ダイ16時代 僕達のこれから 家族はここから
災厄の怨霊との戦いを終え、それぞれ誓いや目標を立てていく一方、彼らとは別の病室に入院しているズーケンの隣の患者は、驚くことに彼の父親、ズケンタロウだった。互いに驚愕しつつ、ズケンタロウは負傷した我が子の姿に、周囲が見えなくなる程動揺し、悲鳴に近い程の声を上げ喚いた。しかし、命に別状はないことを知らされると、落ち着きを取り戻し、すぐに同じ部屋の患者全員に平謝りだった。ちなみに、その患者の中には今回マニヨウジの人質となったアンゾウもいた。ただ、ズーケンは彼女と接すると、どうもぎこちなく、会話も弾むことがなかった。彼自身、異性と接することが然程なく、初対面なこともあり、彼女と会話することは次第と減っていった。それは彼女だけでなく、ズケンタロウの場合も同じだった。何度かズケンタロウから声をかけるが、ズーケンは上手く返すことが出来ず、会話が続かなかったのだ。互いに内心隣になれたことを喜んでいる筈だったが、どこか気を遣い合っている為か、互いに踏み込むことが出来ずにいたのだ。ズーケンの母であり、ズケンタロウの妻でもあるアティラが毎日見舞いに来るものの、彼女も、息子が何か抱えていることには勘付いてはいたが、気まずそうに俯く我が子を見ていると、どうしても踏み込めずにいた。彼女が帰ると、とうとう会話が途切れ、互いに無言の、どこか気まずい空気が流れる。そんな中、窓際のズケンタロウが、今の親子の心とは正反対の青空を見つめながら、ふと呟いた。
「ズーケン…俺達は、お前に無理をさせていたのかもな」
「!」
突如父から、溜息と共に出た言葉に、子は目を見開き、窓の外を見つめる彼に目を向ける。
「それに、お前が抱えている痛みや苦しみも、ちゃんと分かってやれなかったんだろうな。分かっているつもりだったのに、全然分かってなかった。分かっていると思っていたから、ちゃんと分かろうともしていなかった…。心のどこかでは、分かっていた筈なのに…俺達は、何もしてやれなかった。それは、良くなかったって、思ってるよ…」
まるで懺悔するかのように、そのままズケンタロウは、我が子に語りかける。
「ごめん…。俺達は…ズーケンのことを、ちゃんと分かってなかった。俺はズーケンのお父さんだけど、ズーケンのこと、全部分かってるわけじゃないんだ。俺達はもっと、お前に歩み寄るべきだった…。ズーケンが、俺の身体のことを気遣ってくれてるのは分かってた。その気持ちは、優しさは嬉しかったけど、どこか悪い気がしてた。けど、そんなお前に、俺達はなんて声をかけたらいいか、分からなかった。俺達はまだ、あの子のことを…受け入れてたわけじゃなかったから…」
「!」
あの子のこと。それを父の口から聞くのは、初めてだった。彼にも、ズーケンが自分達親を気遣うようになったきっかけが分かっていた。そして、初めて聞く父の葛藤にズーケンは、一気に胸が苦しく、心に重いものがのしかかってくるのを感じた。
「けど…それでも俺達は、ズーケンの気持ちに寄り添うべきだった。苦しんでいるのは、ズーケンも同じだったと思うし、もしかしたら、俺達よりも傷ついているかもしれなかったから…。もっと早く、もっとちゃんと声をかけるべきだったんだ。ズーケンは、すっと一人で抱えて苦しんでいたのに、俺達は、そんなズーケンを一人にしてしまった…。俺達親がいるのに、子供であるお前に孤独を感じさせてしまうなんて…ダメな父親だったよ…」
窓の向こうの空を見つめたまま、父親は、自身の落ち度を苦笑い気味に話すものの、一人苦しんでいたであろう我が子の力になれなかったことは、悔んでも悔み切れなかった。
「皆、抱えているものも、何に苦しんでいるのかも一緒だったのに…全部自分が悪いんだって勝手に思い込んで、ずっと自分を責め続けていたんだ…。苦しかったよな、俺達みんな。でも、それも今日で終わりにしたいんだ。もし、お前が何か背負っているものがあるなら、俺も背負うよ。お前一人だけ苦しい思いをさせるのは、親として、放っておけないからさ」
ズーケンは、父の本音を、後悔を、決意を、ただただ聞き入っていた。
「だけど、俺達が寄り添うだけじゃ、ダメなんだ。いくら俺達がズーケンに寄り添おうと頑張っても、ズーケンが何も話してくれなかったら意味がないんだ。俺達は、もっとお前に寄り添えるよう頑張る。だから今度からは、もっと自分のことを、俺達に話してくれないか?何もかも話してくれとは言わない。俺達には話せないこともきっとあると思う。俺達に話せそうなことは、話せる限りでいいから、話してほしいんだ」
「!」
ズケンタロウからかけられた言葉は、かつてズーケンが、友人達にかけた言葉でもあった。
「お前は何かあっても、俺達に心配かけたくなくて話さないのかもしれない。その気持ちは嬉しいけど、お前が何かに苦しんでいるのに、それが分からない方が、俺達にとっては辛いことなんだ。俺は、俺達は、もっとズーケンと話がしたいし、もっとズーケンの力になりたいんだよ。こんな俺を、ズーケンはお父さんに選んでくれたんだから、それに応えたいんだ。ズーケンは俺達を幸せにしてくれるし、俺達もズーケンを幸せにする親で在りたい。ズーケンが望むような、理想のお父さんにはなれないかもしれないけど、それでも、俺なりにズーケンに寄り添って、ズーケンを幸せに出来るお父さんになれるよう、これからは、もっとお前と向き合えるように、ズーケンの父親として、人として頑張るよ。俺達はズーケンのことを、もっとちゃんと分かってやりたいから…だから、これからも…よろしくな。ズーケン」
最後に父親は、息子に振り向く。涙が流れる彼の目には、自身と同じか、それ以上の涙と共に、家族への思いを溢れさせる我が子の姿が映っていた。
「父ちゃん…!」
祖父の言った通りだった。ズーケンは今まで、病弱なズケンタロウに心配をかけないよう、彼の前では明るく振舞い、身体を気にかけつつ、どこか遠慮し続けてきた。だが、その父もまた自身と同じだったのだ。しかも、マニヨウジとの戦いまでは知らずとも、ズーケンが明るく振舞っていても、息子が何かを抱えていることは内心分かっていたのだ。そんな父の本音と本心を知り、自身に寄り添おうとしてくれていたことを理解した。そのことが、ズーケンには感涙する程嬉しく、その気持ちに応えたいと強く感じていた。
「父ちゃんは…ずっと優しい父ちゃんだったよ…!今だってそうだよ…だって、こんなに僕のことを考えてくれてるし、大切に思ってくれるから…!僕も、もっと父ちゃんと母ちゃんと話すよ…!どんな小さなことでも、話せることは話して、聞いてもらって、自分の気持ちともちゃんと向き合うよ…!それで父ちゃんと母ちゃんが喜んでくれるなら…僕は、もっと父ちゃんと母ちゃんを、幸せに出来る人になるよ…!」
「ありがとう…!退院したら、母さんともちゃんと話そうな…。母さんも、ズーケンといっぱい話がしたいはずだからさ」
「うん…!」
互いの思いを分かち合った親子は、涙と共に抱き合い、身も心も、以前よりも互いをもっと近くに感じていた。特にズーケンは、気を遣うあまり少し距離を置いていた分、父の胸が、優しく温かく感じた。ズケンタロウは、ようやくズーケンと気持ちが通じ合えた喜びに溢れており、やっと、昔のような、あの子のことが起きる以前のような家族に戻れる。ズケンタロウは、そんな気がしていた。
その光景に、丁度散歩から戻ってきたアンゾウ親子も、思わず互いを抱きしめながら号泣していた。ズーケン親子よりも泣いていた為か、他の患者の注目を集め、ズーケン達は思わず涙が引き、愉快そうに笑い合っていたという。
それから一週間後、マニヨウジとの戦いを制した少年達の傷も癒えていき、次々と退院していく中、特にマニヨウジに痛めつけられ、親友達と合体したことで身体への負担も人一倍大きかったであろうズーケンの退院は一番最後となった。また、彼が退院する前にズケンタロウが先に退院しており、我が子を置いて自分だけ退院することには、少々複雑な気持ちだったらしい。しかし、我が子の見舞いには、妻と共に毎日欠かさず訪れていた。さらに、先に退院した他の親友達も、日替わりで見舞いに通っており、ズーケンは彼らが見舞いに来る度に、温かく優しい親友達の気持ちに触れ、大きな喜びと幸せを感じていた。そして、ついにズーケンは退院し、彼は両親と共に3か月振りのわが家へと帰ってきた。久しぶりの我が家に、ズーケンは、思わず涙がこぼれる程感動していた。一時は、二度と会えないと絶望していた両親に再会し、もう二度と帰ってこられないと思っていた家へ共に帰ってきた。そのことに、言葉では表現し切れない程心の底から喜びに溢れ、これ以上のない程心が安堵で満たされたのだ。ただ、久しぶりに家族全員揃った為か、皆どこかかしこまっているようにも見える。
「父ちゃん…母ちゃん…」
いつも3人で食卓を囲むテーブルに、それぞれいつもの位置に座ると、やや緊張気味なズーケンが口を開く。その瞬間、夫婦にも緊張が走る。
「僕…ずっと考えていたことがあって…」
これからズーケンが口にしようとしていることは、ズケンタロウとアティラには、なんとなく分かるような気がした。だからこそ逃げずに、今度こそ正面から向き合うべきだと、二人は考えていた。
「僕は…父ちゃんと母ちゃんのことには、ずっと元気でいてほしいって思ってた。父ちゃんも母ちゃんも、身体があんまり良くないことも、分かってたから…」
「…そっか」
やっぱり、息子は分かっていた。二人は、心のどこかでずっと、自身が病弱であることを知られている気がしていたのだ。それがいつからかも、心当たりがあった。
「だからいつも、今日は元気かなとか、具合悪くないかなとか…ずっと、そんなことを考えてた。でも、夢の中で祖父ちゃんが、父ちゃんと母ちゃんは、僕の気持ちは嬉しいけど、あんまり気を遣い過ぎると逆に父ちゃんと母ちゃんが心配するって…。もっと、甘えていいんだって言ってたけど…そうなのかな?」
いつもよりおそるおそる尋ねるズーケンは、一瞬だけ、両親と目が合う。その時の両親の目は、真剣そのものでありながら、優しく温かかったことを感じた。
「ああ…。勿論だよ。元々ズーケンは優しくて、人の気持ちを考えられる子だから、身体の弱い俺が病気しちゃった時は余計心配かけちゃったし、気も遣わせちゃったよな。母さんも大変だっただろうし…お前も甘えられる状況じゃなかっただろうし…ごめん。けど、もう大丈夫だからな。俺も身体を治して、こうして元気に家に帰ってこれたからさ。これからは、遠慮しないでいっぱい甘えていいから。ね、母さん」
「そうね…。あたしも、もっとズーケンの話を聞いてあげなきゃってずっと思ってたけど、お父さんが病気してから忙しくなっちゃって、ズーケンには寂しい思いをさせちゃってたね…。でも、ありがとうズーケン…。あたしの身体のことも、ズーケンは分かってて気遣ってくれてたのよね。けど、お父さんもこうして帰ってきたことだし、あたしも、これからはもっとズーケンとお話出来るわ。なんでも話してね」
二人は、自分達の身体が病弱であったり、丈夫ではなかったことでずっと心配をかけながらも、気にかけてくれた我が子に、優しく微笑む。
「ありがとう…。僕も…父ちゃんと母ちゃんに、ちょっと気を遣い過ぎてたみたいだし、今度からは、なるべく遠慮しないで、もっとちゃんと話すよ」
この時、ズーケンはやっと、ちゃんと両親の顔を見ることが出来た。二人の穏やかな笑顔を見ていると、気持ちが楽になってくる。だが、まだ話さなければならないことがある。
「ただ…僕がいつから気を遣い過ぎるようになったのかは、今まで分からなかったけど…最近やっと分かったんだ」
これから伝えることを考えると、緊張と不安のあまりズーケンは再び視線を落とし、話し方もぎこちなくなってしまう。これから話す、何故心のどこかで両親に気を遣い続けてきたのか、その理由を口にするのには、かなりの勇気が必要だった。話そうとすれば、心がブレーキをかけているのを感じている。だが、伝えなければならない。今の自分を変えるには、自分達家族が幸せに生きる為には、向き合い、乗り越えなければならない問題があるのだ。それを伝えるのは、今しかない。
「多分…あの子…だと思う…」
「…」
ズーケンが、心のアクセルとブレーキを同時に踏みながら、やっとの思いで絞り出した言葉に、ズケンタロウとアティラは、揃って顔を見合わせる。二人の、思った通りだった。夫婦の心に、子供達への罪悪感が、自責の念が、徐々に重くのしかかる。
「実は、祖父ちゃんと夢の中で話したんだ。あの時僕は、母ちゃんの身体があんまり良くないことを知らずに、皆みたいに弟か妹がほしいってねだっちゃったから…母ちゃんが無理して、あんなことになっちゃったんだって思って…。それから、母ちゃんや父ちゃんのことを、もっと大切にしなきゃって、思ったんだ…」
「…」
息子もまた、自分達への強い後悔と自責の念によって苦しんでいた。分かっていたはずなのに、何もしてあげられなかったことへの後悔が、アティラの中で渦巻きつつあった。
「でも、祖父ちゃんは、それだけじゃないって言ってた。あの子は、確かに僕が望んだこともあったけど、元々父ちゃんと母ちゃんが、もう一人子供が欲しいって思ってたからだって。母ちゃんは、自分の身体のことも分かった上で、産むって決めたんだって言ってたけど…そうだったの…?」
「!」
いつも以上に、今までの中で最も、両親の顔色を伺いながら尋ねるズーケン。二人もまた、我が子の言葉に、夢の話に、二人はただただ驚くばかりだった。何もかも、息子の言う通りだったからだ。
「祖父ちゃんは言ってた。あの子のことは、誰も悪くないって。でも、僕も、父ちゃんも母ちゃんも、ずっと自分を責め続けてずっと苦しみ続けてきたから、あの子は悲しんでる、僕達と同じくらい苦しんでるって…」
「…!」
アティラは、涙が溢れ出す瞳をギュッとつむる。
「あの子がいなくなっちゃったのは、僕もとても辛かったよ…。でも、父ちゃんと母ちゃんは…僕よりもっと辛くて、悲しかったと思う…。けど…あの子は、僕達がずっと悲しんでるのは望んでいなくて…むしろ、生まれてこられなかったとしても、一緒に生きられなかったとしても、僕達の家族になろうとしてくれたんだから…そのことに、ありがとうって言うべきだって言ってた…。もう僕達の家族なんだからって…僕も、そう思ったんだ」
「!!!」
溢れて止まらない涙を拭いながら、我が子の話に耳を傾ける夫婦は、その言葉で、その思いで何年もの間胸に抱え続けてきたものが、氷が解けてなくなっていくように、だんだん消えていくのを感じた。
「そうだな…そうだよな…!確かに、ずっと謝ってばっかじゃ…あの子だって困っちゃうよな…!あの子だって…ズーケンと同じ様に俺達のことを親に選んでくれたんだから、俺達の子供に、家族になってくれたことに感謝して、もっとちゃんと生きないとな…!」
「それに、あたし達にはズーケンがいるんだから、あの子のことも思いながら、もっとズーケンともちゃんと向き合わなくちゃいけないよね…!気付かせてくれてありがとう…ズーケン…!」
自分達が踏み込めなかったことを、子供に口にさせてしまった。自分達の不甲斐なさと子供への罪悪感は少なからずあった。だが、その我が子の優しい心と、これから先の自分達家族のことを考えた、思いやりの言葉のおかげで、長い間夫婦を苦しめ続けてきた罪悪感や自責の念が、大量の涙とも流れていき、二人の心は優しさと温かさで満たされていった。
「ごめんよ…。俺達が、あの子のこととちゃんと向き合えていなかったばっかりに、お前にまで辛い思いをさせちゃて…!でも、お前が親父の言葉を伝えてくれたおかげで、ズーケンのおかげで、やっと前へ進める気がするよ…!」
両親が、涙を流している。だがそれは、あの時見た涙とは全くの別物であり、その姿を見て感じることも正反対であった。ズーケンは、今の両親の姿を見ていると、その両親と同じように長年抱え続けてきたものから、やっと解放されたような、心が軽くなっていく感覚を感じた。
「けど、僕のおかげじゃないんだ。祖父ちゃんがそう言ってくれたから、僕も救われたし、伝えてほしいって頼まれたから、父ちゃんと母ちゃんに伝えられたんだよ…」
「なら、お祖父ちゃんにも感謝しないとね…!そのお祖父ちゃんの言葉を伝えてくれたズ―ケンにも…ありがとね…!あたしもお父さんも幸せだよ…!こんなに、あたし達の幸せを願ってくれる子供達に恵まれたんだもの…!」
ズーケンは、両親の心を救えた喜びに満ちながらも、それはあくまでも祖父の力だと考えていた。だが、アティラ達にしてみれば、たとえ義父の言葉だったとしても、息子の気持ちがその言葉通りなら、過去の事で苦しむ自分達の為に伝えてくれた、息子の言葉でもあったのだ。彼女は、義父が笑う遺影と、その隣にある小さな骨壺にふと目をやる。こんなにも彼らが遺したものを、流れる涙と同じくらい溢れる感謝の思いで見るのは、初めてだった。特に、もう一人の我が子には、丈夫な子供に産めなかったことに対する懺悔や、身体の弱い自分が命を授かってしまったことへの罪悪感でいっぱいだった。だが、今はそれを上回る程、家族になってくれたことへの感謝の気持ちで満たされていた。これからは、骨壺にもちゃんと目を向けられそうだ。
「ねぇズーケン…その夢に、お祖父ちゃんだけじゃなくて、あの子も…いたの?」
「!」
姿をはっきり見たわけではない。答えに迷うズーケン。だが、あれは間違いなく、あの子だった。ズーケンの、弟だったのだ。
「…いたよ。自分の分まで、僕に、父ちゃんや母ちゃんに幸せになってほしいって…僕を、送り出してくれたんだ…」
「そう…そうなのね…!」
母が嬉し涙を流す様を見ていると、ズーケンは、伝えて良かったと心から安心出来た。きっと、弟も喜んでくれているような気がした。そんな彼の為に、己が出来ることは一つだった。
「だから僕、生きなくちゃ。生きて生きて、あの子の分まで、幸せにならなくちゃ。父ちゃんと母ちゃんが、僕が生きているだけで幸せでいられるなら、父ちゃんや母ちゃんが生きている間は、絶対に生きて、ずっと幸せにしてあげたいんだ…。そしたらきっと、あの子も幸せでいられると思うし、父ちゃんと母ちゃんが幸せな方が僕も幸せだから、僕なりの幸せを掴んで父ちゃんと母ちゃんの幸せも、僕の幸せも…守ってみせるよ」
亡くなった家族に、今いる家族や周囲の人達に、そして何より己に誓ったズーケンは、今までよりも力強い、生きる力に満ち溢れていた。また、彼の誓いは、ズケンタロウとアティラにずっと流れっぱなしの涙を、我が子が知らぬ間に大きく成長したことへの嬉しさを、さらに溢れさせた。二人は、成長した我が子を強く抱き締める。
「ズーケン…!俺が入院している間に、少し離れている内に大きくなったな…!きっと、俺達のことが心配だったから、助けようとしてくれて、親父はズーケンの夢に出てきたんだろうな。あの子にも親父にも心配かけちゃってたと思うから、ズーケンに、あの子のことを伝えてくれたんだと思う。親父にも、感謝しないとな…」
「そうね…。あの人のおかげで、あたし達もズーケンも、やっとあの子のことを受け入れられたし、あたし達皆、救われたわね」
家族を喪った悲しみに暮れ、苦しみに続けてきた自分達を、夢にまで出て助けようとしてくれた亡き父に思いを馳せるズケンタロウ。その形見である刃を失った短剣が、自分達家族だけでなく、同じ星に生きる人々全員を救っていたことは、知る由もない。だが、もう一つの意味ではラーケンが遺したものが、息子家族を救ったのは間違いない。
「それじゃあ、親父とあの子に手を合わせよっか。今回は親父にもすごく助けられたし、あの子が…俺達を家族に選んで、生まれようと、俺達と一緒に生きようとしてくれたことにやっと気づけたし、随分遅くなっちゃったけど、ちゃんとお礼を言おうよ」
「そうね…。こうしてズーケンとも、あの子とも向き合うきっかけをくれたんだものね…。それに、あの人が生きていてくれたおかげで、ズーケンやあの子にも会えたもの…お祖父ちゃんにも、あの子にもお礼を言わなきゃね」
一家は、自分達に命を繋ぎ、新たな命として生まれてきてくれた家族に感謝すべく、仏壇の前で横一列に座る。二人の間に座るズーケンは、両親と共に感謝の気持ちを込めて手を合わせ、両親と同じ様に真っ赤になった瞳を閉じる。
(祖父ちゃん…ありがとう…。祖父ちゃん達のおかげで、僕は、大切なことが分かった気がするよ。僕は、もっとこの世界で生きて、もっと皆の為に、何より自分の為に生きていくよ。それが祖父ちゃんやあの子、父ちゃん母ちゃん、友達の皆や周りの人達の為になるんだよね。僕がいつか、祖父ちゃん達のところに行く時は、皆をいっぱい幸せにして、僕もいっぱい幸せになってからにするから…これからも、見守ってて)
ズーケンは閉じた瞼から涙をこぼしながら亡き祖父に、そして、弟に伝える.。
(君の為にも、僕は幸せになるよ。僕の大切な人達と一緒に…それが、君の為に僕が出来ることだから…。心配かけちゃう時もあると思うけど、色んな人達に助けてもらいながら、たまには僕も力になったりして、ちゃんと生きてみせるよ。僕達は、絶対に生きることからは逃げたりしないから、安心して見守っててね。それから…僕達の家族に、僕の弟になってくれてありがとう。君がいてくれたから、僕はお兄ちゃんになれたんだ。僕はずっと、君のお兄ちゃんとして、生きていくよ。一緒にいられなくても、僕達はずっと…兄弟だからね)
亡き弟の為に、兄は、どんなことがあろうと、最期まで己の人生を生き抜くことを誓った。そして、涙が流れ切った瞳を開け、小さな壺を見つめる。あれ程まともに目を向けられなかったが、今では、見え方も感じ方もすっかり変わっていた。
(それと…君の為に、もう一つ出来そうなことが、あるような気がするんだ)
ズーケンは、左右にいる両親に、交互に目をやる。それがなんなのかは、閉じた瞼から涙が流れ続けている両親が、亡き家族達に伝えたいことを全て伝え終えてから、話すことにした。