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ダイ2時代 明かされる真実 

祖父の言ったアサバスとは、喋る傘のことであった。まさかとは思ったが本当に人ですらなかったことにズーケンはかなりの衝撃を受けた。そしてその傘は、ダイナ装備そのものであった。祖父の言っていたことは、紛れもなく事実であった。そのことをまだ受け止めきれないズーケンは、ひとまず彼らを部屋に招き、アサバスを小さなちゃぶ台の上に乗せた。そして、そのちゃぶ台の周りを囲むように5人が座る。

「えっと…ズーケン。この子誰?あと、この傘は何?」

「え、あ、いや…えっと…」

当然のごとくレーガリンに尋ねられるも、何から説明すればいいのやら…。まだ気持ちの整理すらついてないズーケンは、状況の理解すらままならない状態であった。

「私から話そう。事は急を要するからな」

「うわっ!傘が喋った⁉」

ちゃぶ台の上の傘が、突如喋り出した。これにはペティ達も驚愕する。ちなみに、先程見たズーケンもまた、驚いた。

「な、なんで…?」

「ひとまず自己紹介だ。私の名はアサバス。アサバスカサウルスという種のダイ海洋出身のダイチュウ人だ」

ダイチュウ星では自己紹介をする際、名前だけでなく己が何の恐竜もしくは古生物かを話すのが礼儀となっている。アサバスの元となったアサバスカサウルスは、魚竜と呼ばれる背びれのないイルカのような生物群である。因みに、魚竜は厳密に言うとペティの翼竜と同じ様にズーケン達のような恐竜の仲間ではない。

「え?君もダイチュウ人なの?」

「そうだ。今はこの姿だが、かつてはお前達と同じぐらいの子供の姿をしていたのだ」

「ややや⁉そりゃすごい…」

「そして、私を持ってここまで一緒に来たのが、ケルベロサウルスのルベロだ」

「まーあれだ。よーは、イグアノドンのあの親指抜きだわ」

「やや…そうですか」

恐竜には、地球のダチョウとエミューのような似た容姿を持つ種が多い。ダイチュウ星の場合自身の種があまり広まっていない場合は、ルベロのように人々によく知られている種を用いて説明することが多い。

「まー、よろしくな」

ルベロは一通り4人と目を合わせると、最後は誰とも目を合わせず傾けた頭をボリボリ掻いた。

「僕はズーケン。ズケンティラヌスだよ」

「ズケンティラヌスぅ?聞いたことねーな。ふつーのティラノと何がちげーんだ?」

「やや、えーっと…」

自身の種を紹介すると、決まって今のような返しが必ずくる。しかし、ティラノサウルスとズケンティラヌはよく似た種であり、細かな違いはあれど大きな違いはない。よって説明が難しいのである。

「分からん。専門家に聞いてくれ」

「いやマジかおめー!」

紹介する度説明に困る度に出るズーケンの返しが、これである。これには普段からいい加減なルベロも、流石にツッコまずにはいられなかった。因みに、他の友人達にもそう説明した。その反応は、見ての通り戸惑うばかりである。

「ってか、お前ら一体何者なんだよ…。それにダイナ装備って…」

「それについては、後で詳しく話す。その前に、大事なことを伝えなければならない」

続いてレーガリン達3人も自己紹介を終え、ペティが代表して皆の疑問をぶつけるも、アサバスには優先順位があるようだ。

「率直に言うとあと9日で、ボンベエ盆地に封印されたマニヨウジが復活する。今から60年前、この星で戦争があったことは知っているな。その戦争を引き起こしたシゲン人の首領、マニヨウジの魂をあの世に送り戦争を終わらせる為、私はダイナ装備となった」

「マニヨウジって…あの…?」

レーガリン達の脳裏に、歴史の教科書に載るしわだらけで悪人面の顔写真が過る。

「そうだ。ダイチュウ星を侵攻したシゲン人達の司令塔だ」

シゲン人がかつてズーケン達が暮らす星ダイチュウ星への侵略行為を行った動機については、当時内戦によって既に住める環境ではなくなったシゲン星に代わる、新たな住処を得る為だったと言われている。事実、戦争が終結してから数年後、シゲン星は滅びた。

「確か、そのマニヨウジが行方不明になったから戦争が終わったんだよな」

「そうだ。それは我々ダイナ装備が力を合わせ、奴を封印したからだ」

「え⁉そうだったのか⁉」

全ダイチュウ人が知らないであろう驚くべき事実をさらっと聞かされ驚愕するペティ達。しかし、驚くのも束の間、これからさらに驚くべき事実がいくつか彼らを待っている。

「だがその封印60年しか持たず、もうじき完全に解けてしまう。その前に、再び我々ダイナ装備全員で、今度こそ奴をあの世に送るのだ」

「ダイナ装備全員ってことは、他にも誰かいんのか?」

「ああ。ダイナ装備は私を含め4人だ」

「…?」

この時、ズーケンはアサバスの言葉に何故か違和感を抱いた。それに、何か大事なことを忘れているような、ないような。

「なら、あと3人か。どこにいんだ?」

「ラ―ケンから教えられたのは、銭湯のテルマトロマエにいる桶のアムベエ。ヘルボ医院にいる担架のカンタ。洋服屋の服威軒にいるベルトのレーベルだ」

「テルマトロマエっつったら…すぐそこだよな」

「服威軒って、確かここからはちょっと遠いよね」

「ヘルボ医院…どこかで聞いたような気はするんだけどなぁ…」

他のダイナ装備達がいると思われる場所を確認したところで、レーガリンは顔をしかめる。ヘルボ医院に思い当たる節があるような、ないような。

「なんだ。お前ら知ってんのか?なら話ははえーな」

「だが、ラ―ケンが他界してから既に9年は経過している。今でも同じ場所にいるかどうかは分からない…」

「まーでも、行くしかねーだろ。案内してくれ」

「ちょ、ちょっと待って」

緊急事態もあってかすぐにでもこの場を立ち去らん勢いで立ち上がるルベロを、ズーケンも慌てて立ち上がって引き留める。

「もう少しだけ…詳しく話を聞かせてくれないかな?まだ…あんまり状況が分かってないっていうか…もっとちゃんと事情を知りたいっていうか…」

「あん?マジかよ」

やや喧嘩腰のルベロに、ズーケンは少し怯んでしまう。

「そりゃそうだよ。いきなり来といてマニヨウジとかダイナ装備とかわけ分かんないこと言って、今度は案内しろだなんて…急すぎるなんてもんじゃないよ」

ズーケンに対するルベロの態度が気に食わなかった為か、レーガリンは苛立ち気味だ。

「ルベロ。彼らの言う通りだ。いくら事が急を要するとしても、それを分かってもらう為には話すべきことはきちんと話さねばならない。それに、我々の話は現実離れし過ぎている。簡単には信じてもらえんだろう。ここは一つずつ、きちんと説明するしかあるまい」

「ほらね」

「うぎぎ…!わーったよ…」

アサバスの冷静な判決に、レーガリンは意気揚々と胸を張り、ルベロは歯を食いしばりボリボリ頭を掻きむしる。

「ていうか、そもそもどうしてマニヨウジを60年前にあの世に送らなかったの?わざわざ封印しないでそのまま送っちゃえば良かったのに」

少々ピリついた空気が流れる中、気分を良くしたレーガリンが疑問をぶつける。だが、少々トゲのあるように聞こえる為か他の3人は少々ヒヤッとしたものの、最もな疑問であったからかアサバスは特に気にしてはいなかった。

「それには、あるわけがあったのだ。それを話す前に話しておきたいことがある。そもそも何故、我々がダイナ装備になったのか。そして、どうやってこの姿になったのかを…」

無論、当時マニヨウジをあの世に送るのではなく敢えてボンベエ盆地に封印したのには、あるやむを得ない事情があった。その答えこそ、アサバス達ダイナ装備がマニヨウジをあの世に送らず、60年間その封印が解けるまで待ち続けた理由、そして、背負い続けてきた使命が隠されていた。

「まず、私自身のことだ。改めて紹介すると、私はアサバスカサウルスという魚竜の一種であり、元はダイ海洋の住人だ」

「あ。やっぱり」

ダイ海洋。ダイチュウ星に生きる、アサバスのようなイルカに近い姿の魚竜を始めとした、海生生物のダイチュウ人達が暮らす海底都市である。因みにズーケン達が住む地上は、ダイ大陸と呼ばれる。

「当時シゲン人達の侵略の魔の手は、お前達が住むダイ大陸だけでなく、私達が暮らすダイ海洋にも及び戦場と化していた。軍人である父上達が奴らを迎え撃っていたが、何人かは町に流れ込み襲撃を受けた。私が暮らしていた町も襲われ、既に母を亡くしていた私は死に物狂いで逃げた。だが、気が付けば私は地上で倒れていた」

シゲン人の襲撃を受けた恐怖の記憶は、今でも脳裏に焼き付いており、彼の心をダイナ装備となった今でも彼を苦しめている。

「私達を助けてくれたのは、ラ―ケンという当時お前達と年の変わらない少年だった」

「やや!祖父ちゃんが?」

「祖父ちゃん…?すると、やはりお前はラ―ケンの孫なのか⁉」

ズーケンがラ―ケンの孫だと知ると、アサバスの先程までの落ち着いた口調が一変する。

「ややそ、そうですけど…」

「やはりそうか!道理でどこか面影があると思っていたら…無事に産まれていたのだな…!良かった…」

ズーケンが戸惑いながらも返事をすると、アサバスの感情はより高まり、喜ぶのと同時に安堵した様子だった。

「あの…祖父ちゃんとは、どういう関係…?」

状況がイマイチ読めないズーケンは、一人感動しているアサバスに、おそるおそる尋ねる。

「ああ、すまない。お前の祖父ラ―ケンは私にとって命の恩人であり、親友でもあるのだ。あいつが生きていた頃、もうすぐ孫が生まれる孫が生まれると会う度に言われていたからな。お前を見ていると、どこかラ―ケンに似ているような気がしてもしやと思っていたのだ。会えて嬉しく思うぞ」

「ややや、それはどうも…」

やはりラ―ケンの孫なのか。先程、やはりと言ったのは、ズーケンに親友の面影を感じていたからであった。ズーケンは、内心気になっていたことが解消されたのと同時に、アサバスが自身に会えて喜んでくれていることが嬉しかった。

「あの、さっきズーケンのお祖父ちゃんに私達を助けてくれたって言ってたけど、君以外に他に誰かいたの?それに、ダイ海洋に住んでる筈なのになんでダイ大陸にいたの?」

話に一段落ついたと見たレーガリンがずっと気になっていた、ラーケンが救ったアサバス以外の誰か。アサバスにとって命の恩人と言っても過言ではない二人が、今回の緊急事態に深く関わっていた。

「そうだ。もう一人いたのだ。私が戦場と化していたダイ海洋を脱出出来たのも、その者のお陰だった。彼の名はラミダス。マニヨウジと同じシゲン人だが、彼は心から平和を望む人物だった」

ラミダス。ラミダス猿人、またの名をアルディピテクスと呼ばれる猿人のシゲン人である。猿人とは、700万年前に初期の人類の一種である。

「え?シゲン人に、いい人っているの?悪者のイメージしかないけど」

レーガリンの言うように、ダイチュウ星のあらゆる学校ではシゲン人は侵略者として教えられていることが多い。しかし、ラミダスのように戦争に反対し平和を望むシゲン人達も大勢いたことは、学校どころかダイチュウ星全土にもあまり知られていない。ここまでの話を、モトロオの授業と教科書の内容を頭の中で照らし合わせながら聞く一行だったが、それらにも載っていなかったある事実があった。その真相をこれから、当事者から直接知る事となる。

「私も同じだった。だが、ラミダスは町で倒れている私を連れて地上へ避難しようとしてくれたのだ。しかし、ラミダスが乗ってきた潜水艇で地上へ逃げる最中、他のシゲン人達の襲撃を受けたことで潜水艇が大破し海面へ投げ出されてしまった。そこを偶然、我々を発見したラ―ケンに助けられたのだ」

ズーケン達のいるダイ大陸からアサバスが生まれたダイ海洋に行くには、潜水艇等海中を移動できる乗り物が必要になる。ダイチュウ星には、ダイ大陸とダイ海洋をいつでも行き来出来るよう潜水艇を配備している地域が多い。

「なるほどね。今まで悪いイメージしかなかったシゲン人が人を助けたのはちょっと驚いたけど、そのシゲン人を助けたズーケンのお祖父ちゃんにもびっくりだよ。今でもシゲン人は悪者なのにさ。戦争の時なんて、もっと悪く思われてたに違いないだろうし」

「その通りだ。私自身も最初はとても信じられなかった。戦争を引き起こしたシゲン人が人助けするなど考えたこともなかった。ラミダスは戦争で妻と子を喪ったことをきっかけに、これ以上犠牲者を出さぬよう同胞達を止める為にダイ海洋へ向かったことを聞かされ、そこから私のシゲン人に対する考えが変わり始めた」

この時、自身を助けてくれたとはいえラミダスを、心優しきシゲン人の存在を受け入れることが出来なかったアサバスにラーケンが伝えた思いは、今でも彼の心に残っている。

お前がシゲン人を受け入れられないのは、俺にもよく分かるよ。仕方がないことだと思う。戦争を起こしたのは確かにシゲン人だけど、ラミダス自身が起こしたわけじゃない。むしろ、大切な人達を喪って、その痛みと苦しみを知ってるからこそ、戦争を止めたいと思っているんだ。戦争を起こしたシゲン人は許せないけど、ラミダスだって戦争の被害者なんだ。きっとラミダスのように大切な人を喪って、戦争を止めてほしいと思っているシゲン人だって大勢いる。俺は、戦争に苦しんでいるなら、ダイチュウ人だろうとシゲン人だろうと、助けたいんだ。

「ラ―ケンは、戦争によって苦しんでいる人々を助けたいと考えていた。ダイチュウ人は勿論、戦争を引き起こしたシゲン人であっても、平和を望む者はいると信じていた。そんなあいつの思いを聞いたラミダスは…涙を流していた。そして、我々に辛く苦しい思いをさせてすまないと、頭を深く下げて詫びた。その姿を見た私は、ラミダスを、心優しいシゲン人の存在を信じていいのかもしれないと感じた」

この時、ラ―ケンとアサバスが知った心優しきシゲン人の存在。その存在こそ、今を生きるダイチュウ人の大半が知らないものであり、その存在に歩み寄る勇気こそ、ダイチュウ人に限らずどんな星に生まれていようと持ってほしい。アサバスは、そう考えていた。

「私がラミダスに心を開いたことで、ラミダスも我々に心を開きマニヨウジが現在魂だけの存在となって彷徨い、新たな肉体を探していることを伝えてくれた」

「ど、どういうこと?」

心を開いたラミダスから明かされたのは、普段口数が少ないヘスペローも思わず声が出る程、理解に困るが衝撃的な内容だった。

「元々戦争には反対だったラミダスだったが、無理矢理徴兵されダイチュウ星にやってきた。だが同時に、その侵攻を任されていたマニヨウジを倒すことを考えた。だが、お前達はよく知っているかもしれんが、指揮官に選ばれるだけあってマニヨウジの力は他のシゲン人達よりも強く、ラミダスは自分一人ではマニヨウジには敵わないと考えていた。そこで、自身と同じ戦争に反対するシゲン人の同志達と共にマニヨウジの不意を突き、奴をあの世へ送ろうとした。しかし、マニヨウジの抵抗と反撃もまたラミダス達の想像を上回っていた。一人また一人と逆に同志達をあの世に送られ、喪いながらもラミダスは最後の一人になるまで奴と戦った。そして遂に、奴の肉体を消滅させることに成功した。だが…」

戦争を助長し、ダイチュウ人どころかも同じシゲン人の命も顧みないマニヨウジと、マニヨウジのような身勝手なシゲン人達が引き起こした戦争を止めようとしたラミダス達の戦い。最後はラミダスの勝利に終わったかに見えたが、それこそが今回、60年にも及ぶ因縁の始まりだった。

「マニヨウジの肉体を消滅させることには成功した。だが、それが精一杯だった。肉体を失い、魂だけの存在となったマニヨウジは、戦う力全てを使い果たしたラミダスの前から逃げ去った。そしてこれこそ、ラミダスが最も恐れていた事態だった」

「何か、まずいことでもあるの?」

レーガリンが疑問に思った通り、これにはシゲン人の特徴が関係していた。

「シゲン人は元々、霊力と呼ばれる魂の力を扱う種族なのは知っているな?より強力な霊力を扱うシゲン人が死ぬと魂だけの存在となるだけでなく、生きている他の誰かに憑りつき、身体を乗っ取ることが出来ると言われている。もしマニヨウジが誰かに憑りついた場合、その者の身体を人質に取るだろう。そうなれば最早一人遺されたラミダスだけでマニヨウジに憑りつかれた者と奴を分離し、その魂だけをあの世に送ることは不可能だったからだ」

「そうだったんだ…」

シゲン人とはどのような種族なのか。戦争の当事者でもあるアサバスは話した内容自体は、レーガリン達が以前担任のモトロオから授業で教わったように、霊的エネルギーを扱う恐ろしい力を持っていることを復習する形となった。だが、授業の時とは決定的に違うものがあった。それは、その恐ろしい力を持った存在が、9日後に復活しようとしていることだ。それを思うとレーガリンは、まだアサバス達の話を現実として受け止めきれない筈だが、段々恐ろしく感じていた。

「身体を乗っ取るには死人が一番容易い。もし生きている者に憑依する場合は、相手が意識を失っているか心が弱っている、もしくは相手自身が憑りつこうとしているシゲン人の魂を受け入れる必要がある。戦争によって死者は勿論、心を病み、生きることに疲れ切った者達が大勢いるのは考えるまでもなかった。その誰かに出会う前に、ラミダスは一刻も早くマニヨウジを見つけ出さなければならなかった。その最中、ラミダスはダイ海洋へと侵攻しようとしている同胞達を見つけ、彼らを止める為ダイ海洋へと向かったのだ。もしあの時、ラミダスがダイ海洋に来ていなければ、私はこの世にいなかっただろう…。こうして、お前達と話すこともなかったに違いない…」

当時を思い返しラミダスに恩を感じる一方、アサバスもまた、自身が既に生きているとも死んでいるとも言い難い状態にあることを思い出す。しかしそれを話すのは、もう少し後になるだろう。

「でも、マニヨウジの魂をほったらかしにして行っちゃったわけでしょ?それは大丈夫なの?」

「ややや…」

何もそんな言い方しなくても…。ラミダスが何故アサバス達が襲われた時ダイ海洋にいたのか。その謎は解けたものの、レーガリンの相変わらずなチクりとしそうな物言いに、ズーケンも少々顔をしかめながらもその点は気になっていた。

「いや、そうではない。実は魂だけとなったシゲン人は、海の中に入ることも出来る。そのことも考慮した上で、まずは喪われるかもしれない命を救う為にダイ海洋に向かうことにしたそうだ」

「厄介だねぇ…。そうなると魂だけになったマニヨウジを見つけ出すなんてほぼ不可能じゃないか。探し回っている間に、誰かに憑りついちゃうよ」

「お前の言う通りだ。その最悪のケースを考えたラミダスは悩み抜いた抜いた末、やむを得ず最後の手段であるダイナ装備のことを我々に話した」

その最後の手段であるダイナ装備こそ、現在傘の姿となったアサバスの秘密であった。

「そもそもダイナ装備とは、この世に彷徨う死者の魂を、あの世へと送る為に生まれたものだ。ラミダス曰く昔シゲン星では、シゲン人が霊力を扱う為か死後魂だけの姿となった後に悪霊となり人々に害をなす者が少なくなかった。悪霊達が引き起こす災い、すなわち霊害と呼ばれるものを対処すべくダイナ装備が生成されるようになったのだ。このダイナ装備さえあれば、今度こそマニヨウジあの世に送ることも不可能ではなかった。しかし、ダイナ装備を生成することは、ラミダスにとって出来ればなんとしても避けたかったのだ」

「どうして?そのダイナ装備さえ作っちゃえばなんとかなるんでしょ?むしろ、最初から作ればよかったのに」

レーガリンの言うことはご最もに聞こえるが、勿論それにも理由があった。

「ダイナ装備を生成するには生者の魂、つまりお前達のように生きている者の魂と、その魂の新たな体となる無機物の器、私でいう傘のような物が必要になる」

「ややや…」

アサバスからダイナ装備の生成方法を聞かされたズーケン達は、その仕組みをどうにか理解したものの、なんだか嫌な予感がした。

「人の魂を器に、私でいう傘に移しダイナ装備は完成する。だが、ダイナ装備となったものは不老不死になるものの、元の肉体は消滅する。それにその精神も、ダイナ装備になった時のままだ。これがラミダスがダイナ装備を生成するのを避けたかった理由だ。だが、マニヨウジの魂がいつ誰かに憑りつきその身体を乗っ取ってもおかしくない以上、最早それ以外にマニヨウジを対処する方法は残されていなかったのだ」

「…」

アサバスがダイナ装備の秘密を明かすと、部屋中に重苦しい沈黙が流れる。その仕組みだけでなく、元の肉体を失い精神が60年前のままで、生きているとも死んでいるとも言えない状態にある者が、自分達の目の前にいることが猶更彼らの心を締めつけた。

「その、ダイナ装備って生きている人の魂じゃなくて、死んじゃった人の魂じゃないとダメなの?」

「ていうかそもそも、どうしてダイナ装備が人の魂をあの世に送れるの?」

「そうだな…それを話す前に、少し説明をさせてくれ」

切なそうな表情を浮かべるヘスペローと、すぐに元の表情に戻ったレーガリンの疑問に答えるには、そもそも何故生物が死ぬとあの世に行くのかを、説明しなければならなかった。

「あくまでラミダスから聞いたのだが…シゲン星では生物は死ぬ時、魂が肉体から離れる際にあの世への入口を開き、そこを通って成仏していくと考えられている。だが、何かしら未練がある者、恨みを抱いたまま死んだ者やもしくは自ら命を絶った者にはその入口は現れず、魂はこの世を彷徨い続けることになるそうだ」

事実、シゲン星では悪霊となった者の大半が、強い未練や恨みを抱えていた者が多く、中には自ら悪霊となって復讐する為に自害する者までいたといわれている。

「少なくとも、あの世への入口は自力で開くことは出来ないらしい。よって、死者の魂ではあの世への扉を開けない為、他の魂どころか自らあの世に還ることも出来ない。だが、ダイナ装備となった者は元の肉体を失ったとはいえ新たな体を得ている。死に近い状態ではあるが、完全に死んでいるとも言い難い。このどっちつかずの状態なら自らの意思であの世への扉を出現させ、死者の魂をあの世に送ることが出来るとのことだ」

「なんか…分かるような分かんねぇような…」

死者の魂がどうやってあの世に行くのか。その仕組みは、シゲン星でもまだ完全には解明されていない。そのこともあり、ダイチュウ星の、しかも子供である彼らにも難解な内容であった。ペティも、首を傾げながら頭をボリボリ掻く。ちなみに彼は、首を垂れなくても頭に手が届く。

「てか、あの世への入口を開けたら、ダイナ装備になった奴もあの世に行くんじゃねぇのか?」

「やや、確かに」

「いや、それはない」

ペティの疑問に、ズーケン達は一瞬ハッとなるも、アサバスは即座に否定する。

「私の身体から魂を取り出す際、私があの世へ行かないよう私の魂をラミダスの霊的エネルギーのバリアで包み、器の傘へと移した。このバリアに包まれている状態では、いつでもあの世への扉を開くことが出来るが、器である傘が壊れない限り私があの世に行くことはない。それに、傘が壊れ魂が出ていかないよう、ラミダスの霊力によってこの傘も簡単には壊れないように強化されている」

「…そっか」

アサバスの現在の体である傘は、彼をこの世に繋ぎ留める、ある意味生命維持装置に近いだろう。しかし、見方を変えれば、アサバスの魂はほぼ永久的に傘の中に閉じ込められたも同然である。60年もの間、彼がどんな思いで過ごしてきたのであろうか…。ズーケンは胸が締め付けられながら思いを馳せるも、その真相は、彼が思っている程辛く、苦しいものではなかった。それは少し後に彼から語られることになる。

「しかも、ダイナ装備でマニヨウジの魂をあの世に送るとなると、強力な霊的エネルギーを持っている上、奴自身が抵抗してくることを考えると、最低でも4つは必要だと語った。つまり、4人の生きたダイチュウ人が必要だった。だが、ラ―ケンはなんと、自らダイナ装備になることを志願した」

「「ええっ⁉」」

この時、ここまでほぼ口を開かなかったヘスペローも含め全員が揃って声を上げた。

「勿論、ラーケンも即断したのではなく、長い沈黙と長考の末の決断であったがな」

「まー…それでも、ふつーそんな決断出来ねーよな。おめーのじーちゃん、とんでもねーな」

「やや…まぁ…」

既に話を聞いていたルベロも、この逸話には驚かされたようだ。一応ルベロは、ラーケンを褒めているつもりではあるが、言い方のせいかズーケンにはどうもあまりしっくりこなかった。

「私も同感だ。ラ―ケンにはまたもや驚かされた。私は一度あいつを引き留めた。だがラ―ケンは、他に方法がない。それに、こうしている間にもマニヨウジが誰かに憑りつき、力を取り戻すかもしれない。それだけは絶対に防がなきゃいけない。これは、誰かがやらなければならないことだ。その誰かが誰もいなければ、俺がやる。たとえ俺自身がどうなったとしても、それで皆が救われるならそれでいいと、あいつははっきり言った」

「よく覚えてるねぇ」

レーガリンが感心する程鮮明に記憶に残っている当時を思い返し、アサバスはその時のラ―ケンの感情のままに伝えた。ラ―ケンの力強い眼差しと自己犠牲も厭わない志は、今でも彼の心に刻み込まれている。後に、戦争によって生まれた痛みや傷を和らげ、彼自身を奮い立たせる勇気となったのだ。

「でも、ズーケンのお祖父ちゃんがダイナ装備になるって言ったって、あと3人いるわけでしょ?そこはどうしたの?」

この時、レーガリン達は気付いていなかったが、もし当時ラ―ケンがダイナ装備になっていた場合、ある大きな矛盾が生まれることになる。

「その点については、ラミダスもラ―ケンに深く感謝しつつも指摘した。もし他の3人が揃わなかった場合、ラ―ケンをダイナ装備にすることは出来ないと伝えた。もし人数が揃わない状態でラ―ケンだけダイナ装備にすれば、ラ―ケンの人生を棒に振る事になると。するとラ―ケンは、あることを尋ねた。もし病気等で死にかかっていても、生きてさえいればダイナ装備になれるのかと。ラミダスが頷くとラ―ケンはその場を後にし、一目散に走り出した」

この時、ラ―ケンを待つ間アサバスは、ラミダスとある話をしていた。

「しばらくすると、ラ―ケンは3人の友人を連れて戻ってきた。その内二人、アムベエとレーベルは身体の衰弱が激しく、揃って小さな担架に乗せられ、ラーケンともう一人の友人カンタに運ばれていた。ラ―ケンは言った。この4人で、ダイナ装備になると」

その時、それを告げるラ―ケンの表情から、アサバスはどこか、もの悲しさを感じ取った。

「詳しい話を聞くと、アムベエとレーベルは重い病に侵され、命を落とすのも時間の問題だった。そこで、二人をダイナ装備にすれば少なくとも死なせずに済むとラ―ケンは考えていた。だが、カンタに関しては重い病気にはかかっていない為、ラ―ケンにとっては不本意な形になってしまっただろう」

末期の病を患っていた友人を死の運命から数う為、ラーケンは彼らにダイナ装備になる話を持ち掛けていたのだ。勿論、ラーケンとしては二人が元の肉体を残したまま病が治るのが、一番の理想だったのは言うまでもない。

「なるほど。病気になってたとはいえ、よくその3人も決意したねぇ」

「勿論、彼らも簡単に決断出来たわけではない。それぞれに大きな葛藤もあったはずだ。だがそれでも、今となってはよくぞ決断してくれたと思う。彼らもまた、ラ―ケンのように己を捨ててでも他者を助ける勇気を持っていたと言えるだろう」

3人にとって、友人であるラ―ケンが信じたとはいえ、心優しいシゲン人であるラミダスの存在とその言葉を信じるのは、当時戦禍の真っただ中におり、家族を喪い心に一生の傷を負った彼らには非常に難しいことであった。その葛藤と決断は、ラ―ケンと、後にダイナ装備となる3人の友情に修復不可能な亀裂が入りかける程のことであった。

「…ちょっと待って」

ここで遂に、レーガリンがある大きな矛盾に気付く。

「もしこのまま、ズーケンのお祖父ちゃんがダイナ装備になったら、ズーケンは、ここにいないはずだよね?」

「やや!確かに!」

レーガリンが指摘した通り、もしこのままラ―ケンがダイナ装備になれば、その孫であるズーケンどころか、息子でありズーケンの父であるズケンタロウすら存在しない。しかし現に、ズケンタロウもズーケンも、この世に存在している。その矛盾を解く答えは、ダイナ装備であるアサバスの存在そのものだった。

「実はラ―ケンが戻ってくるまでの間、私はある決意をした。ラミダスに、もしラ―ケンが他の3人を連れてきた場合、ラ―ケンの代わりに、私がダイナ装備になると」

「やや!どうして?」

ズーケンからしてみれば、アサバスはラ―ケンの身代わりになったようなものだ。

「ラ―ケンには、他の者にはない強く大きな、勇気と優しさを持っていた。たとえ、シゲン人という戦争によって多くの命と幸せを奪った人種であったとしても、心優しきラミダスという一人のシゲン人に歩み寄る勇気と、ダイチュウ人だろうとシゲン人だろうと、分け隔てなく戦争によって傷ついた人の心に寄り添う優しさだ。それを持った者は、この星にはまだ少ない。当時は戦禍の最中であったことから、無理もないだろう。だがいずれ、あいつの持つ勇気と優しさが必要になる。あいつがそれらを教えることが出来れば、きっと多くの人々の救いになると信じたからだ。そしてあいつは、あの3人を連れてきた。彼らにシゲン人への恐怖と憎悪を乗り切り、ラミダスに歩み寄る勇気と寄り添う優しさを教えたのだ。私はラ―ケンの反対を押し切り、3人とラミダスの理解を得てダイナ装備となった。戦争を終わらせこの星を救い、そしてラ―ケンに、私の代わりに大勢の人々の救いになってもらう為に」

アサバスは、人々の救いになるという自身の望みの半分を、ダイナ装備という形で叶えた。残りの半分は、種族の違いによる恐れと憎悪を、歩み寄る勇気と寄り添う優しさで乗り越えることを教えてくれた親友、ラ―ケンに託した。そして、その願いを胸にした親友がどのような生涯を送ったのかを、彼は知らない。

「我々4人がダイナ装備となったことで、いよいよマニヨウジをあの世に送る準備が出来た。しかし問題は、肝心のマニヨウジの魂が、どこにいるか分からないことだった。一刻も早く見つけ出そうと、ラ―ケンが飛び出しかけた時、ラミダスがマニヨウジの気配を察知した。我々は、奴のところへ向かった。だが、そこで我々を待っていたのは、ラミダスが絶対に有り得ないと考えていた光景、最も恐れていた最悪の事態だった」

「最悪の事態…」

ここまで、アサバスが語る当時の出来事の中に入り込んでいたズーケン。その最悪の事態中でもこの時ズーケンが思わず口に出す程、一気に不安が押し寄せてきたのだ。

「魂だけの存在となったマニヨウジが、バウソーという少年に憑りついていた。そしてそのバウソーは、ラ―ケンの友人だったのだ」

「!」

バウソー。その名を聞いた瞬間、ズーケンは思い出した。祖父が夢で救ってほしいと口にした名だと。

また当時、ラミダスがマニヨウジの気配を察知出来たのは、バウソーに憑りつく際にマニヨウジのエネルギーが発せられたからだった。ラミダスはそのエネルギーの強さから、バウソーがマニヨウジを受け入れたことを察し、驚愕しながらも最悪の事態を覚悟したのだ。

「このままダイナ装備としてあの世への扉を開けば、バウソー諸共あの世へ送ってしまう。おそらくそのことを踏まえ、人質として利用する為に生きたバウソーに憑依したのだろう。一刻も早くマニヨウジを切り離しバウソーを救出しようと、我々は分離を試みた。だが、マニヨウジとバウソーの結びつきは想像以上に強く、我々とラミダスの力を合わせても尚引き離すことは出来なかった。もしバウソーの心が弱っていたか意識を失っている等の理由で一方的に憑依されたなら、まだ奴との精神的な結びつきは弱く分離することは出来ただろう。しかし、分離が出来ない以上、信じ難いがバウソーはマニヨウジを受け入れたことになる」

「変だよな。マニヨウジなんかふつー受け入れられねーと思うけどさ」

「バウソーは、真面目で優しい男だとラーケンは言っていた。おそらくバウソーは心が弱っていた、もしくは相手がマニヨウジだと知らずに奴に唆され助けようとした…真実は分からないが、どの道あの時点での我々には、バウソーを救うことは出来なかったのだ…」

ルベロ達も、アサバスダイナ装備達も、誰もがその事実を疑った。さらに、当時の自分達ではどうすることも出来ない悔しさを思い出した時、当時湧き上がった、今も抱き続けている、マニヨウジへの強い怒りも蘇った。

ラミダス!やはりダイナ装備を生成したか!あれだけ平和だの命だのほざいてきた貴様も、所詮我々と何の変わりはない…。我々は、多くのダイチュウ人達を手にかけてきた…。全てはこのダイチュウ星を手に入れ、我らの第二の故郷とする目的の為だ。それに反対していた貴様も、この私をあの世へ送るという目的の為何一つ関係も罪もない、しかも子供を4人も犠牲にしダイナ装備を作った!そして今、やっとこの私を見つけたと思ったら、この小僧に憑依していた…。どうする?この小僧諸共私をあの世に送り、この星に平和をもたらすか?そうなれば消えるのは、新たな故郷を求める大勢のシゲン人と、この小僧の命だぁ!!!!

マニヨウジは、ラミダスがダイナ装備を用意することも想定した上で、憑依する相手を捜していた。自身の新たな肉体として、ラミダスによってあの世に送れないようにする為の、人質として。それを悟った時の怒りが彼の中で再び湧き上がりつつあったが、今はマニヨウジの卑劣さより、当時何があったのか、これから何をすべきか、それらを伝えることを優先させた。

「ダイチュウ星の人々とバウソー。そのどちらもこれ以上誰も犠牲にしたくなかったラミダスは、その両方を救う為、最後の手段に出た」

「それが、マニヨウジの封印か」

ペティの言う通り、封印は文字通り、ラミダスにとって命を懸けた最期の手段であった。

「そうだ。ラミダスが自身に残された全ての力を使い、マニヨウジが憑りついたバウソーに飛び込み、奴の力を弱体化させた。そして我々ダイナ装備は、彼らをボンベエ盆地の地中深くに封印した」

「ボンベエ盆地って、あの…」

ボンベエ盆地。60年前、戦場と化し多くのダイチュウ人とシゲン人が命を落とした戦地と化した場所の一つである。60年経った現在は、当時戦死した大勢のダイチュウ人やシゲン人の怨霊達が彷徨っていると供養の為に慰霊碑が建てられ立ち入り禁止区域となっている。レーガリン達は授業で教わっていたものの、その時は霊の存在など半信半疑であった。だが、霊は実在した。ボンベエ盆地に60年間眠り続けていた災厄の悪霊が、もうすぐ目を覚まそうとしているのだ。

「だが、封印は60年しか持たずもうすぐ完全に解けてしまう。しかし、その間マニヨウジは封印によって力を削られ続け、完全に解ける直前にはかなり弱体化している筈だ。だが完全に封印が解けてしまえば、奴は再び力を取り戻すだろう。だから封印が解ける直前、奴を封印した日に再び我々ダイナ装備で今度こそ二人を分離し、マニヨウジをあの世に送りバウソーを救い出す。それが、マニヨウジからバウソーとこの星で生きる大勢の人々両方を守る為、我々が60年間背負い続けてきた使命だ」

「…」

マニヨウジの失踪。ダイナ装備の秘密。そしてバウソー。その謎と真相、さらに自分達と年が近い少年達が、どれだけ重い使命を背負ったのかを、彼らは理解した。しかも、子供の心を残したまま、一体アサバスは今日までどのように生きてきたのだろうか。

「まさか…そんな大ごとだったなんて…。なんか…思ったよりも重い使命を背負ってたんだねぇ…」

皆、レーガリンと同じ思いだった。すっかり静まり返った部屋の空気が、肩と心にずしりとのしかかるような感覚を覚えていた。

「確かに我々は、重い使命を長い間背負ってきた。時には不安になることもあった。特に夜は、睡眠を取る必要がなくなったこともあって眠れず、誰とも話せず一人になる故、一晩中一人悩むことが多かった。封印が早く解けてしまうのではないか。何かしらの理由で自分や他の誰かの器が壊れてしまい、もう二度と会えなくなってしまうのではないか。全員再び集まったところで、マニヨウジをあの世に送ることが出来ないのではないか…。根拠はないが、無性にそう考えてしまうこともあった。だが、この体になり後悔したことは一度もない。それに、私は決して独りではなかった」

重過ぎる使命を背負い、身動きが取れない上に食事を取ることも眠ることも出来ない傘の体となったアサバス。自ら決めたこととはいえ、苦悩することも多かった。しかし、そんな彼を孤独から守っていた存在がいたことも確かだった。

「マニヨウジを封印した後、我々は60年後に備え時が来るまで存在を隠し通すことにした。もし存在が知られれば我々を恐れた人々に何をされるか分からないことや、我々を信じてくれたとしてもマニヨウジと戦う運命を背負わせてしまうことを避けたかったからだ。そうならない為に最初はラ―ケンが全員を己の傍に置こうとしたが、ラ―ケンは施設暮らしだ。いきなり我々全員を持って帰ったら間違いなく怪しまれる。そこで我々はそれぞれラ―ケンの友人達の元に引き取ってもらうことを提案した」

「それ大丈夫なの?下手すると、みんなに言いふらされてバレちゃう気がするけど」

レーガリンが懸念する最悪のケースは、アサバス達ダイナ装備は重々承知だった。

「しかし、我々全員の存在を隠し通すのにはラ―ケンの負担が大きすぎる。少しでもあいつの気を軽くしてやる為の提案だったが、それでもラ―ケンは反対した。だが我々はラ―ケンに、ラ―ケン自身から教わった歩み寄る勇気を出す、それだけだと伝えた。するとラ―ケンは、やっと我々の提案を受け入れ、3人の友人達を連れてきてくれた。ただし、我々がダイナ装備であることは勿論、マニヨウジのことやバウソーのことも伏せ、我々は物に魂が宿った奇跡の存在として話すようにしてな」

無論、当時ラ―ケンはアサバス達からの提案が、より彼らを安全な場所で身を隠す為だけでなく、ダイナ装備達を隠し続けることになる自身を案じた上であることも分かっていた。加えて、自分一人では彼らの存在を隠しきれないことも十分分かっていた。しかし、それでも不安を拭い去ることは出来ず、彼らの提案を呑むのはやむを得ずの決断であった。

「とはいえ、やはり最初は奇妙に思われたり怖がられたり、正直まず会話にすらならなかった」

「だろうねぇ。普通に考えたら物が喋ったら気味悪いし。引き取るなんて僕には絶対無理だよ」

「おいおい…」

もし自分だったら今目の前にいる、喋る傘を引き取るなど到底考えられなかった。それに関しては彼だけではないのだが、一言多かった上その喋る傘のアサバスを見つめながら言ったのには、ペティを始め誰もが溜息をついた。内心アサバスも、彼の物言いには少なからずモヤモヤを感じていたが、悪気はないこともよく分かっていた。

「確かにな。ラ―ケンはマニヨウジのことやバウソーのことも話したが、彼らは我々を引き取るどころかそもそも我々の存在自体を受け止められずにいた。無理もない話だ。それに我々を引き取るということは、知らず知らずの内に我々と共に使命を背負うようなものなのだからな…だが、それでも彼らが最後には我々を受け入れてくれたのは、ラ―ケンのおかげだ」

確かに、物が喋るのが怖いのは分かるし、俺だって…無理言ってることぐらい、分かってる。けど、こいつらは今、誰にも信じてもらえない、誰にも理解されない大きな使命を背負ってる。マニヨウジを封印して、60年経ったら封印が解けそうになったマニヨウジを、今度こそあの世に送って、あの時助けられなかったバウソーを助け出して、この星と、この星に生きる全員の命と幸せを守るっていう重過ぎる使命を、誰にも想像出来ないくらい不安で、誰にも理解出来ない程怖い気持ちと戦いながら、自分の身を犠牲にしてまで背負ってるんだ…。俺達とは姿形も違うけど、こいつらにだって、心がある。その心に、優しさと勇気があったから、マニヨウジを封印することが出来たんだ。ただ、戦争で大切な人達を亡くして、その心に深い傷を負って、苦しんでる。俺達と同じなんだよ。俺はそれを、少しでも和らげてやりたい。その為に、俺は自分に出来ることがしたいんだ!

「ラ―ケンは、我々の使命を抜きにしても、ただただ我々の為に出来ることをしようとしてくれたのだ。おそらく、私があいつの代わりにダイナ装備になったこともあって猶更力を尽くしてくれたのだろう…。あいつの言葉は、今でも忘れられん…」

「…うん?」

当時を思い返し、ラーケンへの友情と感謝をも思い出す中、レーガリンがある違和感に気付く。だが、感慨深さに浸るアサバスの話は続く。

本当は、皆一緒にいられるようにしてあげたかったけど…施設で暮らす俺じゃ、皆が安心できるような居場所を作ってあげられないんだ…。それに万が一、今こいつらが他の誰かに見つかったら、ただ捨てられるだけじゃなくて、もしかしたら今度こそ本当に死んじゃうかもしれない…。悔しいけど、俺一人じゃこいつらのことを守り切れないんだ…。

だから頼む!こいつらが使命を果たす為には、身を隠す為の場所が、誰かと一緒に生きていく居場所が、傷ついた心の拠り所が、皆の優しさと勇気が必要なんだ!

「ラ―ケンが連れてきた友人達の中には、銭湯や服屋の子供がいた。あいつは、我々が自然に身を隠せそうな場所まで考えてくれていたのだ。そんなあいつの為に、我々も出来ることがしたかったのだ」

確かに我々は、この星に住む人々をマニヨウジから守るという大事な使命がある。もし我々を引き取ることになれば、我々は君達に守られながら、君達と使命を共にするのだろう。だが、その守るべき人々の中には、君達も含まれている。少なくとも私は、君達に守られるだけでなく、君達の為に出来ることがしたい。しかし、この体の私に出来ることは、精々雨水に濡れないよう君達を守ることぐらいだ。他に何かあるならば、君達の話を聞くことぐらいだろう。だが、それなら我々にも出来る。それで君達の救いに少しでもなれるのなら喜んで聞く。何でもいい。ちょっとしたことでもいい。どんな些細なことでも、大きなことでも構わない。君達さえよければ、我々に話してみてくれないか?私は、どんな形でもいい。君達が私達を救ってくれるのなら、私達も君達の救いになりたいのだ。

「私の思いは、ダイナ装備となった者達全員の思いであった。そして、我々の思いは彼らに届いた。我々に歩み寄る勇気を出してくれた彼らの元に、我々はそれぞれ引き取られることになった。皆、我々の存在は周囲に隠すことを約束し、新しい友人として喜んで我々を引き取ってくれたのだ。」

「そりゃよかった…」

無事ダイナ装備達が引き取られたことに安堵するズーケンだけは、他の3人が気付いた違和感に最後まで気が付かなかった。

「なぁ…お前らがダイナ装備だってことは、黙っておくんじゃなかったのか?」

「やや!」

ここで、ペティから指摘が入ったことでズーケンはようやく理解する。

「やだなぁズーケン。さっき君のお祖父ちゃんが思いっきり使命がどうたらこうたらって言ってたじゃないか」

「やややや…そういえば確かに…」

レーガリンはやや呆れながらも、どこか楽しそうだ。彼は、ズーケンのうっかりしているところも好きなのだ。

「どうも我々の為に熱が入り過ぎたらしい。だが、それがなければ我々は彼らに引き取ってもらうことも、友になることもなかっただろう」

思わぬアクシデントがあったものの、それがあったからこそ彼らの理解を得ることが出来たと、アサバスをはじめダイナ装備達は振り返っている。

「我々それぞれに引き取り手が見つかり離れ離れになった後も、ラ―ケンは我々に寂しい思いをさせないよう、時折持ち運ぶのが一番大変な担架のカンタを引き取った少年の家に集まり、我々を引き合わせてくれていたのだ。皆、大人になるにつれ揃うことも難しくなっていたが、それでも忙しい合間を縫って我々を引き会わせてくれた。それこそ、ラ―ケンや我々を引き取ってくれた当時の少年少女達が亡くなる間際までな」

ラ―ケンは、ダイナ装備であるアサバス達と運命を共にした少年達よりも早くこの世を去った。ラ―ケンの死以降も、遺され年老いた当時の少年少女達によって、ダイナ装備達は数年間定期的に会うことが出来た。しかし一人、また一人とアムベエの引き取り主を遺し次々と世を去ると、それ以降彼らが揃うことはなかった。

「というかその間、他の誰かには君達のことはバレなかったの?特に担架なんか隠すの大変そうだけど」

病院や施設でもない民家に担架があるのは、端から見れば少々不自然である。

「確かに、カンタを引き取った彼も彼女の存在を隠すのには苦労したらしい。だが、両親に問い詰められた際咄嗟に、将来医者になりたいから勉強の為にゴミ捨て場から拾ってきたと苦し紛れに弁解したところ、両親は感心しどうにか納得させることが出来たらしい」

「それで納得すんのも、まー…バカだよな」

以前この話を聞かされた時と同じ様にルベロは呆れたが、カンタを引き取った少年にとっては、これが人生を大きく左右する出来事だった。だが、彼以外の四人には少し引っかかることがあった。

「…彼女?カンタって、男の子じゃないの?」

「いや、れっきとした少女だ。60年経ったとはいえ、心は当時のままだからな」

「女の子でカンタって…あんまり聞かないなぁって」

「そうか?特に違和感はないが…」

「いやでも」

「ごめん。続けて」

これ以上は野暮だ。レーガリンがああだこうだ言い出す前に、ズーケンはやや強引に思いながら一旦話の続きを聞かせてもらうことにした。

「確かに私も不思議に思ったが、これがきっかけでカンタを引き取った少年は、本当に医者になったそうだ」

「やや!そりゃすごい」

「嘘から出た真ってやつだねぇ」

カンタと出会ったことで生が大きく変わった少年は、後のレーガリンにとって関わりが深い人物だ。そのことを、レーガリン本人はまだ知らない。ちなみに、地球の日本にあることわざのいくつかはダイチュウ星にも浸透している。

「そういえば、アサバスはズーケンのお祖父ちゃんが引き取ったんだよね。なら、なんで君のところにいるの?」

「あや!そういえば」

さらにレーガリンは、ズーケン達3人が抱かなかったある疑問を指摘する。

「んあ?あー…確か、おめーのじーちゃんから、俺のばーちゃんが貰ったんだよな?」

「そうだな…」

少々うろ覚え気味なルベロが頭を掻きながら振ると、アサバスは当時を振り返る。ルベロの祖母はアサバスにとってある経緯から自身を引き取ってくれた、今は亡き恩人且親友との大事な思い出でもあった。

「他の3人がそれぞれ引き取られた後、しばらくはラ―ケンと共に施設で身を隠しながら過ごしていた。そんなある日、ラ―ケンはある少女と出会った。その少女こそ、後のルベロの祖母だ。周囲の話によると、彼女には特に親しい友人はおらずいつも一人でいるとのことだった。ラ―ケンは彼女となんとか話をしようと何度か声をかけたものの、彼女は一切口を開かなかった。まるで、周囲に心を閉ざしているようだった。そんな彼女を放っておけなかったラ―ケンは、一度私を彼女の元に預け、彼女の話を聞き出すことを提案した」

「え?それマズいんじゃ…」

「そうだ。だから、どれだけ話しかけられても、絶対に口は開かないと決めていた」

「まあ開くのは、傘だけだもんね」

レーガリンの冗談に触れたものはいなかったが、ズーケンは内心センスを感じていた。

「この手段は、ラーケンが実際に女の子が人形に話しかけているのを見て思いついたそうだ。私も随分驚かされた上、そう上手くいく筈がないと思っていた。だが、このままでは彼女の悩みや苦しみが理解出来ず、力になることが出来ない。だが、人には話せないのなら、姿は人ではない私なら、何か話すのではないかとラーケンは考えていた。勿論、考えられる範囲内のリスクは承知の上でな」

「でも、それはお人形さんだから話しかけるのであって、傘に話しかけるかなぁ」

幼稚園時代、よく女子児童一人でが人形に話しかける様を1人で見てきたレーガリンには、ラ―ケンの案には理解に苦しんだ。

「私もラ―ケンに同じことを指摘した。だが、あいつが言うには人形に話しかけるのは顔があるからで、私の体であるこの傘の先端が、顔の様に見えるから人形の代わりになれるかもしれないとな。それに、当時の戦禍には人形もあまりなかった。静かに見守るだけでいいとは言われたが…正直上手くいくとは思えなかった」

「顔は関係ないと思うけどねぇ」

一応、魂が入りダイナ装備となった器はその魂の本来の肉体の特徴が表れる。アサバスの場合、傘の先端に頭部、柄の部分にイルカのような尾の形になっていた。ちなみに、友達がおらず常に一人でいることが多かったレーガリンは、植物や昆虫に話しかけることが多かった。

「その次の日、ラ―ケンは彼女に人形の代わりとして私を貸し出した。彼女は戸惑いながらも、ラ―ケンに強引に押される形で私を受け取った。しかし、最初は同じ部屋の子供達に見つからないようベッドの下に隠され見向きもされなかった。だがその日の晩、同じ部屋の子供達が寝静まると、彼女は私を取り出し、こう語りかけた…」

アサバスさん…私ね、寂しいの。お父さんもお母さんもいなくなっちゃったの…。お父さんは戦争に行っちゃって、お母さんは、私の町が襲われた時に一緒に逃げてきたんだけど、途中ではぐれちゃったの…。お母さんに作ってもらったお人形さんも、逃げてくる途中で落としちゃったの…。それに私、本当は皆ともっとお話ししたいんだけど、上手に出来ないの。だからみんな、私と話したくないんだよね…。私…一人になっちゃった…。お父さんとお母さんに会いたいよ…。

一人ではない。私がいる。たとえ大切な友達が、家族がいなくなったとしても、私は、君の傍から離れたりはしない。それに、話なら私がいくらでも聞く。私でよければ、君の力に、友になろう。

「…あれ?」

ヘスペローが、まさかと瞬きする。

「彼女は、自身の胸の内を誰にも明かすことが出来ず、一人苦しんでいたのだ。私は…悲痛な本音と共に涙を流す彼女を、黙って見守ることが出来なくなった。まさかラーケンと似たような失敗をするとは、思いもしなかったがな」

その時、彼女は思わず悲鳴を上げたという。だが幸い、周りの児童達は熟睡していたそうで、アサバスの存在が周囲に知れることはなかった。

「翌朝、事情を知ったラーケンは驚きながらもとても喜んでいた。私が彼女を励ましたことやその私を連れてきた彼女が、昨日までとは打って変わってとても元気そうだったことが嬉しかったそうだ。因みに私のことについてラ―ケンは、ダイナ装備であることやマニヨウジのことは伏せ、彼女の思いによって生まれた奇跡の存在だと、今度こそ上手く伝えた。すると彼女は大喜びし、私の存在を周囲に隠すことを約束してくれた。それを機に我々3人は親しくなった上、友人の多いラ―ケンと一緒にいることでその友人達とも少しずつ話をするようになり、やがて友人となっていったのだ」

最初はアサバスに悩みや不安を話すことが多く、自分から人に話しかけることもままならず、話しかけられても相槌を打つのが精一杯だった少女。だが、そのアサバスやラ―ケンと出会い次々と友人が増えたことで、彼らとの楽しい日々のことを話すようになり、最初に会った時とは見違える程明るい表情を見せるようになった。アサバスは、彼女が本来持ち合わせていた明るさと元気を取り戻していくことを喜ぶ一方、自身との時間は減りつつあったことには少なからず寂しさを感じていた。だが、そんな中でも少女がアサバスとの時間を作り、今まで通り変わらず接してくれたことが嬉しかった。

「そしてある日、彼女が養子として引き取られることが決まった。私は、彼女と共に暮らすべきか、それともラ―ケンと共に施設に残るか散々悩んだ。ラ―ケンは、もし彼女の元へ行くことになったとしても引き留めたりはしないとは言ってくれたものの、私には、この星をマニヨウジの脅威から守るという大事な使命があった。その使命を果たす為には、ラ―ケンの元に残るべきだったのだが…彼女のことも気がかりだった。私がいなくても、彼女は元気にやっていけるのだろうか…。悩みに悩んだが決められないでいると、彼女の方から、私をラ―ケンの元へ返すと言ってきた。理由を尋ねると、彼女はこう答えた」

私はね、もう大丈夫。もう一人じゃないから。新しいお父さんもお母さんもいるし、きっと新しいお友達だって作れるわ。これも、あなた達のおかげよ。本当にありがとう。でも、アサバスさんは元々、ラ―ケンのお友達でしょ?きっと私よりも長く一緒にいるんだし、アサバスさんは、ラ―ケンと一緒にいる方がいいって思ったの。だから、私の事は心配しないで。たとえ離れ離れになったとしても、あなた達とは、いつまでも友達よ。

「彼女と別れてから長い年月が流れたある日、彼女が再び施設にやってきた。ラ―ケンが17歳の時だ。彼女は、ラーケンと私に会いに来たのだ」

この時、彼女が知る当時の児童は、ラーケンを含めても少なかった。他の知り合い、彼女のように新しい家族に引き取られたり、アムベエやレーベルと同じ様に栄養失調等により重い病を患い、中には命を落とした者もいたのだ。

「そーいや、おめーのじーちゃんは、誰にも引き取られなかったのか?」

「それに関しては、引き取り手がなかなか見つからなかったのだ。なにせ戦争が終わって間もない頃だったからな。自分達が生きていくのに精一杯で、養子を引き取る余裕などなかったのだろう。あいつの引き取り手がいなかったわけではないのだが、引き取り手の話が来るといつもあいつは決まって他の児童に譲っていた。自分のことよりも周りを優先させる奴だったからな。それに、施設にあいつを慕っている者は多い。あいつは自分がいなくなった後のことを考えて、敢えて留まることを選んだのだろう。その結果、あいつは仕事に就くまで、施設で暮らすことを選んだのだ」

当時、施設で暮らす児童達にとってラ―ケンは、誰よりも優しく誰よりも頼れる兄貴分であり、戦争によって傷ついた心の拠り所でもあった。ラ―ケンはそのことを十分把握しており、その自分がいなくなった後、折角明るさを取り戻した彼らの心が、再びすさんでしまうことを懸念していたのだ。

「彼女と再会した我々は、施設にいた頃よりも明るくなった彼女と当時の思い出話に花を咲かせる中、彼女は温かい両親に引き取られ、今は幸せに暮らしていることを知った。そこで私は、ラーケンに私を再び彼女に預けないかと提案した。というのも当時、ラーケンと私が会話しているところを多くの子供達に見られてしまって、変な噂が立ってしまっていたのだ」

ラーケンは大勢の児童達に慕われていた故、彼の周りには常に誰かがいた。故に、一人になることが、アサバスとの時間を作ることが難しく、ラーケンがどうにか隙を見て皆の元を抜け出しても、それを不審に思った児童達に何度も目撃されては、噂として広まってしまっていたのだ。

「ラーケンは最初は驚き止めもしたが、このままでは私の存在を隠しきれないことも、あいつも薄々分かっていた。だから、やむを得ずではあるが私は彼女に当時話せなかった事の全てを、私がダイナ装備であること、マニヨウジのこと、バウソーのことを全て話した」

また、この時アサバスがラ―ケンに提案した際、ラーケンは小さな腕を組みながら、アサバスの傘の先端に片耳を近づけて会話をしていたという。彼女からしてみれば、それはそれは奇妙な光景だったそうだ。

「我々の使命を知った彼女は始めはとても驚いていたが、我々のことを一切疑わず、進んで私のことを引き取り共に使命を背負うことを選んでくれた。それ以来、私は彼女の元で共に暮らすことになった。以来、彼女はラーケンが寂しい思いをしないよう定期的に施設に来てくれるようになった。加えて、他のダイナ装備達を預けた少年少女達も、彼女と共に来てくれるようになったのだ」

彼らが会って話す内容は、自身や自身を引き取ってくれた親友たちの近況や、ダイナ装備になる以前の思い出話が主だった。皆、敢えてマニヨウジのことも、バウソーのこともあまり触れないようにしていた。全く話さないわけではなかった。だが、話を進めてしまうと、どこか不安になってしまうのだ。忘れてはならないことだが、忘れていたい。そんな風に思う時が何度もあったのだ。

「ラーケンが仕事に就き、施設を出てからも我々の関係は続いていた。それこそ何十年にも及ぶぐらいにな。だがある日突然、我々の元にラ―ケンの死の知らせが届いた。大病を一切患っておらず病の兆候すらなかったラーケンだったが、突然倒れそのまま帰らぬ人となってしまったそうだ。死因は、医師にも分からなかっ」

「!」

ズーケンはこの時、初めて祖父の死のことについて聞いた。祖父が何故亡くなったのか。ふと気になる事が何度かあったものの、決して軽はずみで聞ける話題ではなかったので今まで両親に聞けなかったのだ。ラ―ケンは、そのことにもっと早く気付いていれば、もっと彼との日々を一日一日大事に出来たかもしれない…。最期に交わした会話も、いつものような他愛もない会話であったこともあり、悔んでも悔み切れなかった。しかし、その大きな後悔と心残りを呑み込み、彼は話を続けることにした。

「ラ―ケンの死を知った彼女は、お前達の両親に私のことを話そうと考えた。だが、仕事と育児で忙しいお前達両親のことを気遣い、ギリギリまで秘密にしておくことにしたのだ。しかし一ヵ月前、彼女は突如倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった」

「えっ…」

ズーケンは、思わず声が出てしまった。たとえ自分の身近な人でなくとも、誰かの死は心に堪えるのだ。

「家で彼女が倒れた時、私は咄嗟に助けを求め、叫んだ。その時真っ先に駆け付けたのが、ルベロの弟ベロンだった。彼女が倒れたことは勿論、傘の体である私が喋っていることにも驚愕していたが、私の言った通りすぐに助けを呼んでくれた」

「あん時は色々びっくりしたけど、まさかそのまんま死んじまうとはな…」

もっと早く祖母が倒れたことに気付けば、祖母は助かったのかもしれない。いなくなってしまうのであれば、もっと祖母と話しておけばよかった。当時を思い返すルベロは、後悔のあまりそのまま俯いてしまう。祖母との最期の会話も思い出せないことが、猶更彼の胸を締め付けた。

「ベロンが助けを呼んだ後、私はルベロ達に全てを話した。本来なら彼らの両親に話すつもりだったが、力になれるかもしれないから話してほしいとベロンに強く言われ、私は話すことにした。彼女が病院に運ばれた後、帰宅したケルベとルベロにも事情を全て話したのだ」

「親には話してねぇのか?」

「まーな。ウチの親にこいつ見せたら、何ゆーか分かんねーし、下手すりゃ捨てられちまうかもしんねーしさ」

加えて、3兄弟なりに多忙な両親を気遣ったのだが、それを言うのは照れ臭かったのでルベロは敢えて伏せた。

「んで、最近ボンベエ盆地で行方ふめーになったアンゾウって女の子がいるから、それとかんけーあるかもってケルベが言って3人で行ったんだよ。そしたらあいつが、地面から出てきて…」

「マニヨウジに出くわしちゃったんだねぇ」

「しかも、行方ふめーのアンゾウを人質にしやがって、助けたきゃ10日以内に60年前に自身を封印したダイナ装備を集めてこいってさ。あん時の憎たらしい顔ったら、思い出しただけで寒気がするし腹が立つぜ」

因みに、人質となった少女アンゾウは、ズーケンのズケンティラヌスのような獣脚類の恐竜キアンゾウサウルスのダイチュウ人である。キアンゾウサウルスは、ティラノサウルスのような胴体と頭部に加え頭部は少々細長い。そのことからキノピオレックスとも呼ばれている。

「アンゾウって…」

ただ、ペティはアンゾウという名は、少女にしては少々男らしさを感じていた。ダイチュウ星では自身の種に因んだ名をつけることが多いとはいえ、多少の違和感は感じざるをえなかった。また、彼の疑問はアサバス以外全員薄ら思っていた。

「でもなんでわざわざ…何もそこまでしなくたって10日経てば復活出来るのに。それに、逆にダイナ装備を揃えられたらあの世に送られちゃうような気がするけどなぁ…」

「そうならない為の人質なんだろうけど、なら最初からダイナ装備のことを話す必要もねぇし…よく分かんねぇな」

「そこが腑に落ちんところだ。奴は放っておいても復活する。だが、ルベロ達にわざわざ我々を捜させるからには、何か企みがあるのには違いない。しかしどの道、奴をあの世に送る為にも、人質となった少女、そして奴に憑りつかれたバウソーを救う為にも、我々ダイナ装備は全員必要だ」

レーガリンやペティにも想像がつくように、マニヨウジに何かしらの考えがあることは想像がつく。だが、アサバス達に残された選択且やるべきことは一つだった。

「我々は、他のダイナ装備となった親友達を捜しているが、さっきも言ったように最後に我々が会ったのはもう数年以上も前だ。今でも同じ場所にいるかどうか分からん。そこで、ラ―ケンはもしかしたら他のダイナ装備達の居場所を、息子であるズケンタロウや孫であるお前に伝えているのではないかと思って来たのだが、何か聞いていないか?」

「…」

その場にいる全員の視線が集まり、アサバス達だけでなく、ズーケンにも緊張が走る。

「…いや、何も」

彼らの望みに応えたい気持ちはあるものの、正直なところズーケンが知るダイナ装備に関する情報は、昨日亡き祖父から伝えられたことのみである。

「そうか…なら、ズケンタロウは今どこにいる?」

「!」

「そういえばいないねぇ。お休みじゃないの?」

「ええっと…」

聞かれると思った。だが、正直に答えるとべきかどうか、正直迷った。ズケンタロウが入院していることは、レーガリン達は知らないのだ。話せば心配をかけてしまうかもしれない。そう思った。

「父ちゃん…今、いなくて…」

「いつ帰ってくるんだ?緊急事態だ。出来る限り早く会って話がしたい」

「いや…それが…」

事の重大さは少なからず分かってはいたが、それ以前に、今の父のことはアサバス達には告げ辛い。答えられずにいると、ルベロが顔をしかめ始める。

「なんだよ?はっきりしろっての」

「いや、あの…」

「よせルベロ。ズーケンが困っている。他のダイナ装備達の情報はここにはない。よって今は、かつて他のダイナ装備達を預けた者達の元を尋ねるのが先だ。ここに来るのは、彼らがそこにいなかったことが分かった後でいい。それに、もしかすればラ―ケンはお前ではなくズケンタロウの方に教えたのかもしれん。しかし、今は不在のようだ。後日、改めて来る。その時にズケンタロウから何か聞いたら教えてくれ」

「あ、うん…」

ズーケンの様子から、何かしら事情があると察したアサバスは、ややイラつき気味のルベロを引き止める。

「…わーったよ。じゃーな」

「あ…」

落ち着いた声のアサバスに諭されると、ルベロの険しい表情が緩み、口から溜息が出た。そしてアサバスの傘の体をむんずとやや乱暴に掴み、立ち上がった瞬間、ズーケンから声が漏れた。

「あん?なんだよ?」

「やや…」

ズーケンの声を聞き取ったやや喧嘩腰のルベロに、思わず怯むズーケン。だが、今回は少し勇気を振り絞る。

「もう少し…優しく持ってあげた方がいいかな~って思ったんだけど…どう?」

「!!」

ズーケンがおそるおそる指摘すると、ルベロは、ハッとした表情になるのと同時に、彼の眉間に寄っていたしわがパッと消える。さらに、右手に握ったアサバスをまじまじと見つめる。

「…余計なお世話だっつーの」

ルベロは、溜息と同時に右手の力が抜けていくの感じた。

「あ、あと…僕も、手伝うよ。その…ダイナ装備の事…」

「いや、別にいーっての」

「ややや…」

再び、勇気を振り絞ってみたものの、片手で振り払われてしまった。

「そうだよズーケン。こんな愛想悪い子と一緒になっても、あんまりいい気しないよ」

「いやいや!おめーも似たよーなもんだろ!」

「あややややややや…」

似た者同士のぶつかり合いまでもが始まり、ズーケンは両手を上げ、見ての通り完全にお手上げだった。

「よせ!」

親友の親切を軽くあしらわれたことに憤慨するレーガリンと、自身の欠点を自覚しながらも、同じ欠点を抱えているであろうレーガリンに憤慨するルベロ。二人の間に、アサバスが待ったをかける。

「ありがとうズーケン。お前のその気持ち、とても嬉しく思うぞ。だが、気持ちだけ受け取らせてもらうぞ」

「え?」

「確かに、お前の祖父であるラ―ケンが関わっていることは事実だ。だが、だからと言って孫であるお前が代わりに果たす義務どころか協力する理由もない。このことは、お前とは何も関係のないことだ。それに、ラ―ケンはもしかすると、息子であるズケンタロウにも何も話していないのかもしれない。これは私の予想だが、良くも悪くも気を遣うあいつのことだ。息子も孫も巻き込まず、一人で我々と共にマニヨウジと戦うつもりだったのだろう。だから、何も知らなかったからと言って気に病む必要もない。そんなに落ち込まないでくれ」

「…!」

ズーケンの、ルベロとアサバスの力になりたい気持ちの裏には、確かに祖父が関わっている以上孫である自分がどうにかしなければという責任感からきていた。だが、アサバスの言葉を受け、ズーケンは心が軽くなっていくのを感じていた。

「それに、私はここにダイナ装備達のことを聞く為に来たが、それだけではない。お前の顔を見に来たのだ」

「やや?」

アサバスの言葉の意味を理解出来ず首を傾げるズーケン。だが、その詳しい理由は分からないが、それでも内心嬉しいのは確かだった。

「ラ―ケンは生前、お前が生まれることをとても楽しみにしていた。それは私も同じで、ルベロの祖母と共に、まだ卵の中にいたお前に、何度も会いに行っていたものだ。だがラーケンが亡くなって以来、お前がどうしているか、それが気がかりだった。それも、お前の元気そうな姿を見られたことでたった今晴れた。それだけで、私は十分嬉しいぞ」

アサバスからしてみれば、ズーケンは恩人の孫であり、自身の孫のような存在でもあった。

「それに、私達の現実離れした話を一度も疑うこともなく信じてくれただけでなく、私達を手伝おうとしてくれた。その気持ちだけでも十分だったが、何よりこの姿の私をダイナ装備としてだけでなく、人として受け入れてくれたことがこれ上ない程嬉しかったのだ。ありがとう」

「あ、やや…それは…どうも…」

ズーケンは、ダイナ装備の在りか答えられなかったことで、まさか礼を言われるとは思ってもみなかった。戸惑いながらも、アサバスの温かい言葉と気持ちに感謝を込め、深く頭を下げた。

「礼儀正しいところも、お前の良いところだ。どうだルベロ。折角だからズーケンに友達になってもらったらどうだ?ズーケンならお前のことを受け入れてくれるかもしれない上、ただでさえ少ない友達がようやく増えるぞ」

「え」

「んが」

アサバスはすっかりズーケンのことを気に入ったようだ。そんな彼からの意外な提案に、ズーケンとルベロは揃って口を開ける。

「あれ?やっぱ友達少ないの?ていうか、いたんだ」

「うっせーな!おめーだってぜってーそーだろ!」

からかうかのように半笑いするレーガリンに対し、ルベロは指差し怒りの表情を見せる。いつもなら何かしら言い返すレーガリンだが、今回は余裕の笑みを浮かべるだけだ。

「いや、僕はここに3人いるし」

「どーせこいつらだけだろーが!」

ルベロの言う通り、レーガリンの友達はこの場にいる3人のみである。正直苦手だが他の二人よりも友達としての認識が低いヘスペローも、今回は咄嗟に友人としてカウントした。

「ていうか、なんで友達いないの?やっぱ口悪いから?」

「いやいやいや!てめーがゆーなてめーが!!」

「そうだ。ケルベとベロンによると、見ての通り物言いと口の悪さが災いして友達は少ないそうだ。私も直すよう何度も言ってはいるが、一向に良くならん。だが、悪い奴ではないのだ。ズーケン、どうかそこを汲んで友達になってやってくれないか?」

「おめーもよけーなお世話だっつーの!」

「いやはやいやはや…」

突如喋る傘アサバスから、自身の友人に激怒するルベロと友達になるよう頼まれた。またこの時、アサバスを握りしめるルベロの右手は、握力を測るかの如く強い力が入っていた。下手なことを言うとアサバスを握りつぶしかねない勢いだ。ズーケンはまず何を言うべきか迷ったが、丁度近くに似た友人がいるので、彼に対し思っていることを参考にしつつ話すことにした。

「えーっと…まず…アサバスの言った通り、ルベロは、そんなに悪い子じゃないと思うんだ。ただ、他の皆より、言葉を使ったり、選んだりするのが、苦手なんだと思う…」

「…」

ズーケンは、ルベロがどのような人物なのか、想像しながらおそるおそる話す。すると、ルベロの釣り上がっていた鋭い目が、少し緩んだように見えた。

「でも、それが上手く伝わらなくて、誤解されちゃってるのかもしれない。ただ、友達が少ないって言ってたけど、いないわけじゃないんだよね?その子達は多分…ルベロのことを分かってくれてるんだと思うから、新しい友達を増やすのもいいけど、今いる友達を大切にするのも、いいんじゃないかなぁ~って思うんだけど…どうかな?」

正直、ルベロのことは、言葉遣いが悪いこと以外、然程分かっていない。だが、友達がいる以上、もしかしたら自分の知らない彼の良さがあるのかもしれない。ズーケンは、そう思ったのだ。

「成程な。新しく友達を作るのも大事なことだが、今いる友達を、自分のことを理解してくれている者達も大切にする、か…。もしかしたら、今のお前に求められているのは、言葉遣いを直す以前に、自分のことを理解してくれている友達や兄弟を、大切にすることかもしれないな」

「…」

ルベロは、似た者同士であるが故に、磁石の様に反発し合っていたレーガリンや、お節介なアサバスへ露わにしていた怒りが、ズーケンと、そのアサバスの言葉の前に、一気に鎮まっていくのを感じた。その場にストンと座り込むと、おもむろに溜息をつく。

「…つーか、言い方が悪いって言われるけど、何で自分の言い回しがそんなに責められるのかが分かんねーんだよ。そんなにダメなのか?」

その本音は、嘆きに近かった。周りから見ればキツく聞こえるルベロの言い回しだが、ルベロに悪意はない。彼から見れば、ただ普通に話しているだけなのだ。

「私は、責めているつもりもなければ、お前自身を否定しているつもりもない。ケルベ達や周りの同級生達も、きっと同じはずだ。ただ、今のお前の言い方だと、誰かをむやみに不快な思いをさせたり、傷つけてしまう恐れがあるから、注意しているのだ」

「それが、責められたり否定されてるように聞こえちまうのかもな。なんか…分かる気がするわ」

アサバス達周囲の人物もまた、ルベロ自身やその周囲を気遣い、ただ指摘しているだけなのだ。さらにペティも、幼い妹のことで両親から何度も注意を受けていることで、どこか共感できるところがあった。

「お前は、悪意を持って誰かに不快な思いをさせたり、傷つけたりするような奴ではない。むしろ、ズーケンやケルベ達のように優しい心を持っている。それは、我々にだって分かっている。だがお前の言葉遣いの悪さから、悪意がないとはいえ誤解され、今度はお前が周りから不快な思いをさせられ、傷つけられている。人に誤解され、傷つけられることは悲しいことだ。我々にとって望まないことなのだ。お前だって、そうではないのか?」

「…」

ルベロは、アサバス達の本心と望みを知ると、考え込むように俯く。特にアサバスの気持ちは、ダイチュウ星では侵略者としての印象が強いシゲン人でありながら、優しい心を持ったラミダスという存在を知っている為、より強かった。それから間もなく、ルベロは顔を上げず、溜息をつく。

「…じゃー、どーしろっつーんだよ。俺の物言いがわりーんだったら、何言っても嫌われるだけだろ」

誰に言う訳でもなく、ややふてくされたように、嘆くように、床に向かって吐き捨てられたルベロの本音を、意外な人物が拾う。

「いっそ、僕は言葉遣いがヘタクソですって言っちゃえば?少なくとも誤解されなくて済むし、その方が言葉遣い直すより早い気がするけど」

「なんでだよ!んなこと出来るかー!」

またもレーガリンにからかわれ、先程まで落ち込んでいたのが嘘のように、ルベロは勢いよく立ち上がる。

「いや…あながち間違いではないかもしれん」

「「え?」」

このまま、またもや喧嘩が勃発するかと思いきや、それを防いだのは、レーガリンの冗談からヒントを得た、アサバスだった。

「ルベロが誤解される最大の原因は、その言葉遣いと物言いが悪いことだ。最初にそれを伝えておけば、お前自身は理解されなくとも、少なくとも悪意がないことだけは理解してもらえる」

「いや…それ、余計嫌われるだけじゃねーか?」

「確かに、周りから見ればお前は、出来る限り距離を取りたい相手だろう。周りの言葉遣いに敏感な者から見れば特にな。だが、あまり気にならない者もいる。その者達と一緒にいればいい。もし距離を取られたとしても、少なくともその相手に不快な思いをさせることは減るだろう。それに皆、誰とでも仲良くなれるわけではない。相性の良し悪しもある。だから、周りから距離を取られても、あまり気にすることはない。他にも、誤解されて嫌われるよりは、いっそ本当の自分を知ってもらってから嫌われる方が、まだマシだろう」

「それは…言えてんな」

予め、自身のことを伝えておけば、相手も、自身に対して適切な距離を取りやすくなる。さらに、何も知らないより、多少でも自身の特徴を伝えておけば、相手の気持ちの持ちようも変わるだろう。

「ただ、周りからの理解を得ることは必要だが、やはりお前もある程度改善は必要だろう。今一度、自身の言葉遣いを見直すべきだと、私は思う。ズーケンのように歩み寄り、本当のお前を理解してくれる者ばかりではないからな」

ルベロは、兄弟以外に自身のことを理解してくれるズーケンが、どれだけ貴重な存在であることはよく分かっていた。

「…まーな。けど、どーやりゃいーんだよ?俺自分で何がわりーのかも分かんねーし」

「実際に聞く方が早い。同級生や兄弟達から、お前から言われて不快だった言葉と、どう言えば良かったのかを聞くのだ」

「うげっ、マジかよ…」

「いやいや。そこまでしなくても、これから頑張るから嫌なこと言ったら教えてくれ、でいいんじゃねぇのか?ほら、変に思い出させるのもアレだろうし」

「そうだな…その方が良いかもしれん」

アサバスの提案は、下手すると相手に嫌な思い出を蒸し返させ、さらなる反感を買いかねない。そもそも、何を言われるか分からない。それを危惧したペティの意見に、アサバスは納得したようだった。

「けど、上手く出来っかなー…散々やらかしてきただろーし」

ハードルは下がったものの、元々自身が反感を買うような言動をしてきたこともあって、ルベロの不安は拭いきれない。

「確かに勇気がいることだが、心配することはない。予め、心を入れ替え改善に努めることを伝えておけば、相手の反感をあまり買わず、反省していることを伝えられるだろう。それが出来れば、周囲の者達も、今まで以上にお前の力になってくれるだろう。勿論、伝えるならば、お前も努力しなければならないがな」

「心を入れ替えるって…別にそこまでじゃねーんだけどなー…」

ルベロは、変わろうとしている。そのことに感激していることもあって、少々大袈裟な表現を用いるアサバスに、ルベロは少々困惑しながら頭を掻く。そんな彼の言葉に、レーガリンは、あることに気付く。

「けど、そこまでじゃないって言うことは、少しは直す気にはなってるんだねぇ」

「…」

半笑いなレーガリンに指摘され、ルベロは頭を掻いていた手を止め、ゆっくり彼から顔を背け、図星と言わんばかりに黙り込む。レーガリンは面白がってはいたものの、彼以外の者は、そんなルベロを皆微笑ましく、温かい気持ちで見ていた。

「ルベロ。私は嬉しいぞ。お前がようやく、自分の至らなさに気付き、それを改善しようとしていることがな」

「なんだよ。いたらねーって…」

至らないの意味は知らなかったが、少なくとも褒められていないことだけは分かった。ただ、アサバスが自身のことで安堵し、喜んでくれていることは理解出来た。それに関しては、少し嬉しかった。

「だが、至らないところがあったのは、私も同じだ。お前に話していく内に、それが分かった」

「んあ?」

まさかアサバスから反省の言葉が出てくるとは思わなかったからか、ルベロから、気の抜けた声が漏れる。

「思えば私も、お前に散々言葉遣いを直すよう言ってはいたが、逆を言えば、それしか言っていなかった。そもそも何故言葉遣いを直さねばならないのか、直さないとどうなるのか、そのことをちゃんと説明すべきだった。その上、私や周囲から直すよう言われる度に、お前はどこか自分が否定されるように感じていたのだな…すまなかった」

「いや、ま、まー…」

謝れると、ルベロはどうもムズムズしてしまうらしい。

「誰にだって、苦手なことはある。お前の場合、それがたまたま、言葉遣いだったのだ。だがそれが、お前の個性でもあったのだ。勿論、言葉遣いが悪いだけがお前の個性ではない。お前には、良いところがたくさんある。私は、お前の苦手なことばかりではなく、お前の得意なところや良いところも見るべきだったのだ。そこが私の、至らなかったところだ。しかし今、私はそのことに気付けき、お前に大事なことを話すことが出来た上、お前が周囲と向き合い、自分を見つめ直そうとしている…私は、心から嬉しく思う」

「…そーかよ」

ルベロの返事は、一見そっけないように聞こえた。だが、その口元からは少し笑みが、口調からも喜びを感じ取れていた。ちなみにこの時、至らない、の意味も、なんとなく理解出来た。

「そしてズーケン、お前には礼を言わねばならんな」

「やや?」

まさか自身の名前が出てくるとは思ってもみなかったからか、先程のルベロと同様、間の抜けた声が出てしまった。

「お前がルベロに歩み寄ってくれなければ、私もこの話をすることもなく、自分に何が足りなかったのも気付けなかっただろう。何よりルベロも、新たな友と理解者を得ることはなかった。自分を理解されないというのは、誤解されたり、孤独を感じたりして、他人に心を開かなくなることもある。下手すれば、ルベロもそうなっていた可能性も十分あり得る。それを防いでくれたのは、お前の、他人に歩み寄り、理解しようとする心だ。今のお前はまるで、かつてシゲン人のラミダスに歩み寄った、ラ―ケンのようだったぞ」

アサバスは、かつてのラ―ケンのように、ズーケンが外的要素だけで相手を判断せず、歩み寄り、きちんと理解してくれたことに感激していた。

「ややや…それはそれは…」

規模が違い過ぎるような。アサバスが伝えたいことは十分分かったが、今回の自分達の件とラ―ケンとラミダスの件では、根本は似ている気はするものの、本音は引っ込めておいた。

「そういえばさっき、ルベロに良いところはたくさんあるって言ってたけど、具体的に言うとどんなところ?」

「む、そうだなぁ…たとえば…」

聞かせてくれと言わんばかりに、ルベロも期待した目でアサバスを見つめる。しかし、そのアサバスは、言葉を詰まらせ始める。

「その…あれだ…優しいところだ」

「具体的には?」

「ええっと…だから…その…」

少々眉をひそめ、顔を近づけてくるルベロにも、優しいところがあるのは分かっている。しかし、それを表す具体的なエピソードが、全く出てこない。出てくるのは、ルベロの言葉遣いを巡って喧嘩したことばかりだ。

「それだけ悪いところしか目立ってなかったってことだねぇ。これから頑張るしかないよ」

「マジかよー…っていや、おめーがゆーな!」

「ややや…」

ある意味悪目立ちしていた分、努力を要することを嘆くルベロ。彼は両手を後頭部に回し、寝っ転がって早々、そのまま不本意ながら腹筋を行った。ズーケンは、努力が必要な二人のやり取りにヒヤヒヤしつつ、どうにかルベロのフォローに回れないか考えていた。そんな時、ふとアサバスが目に入る。

「そうだ…。ほら、ルベロがここに来たってことは、他のダイナ装備の皆のことを聞く為だけじゃなくて、アサバスと僕を会わせてあげたかったってことだよね?だから、優しいのは合ってるって、僕は思うんだけど…どうかなぁ?」

「おお!そうだ!その通りだ!私をここまで連れてきてくれたのは、私をズーケンに会わせたいというお前の気持ち、それこそお前の優しさではないか!」

「…」

咄嗟に見つけたルベロの優しさを、ズーケンが早速口に出す。するとアサバスが、助け舟が来たと言わんばかりに乗っかり、ルベロの持つ優しさを嬉しそうに強調する。両者共に、どこか必死さが見られるからか、ルベロは少々複雑そうな顔をしながら、頭を掻き、溜息をついた。

「まー…ありがとな」

「「!」」

ルベロから見ても、ズーケンがなんとか絞り出し、アサバスがそれに便乗したのは明確だった。ただ、自分の為にその良さを見つけようとしてくれたこともまた、紛れもない事実であることを、彼らの優しさであることを理解していた。

「その…あれだ…。俺の為に…色々考えてくれたしさ、おかげで気持ちが、ちょっとは楽になったよ。俺もこれから、自分がどうすればいいのかもよく分かったわけだし、少しずつ、努力していくさ。今までみたいに、ケルベやベロンにアサバス、それに、今いる友達や他の同級生…ズーケン達にも、手伝ってもらいながらさ。いーか?それで」

「ルベロ…」

この時ルベロは、これまでの自身を振り返り、今までどれだけ周りに迷惑をかけてきたのか、アサバスや兄弟達が、どれだけ自分のことを気にかけてくれていたのか、決して居心地がいいわけではない自分と一緒にいてくれる彼らと、数少ない友人達、そしてそんな自分に歩み寄ってくれるズーケンのような存在が、どれだけ有難いか、それを心から理解した。そして、そんな彼らや周囲に迷惑をかけないよう、心から変わりたいと願っていた。そんな彼に対するそれぞれの返事は、言うまでもなかった。

「僕でよければ、力になるよ。僕の方こそ、よろしくね」

「まあお前の気持ちは、分からなくもねぇからな。なんかあったら話ぐらいは聞くわ」

「うん…。よろしく…」

3人の内、まずズーケンは、正直ルベロのような物言いが悪いタイプは苦手だ。だが、今の自分を変えたいというルベロの力になりたいという思いもあった。ペティは、ズーケン達程ルベロの言動を気にしていなかった為、特に迷いもなかった。そしてヘスペローは、ズーケンよりもルベロに対する苦手意識が強かったものの、断ることは出来なかった。というのも、その場の流れもあったが、彼にもまた、ルベロの力になりたい気持ちが、確かにあった。そして、一同の視線はとある少年に集まる。

「いや、僕はまだ友達になるなんて一言も…」

「お前は黙っとけって」

唯一乗り気ではないレーガリンは、ペティが、また面倒なことを言う前に口を押さえる。

「皆、ルベロと付き合うのは大変だと思うが、これからルベロの友として、温かく見守りながらその良いところを見つけてやってくれ」

「おーい!ハズいからよせっての!」

本来の肉体があれば、首を垂れているであろうアサバス。ルベロは、傘の彼を恥ずかしさのあまり今にも締め上げてしまいそうになるものの、一応自身の為に良かれと思ってやっていることなので、両手を強く握りしめながら、どうにか堪えていた。

「そういえば、結局ズーケンは、友達になってあげたルベロと一緒に、他のダイナ装備捜しに行くの?」

「え、あ、ま、まあ…」

その言い方はまずい。ズーケンは焦る。ちなみに、今回に関しては、レーガリンは意図的に、ルベロをからかうつもりだった。

「お前…」

「堪えろ。レーガリンの言い方も良くないが、あながち間違いではない」

「がが」

似た者同士のレーガリンと、再び喧嘩しそうなルベロの心中を察しつつ、制するアサバス。ただ一応、ルベロだけでなく、レーガリンの物言いの悪さも把握していた。

「レーガリン。ルベロの言い方も問題だが、お前も同じだ。それにお前は、少々悪意の籠った言い方をする時がある。もう少し自制心を持ち、周りを顧みる必要があるだろう」

「ほらみろー!」

「んもぅ、冗談なのにぃ」

アサバスが指摘した途端、ルベロが、それ見たことかと言わんばかりに、意気揚々とレーガリンを指差す。対するレーガリンは、冗談に本気になるルベロに、少々呆れながら天井を見上げた。始めは、ルベロに少なからず悪意を持っていたレーガリンだったが、彼への理解が深まったことで、その悪意も既になかった。今はただ、彼の反応が面白いのだ。

「二人共、今はズーケンの返事を聞くのが先だ」

「「はい」」

さらに、両者共に、ズーケンのことになると、息がぴったりと合うのだ。

「ズーケン。返事を聞かせてくれ。本当に我々と、ダイナ装備達を捜しに行くのか?先程も言ったが、今回のことは、お前とは何の関係もないことだ。ラーケンの孫だからといって、ルベロが友達だからといって、何でもかんでも引き受ける必要はないのだ」

ルベロの友達になってくれたことへの感謝の気持ちを改め、アサバスが問う。

「うん…そうかもしれない。でも、祖父ちゃんがわざわざ夢の中で僕に伝えてきたってことは、僕にやってほしいって言ってるのかもしれないし、そうじゃなかったとしても、そもそも祖父ちゃんが何の関係もなかったとしても、僕はただ、君達の力になりたい、友達を助けたい、それだけなんだよ」

ズーケンの気持ちは、答えは、変わらなかった。ただ違うことがあるとすれば、祖父の思いに応えたい。友達の力になりたい。その気持ちが強くなったこと。それだけだった。

「そうか…。ルベロ。ズーケンはこう言ってくれている。少なくとも、ダイナ装備を一緒に探してもらうだけなら、協力を仰いでもらうのも悪くないと私は思う。ルベロ、お前はどうだ?」

「まー…しょーじき、俺とお前じゃ、色々不安だしな。ズーケン、一緒に来てくれねーか?お前がいてくれると、色々頼もしーしよ。お言葉に甘えさせてもらうぜ」

ズーケンの決意と亡き祖父への思い、そして自分達への思いを、確かに受け取った二人は、新しい友人を心から歓迎した。

「僕の方こそ、よろしくね」

ズーケンは少なからず不安ではあったが、このまま何もせず待つより、誰かの為に行動したい気持ちの方が勝っていた。

「んじゃ早速なんだが、まずケルベがアムベエって奴を取りに行った、テルマトロマエに行くか」

「そうだな。新しい情報は掴めなかったが、それも伝えねばならんからな。何より、お前に新しい友が出来たことも報告せねばならんからな。きっと喜ぶぞ」

「いや…それは…いーだろ…」

アサバスは嬉しそうに笑う一方、ルベロは恥ずかしそうに頭を掻く。ただ、満更ではない様子だ。

「それじゃ皆。悪いけど、僕は行くよ。だから、本日はこれまで…」

「ええ?僕達は置いてくの?」

「え?」

急用が出来たので、ズーケンはお開きにしようとしたが、レーガリンがいかにも不満そうな顔で止めにかかる。

「折角集まったのに、こんなバラされ方はちょっとヤだよ。君一人だと心配だし、僕も行くよ。こんなのと一緒だし。いいでしょ?」

「こんなのって…おめーもだっての」

「あやややや…」

似た者同士の二人によるお決まりのやり取りに、ズーケンはまたヒヤヒヤしていたが、これまでのような一触即発な空気にはならなかった。ルベロが、言葉遣いの荒い自身をズーケン達が受け止めてくれたこと、レーガリンも悪気がなかったり、冗談で言っていることを一応把握したこともあってか、その口調に怒りは然程なかった。

「とにかく、ズーケンと同じ様にダイナ装備捜しを手伝ってもらうだけなら、私は構わないと思っている。お前は、どうだ?」

アサバスは再び、ルベロに問う。彼の答えは、言うまでもなかった。

「まー…好きにしろよ。別に何人増えよーが、どーってことねーし」

一見、そっけない感じに見えるルベロの返事だったが、内心、新しい友人達を歓迎していたのだ。先程から自身をおちょくってくるレーガリンが来ることも、彼への理解が深まった為か、あながち悪い気はしなかった。

「よし!じゃあ決まりだねぇ」

「まあ、ここまできたからには放っておけねぇからな。俺も行くわ」

そのルベロが歓迎する友人達の中に、少々気がかりな人物がいた。

「僕も…行くよ」

「ヘスペロー…。だ、大丈夫?強制は、しないけど…」

ズーケンは、正直焦っていた。ヘスペローには、自分の夢に付き合ってもらった上、これからのダイナ装備捜しは、急遽決まったことだ。ズーケンは、人付き合いが苦手な彼に、その場のノリや付き合いで、無理をさせたくなかったのだ。しかし、そんなズーケンの心中とは裏腹に、ヘスペローは首を横に振った。

「大丈夫。ズーケン、心配してくれてありがとう。でも、今回も、僕は本当に心から一緒にいたいだけなんだ。僕がいるからって、何か出来るわけじゃないのは分かってる。僕は、ズーケンや皆と一緒にいるのが、楽で、楽しいから。それに、本当に行きたくなかったら、ちゃんとはっきり言うよ。それをはっきり言えるように、ズーケンはしてくれたから…僕は、はっきり言うよ。僕も、一緒に行っても…いいかな?」

ヘスペローは、ただ純粋に、居心地がいい友人達ともっと一緒にいたかったのだ。それに加えヘスペローは、ルベロやアサバスは、友人が一人でも多い方が嬉しいのだろうと、二人のことも考えていたのだ」

「おう。好きにしな」

「ルベロはその気持ちに気付く余地もないものの、はっきりと頷き、これからの旅の供、そしてこれからの友として歓迎した。

「よし。じゃー皆、頼むぜ」

こうして、ズーケン一行は、新しい二人の友人達と共に部屋を後にし、これから出会うであろう友人の兄と、二人目のダイナ装備アムベエがいると思われる、テルマトロマエへと足を運ぶのだった。


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