ、なるべく踏み込んだ質問を投げかけ、彼が本音を言いやすいようにしようとしたのだ。ベロンは振り返りこそしなかったが、先程よりも短い間で返してきた。だが、まだ何か言おうとしているように見えたが、また黙り込んでしまった。
「家族と何かあったの?」
「…違う」
今度も返すスピードが早かった。少なくとも、家族仲が悪いわけではないことは分かった。しかし、言葉に詰まったところを見ると、家族に関して何かしら思うところがあるのかもしれない。
「それって、話したいこと?それとも、話せないこと?あなたが話したくないのなら、無理に話せとは言わないけど…」
「…分からない」
今度は少し間を置いて、ベロンは答えた。今は彼にも、自分の気持ちが分からなくなってしまっているのだろう。
「それじゃあこうしましょう。あなたが倒れているところを私達が助けた。私が言うのもナンだけど…もし感謝してるなら、そのお礼として、あなたのことをもっと話して頂戴」
「え⁉」
カンタからのまさかの恩返しの提案に、流石に驚いたのか、ベロンから大きな声が漏れる。
「勿論、無理にとは言わないわ。話せるだけのことを話してくれればいいし、今じゃなくてもいいし、そもそも何も話さなくたっていいわ。お礼っていうより、私からのお願いみたいなものだからね。あと、もし話してくれるなら、出来れば私の方に向いてお話してほしいんだけど…出来るかな?」
「うううううう…!」
カンタのお礼改めお願いには、ベロンは頭を抱え、身体を震わせ葛藤する。
「ちょ、ちょっと大丈夫⁉」
ほぼ痙攣に近いベロンの葛藤っぷりには、流石のカンタも焦った。しかし、ベロンの身体の震えは徐々に小さくなっていく。
「…分かった」
完全に身体の震えが止まると、ベロンはそう答えた。背筋を伸ばすと、ゆっくりカンタの方に身体を向ける。しかし、目はまだ合わない。
「今…俺が話せるだけのことを、話す。上手く出来るかどうか…分からないが…聞かれたことには、なるべく答えるようにする」
「ありがとう。あなたは、上手に話そうと思わなくていいわ。あなたが話したいことを話せるだけ話す。それだけを考えてくれればいいわ」
「…ありがとう」
ベロンは、カンタの言葉に優しさを感じていたものの、まだ彼女と目を合わせることは出来なかった。彼女に言われた通り、彼女達に助けてもらった恩返しの為にも、話せるだけのことを話し、聞かれた事には答えようと、不器用ながらも自分なりに努力することを決めた。
「じゃあまずは…さっきも聞いたけど、ここに来ることは、どうしてご家族には言わなかったの?」
「それは…」
努力することを決めたものの、ベロンは早速言葉に詰まってしまった。
「喧嘩したとか、お家に誰もいなかったとか、心配かけたくなかったとか?」
「…それだ」
「え?」
3つ程予想を上げたが、どれだろうか。
「その…心配、かけたくなかったからだ。俺が一人で行動しようとすると、皆心配するから…。俺は、生まれつき身体が丈夫じゃなくて、いつも皆に心配かけていた。特に、ケルベとルベロはよく面倒を見てくれてたし、心配もかけてたと思うから…」
自身が体調を崩した時、忙しい両親と共に、時には代わりに看病してくれているのは、二人の兄だ。
「そうだったの…。これでやっと、あなたのことについて少し知れたわ。良かった~」
ベロンが意識を取り戻してから早20分。自身の恩人とも言える彼らに、口も心も閉ざしていたベロンがついに質問に、これまで誰にも明かすことのなかった本音を答えた。それらを聞き出すのに時間はかかったものの、答えてくれたこと自体がカンタに喜びと安心を与えた。
「ただ、マニヨウジのことがあってから二人共、俺の身体が弱いから、俺が一番下の弟だからって、俺を巻き込まないように二人だけでダイナ装備を捜そうとしていた。けど、マニヨウジのことになると二人共、辛そうな顔をしていたから俺も力になりたかったんだ」
身体が弱い自身をいつも気遣ってくれる兄達の為に、己が出来ることは何かないか。ベロンは、常に考えていた。
「だけど昨日、ケルベもルベロも明るい顔をして帰ってきた。事情を聞いてみると、ダイナ装備が見つかった上、ルベロに新しい友達が出来たとケルベが嬉しそうに話した。俺も驚いたけど、とても嬉しかった」
やっと、ベロンが少しだけ、笑ったような気がした。
「そうだったのね。家族に心配かけたくないのは分かったけど、これじゃ、余計家族が心配するわ。しかもあなた、倒れちゃったわけだし」
「…確かに」
心配をかけないつもりが、却って心配をかける事態になってしまった。ベロンは、家族だけでなく自身を助けてくれたズーケン達に対しても、迷惑をかけてしまったと申し訳ない気持ちになった。
「でも、心配してくれる家族がいるってことは、逆にあなたのことを気にかけてくれるってことよね。あなたの悩みを聞いて、それぐらい真剣に聞いてくれる人がいるってことよね。それって、嬉しいことじゃない?あなたが大切にされてる証拠よ」
「…そうなのか?」
ベロンは一瞬嬉しく思ったが、きちんとした根拠が聞けないと、安心して喜べなかった。人一倍、心配性なのだ。
「そりゃそうよ。皆あなたのことが好きだから、あなたのことを心配するのよ。あなたへの心配は、あなたへの愛情があるからこそ。それってあなたが家族に愛されてるってことだし、あなただって同じように、ご家族のことを愛してるんでしょ?」
「…ま、まぁ」
愛している。と言うと、照れ臭くてたまらなかった。だが、カンタの言う通りだった。
「素敵だわ~」
「うう…」
カンタは心を温め、ベロンは全身に沸き上がる恥ずかしさで、高熱が出そうだった。
「ねぇ。あなたの家族を思う気持ちは素敵だけど、その家族をもっと大切にする、いい方法があるわよ」
「なんだそれは?」
家族を大切に思う気持ちからか、ベロンの姿勢、少々前のめりになっていた。
「あなた自身のことを、もっとちゃんと話すことよ」
「え」
その一番の答えは、想定外且、彼が最も苦手とするものだった。
「ご家族があなたを心配する理由は、あなたの身体のことだけじゃなくて、多分、あなたが自分のことを話してくれないからだと思うのよ」
「そうなのか?」
心配をかけたり、不安にさせるようなことは話さない方がいい。今までそう考えて
「だって、自分の大切な人が、何か聞いても何も話してくれなかったら、そりゃ不安にもなるわよ。もしあなたのお兄ちゃんの口数が少なかったら、心配にならない?」
「…確かに」
普段、何かと気にかけてくれるケルベとルベロ。いつも明るい彼らが、急に自身みたいに静かになったら、流石に不安になるだろう。
「そもそもベロンって、昔から今みたいに物静かな感じだったの?それとも、昔は皆と同じ様にお話してたけど、何かきっかけがあって、今みたいになったの?」
「…」
そもそも、何故ベロンは言葉が少ないのか。カンタが問うと、ベロンは静かに視線を逸らし、また黙ってしまった。しかし、否定しないところを見ると、何かきっかけがあったのは、間違いないようだ。
「何かあったのね?それって、話せること?」
「…分からない」
ベロンは、視線を逸らしたまま、首を小さく横に振る。
「ちょっと質問を変えるわね。あなたが話さないのは、話したくないから?話すのが苦手だから?それとも、なんて話したらいいか、分からないから?」
「!」
カンタがそう尋ねた時、ベロンの目が見開き、逸らされていた視線が彼女に戻った。
「上手く話そうとしなくていいから、ゆっくりでいいから聞かせて頂戴。もしかしたら、何か力になれるかもしれないから。物は試しだと思って…いいかしら?」
カンタは、ベロンが話さない理由は、話すことが苦手なこと、そして話し方が分からないことだと読んだ。
「…分かった」
ベロンは、カンタに自身のことを見透かされたような気持ちになり驚いたものの、同時に、今しかないと思った。
「俺は…保育園に入るまでは、ケルベやルベロとも普通に話していた。けど、保育園に入って他の子達と一緒にいると、緊張し過ぎてちゃんと話すことが出来なかった。だから、おかしいって言われて、笑われてしまう時もあった。それに、俺が喋るとぶっきらぼうに聞こえるから、怖いって言われてしまう時もあった。そんな自分が恥ずかしくて、嫌だったから、なるべく誰かと関わらないようにしてきた」
「そうだったのね…」
物言いの悪さ故に周りが離れていったルベロとは対照的に、ベロンは、自身が普通に接することで周りを怖がらせたり、不快にさせないよう、そして自身が傷つかないよう、周りから離れたのだ。
「ご家族に、それは話してないのね?」
「ああ。俺が話すのが得意じゃない上、心配かけたくないのと…俺がこの話をすると、場の空気が重くなりそうだったから…黙っていた方がいいと思った。自分の為に、場の空気を悪くしたり重くなったりするのは、避けたいと思ったんだ」
「あなたなりに、家族や周りのことを考えていたってことね」
「でも…全く、意味がなかったのかもしれない。俺が皆に何も話さなかったから、余計心配をかけてしまっていた。どうして、もっと早く気付けなかったんだ…」
「…」
ベロンは、今まで誰にも明かそうとしなかった本音を、明かすことが出来なかった理由と共に全てを明かした。だが、今まで周囲の為に行ってきた自分の気遣いが、全て裏目に出てしまっていたのではないか。そう思うと、周りに余計心配をかけてしまったことへの後悔と罪悪感が、カンタのフォローでも拭い切れない程強くなってしまった。その後、瞼を閉じたベロンは、深い溜息をつき、そのまま黙り込んでしまった。その彼をまじまじと見つめるカンタは、あることを思いつく。
「ねぇ。あなたなりの家族への気遣い、無駄にしたくないわよね?」
「…?」
カンタの言葉の意味を理解出来ないベロンは、目を開け、ゆっくり彼女に顔を向ける。
「あなたがしてきたことは、決して無駄なんかじゃないわ。あなたが今まで誰かと話そうとしなかったのは、恥ずかしいとかだけじゃなくて、あなたなりに周りの人達のことを考えていたからでしょ。今回はただ、考え過ぎちゃっただけで、あなたの気持ち自体は間違ってないし、むしろ素敵よ」
「い、いや…そんな…俺は…」
まさか褒められるとは思っていなかったベロンは、嬉しさよりも恥ずかしさが大幅に上回り、顔を真っ赤にして俯いていた。そんな彼を、まるで母親のように微笑ましく見守るカンタは、我が子のようなベロンにある提案をする。
「それに、家族を気遣うあなたの気持ちは素敵だけど、もう少し、前向きに捉えてもいいんじゃないかしら」
「つまり?」
「さっきも言ったと思うけど、ご家族があなたに気を遣ったり心配したりするのは、あなたのことを大切に思ってる証拠だし、大切にしてくれる人達がいるってことでしょ?それって、とても幸せなことじゃない?だから、気を遣わせてごめんより、ありがとうって言った方が皆は絶対嬉しいし、あなただってそうでしょ?」
「まあ…確かに…」
カンタの言う通りだと思ったが、実際に口にすることを想像すると、大変恥ずかしい。
「それに、あなただって今まで自分なりに家族のことを考えていたんだし、それを伝えないでいるのは勿体ないわ。だからこの際、自分の気持ちと、ご家族への感謝を伝えて、皆を安心させてあげましょ。あなたが話せば、きっと喜ぶと思うわ」
「俺が話すと…皆、嬉しいのか?」
心配かけずに済むのは分かるが、何故家族が喜ぶのか。まだイマイチ理解出来ないベロンだったが、家族が喜ぶのなら。そう思うと、自分でも驚く程気持ちが前向きになっていた。
「そうよ。だって、話してくれないと寂しいじゃない?本当は、ご家族だってあなたと話がしたい、あなたの気持ちが知りたいって思ってるはずよ。お話しするのが苦手でも、心配しないで。上手く話そうとしなくたって、あなたの家族ならちゃんと聞いてくれるわ。だから、上手く話そうとするんじゃなくて、自分なりの言葉で話すことを意識すれば、きっと上手くいくわ」
「そうか…分かった。ありがとう。やってみる」
ベロンは、家族と向き合うきっかけと勇気をくれたカンタに、心から感謝していた。目を閉じ、深く一礼する。
「でも、俺の為にどうしてそこまで?」
ゆっくり顔を上げ、目を開けるベロンは問う。何故赤の他人である自分の為に、そこまで親身になってくれたのか。自身は青色だが。
「理由なんてないわ。目の前で悩んでたり困っている人がいたら、どうにかしてあげたくなっちゃうのよ。つまり、私がただお節介なだけ。単に私がほっとけなかったのよ。なにがともあれ、あなたが救われたなら、私も嬉しいわ。だから、気にしないで」
「そ、そうか…」
気にしないで。そう言われても、元々人より気を遣うベロンは、ここまで自分の話を聞いて貰ったにも関わらず、何も気にしないわけにいかなかった。
「けど、強いて言うなら…ちょっと昔の私と重なるところがあったから、かもしれないわね」
「何かあったのか?」
人と話すのが苦手だった筈のベロンは、気が付けば自分からカンタに話しかけていた。今度は自分が、カンタの話を聞かなければ。単純に気になったのもあるが、無意識にそう考えていたのもある。
「そうねぇ。あるとすれば…お父さんとお母さんが亡くなった時だったかしら。ろくに休まず、ずっと医者として患者さんの為に頑張り続けた結果、二人共とうとう倒れちゃって…。栄養失調だったんだけど、私が両親の看病をしても、食べ物も薬もないから悪くなる一方だった。二人が亡くなる数日前に言われたんだけど…」
僕達が…医者だったばっかりに…他の人達や子供達の命は救えたかもしれないけど…カンタのことは、幸せにしてあげられなかったな…。
ずっと…寂しい思いをさせて…ごめんな…。
私達も本当は…もっとあなたと遊んだり話したり…もっとずっと一緒にてあげたかった…。
他の子と同じ様に、もっと…あなたを子供でいさせてあげたかったんだけど…ずっと我慢させちゃったね…ごめんなさい…こんなお母さんで…。
もし…戦争がなくなって…平和になったら…もう、我慢しないでね…。
「あの時初めて、二人の気持ちを知ったわ。私が生まれた時は、戦争があって、人の為に色んなことを我慢する時代だったから、仕方なかったのかもしれないけど…少なくとも、あなたは違うわ。もっと自分の為に生きていい筈よ。時には、我慢が必要な時もあるけど、我慢のし過ぎは身体に悪いわ。それこそ、心配の元よ」
「…」
カンタは、両親との辛い別れから、かつての両親や周りの人々の為に我慢し続けていた自身と、今の家族に気を遣い過ぎているベロンを重ねていたのだ。
「その話は、他の誰かにしたのか?」
「そうねぇ…。ラーケンとレガリーンぐらいかしら…二人共、あなたみたいに、ただ私の話を聞いてくれたわ」
「そうか…」
ベロンは、辛い筈の過去を話してまで、自身に気を遣い過ぎないこと、我慢し過ぎないことの大切さを教えようとしてくれていたのだ。そう思うと、まず自分どころではなくなった。
「…ごめん」
「え?」
「俺の為に、思い出したくもないことを思い出させてしまって…」
「やだちょっと!やめてよー!」
ベロンは、これまでよりも強い罪悪感に見舞われるも、辛い筈の過去を明かしたカンタは、ベロンの数倍明るかった。
「確かに、お父さんとお母さんとの別れはとても辛かったけど、ただただ辛い思い出で終わらせちゃ、勿体ないでしょ?私は確かに、もっと二人と遊びたいとか、お話したいとか、我慢してたことも多かったけど、二人の子供で良かったって心から思ってるの。それをちゃんと伝えて、ありがとうってお礼を言ってあげれば良かったって、今でも後悔してるの。少なくとも、謝られて終わるよりは、ずっといいでしょ?」
「確かに…」
カンタの両親は、自分達の看病をしていた娘に、亡くなる間際まで強い罪悪感を抱いていた。そのカンタもまた、両親に感謝を伝えることが出来なかった。それが、今でも大きな心残りとなっている。
「辛い思い出だけど、ここで得たことを誰かに伝えないと、誰かがまた同じ思いをするかもしれないでしょ?だから、あなたは私の過去を生かして、自分の気持ちをちゃんと伝えて頂戴。私の気持ちに寄り添ってくれるのは嬉しいけど、あなたの役に立てれば、私も嬉しいから」
「わ、分かった…」
カンタの明るさと勢いからは、想像もつかないような過去を背負っていることを知ったベロン。人は、何を抱えているか、分からないものだ。だが、カンタは自分が思っている以上に強い人物であることも、ベロンは学んだ。
「よーし!じゃあそうと決まれば、今日中にでもご家族に気持ちを伝えましょう!」
「え?」
決意が固まる前に、ベロン自身が固まってしまった。
「こういうのは早い方がいいの!それに、今日を逃したら次はいつ話すのよ?」
「いや、それは…」
おそらく、ほぼないだろう。
「それに、これからあなたは、家族と話す、じゃなくて、家族を喜ばせるってことにしておいた方が頑張れそうでしょ?多分だけど、あなたは自分の為より人の為って思う方が頑張れるような気がするし、どう?」
「…そうかもしれない。やってみる」
あながち、間違いではないのかもしれない。何故ここまで自分のことが分かるのか、ベロンは不思議だった。
「もう大丈夫そう?」
「…ああ」
「ほんと⁉良かったー!」
しばしの葛藤はあったものの、家族の為、何より自分の為、ベロンは今度こそ決意した。彼の気持ちが固まったことを見届けたカンタもまた、心から喜び、安堵した。
「それじゃあ、ズーケン達を呼んできても…って多分、もうドアの前にいるわよね」
「えっ⁉」
思わず、ベロンはドアの方をバッと振り向く。
「みんなー!どうせそこにいるんでしょ?話は済んだから、もう入ってきていいわよー!」
カンタが、ベロンがバッと振り向いた先のドアに向かって一行を呼ぶと、彼女の予想通り、少々間を開けてから、ズーケン達4人がゾロゾロと部屋に戻ってきた。
「あ…あ…」
「ごめん…盗み聞きするつもりじゃ、なかったんだけど…やっぱり気になっちゃって…本当にごめん」
またも固まっているベロンに対し、ズーケンは、強い罪悪感に苛まれながら頭を下げて詫びる。
「最初は皆、僕の部屋にいたんだけど、ズーケンが落ち着かない感じだったからさ。僕がこっそり聞けばって言ったんだよ。始めは反対してたけど、このままずっとソワソワされるのもなんかイヤだったから、ドアの前にだけでも立ってみればって勧めたんだ。結局、皆で来たけどさ」
レーガリンは、ズーケンの説明不足の為に変に誤解されない為、ズーケンにだけ強い怒りの矛先が向けられない為にも、経緯をきちんと説明する。
「そうだったの…。皆、ベロンのことを心配してくれてたのね。ベロン、ちょっと恥ずかしかったと思うけど、皆に悪気はなかったのよ。それは、分かってあげて」
「…」
ベロンは、カンタの言葉通りだと思っていた。しかし、頭では分かっていても、やはり恥ずかしさがどうしても勝ってしまい、その場で俯いた顔が上げられなかった。
「ベロン…。盗み聞きしちゃった僕が言うのも変かもしれないけど…僕に出来ることがあれば、力になるよ…」
「!」
未だベロンに対し、申し訳ない気持ちが渦巻くものの、ズーケンはおそるおそる自身の意思を伝える。
「僕に何が出来るか分からないけど…何にも力になれないかもしれないけど、話を聞くことなら出来るよ。遠慮なんてしなくていいし、むしろお詫びだと思って何でも話してくれていいし…何にも話さなくたっていい。僕じゃ力になれなかったとしても、僕よりも君の力になれそうな人を捜して、その人に力になってもらうよう頼むことなら、出来るから」
「!!」
ベロンは、思わず顔を上げた。その際、ズーケンは驚き、一瞬顔を引っ込めるも、まだ伝えたいことが残っている。
「盗み聞きしちゃったお詫びっていうのもあるけど、君の事を知ったからには、ただ力になりたいって思ったんだ。本当は、ちゃんと君と話をして聞くべきだったけど、君の力になりたいっていうのは、お詫びとかじゃなくても、僕の気持ちなんだよ」
「…」
ベロンに対する罪悪感に苛まれる中、ズーケンは今、彼の為に何が出来るか。それだけを考えていた。そんなズーケンの、己に対する紛れもない思いを受けたベロンは、彼から視線を逸らし、しばし黙り込む。
「…ありがとう」
「!」
目の前にいるズーケンや、ベロンの背後にいるカンタにしか聞こえない程、か細い声でそう言った。
「え?なにか言った?」
レーガリン達3人は一斉に右耳を傾けるも、ベロンからしてみれば、これでもどうにか絞り出した方である。だが、その思いは十分伝わった。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう」
「流石に分かったよ」
レーガリン達3人に向けて礼を言ったわけではないが、ズーケンにも聞こえやすくする為、声量を上げつつ復唱したベロン。その甲斐もあってか、3人が耳を澄ましたからか、流石に3回も言うと慣れてきたからか、復唱一回目で見事に伝わった。
「ベロン。僕に、何か出来そうなことってあるかな?」
「…」
ベロンはまた、ズーケンから視線を逸らし、黙ってしまった。ズーケンの気持ちはとても嬉しかったが、やはり申し訳ない気持ちになる。とはいえ、このまま何もさせなければ、それはそれでズーケンの気持ちをふいにしてしまうようで、結局申し訳ない気持ちになる。部屋の隅を見つめながら悩むベロンを、カンタがレスキューに入る。
「お家まで送ってあげるのはどう?ご両親はお仕事で忙しいみたいだし、お兄ちゃん達もベロンのことを捜し回ってるかお家で待ってると思うし、どの道早く帰ってあげた方がいいけど、病み上がりだから一人じゃ心配なのよ。それでどう?」
「そりゃいい。ベロン、君さえよければ僕が送るよ」
「う、ううん…」
カンタからの提案は、確かに有難いが、ここから家まで一緒となると、上手く話せる気がしない上、会話が持つか分からない。因みに、口にも顔にも出さないが、ズーケンも同じことを考えていた。
「大丈夫よ。別に上手く話そうとすることはないし、レーガリン達も一緒に来てくれれば、少しは会話も弾みそうじゃない?」
「え?」「ややや?」
不意に声が出た二人が、揃って3人に顔を向けると、彼らはそれぞれ顔を見合わせている。やはり、急にカンタに振られて、少々驚いているようだ。
「ついていくとは一言も言ってないけど…まあ、ズーケンだけだとなんか心配だし、僕も行くよ」
「俺も行くわ。正直、俺も心配だしな」
「僕も…行っていいなら、行くよ」
どの道、彼らも二人を放っておけなかったのだ。
「いいのか?帰りが遅くなってしまうと思うが…」
「いいのよ。皆、あなたと一緒にいた方が安心するから。私だってそうよ。それに、あなたのことを心配しているんだから、その心配を和らげて安心させてあげるのも、立派な気遣いじゃない?」
「…それもそうだな。皆、迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
カンタの言葉に、またも納得させられたベロンは、彼女やズーケン達4人に心配をかけない為にも、心から感謝を込め、一礼した。
「いやいや…そんなに大袈裟にならなくても…。そもそも、君の家まで行くのにかけられる迷惑って、どんな迷惑?」
「分からんが、一応」
困惑するレーガリンと同様、具体的には想像出来ないが、自分が何かしら周りに迷惑をかけてしまうのではないか。その不安は、ベロンの中には常にあった。
「なんか、ズーケンみたいだねぇ」
「ややや…」
まさに、ズーケンにも同じことが当てはまっていた。ズーケン自身もまた、ベロンとは似通ったところがあることを感じていた。
「なぁ。そういやベロンを家まで送るのはいいとして、カンタはどうすんだ?アサバスとアムベエに会わすんだったら、ズーケン家まで連れてかなきゃなんねぇし、ベロン家まで行くとなると、ちょっとキツくねぇか?」
「あ、確かに。持ち運ぶにはちょっと重いし、誰も病人がいないのに担架だけ持ってるのも変だし、世間体が気になるねぇ」
ペティとレーガリンは、担架の体であるカンタを持ち運ぶことに対し、それぞれ違った「キツさ」を感じていた。
「ちょっと!レディに対して重いとは失礼よ!女の子に嫌われるわよ!」
「んもぅ。分かったってば」
別に、モテなくても構わないし、彼女を持ちたいとも思わない。しかし、どうも彼女の勢いには押されてしまう。
「けど、その通りね。担架の私は、子供の皆じゃ確かに重いし、病み上がりの子もいるから運ぶのは大変ね。だから昔、皆に会う時はここを集合場所にしたのよ」
「でも…」
ズーケンとベロンは、ほぼ同時に、咄嗟に手が動くも、それを制するかのようにカンタは話を続ける。
「今は、ベロンをお家まで送ってってあげて。私はここにいるから、あなた達が、二人をまたここに連れてきて頂戴。出来れば、レーベルも一緒に。待ってるからね」
本当は今すぐにでも会いたい筈だ。アサバスとアムベエに会ったことを伝えた時、カンタは心から喜び、再会することを強く望んでいた。今、彼女は自分達のことを気遣い、その気持ちを抑えている。一見明るい口調で話す彼女の声を聞けば、ズーケンには、ベロンには、それがおのずと伝わってくるのだ。
「…分かった。必ず、皆を連れてくるよ」
「お願いね」
ズーケンもベロンも、そんな彼女の為にも、ダイナ装備最後の一人であるレーベルを捜し出し、アサバスやアムベエと共に、必ず再会させることを心に決めたのだった。
ベロンを自宅まで送る中、ズーケン達はベロンに色々なことを尋ね、ベロンもまた、不器用ながらも、聞かれたことに対しては、どうにか返していた。こんな風に、誰かと話をするのは久しぶりだった。その中でズーケン達の印象に残っているのは、ベロンの兄である、ケルベとルベロのことだ。ベロンから見てケルベは、普段から自身のことを気にかけてくれる優しい兄だが、以前相談事をした時、自身の為に頭と言葉を必死に絞り出していたことから、逆に申し訳なく、相談し辛くなったとのことだ。一方ルベロは、ケルベ程積極的ではないが、彼なりに自身のことを心配してくれていることは分かっていた。しかし、言葉遣いが少々悪いことから、相談相手にはし辛いらしい。だが、やっぱりベロンにとってケルベとルベロは、大切な兄なんだそうだ。この話を聞いたズーケンは、二人に伝えるべきかどうか迷ったが、彼らから聞かれたら話そうと決めた。勿論、ベロンが二人の兄を、不器用ながらも気遣う程、大切に思っていることも一緒に。
「ここだ」
会話を終える頃、ベロンが立ち止まり、左を向くと、ズーケンの家とほぼ同じくらいの大きさの一軒家があった。
「これで、任務完了だねぇ」
「まあ、またなんかあったら言え」
「いつでも、力になるからね」
「ぼ、僕も…」
「ああ…ありがとう…」
友達になってくれただけでなく、家まで送ってくれて、力になろうとしてくれている彼らに、ベロンは、今までにない程心が高揚しているの感じていた。
「…気をつけてな」
だが、それを言葉に表現し切れず、それだけ伝えると、ベロンは玄関を開け、新しい友人達に見送られながら兄達が待つ家に戻った。玄関の奥から、ケルベとルベロの、嬉しそうな声が聞こえてきた。
マニヨウジの封印が解けるまで、あと6日。