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ダイ13時代 サイダイノアイ

辺り一面真っ暗闇の中、ズーケンはうつ伏せに倒れている。それは、つい先程までのキョダイナソーの姿ではなく、いつものズーケンの姿である。ついさっきまで、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かなかったズーケンは、ゆっくりと目を開ける。

(ここは…どこだ…?)

瞳を開いても閉じても真っ暗な世界に戸惑うズーケン。時間が経つにつれ、少しずつ意識がはっきりしてくると、少なくとも、先程までの地獄のような現実ではないことだけは理解出来た。

(僕は…死んじゃったのかなぁ…)

ズーケンは、立ち上がる気にもなれなかった。身体はどこも悪くないはずだが、今まで生きてきた史上最も身体がだるく、重く感じていた。9年という、人生のまだまだ序盤の中で、あれ程怒り、泣き、その感情のままに暴れ尽くしたのは、彼にとって初めてのことだった。その心は最早、とうの昔に疲れ果てていたのだ。

(まあ…いっか…すごい疲れちゃったし…なんだか眠くなってきちゃったし…もう…なんだっていいや…)

やっとの思いでバウソーを救ったものの、マニヨウジに心身共にズタボロにされ、キョダイノガエリを起こした挙句の果てに、マニヨウジを倒すことも友を守ることも出来なかった。何もかも嫌気がさし、自暴自棄に陥ったズーケンに、激しい眠気が襲いかかる。いっそ、このまま死んでしまった方が楽かもしれない…。彼が静かに瞼を閉じようとした、その時だった。

(…?)

狭まっていく視界に、こちらに向かってくる白い光が入る。

(…ホタルイカにしちゃでかいなぁ)

どちらかというと、人魂に近いそれは、ズーケンの目の前でピタリと止まる。一応、ズーケン達の星にも、ホタルイカのような種は存在している。

(…ま、いっか)

少々気になったが、ズーケンは構わずゆっくり瞼を閉じた。その瞬間、再び闇に染まった視界が、一瞬で、眩しい程真っ白に塗りつぶされた。

「あああああああや⁉」

何事かと気が動転したズーケンは、思わず飛び上がる。

「一体どうしたんだ…?」

太陽だったら失明してる。なんとなくそんなことを考えながら、ズーケンは光を見つめる。

「ズーケン…」

すると今度は、聞き覚えのある声が響く。光の傍にそっと現れたのは、瞼を閉じ、夢の世界に赴く度に会えた、今となっては夢の世界でないと会えない人物であった。

「ラ―ケン祖父ちゃん…」

パッと現れて早々、ラ―ケンは深く頭を下げる。

「ごめん…本当にごめん…!本当は、俺がなんとかしなくちゃいけなかったのに…まだ子供のお前に、こんなに重すぎる使命を背負わせちまって…」

「そんなそんな!」

ラーケンは、使命を果たす前に世を去ったことに強い罪悪感を感じ、自身を不甲斐なく思い、悔やんでいた。様々な事情が重なり、やむを得ずとはいえ、孫であるズーケンに使命を託した結果、マニヨウジによって友人達と共に身も心も痛めつけられ、傷つけられ、命の危機に瀕している。

息子が病に倒れた以上、孫であるズーケンに託す他なかったとはいえ、まだ10にも満たない孫に、親友と少女、そして大勢の人々の命を背負わせてしまったことで、今、ズーケンは生死の境を彷徨っている。そのことを知る由もないズーケンは、反射的に頭を下げっぱなしの祖父にその顔を上げさせる。

「本当はズケンタロウに頼まなきゃいけなかったんだけど…あいつ今、あんなんだしな…。だから、お前に頼るしかなかったんだ…。とはいえ、結局お前にこんなにも辛い思いをさせちまった…何度謝っても、とても足りないよ…」

「…」

マニヨウジに唯一対抗できるダイナ装備ティラノズ剣は、血縁者である息子ズケンタロウと孫ズーケンのみがその力を発揮出来る。最初は、息子であるズケンタロウに使命を託そうとしたものの、彼は持病を患っている上、元々身体も弱く、すぐ無理をしてしまいがちなこともあり、息子の夢に何度も現れては身体を労わるよう忠告したが、近い内に悪化することは避けられなかった。そのこともあり、マニヨウジの事は、言い出せなかった。もし話せば、病に侵されたその身体を引きずってでも、マニヨウジと戦おうとするだろう。無論、その状態ではマニヨウジに勝つことは勿論、バウソーを救うことも出来ず、命を落としていた可能性が高い。

「本当は…もうこれ以上お前には傷ついてほしくないし、無理だってさせたくない。けど…こればっかりは、お前じゃないと出来ないことなんだ。頼む…。もう一度、マニヨウジと戦ってくれないか?」

「…!」

ズーケンは、心のどこかでそう言われるような気がしていた。ラーケンも本心では、ただでさえ身も心もボロボロに傷ついた孫を、これ以上巻き込みたくはなかった。だが、最早その孫であるズーケンでないと、マニヨウジを倒すことも、バウソーやアンゾウ、友人達を含めた大勢の人達を救うことは出来ないのだ。今となっては孫に全てを託すしかないラ―ケン。もし自分が生きてさえいれば…そんな悔しい思いを呑み込み、頭を下げ、頼み込む。

「一人で戦えなんて言わない…いや、お前一人じゃ勝てない。今度こそ皆で力を合わせて、あいつを倒すんだ。今、お前が戻らなかったら、もう誰もマニヨウジを止められなくなる…。そうなったら、お前の友達や家族、大勢の人々がここを通り越したところへ行って、二度と戻ってこられなくなるんだ。そんなの、嫌だろ?」

「…」

祖父の言う通り、自分がいなければマニヨウジを倒すことは出来ず、友人達は勿論、大勢の人々が犠牲になることも、十分過ぎる程分かっていた。そして、ここを通り越したところとはどこなのか、そもそもここがどこなのか、今自分がどのような状況に置かれているのか、なんとなく察しがついた。しかし、あの地獄のような現実になど、とても戻る気にはなれなかった。

「そうだよな…。そりゃ怖いよな…。あんなバケモンと戦えなんて、普通無理だよな…。俺だってそうだよ。けど、怖いのは、それだけか?」

「…!」

ズーケンは、祖父には、何もかも見透かされているような気がした。

「他にも、何か怖いものとか、恐れているものがあるんじゃないのか?詳しく話してみろよ。ほら」

「や…」

事情を話すよう言われるも、ズーケンは言葉に詰まってしまう。あることにはあるのだが、いきなり尋ねられると猶更上手く話せない。

「どうした?死んだ祖父ちゃんにも言えないことなのか?それとも、お前には怖いものなんて、ないのか?」

「…」

ラ―ケンには、ズーケンが何を恐れ、何故それを話さないのかがよく分かっていた。だが、それを敢えてズーケンから口にさせる為、尋ねた。今後は、自分の口から話すことが必要になってくると考えたからだ。しかし、今はまだ難しいようだ。

「…当てていいか?お前は…人を傷つけるのが、怖いんだよな」

「…!」

ズーケンは今まで、自身の暗い気持ちや言い辛い本音は、なるべく隠すように生きてきた。それらを話すことによって、相手に心配をかけたり、気を損ねてしまったり、何より傷つけてしまうことを恐れていたからだ。だがこの時、生まれて初めて、その気持ちを言い当てられた。ズーケンは驚くと同時に、心が少し軽くなったのを感じた。

「多分…あれ以来だよな。お前は、自分の気持ちを話すことに、誰かを傷つけることに敏感になっちまった…。まあ流石に、あれは無理して話す必要はないし、簡単には話せないよな。ただな、人を傷つけることが怖いってのは、どうして言わなかったんだ?まあ、急に聞かれたから戸惑ったってのもあるだろうけど、普段からそんな感じだよな。どうしたんだよ?」

「…」

ズーケンは俯き、祖父から視線を逸らす。ラ―ケンは、頭を掻きながら溜息をついた。

「誰にも心配かけたくない…だろ?」

「…」

否定せず、黙ったままであったことが、答えだった。

「お前は、優しい奴だよ。人一倍、人の気持ちや痛みが分かるし、その心に寄り添って、温かい言葉をかけることだって出来る。そんなお前に救われた奴だって多い。先生だって言ってただろ?」

「やや…はぁ…」

どうやらあの時も、自分の傍にいたらしい。あの時だけではない。きっと、ずっと傍で見守ってくれていたのだろう。ズーケンは、いつもなら褒められると、とにかく照れてしまうのだが、今回は祖父が自身を理解し、その傍にいてくれたことへの嬉しさのが勝っていた。

「現に、バウソーのことも救ってくれただろ?それはな、お前だから出来たことなんだよ。ズケンタロウも優しいけど、人の気持ちを理解したり、寄り添ったり、優しい言葉をかけるのは、お前の方が得意なんだ。あん時はお前に託すしかなかったし、そのせいでお前に死ぬ程苦しい思いをさせちまったけど…それでも、お前だからバウソーを救えたんだ。俺は、そう思ってる」

「祖父ちゃん…」

先程まで、感謝と罪悪感が入り混じった複雑な表情をしていた祖父から、優しく微笑みかけられ、感謝されたことに喜びを感じるズーケン。祖父の言う通り、マニヨウジと戦いは、今まで感じたことのない恐怖と苦しみの連続であり、初めてにして激しい程の怒りと憎悪を抱いた末、今は死の淵に立たされている。だが、バウソーを助け出せた時は、心の底から喜びと安心感が湧き上がり、温かい思いで満たされた。しかし、このままではやっとの思いで助け出したバウソーも、大切な友人達と共に今度こそマニヨウジによって殺されてしまう。血怨城を生む為に人質となって取り込まれた少女も、人々も、無事では済まないだろう。それが、ズーケンには嫌でも分かっていた。このままでは、誰も助からないのだ。

「ただ、どうせ託すことになるんだったら、お前がもっと大きくなってからの方が良かったよ。ただでさえ、年不相応な真似しちまってるしさ」

「年不相応…」

年不相応とは、マニヨウジとの戦いのことだけを指しているわけではない。ここまでの流れから、ズーケンにはそれが分かる気がした。

「お前はさ、親や友達に気を遣い過ぎなんだよ。相手の気持ちを考えられる分、お前は家でも外でも、常に誰かのことを気にし過ぎちまってる。それに、お前は人より優しい分、人よりちょっと傷つきやすいんだ。気付いてたか?」

「や、や…?」

思い返してみれば、思い当たる節が多かった。自分でも何故、周りの言動のこと等些細なことで引っかかったり、モヤモヤを抱えてしまうのか、ずっと分からなかった。どうもそっちの方が思い出せるらしい。因みに、ズーケンを悩ませる言動の持ち主は、言うまでもない。

「それと、お前は自分よりも相手を優先させる気持ちと、責任感が人よりもちょっと強い。それがお前のいいところでもあり、それが却ってお前を苦しめちまってるんだ。それに、人のことを優先させる分、自分の気持ちや本音を抑え込む癖がついちまってる。正直、しんどいだろ?」

ラ―ケンは死しても尚、ズーケンが生まれた時から、姿は見えなくともその傍らで見守ってきたことから、ズーケンの長所も短所も、短所とどう向き合うべきかをよく理解していたのだ。

「これからお前には、周りのことばっか気にして、後回しにして抑えてきた自分の気持ちと、本当のお前を知って、向き合ってもらう。なにせお前には、これから皆の元へ戻って、俺の代わりにマニヨウジと戦って勝って、もっともっと生きて、もっともっと幸せになってもらわなきゃならないからな。それに、お前の専門家はお前だけだからな。よ~く知っとけ」

「は、はあ…」

ラーケンは、マニヨウジが待ち受ける現実がどれだけ恐ろしくとも、ズーケンにはその現実に戻って、この先も、何が何でも生きて欲しいと願いを、どこかで聞いたような言い回しと共に伝える。また、それはマニヨウジを倒し、バウソーや大勢の人達を救う為だけでなく、その後に続くであろう彼の人生のことを思った、祖父としての願いでもあった。

「なぁズーケン…。あの子のことは…お前のせいじゃないぞ」

「…!」

何故ズーケンが自分を抑え込み、時には苦しみながらも周りに気を遣うようになってしまったのか。そのきっかけとなった出来事は、彼にとって、彼の両親にとって、今でも彼らを苦しめ、一人で抱えるには重過ぎる程の自責の念に駆らせるものだった。

「ああなっちまったのは…本当に辛いことだけど、誰のせいでもない。あいつらでも、お前のせいでもない。誰も責められることはないし、誰も責める資格なんてないんだよ」

「…」

今の疲弊しきった精神状態で現世に戻っても、あの地獄のような現実に打ち勝つことは出来ない。たとえ勝てたとしても、また周りを気にしながら気遣い、己の気持ちも本音も抑えながら、あの子のことで自分を責め続けながら、この先も生きていくのだろう。かつての自分のように。それがどれだけ己を苦しめることになるのか、バウソーやマニヨウジのことだけでなく、当時抱えていたいくつもの悩み事も、相手を気遣うあまり話すことも出来ず、一人悩み、苦しんできた彼には、それが痛い程分かっていた。だからこそ、それだけは何としても止めたかったのだ。その為には、長年彼の心に重くのしかかり、苦しめ続けてきた出来事から、彼を解放する必要があった。

「お前は…傷つけちまったって思ったんだよな。親を…弟を。だから、自分を責めた。自分のせいであんなことになっちまったって…。だからお前は、守ろうとしたんだよな。自分の父ちゃんと母ちゃんを、自分の気持ちで、言葉で、もうこれ以上傷つけない為に。友達も、そうなんだよな。それに元々あいつら、身体そんなに丈夫じゃなかったしな。だから二人に無理させないように、あいつらのことを気遣ってんだろ?本当は、もっと友達と遊びたいのに、その友達にも気を遣い過ぎて、疲れちまってるのに。それでも、今までよく頑張ったよ。お前は十分、親孝行したよ。けど、もうその辺にしとけ」

「…!」

ラーケンが最後に見せた笑みは、どこか哀しみを帯びていながらも、とても優しかった。そして、祖父に強くも優しく抱き締められたズーケンは、涙が溢れ、止まらなかった。今まで心の中にあり続けた後悔、自責の念、罪悪感、その全てから解放され、心が軽くなっていくのを感じていた。

「お前が、親思いの優しい子に育ってくれてるんだから、あいつらは嬉しいだろうな。でも、違うんだ。あいつらはお前に、自分の気持ちを抑えてまで、無理してまで気を遣ってほしいなんて、これっぽっちも思ってないんだ。むしろ、お前には無理してほしくないし、変に気を遣わせたくないって思ってる。お前と一緒なんだよ」

戦時中に生まれたラ―ケンは、家からも学校からも、己を顧みず、他者を助ける自己犠牲が美徳であることを教えられ、育った。元々彼自身も、周りを思いやる気持ちが強かったこともあり、自分よりも他人を優先させることが多かった。その生涯を振り返り、学んだことを、反省したことを孫に伝えようとしていた。

「でも…父ちゃんと母ちゃん、無理してるし…僕が二人の為に頑張ったら、嬉しいんだよね…?」

「ああ。そりゃ嬉しいさ。でもな、お前が無理してるんだったら、ありがたくねぇよ。むしろ、心配になっちまうよ。二人はお前に、もっと伸び伸びしてほしいって思ってるんだよ。なのに、親孝行が早すぎるんだよ、お前は」

「…」

第二子の死をきっかけに、ズーケンは両親の顔色や体調を気にするようになった。だがそれは、両親からしてみれば、無理をしている自分の為に子供が無理をすることであり、決してまだ幼い我が子に望むことではなかった。

「親が子供の為に無理したり、心配かけたくないって思うのは、普通のことなんだよ。そりゃ大変なことだっていくらでもあるさ。でもな、それでも頑張れるんだよ。お前がいてくれるから。お前が元気でいてくれるから。何より、お前が大好きだから。お前の力になりたい、幸せになってほしいって、心の底から思ってるから」

「!!」

ラ―ケンは、かつて経た父親の経験を元に、父親となった我が子とその妻、そして自身の思いを伝えていく。

「今は、ズケンタロウが入院しちまって、母ちゃん一人で頑張ってる状態だけど、いつものあいつらは、仕事もお前のことも、どっちかだけが頑張るんじゃなくて、二人で一緒に頑張るんだよ。もしどっちかが忙しくなったり余裕がなくなったりして、上手く頑張れなくなったら、余裕のある方がカバーする。どっちもダメな時は、違う誰かに頼るんだよ。今回でいう、ケイティみたいな頼れる奴にさ。そうやって色んな人達と支え合って、上手くやってるんだ。だから、あいつらのことは、心配すんな。大丈夫だから。何かあっても、ケイティとか、色んな人があいつらのことを助けてくれるからさ。何より、お前がいてくれるだけで、それだけ救いになるんだから。ずっとあいつらのことを見てきた俺が言うんだ。信じてくれよ」

ズケンタロウ夫妻も、ラーケン夫妻も、互いにギリギリな時や、自身の気を遣い過ぎる性格故、誰にも頼れず、誰を頼ればいいのか分からない時が何度もあった。それでも何故頑張れたのか。何故ここまで生きてこられたのか。その理由はただ一つ。子供への愛。それだけだった。

「親が自分の為に無理してるんじゃないかって思って、自分なりに気を遣えるお前は偉いし、優しいけど、その為にお前まで無理しちまったら、お前が苦しくなっちまうだろ。そういうのはさ、お前がもっと大きくなって、もっと心に余裕が出来た時で、いいんじゃないのか?」

「…」

かつてラ―ケンも、困っている誰かを助けたい一心で悩みを聞き、相談に乗り、時には間に入ることもあった。だが、自身の都合や体調を顧みないことも多く、問題が解決しても精神的に疲弊してしまったり、体調を崩してしまい、周りに心配をかけてしまうことも多かった。それを何度も繰り返したことで、精神的にも肉体的にも負荷をかけすぎてしまい、ティラノズ剣を生む際、すり減らした寿命をさらに縮めることになってしまったとも考えていた。だが、後悔はしていない。

「でも…今、自分に出来ることがあるなら、それをしたいんだろ?」

「…うん」

少なくとも、子供である内は、もっと親に甘えて頼ればいい。ラ―ケンは、自身の思いを伝えたものの、ズーケンの意思は、分かっていた。ズーケンもまた、ラ―ケンの教えを理解した上で、それでも両親の力になりたいと考えていた。

「それならあるぜ、一つ」

「それは?」

親が子供に望むこと。それはただ一つ。

「お前が、元気でいることだよ。お前さえ元気なら、あいつらはそれだけで安心するし、元気にだってなれる。お前の元気が、あいつらを元気にさせるんだ。そのお前が元気になるには、まずお前が今まで抱えてきたものを、父ちゃんと母ちゃんを守りたいと思って、胸の奥にしまい込み続けてきたものを全部出す必要がある。もう、分かるだろ?」

「…」

だが、その重荷を下すことによって、また両親を傷つけてしまうのではないか、また、あの涙を見ることになってしまうのではないか…。そう思うと、不安でしかなかった。

「大丈夫だって。確かにあのことで皆、とても辛い思いをしたし、悲しい思いもした。どれだけ時間が経っても癒えない傷だって負った。現に、今もあいつらは、特にお前の母ちゃんは、ずっと苦しんでる。ちゃんと産んでやれなかった、もっと自分の身体が丈夫なら、あの子を死なせずに済んだ。お前が望んでいた弟を、死なせてしまった…それで、お前を傷つけちまったってな」

「…!」

自身が抱えていたように、母もまた、あの子のことで、そして自分のことで長年苦しんできたのだ。それを知ったズーケンは、胸が引き裂かれそうな思いと罪悪感と共に、いつの間にか引いていた涙が、再び溢れ出した。

「それに、自分達が弱いところを見せたことで、余計お前を傷つけて、苦しい思いをさせちまったと思ってる。確かに、あの子が無事に産まれてこれるかどうかは、俺にも分からなかったし、あの子自身にも分からなかった。、それでもあの子は、お前らの家族として生まれたいって思って、お前らを家族に選んだんだよ。お前の父ちゃん母ちゃんの子供として、お前の弟としてさ」

「…⁉」

ズーケンは一瞬、ラーケンの言葉の意味が理解出来なかった。だが、すぐに分かった。その通りかもしれない。しかし、母なら選んでくれたのなら、猶更ちゃんと産んであげれば良かった。そう思い、また苦しんでしまうのではないか。そんなズーケンの心中は、ラ―ケンにもよく分かっていた。

「そりゃ、無事に生まれてこられるのが一番だったさ。けど、誰もが無事に生まれてこられるわけじゃない。中には、あの子のようなことになる場合だってある。そもそも、授からない人だっている。だからこそ、お前の父ちゃんと母ちゃんにとってお前を授かったこと自体は奇跡だし、無事に生まれてきて、今父ちゃん母ちゃんの子供として生きてるお前は、奇跡の存在なんだよ。それに、あの子がお前達に与えてくれたのは、辛い思い出だけだったか?今は、辛い思い出としての方が強いかもしれないけど…あの子がいた頃は、幸せだったんじゃないのか?」

「!」

この時、ズーケンは思い出した。あの子を授かってから、自分達家族は、生まれてくることをどれだけ待ち侘びていたのか。父も、母も、そしてズーケン自身も、新しい家族と共に生きるのが楽しみだった。間違いなく、幸せだった。しかし、幸せだったからこそ、一家に起きた不幸は、より大きなものになってしまったのだ。

「あの子だって、同じなんだよ。短い間だったけど、お前らの家族になれて、ズケンタロウ達の子供になれて、お前の弟になれて、幸せだったんだよ」

「…!」

ラ―ケンがそう言った瞬間、彼の隣にいる光がほのかに輝き、ズーケンの顔を照らした。

「今、一番あいつらを苦しめてるのは、自分達のせいであの子を死なせて、お前を傷つけちまったっていう、自分達を責める気持ちだ。そんな気持ちからあいつらを救ってやれるのは、お前だけだ。お前が父ちゃんと母ちゃんの力になりたいって、助けてあげたいって思ってるんだったら、まずそれを伝えてやればいい。あの子は、父ちゃんと母ちゃんのことを責めてなんかない、僕達の家族になりたい、僕達を幸せにしたいって思って、選んできてくれたんだって。お前の口からそれが出れば、お前がもっと肩と心の力を抜けば、あいつらもお前も救われるし、もっと楽に、楽しく生きられるさ」

ラーケンの助言に賛同するかのように、光はまた、優しく輝いた。それは、温かさを感じる光だった。

「…分かった。やってみるよ」

出来るかどうかは、まだ分からなかった。あの子の話をして、また両親を傷つけてしまうのではないか。迷いも不安もあったが、両親を救えるのは、自分しかいない。祖父からそう言われると、やるしかない。ただ、僕ならやれる。そう思えた。

「よし!えらいぞ!」

「やややや…」

孫の決意に、ラ―ケンは嬉しそうにその頭をわしゃわしゃ撫でる。しかし、孫の表情からすぐにあ、と察する。

「わりぃわりぃ、お前こういうの苦手だったな。そういうのも、ちゃんと言えるようになれよ。たまには自分の気持ちをはっきり言うことも大事だぞ」

「やや…」

少々難題を課せられた。だが、それも伝えるべきことだろう。

「あとそれから、大切な人を助けることは勿論大事だけど、その前にまず自分を助けることだって、同じくらい大事なんだよ。お前がキョダイノガエリしたのは、死にかけの状態でマニヨウジにブチ切れたからなんだけど、元々お前の心が弱ってたのもあるんだ。元々責任感も強いし、周りに気を遣い過ぎて一人で抱え込んじまうところもあるし、無理が祟ってたんだよ。心が弱っていると、感情のコントロ―ルも難しくなる。それにお前は、あんまり人に怒ったことがないから、怒りのコントロールの仕方が分からなかったんだ。だから、全部終わったら自分に合った怒りのコントロール法を見つけてこい。じゃないとまた…皆の前で大暴れしちまうぞ~」

「ややや…」

祖父は両手を上に広げ冗談半分に言うが、正直またああなったら洒落にならない。発見が急がれる。

「まあ、知ってても…あれは仕方ねぇよ。誰だって、ああなったっておかしくないさ。むしろ、お前があん時ブチギレてなかったら、今頃皆助からなかったさ。お前は、皆を救ったんだよ。お前を助けに来たケイティも、お前がいたから助かったんだ。お前にまた、俺の友達を助けてもらったな。ありがとう」

「ややぁ…へ?」

礼を言われたので反射的に頷くズーケン。だが、祖父の友人は、バウソーしか知らない。顔をしかめる孫とは対照的に、ラーケンは、あ、と目と口をパッと開く。

「そういや言ってなかったな。ケイティは、俺の小学校の頃の友達なんだ。勿論バウソーもな。俺達は昔よく3人で遊んでたんだよ」

「あやや!!」

ここにきて、他の友人達とは遅れて衝撃の事実を知ったズーケン。ラ―ケンは、孫の大口開けたリアクションを愉快そうに笑った。

「もしまた無理しそうになったら、ちゃんと誰かに頼って助けてもらえ。それで、助けてもらったら、今度はお前がそいつを助けてやればいい。無理しないことも大事だけど、無理させないことも大事なんだ。お前の心に、余裕がある時でいい。勿論、余裕がないときは、他の誰かに頼めばいい。お前まで必要以上に無理することはないさ」

誰かの為に自身を顧みないのではなく、誰かを助ける為に己を顧み、時には他の誰かに頼る。自身の反省であり、息子への教訓でもあった。

「まあ、無理せざるを得ない時もあると思うけどさ、無理した時は、無理した自分をちゃんと褒めたり、労わってやるといい。頑張った後とか、頑張ってる最中のケアも大事なんだ。あと、どうすれば無理しなくて済むかとか、どうすれば負担を最小限に出来るかとかも、それもちゃんと見つけとけよ」

「ははぁ」

どうも祖父からは学ぶことと、出される課題が多い。しかし、どれも大事な事ばかりだ。一つ一つ向き合い、少しずつ覚えていく必要がある。その為にまず、聞きたいことがあった。

「そもそも、余裕ってどうやって作ったらいいの?」

「そうだなぁ…。人にもよるし、さっきと同じように自分で見つけるもんだけど、お前の場合は、良く寝て良く食って良く遊ぶ。まずは、これだな」

いつもの自分がやっている、生きていく上での基本中の基本のようなことだが、ズーケンにはどこか、鉄則のように感じた。

「あと、周りに必要以上に気を遣わないことだな。周りのことを考えられるのはお前の良いとこだけど、自分が疲れるぐらい周りに気を遣ったり合わせることも、我慢してまで苦手な奴と付き合う必要はないさ。これからは人の気持ちだけじゃなくて、自分の気持ちにも、ちゃんと目をむけろ。変に自分の気持ちを抑えたら、心に良くないしさ。ちゃんと言いたいことは、なるべく言っとけ。まあ何でもかんでも言やぁいいってもんじゃねぇけど、何でもかんでも抑えんのも違うしさ。そのさじ加減は、失敗してもいいから、ちょっとずつ学んでけ」

「うん…」

本当は、まだまだ色々教えたいことがあるラ―ケンだったが、流石に長くなりそうなので、孫の話に耳を傾けることにした。

「あと、他になんか心配なことは、あるか?」

「…」

何もかもお見通しのラ―ケンだったが、おおよそ見当はつくが、敢えてズーケンに問いた。

「…友達のことが」

やや小さめな声で視線を逸らしながら打ち明かすズーケン。ラ―ケンは、うんうんと頷く。

「だろうな。そう言うだろうと思ったよ。で、何が心配なんだ?」

ズーケンが生まれてから、今日まで見守り続けてきたラ―ケン。その彼には聞くまでもなかったが、引き続き孫の自己主張の訓練兼ねて尋ねる。

「僕は…皆のこと守れなかった…。あんなところを見せちゃって…怖がらせちゃったし…。もしマニヨウジに勝てても、皆僕のことを怖がって…僕は、一人になっちゃうかもしれないって…」

「そうでもないぜ」

「え…」

ズーケンの孤立への不安は、全てを知っているラ―ケンからしてみれば、すぐにでも吹き飛ばせるものだった。

「見せてやってくれ」

ラ―ケンが頼むと、ここまでずっと黙って見守っていた光は、暗闇の中で映写機のように光の画面を映し出す。

「!」

そこには、巨大で、ボロボロな姿で横たわる自身の姿、その周囲に、大粒の涙を流しながら自身の名を泣き叫ぶ友人達がいる。驚くのも束の間、光の映像から、声が聞こえてくる。

「ズーケン…お願いだから死なないで…!僕、君と一緒にいる時が、一番楽だし、楽しいし、何より安心するんだ…。他の皆と一緒にいる時も楽しいけど、心が楽になるのは、君なんだよ…。僕も…君みたいに、君にとって楽しくて楽な存在になれるかな…?僕と一緒にいたら、安心出来るかな…。もし…僕がなれなくても、ズーケンにとって、そんな人がいれば、その人と一緒にいてくれればいいから…戻ってきてよ…!」

「なぁ…お前が帰ってこなかったら、俺達すげぇ辛いし悲しいよ…!けど、お前の父ちゃんと母ちゃんはもっと悲しんじまうよ…!それにな、俺の妹だってお前がいなくなったらさ、すげぇ寂しがるし、またお前に会いたいって言ってるんだよ…。お前、俺よりあいつに優しいしさ…。俺は、お前みたいに気の利いたことは言えねぇし、お前程色々考えられねぇから、話聞くぐらいしか出来ねぇけど…それでも、俺に話してお前が楽になるなら、言ってくれ。お前は変に気ぃ遣うかもしれねぇけど、俺はお前程考えられねぇし感じねぇ分、何聞かされても大丈夫だからさ、遠慮すんなよ。だから…何も言わなねぇで死ぬのだけは…やめてくれよ…!」

「ズーケン…お願いだよ…戻ってきて…!僕…やっと気づいたんだ…。僕が、ヘスペローやペティ、それに皆と友達になれたのは、君がいてくれたから…君が、皆と友達になってくれたからなんだって…!僕一人じゃ、誰とも友達になれなかったんだよ…。僕は、いつも余計なことばっかり言うし、言い方も悪いし、それに…誰よりもわがままなやつなんだ…!そんな奴、僕だって友達になりたくないし…正直、イヤだったよね…。でも…君は、それでも僕と友達になってくれた…僕にとって初めての友達になってくれたんだ…。わがままな僕に、君はいつも優しくしてくれたし、僕を、一人にしないでくれたんだ…!」

ヘスペロー。ペティ。レーガリン。ズーケンの友であり、今まで彼の存在に救われてきた3人は、目の前で親友を喪うかもしれない現実を前に、それぞれの思いを泣き叫ぶ。特に、レーガリンは動かないズーケンの身体を何度も叩きながら、誰よりも泣きじゃくっていた。

「でも、君がいなくなったら…僕は、きっとまた一人になっちゃうよ…。こんな僕と、誰も友達になってくれないし、誰も友達でいてくれないよ…!僕、もっと優しくなるから…君が優しくしてくれた分、君に優しくなれるよう…頑張るから…僕に、チャンスをちょうだい…!君にとって優しい友達になれるよう、一緒にいて、心から楽しいって思えるような友達になれるよう、頑張るから…!いやだよ…このままいなくなっちゃうなんて…もう会えないなんて…そんなのイヤなんだよぉ!!!だから…帰ってきてよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

ケルベロ三兄弟も、ダイナ装備達も、バウソーも、ズーケンの名を叫んでいた。ケイティもまた、声を振り絞り、彼の名を泣き叫び続けていた。

「みんな…!!!」

ズーケンは、いつの間にか友人達と同じ様に、生きてきた中で最も大粒の涙を流し、最も大きな声で泣き叫んでいた。

「皆、良い奴ばっかじゃないか。特に一番泣いてるあいつ。お前、本当はしんどい時あっただろ?物言い悪いしさ。親父譲りというか、祖父さん譲りというか…変なとこ似たよな」

レーガリンの祖父であり、ラーケンとは親友であったある親友の面影を感じ、懐かしそうに苦笑いするも、どこか嬉しそうだった。

「でも、お前の大切さに気付いて、これからは優しい奴になるってさ。そこも一緒だな。ただ、気付くのが祖父さんや親父より早かったから、お前の友達が一番優秀だよ」

「…そっか」

自身の名を呼び、涙を流し続ける友人達の姿に、心痛めていたズーケンの顔に、少し笑みが戻った。自分が褒められているわけではないが、友人が褒められると、自分のことのように嬉しくなるのだ。

「あの子のキツいところも分かってて付き合ってたけど、良いところもちゃんと分かってたんだよな。自分にはない良さも。それが、お前の良いところだよ。きっとこの先、お前は色んな子と仲良くなって、お前は良い友達になっていくし、きっとその子も、お前にとって良い友達になってくれるんだろうな」

祖父に褒められるのは嬉しかったが、そもそも自分は、彼らの元へ戻れるのだろうか。ズーケンは、

「ただ、あの子みたいに悪い奴じゃないけど周りと馴染めない子にも出会うだろうし、お前みたいなタイプは付き合うとちょっと大変だろうな。まあ、あんまり仲良く出来ないかもしんねぇし、無理して付き合うこともない。だけど、レーガリンの時みたいに、その子が持ってる良さに気付いてやれれば、向こうもお前の良さに気付いてくれるかもしれないから、あんまり億劫になることもないさ」

この先、またレーガリンのようなタイプと邂逅すると思うと、やや先が思いやられるズーケン。だが、祖父がそう言ってくれるなら、大丈夫だろう。これといった根拠もなかったが、何故だか安心感を覚えた。

「あと、これも見ろ」

祖父が言うと、泣き叫ぶ友人達の映像から、病室のベッドで横たわる父と、自宅で沈痛な面持ちの母が映し出される。二人共、どこか思い詰めているようにも見える。

「…!」

「二人共、お前のことが心配なんだよ…。お前が、あの子のことがあってから、ずっと気遣ってきたことを知ってるんだよ。けど、なんて声をかけてやったらいいか、分からないんだよ。あの子のことは、二人共まだ、立ち直ってないっていうか…今も苦しんでるからさ。戻ってやれよ。あいつらの元に。お前だって、家に帰りたいだろ?」

「…うん」

己の帰りを待つ両親と、自身が死ぬことへの悲嘆に暮れている友人達の姿を目の当たりにしたズーケン。このまま祖父の元へ行ってはならない、皆に会いたい、大粒の涙を溢れさせながら強く思い、そう願っていた。

「ズケンタロウの奴、この前見舞いに来たケイティに、子供のお前にこれ以上無理させたくないなら、まず父親が無理してないところを見せた方がいいって言われて、それで今、あいつは自分の身体を治すのに必死なんだ。お前には、元気な姿を見せてやりたいからさ。母ちゃんだって、今度こそお前と向き合う為に、お前の帰りを待ってる。皆、お前の為に一生懸命なんだよ」

「!」

ラ―ケンは、自身と同じ父親となったズケンタロウの、父としての思いを語る。そんな我が子に思いを馳せるラ―ケンは、優しく微笑んでいた。だが、その一方でズーケンの顔は浮かない。皆の元へ今すぐにでも帰りたいが、その皆がいる現実には、マニヨウジが待ち構えているのだ。

「そんな顔すんな。お前は、良い友達と、良い親を持ったんだよ。それは、あいつらにも言えることだし、皆、お前が大好きなんだよ。お前には、生きていて欲しいって思ってる。だからお前がこのまま死んじまったら、友達を怖がらせるどころか、親に負担をかけないどころか、悲しませちまうだろ?特に、お前の父ちゃん母ちゃんは…今度こそ、立ち直れねぇかもな…」

「…!」

子を喪うことは、親にとって最大の不幸である。その子供を一人喪ったズケンタロウとアティラの心には、これまでの中で最も深く、大きく、生涯消えることのない傷を負った。その傷には、拭い切れない罪悪感と自責の念も伴っており、今でも時折苛まれている。もし、その二人に残された最後の子供を喪えば、彼らの心を今度こそ、再起不能まで壊しかねないのだ。

「あの日…お前の父ちゃんと母ちゃんは、お前と同じ様に心に深い傷を負った。自分の子供を喪う辛さと苦しみ、その心の傷は…誰にも想像できるものじゃない。けど、たとえ誰にも想像も理解も出来ない傷を抱えても、あいつらは今日まで、大変なことだらけだけど、楽しく元気に、幸せに生きてこられた。それは、なんでだと思う?」

「…?」

子供であるズーケンには、何のことだか見当もつかなかったが、親であるラーケンからしてみれば、言うまでもなかった。

「お前だよ。たとえ、あの子が生まれてこられなかったとしても、お前がいたから、お前が今まで何度も優しい言葉をかけて励ましてくれたから、お前がただ元気で生きててくれたから、あいつらは立ち直れたんだ。お前があいつらを、救ったんだ。今までずっと、幸せにしてきたんだ」

「!」

ラ―ケンの言葉に反応するかのように、その隣の白い光が、淡く明滅する。ズーケンにはそれが、頷いているように見えた。

「でもな、そのお前がこのままこっちに来ちまったら…あいつらは、子供を二人喪っちまう。そうなっちまったら、お前がいた頃の幸せは…もう戻ってこないんだ。たとえマニヨウジを倒せたとしても、お前の親と友達は一生、お前を死に追いやったマニヨウジを憎みながら、お前を救えなかった自分達を責めながら生きていくんだ…。それが、どれだけ辛くて苦しいか…想像したくもないだろ?」

マニヨウジを憎み、バウソーを救えなかったことを悔やみ続けたラ―ケンには、一生に残る心の傷を負うことが、どれだけ己を苦しめることになるか…。考えるまでもなく、思い出したくもなかった。

「あんな思いは…誰にもさせちゃいけないんだ。だから…もう一度、生きてくれねぇか?このままお前が死んじまったら、誰も幸せになれない。お前の親や友達、それに大勢の人達、そして何より、お前まで不幸になっちまう。そんなの…誰も望んでなんかいない。お前だって、そうだろ?」

「…」

再び俯くズーケンに、ラ―ケンが問うと、白い光が、激しく明滅する。ズーケンにはそれが、祖父の言葉に、激しく同意しているように見えた。

「お前は、誰よりも優しくて、誰よりも誰かのことを考えていて、誰よりも人の幸せを喜べる。そんな奴に育ってくれたことが、あいつらは何より嬉しかったし、俺にとっても何より嬉しかった。けど、あいつら親の身体が丈夫じゃないことを知った時、お前は親に気を遣って生きるようになった。親だけじゃなくて、友達にもな。その気持ちは嬉しかったと思うけど、そんなお前の優しさに、どこか申し訳なく思ってもいたんだ。すると、そんなお前に無理させないよう、二度と弱いところを見せないよう、今度はあいつらが、特に俺の息子でお前の父ちゃんズケンタロウが、より無理するようになった。たとえ身体が丈夫じゃなかったとしても、お前のことがあったから、ここまで頑張れてこれたんだ。まあ…無理し過ぎた結果、今はあんな感じだけどな」

我が子の為に、病弱な身体に鞭を打って働き続けてきた息子ズケンタロウに、ラーケンは、かつての自身の面影を感じていた。そのことに少々嬉しく思いながらも、結果倒れてしまったので、やや苦笑い気味に話す。その一方で内心、安心していた。きっと息子は、もう必要以上に無理することはないだろう。

「要は、お互い変に気を遣い合って、お互い変に疲れちまったんだ。だから今度は、お互いが疲れない程度に気を遣う必要がある。その為に必要なのは…お前が、あいつらに甘えることだよ」

「やや?」

ズーケンは、思わず首を傾げた。両親の心を救いたいと強く思っていた反面、ラーケンから返ってきた予想外の答えに、やや拍子抜けしてしまったのだ。

「子供ってのは本来、親に甘えるもんなんだよ。それが普通なんだよ。お前が甘えてくれたら、あいつらも安心するし、嬉しいんだよ。お前があいつらに変に気を遣わないのが、あいつら親への、一番の気遣いなんだ。もっと、子供でいていいんだよ」

「…そっか」

子供が、元気で、幸せに生き続けること。そして、その子供にとって、遠慮も気遣いもせず、甘えられ、頼られる存在でいること。それが、ラーケンがかつて息子ズケンタロウに望んだことであり、親となったズケンタロウとアティラが、息子であるズーケンに望むことであった。ズーケンは、始めは呆気に取られたものの、親や誰かに甘えることの意味を理解することが出来た。

「…分かった。そうするよ」

両親が望むのなら、子供なりに出来ることをしたい。ズーケンは、親の為友人達の為、何より自分自身の為、これからは周りに気を遣い過ぎないよう誓うのだった。ただ、すぐには難しいと思われるので、少しずつ、ゆっくりと改善していくことになるだろう。

「それじゃ、そろそろ向こうに戻ってやれ。お前がいないと、マニヨウジは倒せないし、皆も救えないしさ。けど、逆を言えば、お前さえ戻れば、マニヨウジにだって勝てるし、皆を助けられるってことなんだ。皆で力を合わせれば、何も怖くなんかないんだよ」

「うん…でも…」

早く皆の元へ戻りたい。怨霊が待ち構える現実に戻ることへの恐怖や不安が残りつつも、そう強く思い始めていたズーケン。今やその心は、この世界に来た時とは比べ物にならないくらい軽くなり、晴々としていた。しかし、まだ、ある大きな気がかりがあった。

「僕達は…マニヨウジに勝てるのかな…?いくら僕がいれば勝てるっていっても、マニヨウジは、あんなに強いし…僕達だけで、勝てるかな?それに、アンゾウちゃんも…助けられるかな?」

現状、マニヨウジを倒す方法はあるものの、そのマニヨウジが作り出した血怨城に囚われた、アンゾウを助け出す術はない。もしこのまま皆の元へ戻り、マニヨウジを倒せたとしても、アンゾウ諸共あの世へ送ってしまう。懸念するあまり、ズーケンの晴れていた心は表情と共に曇り始めるものの、ラーケンの顔には、曇り模様は一切見られない。

「安心しろ。大丈夫だよ。お前らならマニヨウジだって倒せるし、あの子も助けられる。良い方法があるんだ」

「やや!!ほんと⁉」

「ああ。今から教えてやるから、よく聞け」

マニヨウジ討伐とアンゾウの救出。マニヨウジ操る血怨城の圧倒的な力により、そのどちらも絶望的かと思われていた。だが、そのどちらも果たす方法を、ラ―ケンは知っていた。彼は、ある人物に隠されたとっておきの秘密を、ズーケンに明かした。

「やや⁉え⁉本当にそんなことが出来るの⁉」

「ああ。俺もびっくりしたんだけどさ」

目を丸く大きく見開くズーケンに、ラーケンはうんうんと嬉しそうに笑う。とある人物の秘められた力に驚かされつつも、その人物のおかげでこの絶望的な状況を打破出来そうだ。それともう一つ、孫にやっと、少しだけ元気が戻ってきたことを感じたからだ。

「ほら、あいつ、友達亡くしてただろ?その子をいつも、傍で感じていたい。その子だけじゃなくて、今まで亡くなった人達や離れ離れになった家族とかもさ。そして今、一緒にいる友達と、その友達とその友達が、離れ離れにならないように…。そんな願いが、あの力になったんじゃないかな」

何故その力を得たのかは誰にも分からないが、これでマニヨウジ打倒と、囚われの少女を救う希望と活路が見出されたのは確かだった。

「あ。あと向こうに戻ったら、バウソーだけじゃなくて、ケイティのことも頼むぜ。年も考えねぇでキョダイノガエリしちまって、多分もうガッタガタだろうしさ。70手前でやることじゃねぇのによ…やっぱ、すげぇ奴だよ」

年齢を顧みず戦ってくれた親友に対し、年不相応の無茶をさせてしまった申し訳なさもあったが、孫とその親友達、そしてもう一人の親友の危機を救ってくれたことへの感謝は、その倍以上だった。

「助けてやってくれ。俺の代わりに。あいつを助けられんのも、お前らだけだしよ。それに、あいつもきっと…あの時からずっと抱えてただろうしさ。お前自身と一緒に、労わってやってくれよ」

「うん…。分かったよ。祖父ちゃん」

怨霊と共に長い眠りについた親友に、一人誓いを立てたあの日、ラーケンは知っていた。ケイティが、あの場にいたことを。ボンベエ盆地に向かう途中、彼が後をつけていたことに気付いていたのだ。だが、敢えて気付かない振りをしていた。誰にも知られないようにしていた筈だが、心のどこかで、知ってほしいような気もしていたのだ。翌日、ケイティから前日のことを一切触れてこなかったことには、ラーケンは複雑な気持ちを抱いた。少からず寂しさもあったが、彼を巻き込まないで済むと、どこかホッとしていたからだ。

一方、ズーケンの中で、一刻も早く皆の元に戻りたい気持ちと、今度こそ大切な人達と己を守る決意、そして己も誰かも労わる思い、それぞれ早まり、強まり、高まった。それを感じ取ったラーケンは問う。

「もう、戻っても大丈夫そうか?」

「…」

本当はまだ、マニヨウジに対する恐怖と、皆を救い出せるかどうかの不安は拭い切れてない。だが、家族や友人、やっとの思いで助け出したバウソーに、命を捨てる覚悟で自分達を助けに来てくれたケイティ。そして、囚われのアンゾウや同じ星に生きる全ての人々…助けたい人達が大勢いる。助けるには己を、友人達を蹂躙し弄んだ、マニヨウジが待ち構える現実に覚めなければならない。だが、それさえ出来れば、大切な人達を、守りたいもの全てを、史上最悪の怨霊の手によってもたらされる残酷な運命から救い出すことが出来るのだ。

「うん。大丈夫。僕さえ戻れば、皆助かるなら…頑張るよ」

ズーケンには、守りたい人達がいる。その人達は今、自分がいなくなるかもしれないと悲しんでいる。そのことで自身もまた、辛い思いをしている。だが、その人達といると幸せを感じ、その人達もまた、自分と一緒にいることで幸せを感じてくれるのだ。だから、ズーケンは戻りたいと思った。たとえ地獄のような悪夢のような現実でも、そこには、守りたい人達がいる。その人達の為にも、そして自分の為にも、もっと生きたい。もっと皆を幸せにして、自分ももっと幸せになりたい、そう強く願っていた。もう、迷いも躊躇いもなかった。

「そうか…。じゃ、最後にこれだけ約束していけ。まだなんか言うのかーとか思うかもしれねぇけど、それが老人で、俺なんだ。もう少し持ちこたえろ」

「やや、分かった」

孫の強い決意と生きる意思を取り戻したことを感じ取り、ラ―ケンは安心したように、嬉しそうに微笑む。目の前で孫の成長を見届けることが出来たことに、感動すら覚えていた。そして、自身の教えを受け精神的に逞しくなり、以前よりも何倍も成長した孫に、ラ―ケンは冗談を添えながら、最後にあることを伝えようとしていた。

「一つ。まず、親より長く生きろ。これが大前提だ。あいつらより先にお前が死んじまったら、あいつらがどんんんんんんんだけ悲しむか…絶対やめろよ?まあ俺の孫だからそんな馬鹿な真似はしねぇと思うけどさ、あいつら親を幸せにしてやれんのは、その子供のお前だけだし、お前がいる幸せは、お前だから守れるんだ。だから親より先には、死ぬなよ。ちゃんと親よりも長く生きて、幸せになれよ。あ、でも親死んですぐ~もダメだからな!こっち来る時は…自分とその周りの人達をいっぱい幸せにしてからにしろ」

念には念を。と言わんばかりに念を押すラ―ケン。さらに、その傍らの白い光も、少々眩しいぐらいに光を放つ。ラ―ケンと同意見らしい。親が子に望むことであり、家族が家族に望むことでもある。戦時中、戦地に赴いたり、重い病にかかる等で、親よりも長く生きられず世を去る子供も多かった。その中には、ラ―ケンの同級生もいた。中には、その悲しみのあまり子供の後を追った親もいたことを知っていたラ―ケンは、せめて両親よりは長く生きてほしかったのだ。そしてもし、ズーケンが子宝に恵まれたのなら、その子の幸せを見届けてから、長い長い旅を終えてほしい。そんな思いから生まれた願いだった。

「二つ。何があっても、誰かを信じることだけはやめるな。これから生きていく内に、お前はたくさんの人と出会う。お前から優しく接すれば、向こうも優しくしてくれるだろうけど、皆良い奴とは限らない。マニヨウジみたいに、お前やバウソーみたいな真っ直ぐで優しい奴を平気で騙したり、人の優しさを踏みにじったり弱みにつけ込んでくる奴もいる。もしかしたら…騙されたり、裏切られちまうこともあるかもしれねぇ。でもな、本当に信じられる奴だっているんだ。けど、誰も信じられなくなったら、そいつには会えない。信じられる奴だってことすら分からない。まあ、そもそもそんな奴とは出会わないのが一番だけどさ、ちょっとでもなんか変だな~って思ったら、親とか友達とか、ちゃんと信頼出来る奴に相談しろよ?その時は、遠慮はいらねぇからな。それともし…誰も信じられなくなった奴がいて、お前がそいつを助けたいって考えてるなら、力になってやれよ。時間はかかるかもしれねぇから、それは頭にいれとけ。最も、その為にはまず、自分が誰かを信じないといけないけどな」

かつて、大勢の犠牲者を出し、数えきれない程の家族と家族を引き裂いた戦争。その戦争を、ダイチュウ星に引き起こした張本人であるシゲン人。その同族であるラミダスを信じ、分かり合うことが出来たラ―ケン。一方、ラミダスと同じシゲン人であるマニヨウジに騙され、利用され、運命を狂わされたバウソー。シゲン人に限らず、相手を信じることで生まれる二つの可能性を知っているラ―ケンは伝える。騙されることや裏切られることばかり恐れていては、信じられる者、信じてくれる者に出会えない。誰も信じられなくなった時に残るのは、孤独のみだ。それは苦しく、辛い生き方を強いられることになるだろう。ズーケンにはたとえ、何度騙され裏切られようと、信じることだけはやめず、信じられる誰かに出会い、その誰かを信じてほしい。そして、誰かに取って信じられる存在であってほしい。その思いから生まれた願いだった。

「三つ。人にも自分にも優しく、大切にしろ。これはさっき散々言ったけど、ちょっと付け加えるぞ。親や友達は勿論、そうじゃない奴にも優しいお前は、人を大切に出来る優しい心を持っている。だから皆、お前のことを大切にしてくれてるだろ?人に自分から優しく出来るお前は、大切にされていいんだよ。大切にしてくれる奴を、大切にしろよ。付き合う相手を選ぶ権利は、お前にもあるんだからさ。ただ、悲しいことだが、皆が皆優しいわけじゃないし、優しくしてくれる奴全員が、本当に優しい奴とは限らない。利用しようとしたり、何かしらの見返りの為に、優しくしてくる奴もいる。それと、お前とか、特定の誰かにだけ優しい奴にも気をつけろ。そいつが優しいのは、その特定の誰かだけだ。他の奴なんか、知ったこっちゃないんだよ。そういう奴がいたら、気をつけろよ」

「は、はぁ…」

そんな人物に出くわした経験者は語る。出来れば出会いたくないものだが、その人物の為に今、自分や友人達が命の危機に瀕しているのだ。

「それに、覚えてほしいことがある。優しさってのは、目に見えて分かりやすいものだけじゃない。分かりづらいものもあれば、時には、相手のことを思ってあえて厳しく接することもある。なんでもかんでも優しくすりゃいいってもんじゃないし、ただ何も考えず優しくしてちゃ、そいつの為にならないことだってある。優しさあってこその厳しさってのもあるんだ。それもまた、優しさなんだ。まあそういうのは大体、親が子供に愛情を持ってすんだけどさ…たまに、思うように愛情が入らない時もあるんだ。親だって完璧じゃねぇし、お前だって知っての通り、親にも色々あるからさ。分かってやってくれ」

「うん…」

それは、かつて父親だった自身の苦い経験から、息子から教わったことでもあった。ズーケンにも少々、思い当たる節がある。だが、なんとなくだがそんな気はしていた。

「ただ…面倒くさいのが、厳しい奴も全員が優しさを持ってるとは限らない。そいつが優しいのはお前じゃなくて…そいつ自身だ。そいつが優しく出来んのは、そいつ自身だけだ。人には厳しいくせに、自分には甘いんだ。情けない話だが、そういう奴もいるんだ。もしそんな奴に何か言われても、真に受けちゃダメだ。適当に流しとけ」

「う、うん…」

ズーケンのように少々お節介なラーケンは、自身と同じ思いをさせないよう、予習のつもりでズーケンに伝えるも、ズーケンは正直見分けがつく気がしなかった。勿論ラ―ケンには、現時点では見極める力を持たない孫には難しいと分かってはいたが、今は自身の話を優先させた。

「お前のその優しさは、見返りとか、誰かを利用するとか、そんなもんの為にあるわけじゃない。何の理由もなく、ただただ優しい。それがお前のいいとこだ。お前は、凄い奴だよ。だから、その優しさだけは、絶対に失うな。それから、今度からは周りだけじゃなくて、自分にも優しくしてやれ」

ラ―ケンは、人に対し優しくすることに理由など存在しないと考えている。故に、誰に対しても優しく接することが出来る孫のズーケンを、ラ―ケンは祖父として誇らしく思っていた。ただ、優しくあり続けるのなら、自身に対しても優しく接してくれる者にしてほしいとも考えていた。マニヨウジのような優しさを持たない者と一緒にいれば、バウソーのように騙され、利用され、心に深い傷を負う可能性がある。だが、もし優しさを持たない者に騙されたとしても、己の持つ優しさを失ってはいけない。

優しさを失った者は、周りからの優しさも失い、孤独となる。そうなれば、辛く息苦しい、哀しい生き方を強いられることになる。他者に対する優しさを忘れず、そして何より、自分への優しさを忘れてはならないのだ。

「四つ。困ったり悩んだりした時は、ちゃんと人を頼れ。これもさっき言ったな。まあおさらいだと思って聞け。人を大切にしているお前は、皆から信頼され、頼りにされている。でも、逆にお前は、誰かに頼ったり甘えたりすることが、ちょっと苦手なんだ。自分が誰かに頼ることで、そいつに迷惑かけたり、心配かけたくないって思ってるんだろうな。その気持ち自体は、お前なりに周りのことを考えてるんだろうけど、それじゃお前の為にはならない。今はそれで何とかなるかもしれねぇけど、その内、一人じゃどうにもできない時がくる。一人で何とかしようと思っても、一人で悩んでもどうにもならないことなんかいくらでもあるんだ。お前にとっては勿論、お前の周りにいる誰かにとってもな」

それがまさに、今回の、マニヨウジとの戦いである。ズーケン一人では勿論、誰も一人ではバウソーを救うことは出来なかった。そしてこれから、人質となったアンゾウを救い、マニヨウジを倒すには、ボンベエ盆地に集った友人達全員と力を合わせる必要がある。その為に、ズーケンは必要不可欠だ。

「変に気を遣ったり、抱え込んだりしてないで、ちゃんと親や信頼できる友達に頼れよ。それから、色んな奴と接したりして、なんか引っかかるな~って思うことがあったら、それこそちゃんと相談しろ。お前はそういう違和感には人一倍敏感だけど、騙されやすいところがあるしな。何かあってからじゃ遅い。あと、相談事にも向き不向きがあるからな。悩み事によって相談する相手を分けるといい。まあそもそも相談事自体向かない奴もいるしさ、色んな奴の意見を聞いて自分に合った相談相手を見つけるといい。悩んだ時は一人で考えることも時には大事だけど、ずっと一人は、やめとけよ」

この点に関しては、ラ―ケン自身の中で最も後悔と反省が大きかった。周りに心配かけたくない、気を遣わせたくない一心で、己の気持ちや本音を抑え込むことで、自身を苦しめてしまっていたのだ。息子であるズケンタロウには、そんな思いはさせないよう、ズーケンと同じ事を助言したのだ。また、先程述べたような、優しさを持った者とそうでない者を判別する為にも、重要なことであった。ズーケンは違和感を感じ取る力が強いとはいえ、今のままではそれを活かしきれず、つけ込まれてしまう可能性が高いからだ。

「それに、お前になんかあったら、力になりたいって思ってる奴は、意外と多いんだぜ。お前の父ちゃん母ちゃん、たくさんの友達が、いざとなったら救いの手を差し伸べてくれるさ。ただ、救いの手ってのはな、どんなに相手が差し伸べてくれてても、お前が手を伸ばさなかったら、届かないんだ。ちゃんと自分から助けを求めろ。手を伸ばせば、掴んでくれる奴は必ずいる。いなきゃ捜しに行け」

かつて、アサバス達の願い通り、その生涯を多くの人々の為に生きたラ―ケン。彼に救われた者は多いが、ラーケン自身の苦しみや痛みから救ってくれる者は、誰もいなかった。マニヨウジのことに関しては仕方ないにせよ、それ以外のことも、周りに気を遣い過ぎる性分の為、他者に話すことはなかった。手を伸ばすことすらせず、一人で抱えることを選んだラ―ケンの、後悔から生まれた思いだった。

「んじゃ、お待ちかねの最後の五つ目だ。我慢することと逃げることを覚えろ。我慢することは大事さ。ただな、何でも我慢すりゃいいってもんじゃねぇし、下手に我慢して頑張り過ぎちまうと、どっかで限界がきて、頑張れなくなっちまうからさ。そうなると、次頑張れるようになるまで長くなっちまうし、そうなる前に、ちゃんと休んどけ。時には、逃げることも覚えろ。もし何か我慢していることがあって、しんどくなった時は、その我慢は、何の為に我慢しているのか、そもそも我慢する必要があるのか。それを考えてみるといい。必要ないと思ったら、もう我慢すんな。頑張ろうとし過ぎて倒れるぐらいだったら、逃げろ。逃げることだって、時には自分の身を守る為に、大事なことなんだからな」

「…」

今の自分に、何の我慢が出来るだろうか…。ありとあらゆることで限界がきてしまったズーケンが、そう思い悩んでいた時だった。

「あと、人によって我慢出来ることと出来ないことがあるからな。お前には出来ない我慢が人に出来ても、あんま気にすんな。そいつには出来ねぇ我慢だってあるし、それがお前には出来る我慢かもしれねぇしさ。自分に合った我慢をしてけ。その為には、もっと自分を知らないとな。お前の専門家は、お前だけだ。もっと自分のことを、ちゃんと知っとけ」

さっきも聞いたような言い回しだ。でも、為になる。

「まあ何でもかんでも逃げ回るのもちげぇし、時には、逃げちゃいけない時だってある。でもな、お前なら、ちゃんと大事なことと向き合える奴だって、俺は信じている。勿論、そういう時も無理して一人でやる必要はない。誰かに頼ったって、甘えたっていい。お前なら皆、喜んで手を貸してくれるさ」

ラ―ケンに、明るく朗らかに言われると、ズーケンは不思議と気持ちが軽くなり、安心出来た上に力が湧いてくるのを感じた。

「あと、最後に…生きることからは、絶対に逃げるな。それだけは、何が何でも守れよ」

ラーケンは、優しい笑顔を浮かべながら、穏やかな口調に真剣そのものの思いを乗せ、最後の約束を、祖父としての願いを告げた。約束が一つ、多かったような気もするが、これに関しては言わずもがなの大前提なので、ズーケンは絶対に守り抜くと誓い、祖父とは真逆の真剣そのものの顔で深く頷いた。それを見届けたラーケンは、安心したように頷いた。

「こんなところか。長らくお待たせしたな。本当はもっと色々教えたいことはあんだけどさ、それは親とか友達とか、色んな奴に教えてもらいながら、自分で学んでいけ。俺からは以上だ。お疲れさん」

「うん…。祖父ちゃん…ありがとう…」

ラ―ケンは穏やかな笑顔で、ズーケンの頭を優しく撫でる。

「それじゃ、そろそろあっちに戻れ。皆待ってんだからさ。長話した俺が言うことじゃないか」

ラ―ケンが苦笑いすると、白い光が、一瞬パッと明るくなる。頷いたらしい。すると今度は、ラ―ケンの真横に、白い光の壁のようなものが出現する。

「そこを通っていけば、あいつらの所に戻れる。お前の人生に戻れるんだ。大丈夫だ。お前ならやれる。お前が大切にしてきた友達や、家族が一緒ならな。それに、死んじまってても俺達は、お前の家族だからな。見えなくても、傍にいる。誰よりも幸せに、誰よりも…ジジイになってこいよ」

ラーケンが、右手の二本指をピースサインのように突き出すと、白い光の輝きが一際強くなる。ズーケンにはそれが、応援してくれているように見えた。

「ありがとう…祖父ちゃん…本当に…本当にありがとう…!」

ズーケンは拭いきれない程の感涙を流しながら、ラ―ケンの二本指に自身の二本指を重ね、伝え切れない程の感謝を伝える。そして、白い光に包まれた、この世界の出口の前に立つ。

「…ちょっと、いいかな??」

ズーケンは、白い光の前へ歩み寄る。

「僕…頑張るよ。これからは、今まで以上に父ちゃんや母ちゃん、友達や、これから会うと思う人達のことを大切にして、自分のことも、大切にするよ。きっと、君の元へ行くのは、すっっっっっごく遅くなると思うけど、その方がいいんだよね。僕、君の分まで生きるよ。君の分まで父ちゃんと母ちゃんを幸せにして…僕も、幸せになるよ。だから、見守ってて…僕達を」

ズーケンが優しく微笑むと、白い光は、これまでよりも白く、優しく穏やかな輝きを放つ。ズーケンにはそれが、笑ってくれたように見えた。

「それじゃ…いってきます」

「おう!いってこい!頑張れよ」

かなり緊張気味な孫に、ラーケンは片手を上げ笑顔で送り出す。白い光もまた、パッと明るく輝く。ズーケンにはそれが、いってらっしゃい、と笑って送り出してくれているように感じた。

「いっぱい頑張って…いっぱい皆を頼って助けて…いっぱい幸せになってくるね」

を二人の家族に別れを告げ、ズーケンは今度こそ、平和を取り戻す為、大切な人達を守る為、そして、自らの幸せを掴むため、悪夢のような現実と、自身の帰りを待つ人達の元へと戻っていった。

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