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ダイ3時代 苦難抱える長男 放っておけない兄達

先日上げたダイ4時代の内容を移しました。

11/8誤字を修正しました。

一行がズーケンの部屋を出てから、ルベロが兄弟の話や日頃の愚痴を、アサバスがダイナ装備になった後の思い出話を聞かせながら向かうこと約20分。まだ足は動くが心なしか疲労を感じる一行はテルマトロマエに到着した。店の外見は、いかにも町の銭湯といった雰囲気の漂うところだった。また、この時既に彼らの話の内容を覚えている者はほぼいなかった。

「ここがテルマトロマエか。んじゃ、早速行くぜ」

「あやや…まだ心の準備が…」

やや緊張気味のズーケンとヘスペローの心情などいざ知らず、ルベロは進んで先頭を切る。

「「いらっしゃいませ」」

一行を出迎えたのは、ルベロの種であるケルベロサウルスのように鋭利な親指がないイグアノドンに近い容姿に、銭湯の制服を着たテルマトサウルスの若い夫婦だ。ルベロは、夫婦がいる受付へと足を急がせる。

「あのさ、俺の兄貴…ここに、俺の色違いみたいな奴が来なかったか?赤いんだけどさ」

「え…」

「いやいや、それじゃ伝わらないよ…」

他の友人達と共にルベロにゆっくり合流するレーガリンの言う通り、夫婦は揃って難しい顔を見合わせる。返答に困っているようだった。

「あと、ダイナそー…いや、喋る桶ってない?」

「喋る桶…」

夫婦が返す言葉に詰まっていることなど、兄やダイナ装備のことがあるからか気付く余地もなく、さらに質問を重ねる。しかし、先程まで揃って難しい表情をしていた夫婦は、またも揃って顔を見合わせる。だが、先程とは違い、二人はハッとした表情だった。

「どうして…それを?」

「それが必よーなんだよ!あんなら早く出してくれ!」

「んもぅ、人に物事を頼む態度じゃないよ。しかも、説明不足だし」

夫婦に心当たりがあると察したルベロは、焦るあまり受付のテーブルをドンドン叩く。そんな彼にやや呆れながらレーガリンはその隣に出る。

「詳しい事情を話す前に、確認したいことがあるんです。その喋る桶って、もしかしてアムベエって呼んでます?」

「「ええっ⁉」」

「なんでそれも⁉」

レーガリンがアムベエの名を出した時、夫婦は揃って驚嘆する。特に妻の方は驚くあまり両手で口を押さえていた。

「やっぱりここにいるみたいだねぇ」

(だが、詳しいことは場所を変えてからの方がいいだろう)

妻のリアクションからダイナ装備アムベエの存在を確信するレーガリンとアサバス達。だがその際、他の客から注目を集めてしまっていた。ダイナ装備の話は秘密裏でしたかったこと、店の迷惑になることを考えたアサバスは移動を促す。

「あの、ここだとアレなんで、場所を変えてから聞いてもいいですか?」

「あ…そうだね。じゃあ、ちょっとこの子達をお祖母ちゃんの部屋まで案内してあげて」

「う、うん。ごめんね、あとお願い」

夫は、アムベエのことで軽く混乱している妻を一旦その場から離すことも考え、彼女に一行の案内を任せ、自身は接客を続けることにした。

「それじゃ、ちょっとついてきて」

まだ気持ちの整理がつかない妻は、一行を連れて店の外へ出ると店のすぐ隣にある一軒家へと招き入れた。




テルマトロマエのすぐ隣にある、日本にもあるような昔ながらの一軒家。ズーケン一行は、テルマトロマエを営む妻に案内され、とある部屋の入口までやってきた。

「お祖母ちゃん。ちょっといい?」

「はいよ」

妻が部屋の襖を2度ノックして尋ねると、中から穏やかで優しい声が聞こえた。小さな足音がゆっくり近づいてくると、襖は開けられ、着物に身を包んだいかにも御隠居を思わせる年老いた女性が現れる。

「どうかしたの?」

「この子達が、ベエちゃんに会いたいって…」

「あら、ベエちゃんに!」

アムベエの名を耳にすると、彼女は娘と同じ様に目も口も大きく開く。

「ベエちゃん…?」

「アムちゃんじゃないんだねぇ」

ズーケンとレーガリンがそれぞれ疑問を口にすると、老女の視線がルベロの手元にあるアサバスに向けられる。

「あれ!アサちゃんもいるの!久しぶりね~」

「テルエ。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

ルベロの手元からアサバスが、テルエと呼んだ女性に挨拶をすると、テルエは優しい笑顔でうんうんと相槌を打つ。

「アサちゃんこそ、また会えて嬉しいわ。ベエちゃんも、最近アサちゃんや皆に会えなくて寂しがってたから、ベエちゃんもきっと喜ぶよ」

「ということは、アムベエは今もここにいるのですね」

「ええ。ベエちゃんなら今…」

アムベエの現在地を思い出すのと同時に、テルエはあることを思い出す。

「そうだ…。確か、ベエちゃんのことを捜しに来た男の子がいて、今その子と一緒にいるわ」

「何⁉」

もしや…。一行は、それぞれ互いに顔を見合わせる。

「その子にベエちゃんを会わせたら、折角来たのにお風呂に入らないのは悪いからって、お風呂に入ったんだけどのぼせちゃって、今私の部屋で休んでるのよ」

「やや!そりゃ大変だ!」

「まさか…」

ズーケンが湯当たり少年の身を案ずる中、ルベロは、その少年に心当たりしかなかった。

「そういえば、あなたにそっくりな子だったわ。赤くて」

「…やっぱなー」

頭を掻くルベロから見た兄ケルベは、妙なこだわりというか気遣いというか、その為についつい自身に負担をかけてしまうことが度々あるのだ。

「テルエ。その少年は、このルベロの兄、ケルベだ」

「あれ!そうなの!」

思わず両手で開いた口を抑えるテルエに、アサバスは話を続ける。

「彼らは今、手分けしてダイナ装備となった者達を捜している。マニヨウジの封印が、もうじき解けてしまうのだ。我々を早くアムベエの元へ連れてってくれ」

「そう…。やっぱりそうなのね…分かったわ」

マニヨウジを封印してから今年で丁度60年になり、数日もすればその封印も解ける。そのことに加え、ケルベがダイナ装備であるアムベエを捜しに来たこともあり、テルエは、マニヨウジとの戦いが迫っていることを感じ取っていた。彼女は顔も気も引き締め、自身の部屋に案内した。



「ケルベ!」

テルエの部屋に入って早々、布団で横になっている兄が目に入ったルベロは、一目散に駆け寄る。その際、右手に握っていたアサバスを投げ捨ててしまう。

「ぬおっ⁉こらっ!ルベロ!」

「おいケルベ!起きろ!おい!目ー開けろ!」

ルベロは無我夢中に、布団越しに兄の身体を揺さぶる。

「な、なんだ⁉誰だお前⁉いきなり病人の身体揺さぶんな!起きちまうだろ!」

その傍らにある黒い風呂桶から、突然の乱入者に対し咄嗟に注意する声が聞こえる。

「その声…アムベエか!」

「あん…?おお!アサバスじゃねぇか!久しぶりだなぁ!」

「やはりここにいたか!だが、どこにいるんだ⁉」

アムベエからは、ルベロに投げ捨てられたアサバスの姿が目に入っていた。だが、アサバスからは彼の姿が見えなかった。というのも、アサバスの目がついた傘の先端が彼とは反対方向を向いていたからだ。

「あれあれ。みんな、そんなに騒いだらその子が起きちゃうよ。もう少し、静かにしてあげて」

「あ、ああ…そうだな。テルエ、わりぃな」

「面目ない…」

部屋の主であるテルエに優しい声で静かに注意されると、3人は反省しつつ落ち着きを取り戻す。寝室兼病室に静寂が戻ったが、それも間もなく破られる。

「ふわ~…」

「!」

呑気で穏やかなあくびが聞こえてくると皆、一斉に病人に目を向ける。すると、つい先程まで閉じていた瞼がゆっくり開かれる。

「ケルベ!」

「…ルベロ?どうした?」

ルベロの目を見開いた心配そうな表情とは裏腹に、半開きの目をしたケルベはいかにも寝起きといった表情だ。

「どーしたもクソもねーよ!ダイナ装備捜しに来てのぼせて倒れたんだよもーなにやってんだよー!」

「え…ええええええっ⁉マジか⁉」

やや寝起き気味のケルベだったが、ルベロの説明兼嘆きを受け弟と同じくらい目を見開く。

「そいつの言った通りだ。お前は俺を捜しに来て、テルエに勧められて風呂入ってのぼせて、湯当たり起こしてテルエの部屋で寝てたんだよ」

ルベロのざっくりとした説明にアムベエがしっかり補足すると、ケルベは目線を上げて頭をポリポリ掻き始める。

「そういや風呂入ってたらなんか頭がボーっとして…あー…そうだったのか…。わりぃな」

ケルベは記憶を遡り、途切れた原因を悟ると、頭を掻いていた手を下す。

「でも、大したことなくて良かったよ。こうして弟君と、そのお友達が迎えに来てくれたみたいだし、これで一安心ね」

「友達…?」

テルエが安堵混じりに微笑む一方、彼女から友達という単語を聞くと、ケルベは不思議そうにズーケン達に目を向ける。

「ルベロ、お前…いつの間に友達が出来たんだ?しかも四人も…」

「ついさっきだけどね」

「うっせーな!」

半信半疑だったケルベは、ルベロとレーガリンのやり取りを目にすると、彼らの関係性に確信を持った。

「そうか!良かったなお前!やっと友達が増えたな!」

「私もいるぞ!」

さらにこの時、ケルベにカウントされなかった傘の少年は、ズーケンによって向きを変えられ、再会を果たした桶の少年へ向けられた。

「皆もありがとな!ルベロと友達になってくれて。こいつ言葉が冷たいっていうか、言い方が悪いっつうかで友達があんまいなくてさ」

「それはもー話したっての!だから、その辺でいーだろ!」

「わりぃわりぃ。そんな怒んなって」

恥ずかしさでムキになる次男坊に、長男坊は嬉しさ交じりに苦笑いしながら両手でなだめる。

「ケルベ。ここにいる彼らは、ズーケン、レーガリン、ヘスペロー、ペティだ。彼らはルベロの口の悪さを受け止めた上で友となってくれたのだ。だから、多少の事なら大丈夫だろう。それに、ルベロは己の口の悪さを反省し、改善しようとしている。これも全て、彼らのおかげだ」

「ほんとか!すごいなルベロ!」

「ま、まー…まー…な…」

ルベロの両肩を力強く掴み、アサバス以上に大喜びするケルベ。一方ルベロは、そんな兄から目を逸らしてただただ照れるのみだった。

「皆も、ありがとな。こいつ、悪い奴じゃないんだけど、口が悪いから周りに誤解されちまってて、俺も不安だったんだよ。けど、おかげでようやく安心出来るよ」

「ケルベ。特に凄いのはズーケンだ。あれだけ乱暴な言葉遣いをしていたルベロに歩み寄り、ルベロの持つ優しさを理解した。相手の外的要素だけで判断せず、その内側の部分にまで目を向けた。ズーケンは、相手の悪いところだけでなく、良いところにも目を向け、理解することを知っている。ズーケンは、本当に凄い子だ」

「いやはやそれ程でも…」

「礼には及ばないよぉ」

「いや、おめーはちげーだろ!」

「んもぅ、ジョークなのに」

ケルベから礼を言われ、アサバスからまたも褒められ、ズーケンも感謝も照れも込め、小さく頭を下げる。そして、いつものごとくレーガリンのジョークとルベロのツッコミが飛び出し、部屋に笑いが溢れる。

「ケルベ。折角だ。お前も、ズーケンに自分のことを話してみたらどうだ?」

「え?」「やや?」

アサバスからの突然の提案に、ケルベ、ズーケンの初対面同士が同時に声をもらす。

「ズーケンは、理解力も包容力もとても高い。お前の悩みも、きっとズーケンが受け止め、良き相談相手になってくれるだろう」

「ややや…」

「確かにな。話相手にはちょーどいーんじゃねーか?」

「いや、けど…ちょっとな…」

つい先程、ズーケンの人となりを目の当たりにしたアサバスとルベロがその人柄に太鼓判を押す中、推薦されたズーケンは困惑し、プレゼン相手のケルベは苦笑いだ。

「いやいや、気持ちはありがたいけど、いきなり初対面の相手に悩み事を言えって言われても無理だよ」

「だな。まずは、お互いのことを知らねぇとな。自己紹介でもしとけ」

「む、そうか…その通りだな。この際、レーガリン達も自己紹介してくれ」

アサバスから見れば、ケルベとは知った仲ではあるが、そのケルベとズーケンはまだ互いのことを全くといっていい程知らない。要は友達の友達状態だ。レーガリンとアムベエに指摘されたアサバスは、もしケルベに悩みがあるのなら、それを解決したいという思いとお節介が少々前へ出過ぎてしまっていたのだ。

「僕はズーケン。ズケンティラヌスの、9歳です」

ズーケンの、やや緊張気味で少々ぎこちない自己紹介に、レーガリン、ヘスペロー、ペティも後に続く。彼らの自己紹介に耳を傾け、目を向けるケルベは終始大歓迎といわんばかりに笑顔なだった。ケルベからして見れば、ルベロの友達は自身にとっても友人のようなものだったのだ。

「俺らと一緒だな。俺も9歳なんだよ。名前はさっき聞いてた通り、ケルベだ。種族もルベロから聞いてると思うけど、ケルベロサウルスなんだ。よろしくな」

ケルベフレンドリーな笑顔で、まずズーケンに右手を差し出す。それが、握手を表していることは言うまでもなかった。

「あ、はい…」

ズーケンは、差し出されたケルベの右手に、自身も右の二本指を差し出す。すると、ケルベはズーケンの右手を包み込むように掴み、優しく上下に振る。ダイチュウ星では、指の本数が種族によって異なる為、互いに指の数が異なる場合指の数が多い方が相手の手を握ることになっている。

「お前らもよろしくな」

ズーケンと握手した後、ケルベは他の3人とも握手を交わす。それが終わるのを見計らい、今度はアムベエが話を切り出す。

「んじゃ、次は俺の番だな。俺はアムベエ。見ての通り風呂桶のダイナ装備だ。で、見ての通り…じゃねぇけど、コレピオケファレっつー…要はパキケファロサウルスみてぇに頭に皿がついてるやつだ。俺も、よろしく頼むぜ」

コレピオケファレ。アムベエが説明したような、頭部に皿というより大きな骨のこぶがあるといった方が正しいだろう。ティラノサウルスのように短い腕を持ち、首から尾の先まで羽毛が生えている。ケルベのようなフレンドリーな口調で軽い解説を交えた自己紹介を終えると、アムベエはすぐに次の話題に移る。

「しっかし、驚いたぜ。まさか俺のことを捜しに来る奴がいるとはな…。いよいよ、マニヨウジの野郎をぶっ飛ばして、バウソーを救う時が来たってことか…長かったぜ」

悲劇の元凶打倒と、その元凶であるマニヨウジによって60年間囚われの身となってしまった少年バウソーの救出に意気込むアムベエ。ただ、待ちわびたといわんばかりに月日の長さを感じつつ、その声はどこか、緊張を帯びているようにも聞こえた。

「そうだ。だが、残るダイナ装備であるカンタとレーベルが、今でもかつてラ―ケンが託した場所にいるかどうか分からない上、人質まで取られてしまっている。状況はかなり深刻だ」

「おい、それどういうことだよ?」

「私から詳しく話す」

アサバスは、ケルベロ兄弟と共に、アムベエにボンベエ盆地での出来事を話した。

「あの野郎…バウソーん時みたいにまた人質取りやがったのか…許せねぇ…!」

バウソーに続き、また何も関係ない子供を巻き込んだマニヨウジ。アムベエは、卑劣なマニヨウジに元から抱いていた怒りを、さらに激しく燃え上がらせる。

「人質がいる以上、仮に我々が全員揃ったとしても奴には手出し出来ん。かといって、このまま奴を放っておくわけにもいかない。何としてもこの状況を打破したいところだが…その為にもまずどの道、我々ダイナ装備が全員揃わねばならん。アムベエ、カンタとレーベルのことについて、何か知らないか?」

「わりぃな。俺もお前と一緒で、ラ―ケンが死んでから一回集まったのが最後だ。その後のことは、なんにも分からねぇ」

60年前にラーケンからダイナ装備を託された少年少女達の中で現在存命しているのは、テルエのみである。

「そうか…。二人が知らないとなると、一度ヘルボ医院と服威軒を尋ねるしかないな」

「けど、その前に…」

残る2人のダイナ装備のことも気がかりだったが、アムベエには放っておけない問題があった。

「ケルベっつったな。何か悩みがあんだろ?折角だから、話してけよ」

「え…」

まさか弟とアサバスだけでなく、アムベエにまで同じことを言われるとは。

「いや…俺のことは、いいって。今はその、ダイナ装備の方が大事だろ?」

俺のことはいい。突如話を振られたケルベは戸惑いながら、弟達の事が脳裏を過りながらそう答える。しかし、その返答で、アムベエは確信する。

「何言ってんだよ。確かにレーベルとカンタを捜し出すことも大事だけどよ、目の前にいるお前の悩みを解決することだって、俺にとっちゃ同じくらい大事なことなんだよ。まあ、お前みたいに兄弟がいると、大抵弟のことだろ?」

「!」

この時、アムベエはケルベが何に悩んでいるのかはまだ分かっていなかった。しかし、幼い内は兄弟のことで悩むだろうという勘に、先程あまり友人がいないルベロにズーケン達が友達になったことを知った際の喜び様から、弟のことで色々悩んでいるのではないかと読んでいた。その予想通り、ケルベが目を見開いてしばし固まっている様から、アムベエは自身の予想が正しかったことを察した。

「分かるんだよ。俺にも弟がいたからな。弟がいると、楽しいことも多いけど悩みもそれなりにあるよな。面倒見なきゃいけねぇって色々気を遣うけど、上手くいかなかったりお互い気持ちをコントロ―ル出来なくて喧嘩しちまう時だってある。苦労するよな、兄貴は」

「あぁ、確かに。弟がこれだと苦労するもんねぇ」

「いやだからおめーだってそーだ…」

いつも通り茶化すレーガリンに、いつも通りルベロが反論しようとするも、あることが過ると彼に急ブレーキがかかる。

「どうかしたの?」

「いや…なんでもねーよ」

いつも通り言い返してこずに固まってしまったルベロには、流石のレーガリンも少々気になった。ルベロは今、物言いの悪さで何度か注意を受けたことを思い出していた。当時は何故自身が注意されるのかが理解出来なかったが、今はよく分かる。周りの顔を、特に一際心配そうにこちらを見つめるズーケンの顔を見れば一目瞭然であった。

「まー、ウチはとーちゃんかーちゃんが忙しーし、兄弟で一番上のケルベが俺達のめんどーを見るよー言われてたんだよ。特に一番下のベロンの面倒は俺も見るよう言われてたけどさ」

「ありゃりゃ。そうだったんだ。僕だったら自分のことで精いっぱいだし、たまったもんじゃないよ」

「…」

兄弟がいる故の悩み。一人っ子のレーガリンには想像も出来ず、想像しただけで息が詰まりそうになった。また、レーガリンが溜息をつく一方、ズーケンはどこか哀しそうな目で部屋の隅を見つめていた。

「いや、それは…お前らが気にする必要はねぇよ。言われたのは俺だからさ」

「ああそうだ。お前は気にする必要なんてねぇ。親に弟のことで何か言われても、考え過ぎるこたぁねぇ。正直、兄弟といると嫌になっちまう時もあるだろうしよ」

「僕だったら、とっくの昔にイヤになってるけどね」

弟を庇うケルベのフォローに回るアムベエと、ただ本音を言っただけでフォローに回ったように見えたレーガリン。いつも本音が洩れやすい性格が、今回は良い方に作用したようだ。

「確かにルベロの言う通り、俺が二人の事で色々注意されちまう時があるのは事実だよ。でも、俺達を育てる為に一生懸命頑張ってくれてる父ちゃんと母ちゃんを手伝いたいと思ってるし、お前らの面倒だって、もっとちゃんと見てやりたいって思ってる。まあ…あんまり上手くいかないかもしれねぇけど」

「…」

ケルベは、少々照れ臭そうにしつつ、苦笑いしながら本音の一部を語った。それに感心する者が多い中、当の弟であるルベロだけは、どこか不満げな表情だった。

「お前は、いい兄貴だよ。弟だけじゃなくて、親のことまで大切に考えてる。お前はすげぇよ。けどな、兄貴だからって何でも出来るわけじゃねぇし、限界だってある。親や兄弟の力になりてぇって思うのはお前のいいところだけどよ、なんでもかんでも一人でやろうとして、なんでもかんでも自分のせいにしちまうのは、身体に悪いぜ」

ケルベは元々真面目な性格に加え3兄弟の長男であることもあって、責任感が強い故に自責の念も人一倍強い。そんなケルベにアムベエは、かつての自分と重ね合わせていた。

「つーかそもそも、俺はめんどー見てほしーなんて思っちゃいねーっての。お節介過ぎんだよ。まー…俺らが世話の焼ける弟なのもわりーけど…何も思い詰めることねーだろ」

自身が原因の一部であることを自覚しつつも、ルベロからして見れば兄であるケルベが、何故自分達の為に思い詰めてしまうのかがよく理解出来なかった。彼もまた自身が長男だった場合、レーガリンと同様兄としての役割など投げ出してしまうのではないかと考えていたからだ。

「もしかしたらお前は、誰かに甘えることより我慢することを先に覚えちまったのかもな。責任感期待に応えようとする分、相手に子供ってのは皆親に甘えるもんだし、そうあるべきだと思ってる。ただお前は、親に気を遣い過ぎてんのと弟達への思いが強い分、親に甘えることも周りに頼ることも苦手になっちまってるっぽいな。そのまんまだと、今にもっと苦労するぜ」

「…」

アムベエは、ダイナ装備になる前の自分と今のケルベを重ね合わせつつ、彼の気持ちに寄り添うことを心掛けていた。そのアムベエから忠告を受けたケルベは、あることに気付く。

「お前、弟がいるって言ったよな?もしかして、お前もそうだったのか?」

ケルベが問うと、アムベエの脳裏に、幼い弟の笑顔が過る。

「…ああ。そうだ。だから、苦労しちまったよ…」

その苦労は、彼の心に出来た大きな傷と拭いきれない後悔によるものだった。アムベエは、自身の悲しい過去とその苦しみから救ってくれた恩人のことが、ケルベやここにいる誰かの救いになると信じ、その全てを話すことにした。

「俺がお前らと同じくらいの頃だ…って言っても、今でも中身はお前らと大差ねぇけどな。アサバスから聞いてると思うけどあの頃は戦争の真っ只中で、戦争に行っちまった親父の分までお袋が幼い俺と俺より幼い弟を育ててくれてた。一人で俺達の面倒を見てくれてるお袋を手伝おうと、俺も進んで弟の面倒を見るようになった。まあ、上手くいかなくて喧嘩になっちまって、結局お袋に何とかしてもらうことの方が多かったけどな。あの頃は、母ちゃんの子供としても兄貴としても、もっとちゃんとしたいって思ってたけど、今思えば、あれはあれで幸せだったよ」

「…」

当時を懐かしむように語るアムベエだったが、彼の過去、その家族の結末を知るアサバスとテルエは、胸が締め付けられる思いだった。

「ある日、突然俺達が暮らす村にシゲン人達が襲ってきた。他の村人達と一緒に、俺はお袋に手を引かれて、俺は弟の手を引いて無我夢中で走った。とにかく夢中でとにかく怖くて、ずっと泣き叫びながら走った。ふと我に返った時、振り向いてみると、誰もいなかった。シゲン人達からは逃げ切れたけど、俺は一人だった。いつの間にかお袋とはぐれちまった上、いつの間にか、弟の手も離しちまってたんだ…」

「!!!」

「…」

アムベエの家族の最期を初めて知ったズーケン達は目を見開いた。また、既に聞いていたとはいえアサバスとテルエはそれぞれ視線を落とし、目を瞑った。

「戻らなきゃって一瞬思ったけど…戻れなかったな。怖くて怖くてたまんなくてよ、足が、全くお袋と弟んとこに動かなかったんだよ。まだ悲鳴も聞こえてたしよ。もう俺には、逃げることしか出来なかった。俺は、お袋と弟を、置き去りにしちまったんだ」

この時、泣き叫びながら味わった恐怖と悲しみは、60年経った今でも癒えることのない傷となった。本来なら思い出したくも話したくもない古傷だった。しかし、その古傷を開かせてまでも、彼には伝えたいことがあった。

「逃げた先の町で俺は、ラ―ケンやカンタにレーベル、そしてバウソーと同じ施設に引き取られることになった。けど…当時の俺はとにかくすさんでてな、俺と同じ様にすさんでる奴らといつも喧嘩してたんだ。そこをいつもラ―ケンとカンタに止められてたんだよ。まあ、若気の至りってやつだな」

「いやいや、いくらなんでも…」

自身の辛い過去を話したことで、部屋の空気が一気に重く沈んだことを感じ取っていたアムベエは、場を和ませようと軽く冗談を飛ばす。しかし、家族を喪うにはあまりにも早すぎる上その経緯も悲惨過ぎるものであり、とても軽い冗談で拭いきれるものではなかった。それもすぐに察したアムベエは、溜息をつくペティ達の顔を見る限り、今はとにかく話を進めた方がいいと判断した。

「ラ―ケン達は、俺だけじゃなくて俺以外の奴らが喧嘩してても仲裁に入った。その度にラ―ケンはブン殴られて怪我することも少なくなかった。まあ…俺も…殴っちまった時も、何度かあったけどな…」

「…」

つい、思い出したことをそのまま言ってしまったアムベエ。また空気が沈んだのを感じただけでなく、特にズーケンの表情が、誰よりも暗くなったことにも気づいてしまった。

「でも、ラ―ちゃんはそれでもベエちゃんのことを気にかけてくれてたし、次第にベエちゃんもラーちゃんに心を開けるようになったんだよね」

「あ、ああ…そうだ。そうなんだよ。ありがとな、テルエ」

かつて自身がラーケンに手を挙げてしまったことを、その孫であるズーケンの前で話してしまった。そのことでアムベエは気まずさと罪悪感を感じていたが、テルエのフォローも正しかった。それも伝えなければならない。

「ある時、俺はラ―ケンとカンタに怪我の手当てをしてもらいながら二人に聞いた。なんでそこまでして俺達の喧嘩を止めるんだって。それを聞いたあいつらは即答した」

そりゃお前、誰かが喧嘩してたら、止めるしかないだろ。

だって、お前と喧嘩した奴は勿論だけど、お前だって傷つくだろ?

なんで、人を傷つけて、自分も傷つけちまうんだよ…。

それにお前ら、喧嘩なんかしてなくても、十分過ぎるくらい、傷ついてるだろ。

これ以上、お互いの傷口をえぐるような真似はしないでくれよ。

それに、お前らが誰かを傷つけてたら、その相手の家族や、お前自身の家族だって、傷つけちまうだろ。

「あいつは…すげぇ奴だよ」

家族なんかもういねぇよ!!全員死んじまったからここにいるんだろうが!!!その時のアムベエは、怒りと悲しみに任せ、そう怒鳴り返した。

確かに、皆いなくなっちまった。でも、いるんだよ。会えないけど、見えないけど、俺達のことを見守ってくれてる。いつも見てるんだ。俺達がどんな風に生きてるか。幸せに生きているかどうかを。簡単に誰かを傷つけてちゃ、幸せになれないし、幸せになってほしいって願ってる家族だって、悲しませちまうよ。もしお前が、生きてる側じゃなくて見守る側だったら、見守ってる奴に、どうあって欲しいんだ?

「俺も…あいつみたいになれたら、どんなに良かったか…」

そんなの…分かんねぇよ…。アムベエは、今まで自分が何をしていたのか、それが何を生んでいたのか、分かりつつあった。

「その日以来、俺は誰とも喧嘩しないことを決めた。それだけじゃなくて、他の奴が喧嘩してる時は、俺もラ―ケン達と一緒に割って入って止めた。俺も殴られることもあったし、つい殴り返しそうになった時もあったけど、ラ―ケンの言葉があったから、なんとか踏み止まれた。その甲斐もあってか、施設内での喧嘩はだんだん起きなくなっていった。ラ―ケンは俺のおかげだと言ってくれた。そん時は嬉しかったけど、殴り返そうになった俺を何度も止めてくれたし、正直あいつに助けてもらったばっかりだったから、なんか照れちまったな」

当時のアムベエとしては、自身と同じ様に苦しんでいる者達を助けたい気持ちは勿論あったが、自身を救ってくれたラ―ケンへの恩返しと、彼の様になりたい憧れの思いもあったのだ。

「でも、ラ―君言ってたよ。ベエちゃんが一緒になって頑張ってくれたからとっても心強かったって。私は今でもその通りだと思うわ」

「…そうかもな。でもやっぱ…あいつには敵わねぇよ。そもそもあいつがいなきゃ、俺は間違いなく立ち直れなかったし、あいつあっての今の俺だしな」

当時、自身を立ち直らせてくれたラ―ケンに褒められテルエからも後押しされるも、アムベエは60年経った今でも照れ臭さ感じていた。そしてもう一つ、本当はラ―ケンのようになりたかったが、なれなかったことへの悔しさも少なからずあった。

「ある日俺は、ラ―ケンに弟のことを話した。弟を置き去りにして逃げちまったこと、そのことで今でも苦しんでることをな。俺もなんでか知らねぇけど、急に話したくなっちまったっていうか…今なら話せる、そう思ったのは確かだった。上手く話せた気はしねぇが、それでもあいつは最後まで俺の話を聞いてくれた。それで、あいつはこう言ってくれた」

そっか…。辛かったよな…。

大切な人を救えなかったのは本当に辛いし、苦しいのは俺にも分かる。

でも…お前は家族を助けに行けなかったって後悔してるけど、俺は、お前が戻らなくて良かったって思ってる。

もしお前があの時、家族を助けに戻ってたら…俺達は会えなかったかもしれないから。

だから、家族のことは心配だけど、お前だけでもこうして会えて良かったよ。

この時ラ―ケンは、アムベエの家族の死を明確にするような言葉はなるべく避けるようにしていた。どこかで生きている。本当はそう言ってあげたかったが、そんな無責任なことは言えなかった。だがもしかしたら、まだどこかで生きているかもしれない。生きていてほしい。そんな淡い希望を、アムベエだけでなく、ラーケンも持っていたかったのだ。

お前は、家族を救いに行けなかったって自分を責めてるかもしれないけど、家族は、お前を責めないよ。むしろ、お前が無事で良かったって、喜んでいる筈だよ。お前だって、家族がいなくなるのは辛いだろ?家族だって、お前がいなくなるのは辛いんだよ。だから…あの時は、逃げて良かったんだよ。むしろ、逃げなきゃいけなかったんだよ。お前はただ、逃げなきゃいけない時に、ちゃんと逃げた。それだけなんだよ。お前は何も悪くない。生きていてほしいって思ってる家族の為に、ちゃんと生きてる。だからもう…自分を責めるのは、終わりにしろよ。その代わり、逃げたっていい、けどこれから先、何があっても、生きることだけからは、絶対逃げるな。約束だぞ。

「俺はあいつに、あん時逃げちまったことを責める気持ちから、俺の心を救ってくれた…。今思えば、俺は家族を喪ったことで、シゲン人だけじゃなくて、自分も責めて憎んでいたんだろうな。けど、ラーケンに言われてから、考えが変わった。俺が、逃げちまったことを責めるんじゃなくて、俺だけでも助かったことを喜んで家族の分まで生きていくべきだって。その方が皆安心するだろうし、俺が死んでて、母ちゃんや弟が生きていたら、そう思うだろうしさ。それに思ったんだ。もしあの時、俺が戻ったとしても、家族は助けられなかったかもしれないって。正直、俺一人じゃお袋も弟も助けてやれなかっただろうし、下手したら俺まで死んでた。俺一人じゃ、出来ることなんてちっぽけだし、限界だってある。皆、そうなんだよ」

これまで、戦争によって起きた悲劇により、自責の念によって苦しんだ過去を語ってきたアムベエ。しかし、その自責の念から救われ解放されたことにこそ、同じ兄であるケルベに伝えたいことがあったのだ。

「特にケルベ。お前は人一倍家族や周りのことを考えているし、無意識の内に気遣いも出来る。だからお前は友達も多いし、皆から慕われて頼りにされてんだろうな。それに、忙しい両親を手伝おうと弟達の面倒も頑張って見てきた。きっと責任感も強いんだろうな。ただ、親が忙しかったのと自分よりも弟達を優先させたから、お前は甘えることより先に我慢することを覚えちまった。親からお前への、兄としての期待に応えようとしたんだろうけど、ちょっとしんどかったみたいだな。気を遣えんのも期待に応えようとするのもいいんだけどよ、変に気ぃ遣い過ぎると周りが良くてもお前が疲れちまうだろ?それだと逆に周りが心配になっちまうし、何よりお前自身の身体にわりぃよ。変に気を遣い過ぎると、相手も気を遣っちまうしさ。現に、お前今日倒れちまったじゃねぇか。弟にだって心配かけちまっただろ?いくらお前がどんなに気ぃ遣ったところで、そのせいでお前に余計な負担がかかってたら、親だって心配になるって。大事なのは、期待に応えることより、お前が元気なことじゃねぇのか?」

「…!」

ケルベは、アムベエに言われたことを痛感していた。思い返せば、多忙な親や弟達からは頼りがいのある息子で、兄でいようとしていた。その為、両親や弟達に気を配ってばかりだったからか、心なしか、心がどこか疲れていたような気がしていたのだ。

「…そうかもな」

彼がこれまでの自身について振り返っている一方、レーガリンは少々顔をしかめる。

「いや、湯当たりに関してはただの偶然だと思うけど…」

「いいんだよ細けぇことは。心労も重なってたかもしんねぇだろ?」

「う~ん、そうかなぁ…」

納得出来るような出来ないような。レーガリンはなんとも言えない気持ちで首を傾げた。一方、アムベエはこの際、多少強引に言いくるめてでも、ケルベに甘えることや頼ることの大切さを教えようとしていた。少なくとも今の状態では、ケルベ自身やその周りの為にならないと考えていたからだ。

「ケルベ。期待されると、頼りにされてる気がして嬉しい反面、失敗しないようにってプレッシャーにもなるよな。けど、失敗したっていい。失敗したってみんながお前を嫌いになるわけじゃないし、がっかりさせちまうことがあっても、みんな受け止めてくれるから気にし過ぎることはないさ。お前のことを大事に思ってくれてる奴なら、何があってもお前の傍にいてくれる筈だしよ」

「…そっか」

ケルベは、頼もしい兄でいる為、なるべく弱いところや格好悪いところを見せないようにしていた。だが、そこまでしなくていい。心に入っていた力が抜けて、気持ちが軽くなっていくのを感じていた。

「それと、お前はもうちょっと周りに甘えたり頼ることを覚えた方がいい。あれもこれも一人でやろうとすると、正直しんどい時あるよな。一人でやるよりみんなでやった方が早いこともあるし、その方が

上手くいく時だってあるしよ。変に気を遣ったり遠慮しないでさ。普段気を遣ってる分、向こうにも気を遣わせとけって。恩返しだと思ってさ」

「それもそうだな」

アムベエの冗談混じりなアドバイスを、ケルベは可笑しそうに笑いながら有難く受け取った。今までの肩の荷が下りたからか、すっかりリラックスしているようだった。

「それに関しては大丈夫だよ。見た感じ、そんなに気配り出来なさそうだし、むしろ気を遣わせてる方だし」

「うっせーな!これから直してくんだからいーんだよ!つーか、おめーもやれっての!」

「いやいや、僕はいいよぉ。君程口悪くないし」

口は悪くないが物言いは悪い。ケルベとアムベエ、そしてテルエ以外の面子はそう思っていた。テルエは、ズーケンが解釈した様に、ただ言葉を使うのが苦手なだけだと最初から思っていたからだ。

「まあ確かに、無理するのも良くねぇが、無理させねぇのも大事だ。どうやったら兄貴の負担を減らせるか、見当はついてるみてぇだし、あとは努力次第だな。頑張れよ」

「あ、あー…任せろ」

視線を泳がせながら返事するルベロは、少々自信無さげだ。

「で、具体的にどうすればいいか、話してみれば?」

「えー!んだよそれー…」

ルベロは、表情と頭をボリボリ掻く仕草で嫌々感全開にしつつも必要性を感じたからか、渋々兄に向き直る。

「まー…そーだな。まず、ものいーだろ?そのせいでヤな思いさせちまったこともあっただろーし、友達も少ねーから心配かけちまったしさ。あと最近、マニヨウジのことがあってから、よけー気ー遣うようになってきた気がする。こーゆー時は兄貴に任せとけって、ダイナ装備一人で全部集めよーとしてたけど、しょーじき二人でやった方がぜってーはえーよな。ベロンは、身体よえーから留守番でいーとして、俺も少しは頼りになる弟目指しとくから、ケルベももう少し、俺らにとって頼れる兄貴でいながら、俺らに頼れる兄貴になってくれよな。約束しろよ」

正面の兄から目を逸らしながら、ルベロは右手をそっと差し出す。いざ向かい合い、自身の思いを伝えるとなると、かなり照れ臭いのだ。

「ああ…ありがとう。ルベロ。約束するよ」

そんな弟の胸中を察し、恥じらいながらも思いを伝え自身の力になろうとしてくれている弟に、ケルベは心から喜び、感謝しながら右手を差し出した。兄が真正面から弟に微笑む一方、弟は余程恥ずかしいのか兄から顔ごと背けていた。ズーケン達は、そんな優しくて温かい一風変わった握手会を見守るのだった。二人が握手を終えたタイミングを見計らい、アムベエが声をかける。

「なぁ、ルベロ。おめぇもおめぇなりに気ぃ遣おうとしてんのはいいことだけどよ。程々にしておけよ?」

「なんでだよ?」

「気ぃ遣うケルベを気遣おうとすんのはいいことだけどよ、気ぃ遣う奴ってのは、気ぃ遣われるのが苦手なんだよ。そもそも相手に気ぃ遣わせない為に気ぃ遣ってるようなもんだからな。お前が変に気を遣うと、折角緩めようと思ってるケルベがまた気ぃ遣っちまうからな。だからお前は、気を遣うんだったら自分に負担がかかり過ぎない程度にして、あとは今まで通りにしてりゃいいんだよ」

「なるほどなー…わーったよ」

ルベロは、折角の決意に水を差されたような気分に陥りかけるも、アムベエの言葉に納得がいくと気持ちを持ち直し、肝に銘ずることにした。

「いやいや、君は人の数倍は気を遣わないと。じゃないと、ケルベの助けにはなれないよ」

「おめーもだろ!つーか、これ何回やる気だよ」

肝に銘じて早々、またまたレーガリンから茶々を入れられるルベロ。何度も同じやり取りを繰り返えされることに嘆く一方、レーガリンは楽しそうにケラケラ笑う。彼は、これが楽しいのだ。

「そういえばアムベエ。さっきの話の続きを聞かせてくれないか?なんでダイナ装備になったのかとか、どうして風呂桶を選んだのかとか。俺も気になるからさ」

「そうだったな。まあ、気になるんだったら話すしかねぇな。あんまいい話じゃねぇけど、聞いてやってくれ」

部屋が笑いに包まれ一区切りがついたところで、ケルベがアムベエに続きを促した。これから彼が語ることは、苦味が強いものの、それを補える程の温かい思い出であった。


「ラ―ケンと正真正銘の親友になった俺は、あいつとの距離が一気に縮まったのを感じた。カンタやレーベル、それにバウソーとも仲良くなって、いつも一緒にいるようになった。戦争の真っ只中で、いつも死と隣り合わせだわ腹も減るわで大変だったけど、あいつらと一緒にいる時は、そんなこと忘れるぐらい楽しかったよ」

平和に暮らしていた中、突如引き起こされた戦争によって家族とその幸せを奪われ、人生も狂わされたアムベエ達。その上、身の安全も保障されず、腹も満たされぬ状況ではあったが、ラ―ケンのような心許せる親友達に恵まれたことで、心だけは孤独に支配されることなく、戦時中なりの幸せを感じていたの間違いなかった。しかし、そんなささやかな幸せさえも、彼から奪われようとしていた。

「だがある日突然、レーベルが病気で倒れちまった。栄養失調と、多分終わりが見えねぇ戦争のことで心労が重なっちまったみたいだった。戦時中だったから食うもんも薬もろくにねぇし、レーベルはどんどん弱っていって、とうとういつ死んでもおかしくないぐらいまでになっちまった。しばらくの間は皆で見舞いに行ってたけど、それから今度は俺が倒れて、あっという間に虫の息になっちまった。もう死ぬのを待つしかない俺達に、ラ―ケンはダイナ装備の話を持ち込んできた…シゲン人のラミダスの話も一緒にな」

「…」

この時ズーケンは、アムベエの口調が僅かに重くなるのを感じ取ったと同時に、空気までも重く沈み始めたことを感じた。

「俺達がダイナ装備になれば、マニヨウジを倒して、戦争を終わらせることだって出来るかもしれない、この星は平和になる。それにダイナ装備になれば、少なくとも病気で死ぬことはないって言った。あいつは俺達のことを助けようとしたんだろうけど、あの時の俺にはそれが全く理解出来なかった。声を出すことすらやっとだった俺は声を振り絞って、怒り任せにあいつに絶交だって言っちまった…」

「やや、そんな…」

「無理もない話だ。ラミダスが心から平和を愛し、戦争を止める為マニヨウジを討とうとしていたとはいえ、ラミダスは、その戦争を引き起こし数えきれない程のダイチュウ人達から家族や幸せを奪ったシゲン人と同族だ。信じろと言われても、憎悪や恐怖を真っ先に抱く相手だったのだからな。それに、あの時は私自身もまだラミダスのことを信じ切れておらず、心のどこかで何かの罠ではないかと考えていたからな。シゲン人を信じるということは、それ程勇気と優しさがいることだったのだ」

ズーケンが大きなショックを受けるも、戦時中のことやアムベエ自身がそのことを今でも後悔していることもあり、当時の彼の心中をよく理解していたアサバスがフォローに回る。彼は、アムベエが病により声を絞り出すことさえやっとな程身体が衰弱し切っていたこと、あれだけ恩人且親友のように思っていたラ―ケンに絶交を言い渡す程心も弱り切っていたこともあり、自身の想像以上に大きなショックを受けていたことをよく理解していたのだ。

「まあな。俺がシゲン人のことを他の誰よりも激しく憎んでいて、シゲン人の名前を聞くだけで震えちまうことも、あいつは知ってたはずだったからな。なのに、シゲン人を信じろっていうあいつが信じられなかったんだ。でも、それだけじゃねぇ。ラ―ケンは、助かる見込みもない上どんどん弱っていく俺に、必ず良くなる。絶対助かる。いつもそう言って励ましてくれた。けど、あいつからダイナ装備になれば死ぬことはないって言われた時、思ったんだ。俺は…やっぱり助からない、俺は、間違いなく死ぬんだって…。俺自身も、心のどこかで分かってたことだったけど、いつも俺のことを気にかけてくれてたラーケンからも、俺が死ぬって思われてたことが、かなり堪えたんだろうな…。その後のあいつときたら…」

ごめんな…。やっぱり…無理だよな…。ごめん。俺が無理言ってるのは、俺でも分かってるよ。お前やレーベルがどれだけ辛い思いをしたか…知ってたのに…。なのに俺は…もう友達じゃ、ないよな…。二人のこと、傷つけちまったんだから…。でも、俺が二人の友達じゃなくなったとしても、これだけは分かってほしい。皆が、憎いとか、怖いとか、そう思うシゲン人にだって、心優しい奴はいる。俺は、ダイチュウ人は勿論だけど、戦争に苦しむシゲン人がいるなら、戦いたくもないのに戦わせられているシゲン人がいるなら、そのシゲン人だって助けたい。そいつらだって、苦しんでるんだよ。ラミダスだって、その一人なんだ。それに、シゲン星にだって、きっと俺達と同じ様に苦しんでるシゲン人の子供達がいる。俺は、ダイチュウ人だろうとシゲン人だろうと、戦争に苦しんでいる人達全員を助けたいんだ。

だから…二人のことも、助けたかったんだ…。ダイナ装備になれば、元の身体はなくなるけど、少なくとも死ななくて済むし、もっと一緒にいられるかなって…思ったんだ…。どんな形でもいいから、二人のことも助けたかったけど…やっぱり、無理だよな…。ごめん…本当にごめん…。

アムベエにとって後悔と痛みが残る思い出に、誰もが胸を締めつけられた。特に、ズーケンとヘスペローの目から涙がこぼれ始めた。

「いくら俺が絶交っつったからって…あんな悲しい顔するかよ…ったく、何やってんだか…」

深いため息と共に出たその言葉は、ラ―ケンに対してではなく、自分自身に言っているようだった。当時の自分を、悔やんでも悔み切れない程後悔していることはm誰もが感じ取っていた。

「でも、結局ダイナ装備になったわけだよね。それはどうして?」

レーガリンも、涙こそ流していなかったが、皆と同じ様に心苦しさを感じながら、誰よりも胸を痛めたアムベエに尋ねた。

「まあな。それに関しては、レーベルとカンタのお陰だな。ラーケンの言葉を受けたレーベルは、俺とは真逆に、ダイナ装備になるって言ったんだ」

だって…あたし達がそのダイナ装備になれば…皆を助けられるんでしょ…?

なら、あたしも力になりたい…。

戦争で苦しんでいるなら…ダイチュウ人とかシゲン人とか関係なしに…皆助けたいの…。

あたしはもう助からないけど…そんなあたしに、出来ることがあるなら、あたしはそれに懸けてみたい…。

それに…ラ―ケンが信じる、心優しいシゲン人のことも信じたい…。

その人のことを信じて、あたし達を救おうとしてくれてる、ラーケンのことも信じたいから…。

「…俺よりも前から身体悪くしてんのに、あん時のあいつは、すごかったよ。そんなあいつの気持ちもあってか、カンタまでもダイナ装備になるって決めた。俺もびっくりしたけど、ラーケンの奴も、心底驚いてたな」

私もね、大体レーベルと一緒なのよ。

戦争で苦しんでる人達を助けたいし、優しいシゲン人のことも、そのラミダスって人を信じたラーケンのことも信じたいわ。

それに、そのダイナ装備になる人って、はっきり言っちゃうとまずいないと思うのよ。

いくらそのラミダスって人が優しいシゲン人でも、信じられる人はあまりいないだろうし、本当のことだとしても、自分の身体を捨てるなんて、出来ない人の方が多いわ。

だから、アムベエが嫌なのも無理ないことだし、むしろ普通のことなのよ。

でも、誰かがやらなきゃいけない。その誰かが誰もいないなら、私がやるわ。

私だってこれ以上…誰にも苦しんでほしくないから。

「けど、二人の決意を聞いても俺は、ダイナ装備になろうとは思えなかった」

アムベエ。ダイナ装備って、4つ必要みたいだし、アムベエがなってくれたら丁度揃うんだけど…流石に無理強いは出来ないわ。

でも…ラ―ケンと絶交するのだけは、取り消してあげたら?

この時アムベエは、カンタ達に背を向けたまま、様々な気持ちが複雑に絡み合ったまま、黙って耳を傾けていた。

ラーケンは、戦争から皆を救う為に、あなたを助ける為にダイナ装備のことを、ラミダスのことを話した。

そのことであなたが傷つくのは分かるし、もう聞きたくないって思うのも無理はないわ。

ラーケンだって、そのことは分かってたはずよ。

それでも話したってことは、それだけ人々を、あなたを助けたいっていう思いが強かったからよ。

あなたを傷つけるつもりなんて、全くなかった筈だわ。

それに、アムベエだって、本当は後悔してるんでしょ?

今の自分があるのはラーケンがいてくれたおかげだ。あいつは俺の親友で恩人だって、あなた私に嬉しそうに言ってたじゃない。

そのラーケンと絶交だなんて…ラ―ケンはすごく傷ついたと思うし、あなただってそうでしょ?

アムベエは、以前カンタに、ラーケンに対する思いを語ったことがあった。そのことを思い出し、アムベエは涙していた。

もしこのままだと、二人共ずっと傷ついたままだわ。それだと私達も辛いし、あなた達だってそうでしょ?

また、人を傷つけて、自分も傷つけてしまうわ。

それは、ラーケンは勿論、私達やあなたの家族、そして何より、あなたが一番望まないことだったはずよ。

だからお願い…ダイナ装備にはならなくてもいいから…優しいシゲン人のことも信じなくていいから…もうこれ以上、自分や、自分の大切な人を傷つけないで…。

「レーベルは、俺よりも身体が弱ぇはずなのに、覚悟を決めた。ラ―ケンには、今まで散々苦労かけた俺のことを救ってくれた。それに、ラーケンと同じくらいカンタにも世話になっちまったからな。もう、俺の気持ちは固まった。ラーケンが正しかったかどうか、賭けてみることにしたんだ。もう一度…親友になってもらってさ」

ラーケンとの和解を決意したことで、二人は心に深い傷を負うことはなかった。しかし、一度自分から出てしまった絶交という言葉は、生涯親友の心に残り続けることを、後にアムベエは知ったのだった。

「それで、なんで風呂桶にしたんだ?」

「まあ待てって」

アムベエがかつての自身の言葉を悔いている中、ルベロが何気なく疑問を投げかけてくる。ケルベが小さく注意するも、アムベエは苦笑いしながら話す。

「そうだな…特に深い理由はねぇ。ただ、丁度俺の横にあっただけだ。思い出があるとすりゃ、ラーケンやカンタがその桶で絞った布巾を、俺のおでこにかけてくれたぐらいだな。レーベルみたいに家族との思い出はねぇけどよ、あいつとの思い出は…詰まってんだよな」

アムベエの中に湧き上がっていた後悔の念は、親友との温かい思い出へと変わった。それにより、彼の心もまた、少しずつ温まっていった。

「それを聞かせた時のラミダスの顔ときたら…あんなに泣きながら謝られちゃ、もう信じるしかなかったよ。ラ―ケンの言う、心優しいシゲン人ってやつをさ」

ラーケンの背におぶられ、カンタ達と共にラミダスの元へ赴いたアムベエ。意識が朦朧とする中、ラミダスの顔が目に入った時、アムベエは、シゲン人への怒りよりも先に恐怖が沸き上がってきた。だが、ラミダスの心からの謝罪とその涙に、アムベエが抱いていた憎しみや恐れは、彼の心から徐々に消え去っていった。

「あとは多分、アサバスから聞いた通りだと思うが、マニヨウジをあの世に送る為、バウソーを救う為、俺はテルエに引き取られて、今日までここで暮らしてきた。正直、あん時テルエが引き取ってくれなかったら今の俺はいねぇし、きっとこうしてお前らに会うこともなかったんだろうな。テルエには、感謝してもし切れねぇよ」

テルエへの感謝を改めて感じるアムベエの脳裏には、これまで彼女と過ごした思い出の数々が過る。彼女と楽しい日々を過ごしていたアムベエだったが、時には無性に不安になることもあった。60年もの先のこととはいえ、その時はマニヨウジが必ず復活することだ。復活したマニヨウジを今度こそあの世に送り、バウソーを救うことが出来るのか。そもそもダイナ装備となった全員が、封印が解ける時に集まれるのか。誰かがいなくなってしまうのではないか、もしくは自分がいなくなってしまうのではないか。アサバスと同じような悩みを抱えていた自分を、テルエは優しく温かく励ましてくれた。根拠こそなかったが、彼女が優しく微笑み、大丈夫と言ってくれると、不思議と不安が和らぎ大丈夫だと思えた。そして今、自身を迎えに親友のアサバスや亡き親友の孫ズーケンとその友人達が来てくれた。残る2人の親友とはまだ会えていないが、アサバスにだけでも会えたことでまた不思議と会えるような気がした。今日まで自身を支えてくれたテルエの存在の大きさを、アムベエは改めて感じる。そしてそれはまた、テルエも同じであった。

「私だって、ベエちゃんはずっと私の話し相手になってくれてね。悩んだ時も相談にのってくれたり、励ましたりしてくれて、いっぱい助けられたんだよ」

最初に、風呂桶の姿のアムベエを見た時、テルエは大きな衝撃を受けた。さらに、ラーケンからダイナ装備のこと、マニヨウジやバウソーのことを聞かされ、彼女は何もかも理解出来なかった。だが、彼をこのまま放っておけず、ラーケンの現実離れした話を信じアムベエを引き取ることを決意した。始めは、同じダイチュウ人であるとはいえ、自身と全く異なる姿をしたアムベエに戸惑ったものの、同じダイチュウ人であるからこそ、テルエは敢えて、なるべく自分から話しかけることを意識した。すると、互いに心を開けるようになるには時間はかからず、気が付けばお互いに気兼ねなく何でも話せる親友となっていた。そんなテルエの記憶の中でも強く残っているのが、自身の両親が亡くなり、テルエが銭湯を継ぐことになった時、大きな不安や悩みを抱えていた自身を、アムベエが自分なりに支えようとしてくれたことだ。風呂桶の体であるアムベエは、彼女の話を聞くこと、励ますことしか出来なかったが、それに全力を注ぎ、彼女の力になろうとしていた。その気持ちを心から理解していたテルエは、アムベエにこれまでよりも深く感謝し、彼をマニヨウジの封印が解ける日が来るまで守り続けることを改めて強く誓った。そしてその誓いを果たす時が、遂にやってきたのだ。

「おいおいテルエ、照れるじゃねぇか…。俺だってテルエにはいっぱい助けられてるしよ…まだまだ長生きしてもらいたいもんだぜ。その為にも、早くマニヨウジの野郎をぶっ飛ばさねぇとな。つーわけでお前ら、これからよろしく頼むぜ」

「ああ。こちらこそよろしくな。皆も、頼りにしてるぜ」

「うん。よろしくね」

ズーケン達は、新たなダイナ装備と新たな友の兄と出会い、共にマニヨウジと戦い人々を救う仲間となり、友となった。さらにテルエとしては、この時まで60年もの間、友としてアムベエを守り続けることが出来たことに安堵するのと同時に、彼に新しい友達が出来たことも嬉しく思っていた。

「テルエ。長い間ありがとな。とうとうこの日が来たんだ。何が待ってるかは分からねぇけど、必ず帰ってくる。だからそれまで、元気で留守番してんだぞ。いや、帰ってきてからも元気でいてくれよな。テルエや皆が元気で暮らせる為にも、マニヨウジの野郎をぶっ倒しに行くわけだしよ」

「ありがとう…ベエちゃん」

60年間背負い続けてきた使命を果たすべく、60年間苦楽を共にしてきた戦友でもあり親友のテルエに、アムベエは一時的な別れと絶対の帰還を告げる。不安や心配、そんな思いを抑え、テルエは涙を流しながら親友に優しく微笑んだ。一方、アムベエを歓迎したケルベは、あることを思い出す。

「そういえばお前、ベロンはどうした?お前が来てるってことは、あいつ今一人で留守番してるってことか?」

「んあ?そーだったな…。俺がダイナ装備を捜しに行くついでにケルベの様子を見てくるっつって、家に置いてきた。あいつ身体よえーしさ、あいつ連れてってなんかあるといけねーし戸締りすんのもめんどくせーし」

頭をポリポリ掻くルベロは基本、家に一人でいる時は戸締りが面倒なので出掛けないのだ。

「そうか。今日も父ちゃんも母ちゃんも帰りは遅いし、早く帰ってやんねぇと…そうだ」

家で一人、自分達の帰りを待つ弟の元へ早く帰りたいケルベ。しかし、どうしてもやらなければならないことがあるが、それは自分達ではどうにも出来ないことでもあった。

「ズーケンって言ったな。改めて、ルベロが世話になったな。それに、俺までも…ありがとう」

「あ、いや、それ程でも…」

「ここまで世話になっちまってこれ以上世話になるのは気が引けるけど…俺達の一番下の弟、ベロンのことについても…頼ってもいいか?」

「!」

それはケルベ達3兄弟、その末弟であるベロンのことだった。ルベロの意表を突いただけでなく、つい先程まで照れていたズーケンは、一瞬にして現実に引き戻した。さらに、ケルベの真剣そのものの表情から、それを断る事は出来なかった。むしろ、力になりたいと強く思っていたのだ。

「い、いいけど…何かあったの?」

「いや、特に何かあったわけじゃないんだけど…要は、何も言わないんだ」

「やや?何も言わない…?」

神妙な顔をしているケルベには悪いが、今そこそこ不安を感じている。

「要は、ベロンは口数が少ないんだ。俺達と一緒にいてもあまり喋らないし、俺達が話しかけないとあいつは喋らない。しかも、返事も短いからあいつとはあんまり話せてないんだよ」

「おまけに学校でもずっと黙ったまんまだからさ、友達がいねーんだよ。俺よりもな。誰にも何も話さねー、話そーともしねー。しょーじき、あいつが何考えてんのかもどー思ってんのかも分かんねー。俺が聞き出そーとしても多分話せねーだろーしさ」

ベロンは、ルベロと同じく友達は少ないが、ルベロ程嫌われてはいない。

「そこでさ、今度あいつに会ってやってくんねぇか?無理にとは言わないし、気持ちを聞き出してくれとも言わない。ただ、あいつの、友達になってやってほしいんだ。このままじゃあいつ…ずっと一人なんじゃないかって、心配でさ。でも、正直俺達じゃ、あいつの話し相手にはなれないし、相談相手にもなれない。兄貴としての…限界を感じまったんだ。だから、ズーケンのことを、頼ることにしたんだ」

「そっか…」

ケルベとルベロが弟のことを心から心配そうに話すからか、ズーケンはどうにか出来ないものかと思考を巡らせる。しかし、ベロンが兄弟にすら話さないことを自身に話すのだろうかと不安にもなっている。

「ズーケン。私からも頼む。ベロンが何を考え何を思っているのかは分からないが、何も語らないのには何か理由があるのは間違いない。ベロンは話さないのではなく、話せないのではないかと思うのだ。ただ、それを聞き出すのには時間がかかるもしれん。だから、ベロンのことは、長い目で見守ることを前提に考えてほしい」

つい先程学んだ、誰かを頼る勇気を出したケルベに、ルベロやアサバスからもベロンのことを託されたズーケンは、断ることなど出来なかった。むしろ、より彼らの力になりたい気持ちが強くなっていたのだ。

「…分かった。一度、僕をベロンに会わせて。僕に何が出来るか分からないけど…頑張るよ」

「ありがとうズーケン…恩に着るぜ!」

「ややややや…」

ベロンの件を引き受けてくれたことでケルベは、ズーケンに心から感謝していた。安堵と喜びの入り混じった笑みを浮かべながら、ケルベは両手でズーケンの右手を強く握った。同時に、その力強さと同じくらいの期待も込められていることを感じ取ったズーケンは、嬉しく思いながらやや強めのプレッシャーも感じるのだった。

「まあ確かに、まず会ってみないとなんとも言えないねぇ。で、いつ会うの?」

「それはまたあいつと話をして…って、お前らも会ってくれるのか?」

突如割り込んできたレーガリンに、ケルベはやや嬉しそうだ。

「まあズーケンだけだと心配だからね。二人は?」

「ここまで言われちゃ断れねぇよな…いいぜ」

「僕も…いいよ。皆が一緒なら」

レーガリンはとにかく、ズーケンと一緒にいたいのだ。残る2人も承諾するも、自信はあまりなかった。しかし、ベロンの手助けをしたい気持ちは、本物であった。

「ズーケン…皆…あいつの為に、ありがとな。また、恩に着るぜ」

「やや、ど、どうもどうも」

ケルベは、ルベロを理解し友達になってくれただけなく、ベロンのことまで引き受けてくれたズーケン達に心から感謝していた。その気持ちの表れか、ケルベは弟の新たな友人代表ズーケンの両手を握る。突然の行動に驚いたことや、いきなり手を握られたり触れられるのが苦手なこともあり、ズーケンは身体が少々仰け反った。

「ちなみに、僕らの名前は覚えてる?ズーケンは何回か呼んでるけど、僕らは一度も呼ばれた気がしなくてさ。自己紹介したはずなんだけどねぇ」

「…え?あ、ああ…ええっと…わりぃ」

ケルベがズーケンばかり感謝し、自身と一番仲の良いズーケンと親しくしている様を真顔で見つめるレーガリンが問う。恩は忘れないつもりだが、名前はすっかり忘れてしまっていたケルベ。今度は詫びを込め、軽く頭を下げる。

「ありゃりゃ、やっぱり。潔いねぇ」

そんな素直なケルベに免じて、レーガリン達は改めて自己紹介する。今度こそケルベが3人の新たな友人の名を覚えたところで、一行はテルマトロマエを後にすることにした。


「それじゃテルエ、ちょっとの間、いってくるぜ。風邪引くなよ」

「ありがとう。私は大丈夫だから、ベエちゃんも気をつけてね」

テルエの実家前、アムベエはケルベの両手に握られながら、長い時間の中喜怒哀楽を共にしてきたテルエと互いに一時的な別れの挨拶を交わす。その際、両者共に不安や心配は見せないよう明るく振舞っていた。

「皆も、ベエちゃんのことを頼んだよ。ベエちゃんは喧嘩っ早いところもあるけど、友達思いの優しい子だから仲良くしてあげてね」

「おおいテルエ、よしてくれ恥ずかしい…。俺ぁ、中身はいつまで経ってもこいつらと変わんねぇけど、本来ならテルエの一個下だぜ…」

いつまで経っても子供扱いなアムベエは、一行の笑いを誘ったが少々恥ずかしそうだ。初めは年も大差なくお互い友人のように思っていたものの、今ではすっかり祖母と孫程開き、テルエ自身もまるで自分の子供か孫のようにも思っていた。ただし、年が変わらずとも母性が強いテルエは同じようなことを言っただろう。

「けど、俺もその通りだと思うし、仲良く、大切にするよ。な?」

ケルベが、弟や新しい友人達に顔を向けると、誰も否定することはなかった。特にズーケンは、うんうんとにっこり微笑みながら頷いていた。この光景にテルエは、不安や心配が少し和らいだようだ。

「ベエちゃん、素敵なお友達に恵まれたねぇ。私も安心だよ。私はここで、いつでもベエちゃんや皆の帰りを待ってるからね」

「おう。ありがとな。今度こそ必ず、この星を平和にして、テルエや皆が心置きなく幸せに暮らせるようにしてやるからな。そろそろ孫も生まれることだしよ」

「孫…?」

ズーケンが首を傾げたところで、テルエの背後の玄関が勢いよく開かれる。

「お母さん!大変大変!見て見て!」

「ちょっと、どうしたのよ?そんなに慌てて…」

玄関から飛び出してきたのは、テルエの娘であった。何事かと少々心配そうなテルエに対し、彼女はやや興奮気味に、両手に抱えた大きな卵が入った装置を差し出す。ダイチュウ星では、出産した卵を孵化装置に入れ、孵る時が来るのを待つのだ。

「ほら!さっきちょっと動いたのよ!きっともうじき生まれるんだわ!」

「あれま!本当に⁉」

「!」

間もなく生まれる予兆を見せた新しい命を前に、テルエ親子は大きな喜びと幸せに包まれた。

「これが…初めて見たよ」

「懐かしいなぁ。そういやあいつもこん中に入ってたんだっけな」

一人っ子であるレーガリンやヘスペロー、3つ子であるケルベルベロ兄弟は、初めて見る卵に興奮気味に、妹がいるペティは、当時を思い返しながら懐かしい気持ちで眺めていた。

「やったな!よぉし、この子の為にも、絶対マニヨウジの野郎をあの世に送ってやらないとな!」

「ああ!バウソーも少女も必ず救出しmラーケンの分まで人々もお前達も守り抜いて、必ず平和を掴み取ってみせる!」

気合十分なダイナ装備達はますます闘志を高め、これから生まれようとしている命と、今いる命を守り抜くことを、今はもういない命に誓うのだった。

「…」

誰もが温かく幸せな気持ちで満たされる中、ズーケンは、孵化装置に入った新しい命を静かにじっと見つめていた。

「…?」

そのことに、ふとズーケンに視線を移したヘスペローだけが気付く。彼には、いつも明るいズーケンの表情が、珍しくどこか哀しそうに見えていた。彼のそんな顔を見るのは、2年以上一緒にいる中で初めてのことだった。

マニヨウジの封印が解けるまで、あと7日。

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