ダイ12時代 キョダイナイカリ
血怨城という、最凶且最恐の体を得たマニヨウジによって、ズーケン達9人は、絶望の淵に、絶体絶命の危機に追い詰められていた。少年達に身勝手な悪意を抱き、激しい憎悪を燃やすマニヨウジによる皆殺しは、最早避けられないと思われていたその時、これ以上ない程痛めつけられ傷つけられ、心身共に限界を迎えたズーケンがキョダイノガエリを起こし、キョダイナソーとなった。
「ズーケン…」
誰もが想定出来なかった事態に、誰もが呆然とする中、マニヨウジだけは、余裕の笑みを浮かべている。
「まさか貴様がキョダイノガエリを起こすとはな…だが、いくら貴様がキョダイナソーとなったところで、ダイナ装備を使わなければ私を倒すことは出来ん!状況は何一つ変わら」
状況は何一つ変わらんぞ。マニヨウジがそう言い切る前に、キョダイナソーとなったズーケンが、血怨城の懐に飛び込み、猛烈な突進を浴びせた。
「ぐあっ⁉」
突如、キョダイナソーとなっているとはいえ、子供の力とは思えない程の衝撃を受け、マニヨウジは短い悲鳴と共に地に倒れる。だがすぐに、血怨城の右脚でズーケンの腹部を蹴り飛ばし、彼を倒し返す。しかし、ズーケンもすぐに起き上がる。
「不意を突いたぐらいで調子に乗るな!キョダイノガエリをしなければ、まだ楽に死ねたものを…!こうなったら真っ先に貴様から殺してくれるわぁ!!!」
「グアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
互いに身を焦がす程の憎悪を燃やし、怒りの咆哮をぶつけ合うマニヨウジとズーケン。ズーケンはそのまま、再びマニヨウジに向かって突進していく。
「馬鹿め!」
真っ向から向かってくるズーケンに対し、マニヨウジも真正面から炎を放つ。
「ガアアアアアッッッッ!!!」
炎の直撃を受けたズーケンは、痛々しい悲鳴と共に炎に包まれる。
「ズーケン!!!」
力なく倒れ込んだズーケンに、その友人達が一斉に悲鳴を上げる。そのズーケンを、血怨城が右脚でひっくり返し、そのまま腹部を踏みつける。
「この小僧が!ただでさえ貴様にはこれ以上ない程邪魔されてきたというのに、キョダイノガエリまで起こし、この私に土をつけるとは…!貴様といいあの小僧といい…何故貴様らのような子供にここまで邪魔されなければならんのだ⁉この私の怒りを買ったことを、その身を持って後悔するがいい!!」
積年の恨みを込め、何度も何度も血怨城の右脚でズーケンを踏みつける。腹部に重い衝撃を受ける度、ズーケンの身体がボンベエ盆地に沈み、枯れた喉から短く、鈍い悲鳴が上がる。
「やめろマニヨウジ!ズ-さんを殺したら承知しねぇぞぉ!」「ズーケン逃げてぇ!!」
ようやくバウソーを救い、マニヨウジをあの世へ送ることが出来ると思った矢先、新たな力と体を得たマニヨウジに、自分達ダイナ装備はなすすべもなく蹴散らされていった。さらに、親友の孫にして、そのマニヨウジを唯一倒すことが出来る親友が今、自分達の目の前で殺されようとしている。まさに悪夢に次ぐ悪夢のような光景に、ダイナ装備達は、悲鳴を上げることしか出来なかった。
「今度という今度こそ、貴様をあの世に送ってやる…!貴様の大事な友全員が、この私の手によって一人ずついたぶられ殺されていく様を…せいぜいあの世で、あの時の小僧と仲良く見ているがいい…!」
マニヨウジは、ズーケンを片脚で押さえつけたまま、彼とその因縁に引導を渡すべく、血怨城の火口から溢れ出す、憎悪と悪意の炎を巨大化させていく。
「や…めろ…ズー…ケン…」
目の前で最悪の瞬間が訪れようとする中、バウソーは、動く筈のない身体で力を振り絞り、最早声を上げることすらままならない、変わり果てた友に、届くはずのない筈の手を伸ばす。
「死ねぇ!!!」
だが、それも空しく、怨念の炎による恩人への死刑が、意識が霞んでいくバウソーの目の前で行われようとしていた。
「やめろおおおおおおおおおおお!!!」
炎が放たれる直前、突如巨大な鞭のような尾が血怨城の首元に直撃し、鈍い衝撃音とその巨体の重さが、ボンベエ盆地一体に響き渡る。
「ぐあっ⁉」
マニヨウジが地に倒れた直後、不意打ちとはいえ怨霊に一撃を浴びせた人物は、ボンベエ盆地にめり込む程痛めつけられたズーケンの元へ駆け寄る。
「ズーケン君!ズーケン君!!ああ…なんてことだ…!どうして君がこんな目に…!」
その人物は、キョダイナソーとなり、傷だらけとなったズーケンを前に、涙を流していた。その背後で、マニヨウジが怒り任せに巨体を叩き起こす。
「貴様…一体何者だ?」
マニヨウジは、自身に一撃を加え、処刑を邪魔した者を睨むが、その人物に、思い当たる節はなかった。先程、血怨城の巨体をなぎ倒した長い尾と、長い手足に長い首。ブラキオサウルスのような竜脚類であることに加え、その人物はキョダイナソーとなっている。意識が朦朧としている者が多いこともあり、その場にいる誰もが、その人物の正体を掴めずにいた。
「僕の事なんか、どうだっていい…。僕はただ、お前からズーケン君を、ここにいる皆を助けたいだけだ…」
その人物は、マニヨウジの、血怨城の悪意の眼光に一歩も引かず、逆に、静かで激しい怒りが籠った鋭い目で睨み返す。突如現れ、今度という今度こそ死が訪れようとしていたズーケンを救った謎のダイチュウ人。それが誰なのかを知る者はいないが、その正体は、ズーケン、レーガリン、ヘスペロー、ペティ、そして、バウソーのよく知る人物だった。
「貴様…よく見ると老人だな…。にも関わらず、ここへノコノコやってきて、この私に一撃を浴びせるとは大した度胸…いや、命知らずと言った方が正しいな…」
「…」
たとえ誰が来ようと、一撃をもらおうと状況は変わらない。一時は激昂するも、状況は自身が圧倒的有利であることを思い出すと、マニヨウジはすぐに冷静さを取り戻す。余裕の笑みすら見せる悪霊の要塞と対峙する彼は、一言も発さず、依然と真っ赤に歪んだ目を睨んだままだ。
「貴様も、そこにいるキョダイノガエリを起こした死にかけの小僧と、バウソーを助けに来たのか?」
「⁉」
バウソー。その名を耳にした途端、彼の鋭い目が丸くなり、バッと全身ごと振り向く。ついさっきまでマニヨウジを映していた彼の目に、傷だらけで倒れているバウソーが映る。
「バ…バウ…ソー…?」
傷だらけのその姿が目に入った途端、男は、先程とはうって変わって、激しく動揺し始める。
「本当に…君なのか…?バウソー…⁉」
「…?」
男は、涙を滲ませながらバウソーに一歩一歩近づいていく。60年前、ある日突然失踪した友人が、目の前にいることが信じられずにいるものの、彼に会えたことに、心から感激しているようだった。だが、肝心のバウソーは、心当たりがないようだった。
「君は…あの頃のままなんだね…。僕が最後に見た、あの頃のまま…」
男は、年老いた自分とは違い、別れた当時の子供の姿であることに大きく戸惑ってもいたが、再会出来たことへの喜びの方が上回っていた。だがその喜びも、ズーケンだけでなく、バウソーまでもが、マニヨウジによって傷つけられたことへの悲しみと怒りに変わる。
「けど、どうして…君までこんな目に…!ラ―ケンだって…どれだけ君に会いたがっていた筈なのに…!」
「…!」
ラーケン。彼からその名が出た時、バウソーは、男の正体を悟った。
「お前…まさか…ケイティか…⁉」
「…!」「「「⁉」」」」
バウソーの口から出た名は、意外な人物であった。そして、彼はさらに涙を溢れさせる。
「バウソー…僕のことが、分かるんだね…!僕のこと…覚えていてくれたんだね…!バウソー…!」
ケイティは、ズーケン達の通う憩川小学校の校長だ。その彼が何故、ボンベエ盆地に駆け付けたのか。それは、ズーケン達がボンベエ盆地を目指す道中まで、時を遡ることになる。
ズーケンが家を出て、ケルベロ三兄弟達と共にボンベエ盆地へ向かっている頃、ズーケンの行方を心配したアティラは、ズーケンが小学校に入る前から交流があり、ズケンタロウが小学校時代の担任でもあったケイティに連絡し、詳しい事情を説明していた。
「そうだったんですか…。ですが、ズーケン君のことですから、すぐに帰ってくると思います。親思いの、優しい子ですから」
「そうですね…」
ズーケンが、どれだけ親である自分達のことを大切に思っているのか。アティラは勿論、ケイティはよく理解していた。そのズーケンが今朝、突然いなくなってしまった。何処へ行くとも言わず、夫のズケンタロウが入院している病院や、レーガリン、ヘスペロー、ペティの家に連絡したが、息子は来ていないという。こんなことは、今まで一度もなかった。それが、彼女に大きな戸惑いと不安を与えているのだ。
「レーガリン君達の家にも、病院にもいなかったとなると、やっぱり心配ですよね…。どこか、彼が行きそうな場所に、心当たりはありますか?」
「…」
まるで見当もつかない。我が子の突然の家出に未だ戸惑っていることや、そもそもズーケンは普段、友人と遊ぶ時以外は一人で出掛けることはない。そのこともあって、彼女はより不安に駆られていたのだ。
「ズケンタロウ君…ご主人が入院されていることもあって猶更不安だと思いますが、ズーケン君は必ず帰ってきます。多分、朝から何も食べていないと思いますし、お腹が空いたら戻ってくるかもしれません。今は、彼の帰りを待ちましょう」
「…」
ケイティも内心動揺しているが、自身よりも動揺し、不安に駆られ我が子の身を案じているアティラの不安を、少しでも和らげるべく、なるべく落ち着いたトーンで話すことを心掛けた。だが、アティラの表情は以前暗いまま、気休めにもなっていない。そのことを感じ取るケイティは、彼女になんと声をかけたらいいのか、再び思考を張り巡らせていると、黙り込んだままだった彼女が、重く閉ざしていた口を開いた。
「もしかしたら…あの子がいなくなったのは、私のせいかもしれません…」
俯いたまま声を絞り出したアティラは、かなり思い詰めた様子だった。
「何か、あったんですか?」
「いえ…特に何かあったわけではないんですけど…最近、あの子との会話が減ったんです。話しかけても曖昧な生返事ばかりで、何か悩んでいるような、何か隠しているような…。それに、ずっと前から…どこか私達に、気を遣っているような気がするんです…」
「ズーケン君は、心優しい子ですからね。彼なりに、あなた達のことを思っているんだと思います。それとも…何か、ズーケン君が気遣う理由に、心当たりはありますか?」
「…」
ケイティが尋ねる通り、アティラには内心、思い当たる出来事があった。だが、それを口にすることは、彼女にとって、今まで負ってきた心の傷の中で最も大きく、塞がる事のないものをえぐり返してしまうことでもあった。しかし、いつかは向き合わなければならないことだ。
「…校長先生は、ご存じかと思いますが、多分…あの子のことが、あってからです…」
「…!」
あの子とは、ズーケンのことではない。
「…やはり、そうでしたか」
アティラの言う、あの子のことは、ケイティもよく知っていた。忘れるわけがない。自身の思った通りだった。
「ズーケンは…あの子のことは、自分のせいだって、ずっと責めてるんだと思います…。私が、もっとちゃんと産んであげられたら…あんなことには…」
アティラの語る、あの子のこと。それは、本来ならズーケンの弟として生まれてくるはずだった、彼らの4人目の家族のことだ。しかし、その新しい命が、彼らの家族として共に生きることはなかった。殻を破ることなく、一人、その生涯を終えたのだ。
「お母さん…。それ以上ご自分を責めるのは、ご自身には勿論、ズーケン君にとっても良くはありません。あの子のことは、誰のせいでもないんです」
アティラは、生まれつき身体が丈夫ではなく、ズーケン一人を産むのがやっとであった。
それでも第二子を産む決断をした当時を思い出し、その時抱いていた強い後悔と自責の念が蘇るアティラ。ケイティは、なんとか彼女の自責の念を和らげ、励まそうとするも、沈痛な表情を浮かべる彼女の苦しみは止まらない。
「ズーケンを授かったことも、生まれてこれたことも奇跡だと言われるぐらい、自分の身体が弱いことは、私自身もよく分かっていました。だから、二人目は授からないかもしれない。授かっても、無事に生まれてこれるか分からないって、お医者さんからも言われていました。私達も、ズーケンを授かっただけでも、これ以上の幸せはないから、ズーケンを幸せにする為に、二人で頑張ろうって決めていました。でも…私はどうしても、二人目を諦め切れなくて…。ズーケンから弟や妹をせがまれていたこともあって、私は決めました。でも…」
新たな家族と幸せを望んだ結果、大きな不幸が起きてしまった。それが、アティラ達家族の心に、大きな傷と悲しみを生むことになってしまった。
「多分…ズーケンは、自分が弟や妹を求めたから、私に無理をさせて、あの子も死なせてしまったって、自分を責めているんだと思うんです…。無理をさせてしまったのは…私の方なのに…。こんな弱い身体で産んで、あの子に無理をさせてしまったんです…。それで今は、ズーケンにまで無理をさせてしまっているんです…」
アティラが、胸に秘め続けていた思いを話せば話す程、後悔と自責の念と共に涙が溢れ出す。誰も責められることでも、誰にもどうしようも出来ないことだが、アティラは長年、自分を責め続け思い詰めるあまり、その心はすっかり弱り切ってしまっている。
「お母さん。もうやめましょう。お母さんが抱えている苦しみは、僕や他の誰かには、想像し切れない程だと思います。ですが、ご自身を責めてしまう気持ちは、痛い程分かります。しかし、お母さんがご自身を責め続ける限り、ズーケン君もきっと、自分を責め続けることになります。自分のせいで、お母さんを苦しめてしまっている。きっとそう思って彼も今、あなたと同じくらい苦しんでいる筈です。それは…あなたが最も望まないことではないのでしょうか」
「…」
自分の為に大切な人が傷つき、苦しんでいる。その相手が親や子供なら、その痛みも苦しみもより大きく、自身を責める気持ちも、より強くなってしまう。
「これはあくまで僕の想像ですが、僕は、子供が生まれてくる時、その子供が親を選んで生まれてきてくれるって信じています。僕の子供達や孫達、そして僕自身も、きっと親を選んで生まれてきたんだと思います。勿論、ズーケン君や、あの子もきっとその筈です」
「なら…どうして…私なんかを、選んだんでしょうか…。もっと身体が丈夫な人を選べば、ちゃんと産まれてこれて、幸せに生きていけた筈なのに…」
ケイティは、自身の考えに対し、アティラが抱いた疑問は、かつて自身も抱いていた時期があった。そして、その疑問に対する答えを、彼は自分なりに見つけ出していた。
「あなたとズケンタロウ君の子供に、ズーケン君の弟になりたかったからだと思います。たとえ長くは生きられなかったとしても、生まれてくることが叶わなかったとしても、あなた達の家族になれた。それが、生まれてくることが出来なかったあの子にとっての、せめてもの幸せだったのではないでしょうか?」
「…」
もしかしたら、違うのかもしれない。たとえそうだったとしても、今彼女の心を救うことが出来るなら、せめて痛みや苦しみを少しでも和らげることが出来るなら、それでも良い。ケイティは何より、アティラの心を最優先させた。
「勿論、一番の幸せは、今もあの子があなた達の家族として元気で生きていることでした。それは叶いませんでしたが、短い時間だったとはいえ、家族として生きていたことには変わりないです。あなた達の家族になりたいと思って、あなた達を選んで、頑張って生まれようと、生きようとしてしてくれたんです。 だからまず、あの子への罪悪感や自分を責める気持ちを捨てて、あの子が自分達の家族になることを選んでくれたことに、ありがとうって、感謝の気持ちを持っても良いと、僕は思います」
もし自分なら、それが出来ただろうか。勿論、頭では理解出来ていても、すぐには出来なかっただろう。だが、それでも、そうすべきなのは分かっている。今の自分に出来るのは、伝えることだけだ。
「すぐには、難しいかもしれません。ですが、あの子のことでずっと苦しんでいるままでは、お母さんやズーケン君は勿論、あの子も、今のあなた達を見ていて辛い上に、悲しんでいると思いますから」
「…!」
ケイティは、子供を喪ったことによる大き過ぎる程悲しみや苦しみ、強すぎる程の自責の念から、その死を受け入れられず、彼の存在自体を避けてしまっているのではないか、そう考えていた。
「子供の死は…親にとって、到底受け入れられるものではないことは十分分かっているつもりです。僕でも、受け入れられるとは思えません…。それでも、たとえどれだけ苦しくて悲しくて辛くても、今生きている人達と一緒に、亡くなった人達の分まで、生きていくしかないんです」
ケイティは、涙を流すアティラが今、どれだけの苦しい思いをしているのかは分からないが、自分だったらどれだけ苦しいかは、理解しているつもりだった。自分には理解出来ない程大きな傷を抱えている彼女に、前を向いてもらう為に、真剣に且傷つけないよう慎重に思いをぶつけていく。
「亡くなったお子さんのことを思うのは、とても大事なことですが、今は、今を生きているズーケン君の為に出来ることをすべきです。あなたとズケンタロウ君、そしてズーケン君3人で、幸せに生きていく為にどうすればいいのか、それを考えるべきだと思います。今のあなた達を見て、あの子も不安で心配していると思います。あなた達家族3人が幸せに生きていくこと。それが、あの子の為にあなた達が出来ることであり、あの子の願いでもある筈です」
今、あの子が何を望んでいるのか。この状況を、自分のことで家族が苦しんでいることをどう思っているのか。それは、誰にも分からない。だが、少なくともあの子が幸せになれるとは、ケイティには到底思えなかった。もし自分があの子なら、きっとそうだろう。あの子の為にも、ケイティは思いを、さらに強く込める。
「…そうですよね。でも、私達は、一体どうしたらいいんでしょうか…?。あの子に幸せになってほしいとは思っています。ですが、その為に何をしたらいいのか…分からないんです…」
アティラもまた、ケイティの言う通りであると、さらに涙が溢れる程痛感していた。しかし、その為にどうすればいいのか、何をすべきなのか、それが分からなくなっていた。
「まずは…感謝をちゃんと伝えるべきです」
「感謝…?」
優しく微笑むケイティから返ってきた答えは、意外なものだった。
「ズーケン君は、本当に心の優しい子です。今までお二人の為に気を遣い続けてきたのなら、彼は親思いの優しい子です。彼に、ご自身のことで心配をかけて、気を遣わせて申し訳なく思うのはよく分かります。ですが、その気遣いは、彼の自分を責める気持ちもありますが、お二人を思ってこそのものです。なので、その優しさと気遣いに感謝して、受け止めてあげてください。謝罪の言葉を送るより、感謝の言葉を伝えた方が、彼も喜ぶと思います」
「それは…そうですけど…」
ケイティの言うことは、アティラにとって最もであると痛感していた。だが、とてもそんな気にはなれなかった。息子や、その優しさには、感謝の気持ちよりも、罪悪感の方が何倍も強かったからだ。
「それと、あの子のことは、ズーケン君のせいでも誰のせいでもないこと、あの子とは一緒に生きることは出来ませんでしたが、きっとズーケン君には、幸せになってほしいことも、その為に出来ることはしてあげたい、力になりたいと思っていることも伝えましょう。今からでも遅くはありません。むしろ、今すぐ伝えるべきです」
「…」
親友の息子夫婦とその孫の、今後の人生がかかっていることもあり、ケイティの言葉は、これまでよりも真剣さと力強さを帯びていた。
「とても勇気がいることだと思います。ですが今、ズーケン君は、自分が抱えている思いを誰にも話せず、一人抱えて苦しんでいると思います。母親であるあなたを思っての苦しみなら、助けてあげられるのは、その母親であるあなたしかいないんです。ズーケン君の為に、あなたの為にも、伝えてあげてください。彼が背負っている、重過ぎるものを、彼の心から下ろしてあげてください。それさえ出来れば、あの子もきっと、救われると思います」
親子の心を救うには、まずそれぞれの思いを伝え合い、お互いが抱えていたものを知る必要がある。その為にまず、母親であるアティラから、ズーケンに直接伝えさせることで、ズーケンも自身の気持ちを伝えやすくなるだろう。互いに抱えていた思いを吐き出させ、ズーケンだけでなく、彼女の心をも救おうと考えていたのだ。そしてその思いは、ついに彼女を動かす。
「…そうですね。私も、あの子が、それを望んでいると思いますから…ズーケンが帰ってきたら、伝えてみようと思います」
ここまでずっと俯いたまま、まともにケイティと目を合わせられなかったアティラから、その言葉が出た時、ケイティは心から安堵し、思わず笑みがこぼれた。その声は、まだ弱々しくか細かったが、その瞳には、確かで強い決意が宿っていた。
「そうですか…それは良かったです。僕に出来ることなら、なんでも力になります。なんでしたら、ズーケン君に伝える際は、僕もご一緒しますよ」
「ありがとうございます。ですが…これは私達家族の問題なので、出来るだけ自分の力で、自分の言葉で、あの子に伝えてみようと思います」
「分かりました。とても素晴らしいことだと思います」
嬉しさのあまり勢いあまったケイティのお節介を、アティラは少々申し訳なさそうに断ると、ふと我が子の骨壺と、義父の遺影が飾られた仏壇に視線を移す。二人はきっと、自分達家族を見守ってくれているのだろう。そう考えていた時だった。
「あれ…?」
あることに気付く。いつも仏壇に供えられていた、あるものがないのだ。
「どうかしましたか?」
「いえ…仏壇に、お祖父ちゃんの短剣があったはずなんですけど、それが見当たらなくて…。あの子が持ち出したのかしら?」
「短剣…」
アティラが不思議に思う一方、ケイティの脳裏に、幼い日のある記憶が蘇る。60年前、学校でバウソーが突然いなくなったことを知らされた日、自身を始め誰もがその事実が信じられずに驚いていた。だが、隣に座るラ―ケンだけは、終始俯いていた。さらにその日は、登校してきた時から、いつもよりどこか元気がなかったように感じた。加えて、いつもならケイティはラーケンと一緒に帰るのだが、ラーケンは、一人で帰った。親友が心配になったケイティは、彼の跡をつけた。そして、ボンベエ盆地に辿り着いた。
バウソー…ごめん…。俺があの時、お前にあんなこと言わなければ…きっと、こんなことには、ならなかったんだよな…。けど、60年経ったら、絶対お前を助けてやるからな。60年間、マニヨウジと一緒なんて、すごく嫌だろうけど…絶対助けてみせるから…。たとえ、皆より長くは生きられなくても、お前を助けるまでは、絶対に生きるから…待っててくれ、バウソー。
その時のラ―ケンは、元気で明るくて優しい、いつもの彼とはまるで別人のようだった。いつもより声も小さく、弱々しく、頼りがいのある背中も、どこか悲しく見えた。さらに、彼が何か大きなものを抱えていることと、その決意にはとても強い力が満ちていることを、ケイティは子供ながらに感じ取った。その後ケイティは、立ち尽くしていたラ―ケンが座り込むと、そのまま親友に背を向け、その場を後にした。始めは、声をかけようとも思った。だが、自分に何が出来るだろうか。彼が何を抱えているのかは分からないが、自分が想像出来ない程大きなものであることだけは、子供ながら理解出来た。だからこそ、彼が抱えているものに触れるのが、怖かったのだ。そしてこの時、ラ―ケンに声をかけなかったことは、後の彼の人生に、大きな後悔を残すこととなった。
「…ズーケン君を捜してきます。少し…心当たりがあるんです」
「え…?」
妙な胸騒ぎがする。だがそれは、悪寒に近かった。60年前の今日は、学校でバウソーの失踪を知った日の前日であった。もし、バウソーの身に何かあったなら、当時の今日、何かが起きたのだ。そして、そのことにラーケンが深く関わっている。
「お母さんは、ここで彼の帰りを待っていてください。必ず戻ります。それじゃ…」
「あ…校長先生…?」
呆然とするアティラをおいて、ケイティは親友の家を後にした。そして、老いた身体に鞭を打ち、ボンベエ盆地へと走るのだった。
「まさかと思って来てみれば…60年ぶりにバウソーに会えるなんて、思ってもみなかったよ。それに…ズーケン君や皆が、こんなことになっているなんて…」
ケイティは、60年ぶりに再会したバウソーと、キョダイノガエリしたズーケン、そしてこの場でマニヨウジに痛めつけられ、ボロボロに傷つけられた子供達全員を、涙ぐんだ目で見つめる。感動の再会を果たしたのも束の間、彼らが置かれているこの非情な現実に、深く悲しみ、強い怒りを覚えていた。
「よくここが分かったな…。しかもここはボンベエ盆地…60年前戦地と化した、貴様らダイチュウ人、特に貴様のようなジジイにとって、当時子供だった者達にとっては思い出したくもない場所の筈だ。にも関わらず、この場に駆けつけたその勇気は認めてやる。だが、すぐに後悔することになるぞ…」
誰が来ようと、自身の絶対優勢は変わらない。むしろ、いたぶる相手が増えたことに喜びを感じている。そのマニヨウジに、ケイティは静かに向き直る。
「ああそうさ…。確かにここは、僕は勿論、誰にとっても良い思い出なんか一つもない。でも、誰にとっても絶対に忘れちゃいけない、絶対目を背けちゃいけない場所でもあるんだ。それに、僕はむしろ、もっと早く来れば、皆がお前にここまで酷い目に遭わされる前に助けられたかもしれないって思ってるくらいだ。だからこれ以上…お前の為に、誰も傷つけさせやしない!たとえ僕が死んでも、彼らだけは絶対守ってみせる!」
「ケイティ…」
ケイティは、命を捨てでも自分達の為に戦うつもりだ。バウソーは、年老いた身体を奮い立たせ、己の命も顧みないケイティに、当時人見知りでオドオドしていた頃知っていたこともあって、感動すら覚えていた。だが、60年ぶりに再会を果たした親友を、目の前で最も憎き相手によって奪われるかもしれない恐怖は、それを大きく上回っていた。
「その自己犠牲の精神…懐かしいな…。60年前も、そんな奴ばかりだった…。故郷の為、家族の為、己の命を喜んで捨てる…愚かな奴らだった…」
「!」
ケイティの、マニヨウジを見る目つきが、更に鋭くなる。
「だが、駒にするには実に最適であった!故郷の為、家族の為と言えば喜んで命を差し出し、私の手となり足となり働く…これ以上ない程になぁ!!」
「…!」
かつて、ダイチュウ星侵攻の指揮を任されていたマニヨウジにとって、大義名分をかざせば簡単に信じ込み、手足の様に動かせる部下達は、単なる操り人形でしかなかった。自身の為なら、他人を平気で利用し、その命が失われようとなんとも思わない。それがたとえ同族であっても、己以外の者は全て見下し、その思いを、その存在さえも踏みにじる。ケイティは、約70年程生きてきた中で、ここまで両手に力が入る程激しい怒りを覚える相手は、初めてだった。
「確かに…自分の命は、簡単に捨てていいものじゃない。そんなことは…許しちゃいけない。けど、その命を捨てた人達が何の為に、誰の為に、どんな思いで捨てたのか…捨てるしかなかったのか…!それを自分の為だけに利用して、踏みにじって笑うお前だけは、絶対許せない!!!」
また、これ程までに激しい怒りを露わにするのも、長い人生の中で初めてのことであった。
「自分の為に命を犠牲にするのは…僕で、最後にするよ」
ケイティは、己の人生と命を懸けた、最期の決意を胸にする。
「皆!僕が時間を稼ぐ!その間に、自分だけでも逃げるんだ!他の人のことはいい!自分を最優先させるんだ!」
「⁉」
いつもの柔和な笑みが印象的なケイティからは想像がつかない、鬼気迫る表情と共にかけられた言葉に、誰もが耳を疑った。
「そんな…皆を見捨てて、俺だけ逃げるなんて…」
特に、元より義理人情の厚いバウソーは戸惑う。元々自身より他人を優先させるバウソーにとって、友を捨てて己だけ逃げる等、まず考えもつかないことだったのだ。
「今の君達は、マニヨウジにボロボロに痛めつけられて、動くだけで精一杯な筈だ…。その状態で、他の誰かを助けようとすれば、マニヨウジの標的になって、今度こそ殺されてしまうかもしれない…!だから、今はとにかく、自分が逃げることだけを考えるんだ!」
出来ることなら、自分の手で全員助けたい。それが本心だった。だが、自分ではマニヨウジを倒せない。マニヨウジ相手に、年老いた自分がどこまで持つか分からない。ケイティはせめて、一人でも多く逃げられるだけの時間を、一秒でも多く稼ぐことだけに専念すると決めた。たとえ、命を落とすことになっても、一人でも多く、彼らの命を守る為に。
「そうだ皆!我々のことはいい!お前達だけでも逃げろ!逃げてくれ!!」
「そうよ!今は、その人の思いを無駄にしないで!!」
ケイティの、命を懸けた覚悟を受け、アサバス達ダイナ装備も叫ぶ。
「どいつもこいつも馬鹿なお人好し共め…ここから誰一人生きて帰さんと言っているだろう!一人残らず、この場で全員殺してくれるわ!」
「そんなこと…絶対させるかぁあああああ!!!」
ケイティの、孫ほど年の離れた、幼い命達をかけた、己の命を捨てた戦いが始まった。高々と宣言するマニヨウジに、ケイティは鞭のように長い尻尾を振り回し、高笑いする血怨城の顔面に叩きつけた。
「ぐあっ!」
「僕に構うな!!いけえええ!!」
マニヨウジが一瞬怯んだ隙に、ケイティはバウソーに振り向き、叫ぶ。
「ケイティ…!」
しかし、バウソーは動けなかった。激しい痛みが走る身体を、思うように動かせなかったこともあるが、やはり、60年ぶりに再会を果たした親友を置いて逃げる等、彼には出来なかったのだ。
「皆ぁ!ジイさんの思いを無駄にするな!どれだけ身体が痛くても…どれだけマニヨウジが怖くても…今は生きる為に逃げろ!自分を守るために逃げろ!だから…走れぇ!!」
そこへ、アムベエが今までにない程声を張り、叫ぶ。その叫びには、マニヨウジを倒すという意思は既になかった。誰にも死んでほしくない。誰一人マニヨウジに殺させない。今はただ、生きて、逃げてほしい。それだけだった。
「…!」
散り散りになっていた6人の少年達はそれぞれ、痛みと恐怖が重くのしかかる身体を震わせ、立ち上がろうともがいている頃、ケイティは、マニヨウジが振り下ろした右手をかわす。だが、今度はもう片方の腕が襲い掛かり、ケイティの腹部に深く打ち込められた。
「うわぁっ!!」
ボンベエ盆地に倒れたケイティは、再び立ち上がろうと両足に力を込める。しかし、マニヨウジの一撃は、血怨城という最凶の体を得たこともあり、年老いたケイティの身体には重く、立ち上がるだけで精いっぱいだった。
「老いた身体が痛むか?せいぜい己の老いを恨むんだな!お前がもっと若ければ、もっと時間を稼げたものを!」
(落ち着け…マニヨウジはああやって相手の感情を逆撫でして楽しんでいるんだ…。今、僕がやらなきゃいけないのは、皆をここから逃がすことなんだ…!)
マニヨウジは、年老いた身体で必死に立ち上がるケイティを嘲笑う。だが彼は、マニヨウジの狙いを理解しており、自身の老いた身体を恨む気持ちと、マニヨウジへの怒りが沸き上がるのを抑え、自身の役目を全うすることだけを言い聞かせ、冷静さを保とうとしていた。
(まさかズーケン君がキョダイノガエリをするなんて…まだ信じられない…。それだけ彼は追い詰められていたんだろう…。それに、このままだとズーケン君が…)
キョダイノガエリは、急激な肉体の変化と沸き上がる戦闘本能によって、大人のダイチュウ人でもコントロールが難しく、現在のズーケンのように、自我を失い暴走する可能性がある。使いこなすには、肉体の鍛錬や精神の制御など、適切な訓練が必要になる。しかし、何かしらの要因により、肉体も精神も極限状態にまで追いつめられた場合、稀に発生する事例も存在する。さらに、キョダイノガエリは身体への負荷が大きく、肉体が耐えきれず、最悪死に至るケースも少なからず存在する。その背景もありケイティは、ズーケンがキョダイノガエリを起こした事実を、これから彼に待ち受けているであろう受け入れ難い残酷な現実を、未だ受け入れられずにいた。
(ズーケン君は…マニヨウジに心も身体も傷つけられ、追い詰められていた…。ボロボロの状態でキョダイノガエリをしたのなら、身体への負担も大きい筈…。しかも、ズーケン君はまだ子供だ。その状態であんな酷い目に遭わされたとなると…このままだとズーケン君は…)
助からないかもしれない。それが、彼の心に激しい動揺と焦りを与えていた。さらに、そのズーケンを、自身の傷ついた身体を引きずってでも、友人達は助けに行こうとするかもしれない。だが、彼らがズーケンの元へ来たところで、彼の命を救えるわけではない。むしろ、駆けつけたところをマニヨウジに狙われ、今度こそ命を落とすかもしれない。ケイティの中で、せめてバウソー達だけでも救う決意と、ズーケンの命への諦めが過った時だった。
「そぉら!」
「ぐわっ!」
血怨城の鞭のような尻尾に、ケイティは身体をなぎ倒されてしまった。老体であることに加え、疲労と先程のダメージが蓄積されていたこともあり、ケイティは、立ち上がることさえ困難を極めた。
「もう終わりか?まだ誰も、逃げるどころかまともに動けておらんぞ?」
マニヨウジが嘲笑いながら告げる通り、まだ誰一人ボンベエ盆地から抜け出せていない。だがそれが、既に限界に達しているであろうケイティの老いた身体に、立ち上がる力を与える。
「まだ…だ…」
70年間生きてきた中で、感じたことのない激痛が走る身体を、朦朧としながらも叩き起こしたケイティに、マニヨウジは問う。
「何故だ?貴様といいバウソーといい、そこのキョダイノガエリをした小僧といい、何故貴様らはそこまでして友を守ろうとする?それとも、ただ単に私が憎いだけか?」
この時、マニヨウジには、ある光景が見えていた。
「ああ…お前のことは、一生許せないさ。お前のせいで、たくさんのダイチュウ人とシゲン人達から、幸せと人生が奪われた…。それに、ラ―ケンはずっと…お前のせいでずっと苦しい気持ちや辛い気持ちを一人で抱えて抑え込んだまま、一生を過ごしたんだ…。誰にも心配かけたくなくて…誰も巻き込みたくなくて…自分のせいだと思ってたから、自分だけでバウソーを助けたくて…」
「だが、その前に死んだ。友を助けることもなく、自身の孫に全てを押し付ける形でな…」
「黙れ!!!」
かつて、一人だった自分と親友となり、教師になるきっかけを与え、今の自分を作ってくれた恩人への嘲笑と侮辱が、ケイティに心の底から沸き上がる程激しい怒りと力を与える。
「お前に…ラ―ケンの何が分かる!!元をただせば、全部お前のせいじゃないか…!お前みたいな、自分のことしか考えないような奴の為に…ラ―ケンやバウソー…それに、ダイチュウ人やシゲン人…大勢の人達の人生が狂わされ、命が失われたんだ…!皆…心に癒えることのない大きな傷を負ったんだ…。僕はそんなお前が許せない…でも、そのお前に対する怒りより、僕にはもっと、大事なものがあるんだ…」
「何だと?」
それは、どれだけ力を手に入れようと、マニヨウジには絶対に手に出来ないものであった。
「ラ―ケンやバウソー、父さん母さん、僕と一緒になってくれた妻や、僕達の家族になってくれた子供達のように、僕の人生の中で…今までずっと僕を支えてくれた人達…。ラ―ケンの孫のズーケン君とその友人達のような、これから支え合い、他の誰かを支えていくだろう彼らとその未来を守りたい気持ちだ!そしてそれは…平気で誰かを騙して、利用して、踏みにじって自分のことしか考えず、自分しか守れないお前には、絶対分からないものなんだ!」
「ほざけ!死に損ないが!」
マニヨウジが激昂し、血怨城の右の二本指が、満身創痍のケイティの長い首を捉える。
「ケイティ…!」
「ぐっ…ううっ…」
首から持ち上げられ、呻き声を上げるケイティ。そのすぐ後ろでバウソーが叫ぶ。
「死にかけの年寄りがゴチャゴチャほざきおって…いい加減くたばったらどうだ?それとも、そんなに早く死にたいか!」
ケイティの首を捉えた血怨城の右手に、じわじわと力が入ると、次第に彼の視界がぼやけ始め、意識が朦朧とし始める。
「いいんだ…!たとえ僕が死んでも…皆さえ逃げてくれれば…生きてさえいてくれれば…それでいいんだ…!」
「そうか…だが、いくら貴様が足掻いても無駄だ。こいつらを逃がしたところで、どの道全員私に殺されるのは免れんぞ!それに、貴様の思いなど、誰も応える気はないようだな…」
「何…?うっ!」
ケイティの首を絞め続けている間、ある光景を見続けていたマニヨウジ。その言葉の意味を理解出来ないまま、ケイティは地面に叩きつけられた。そして間もなく、キョダイナソーであった彼の身体は、レーガリン達のよく知る元の校長に戻った。
「うう…」
「ケイティ!」
バウソーが、傷だらけの身体を引きずりながら寄りそうも、ケイティには最早、立ち上がる力は残されていなかった。
「バウソー…どうして…」
自分達を守る為に己を捨て、ボロボロにされたケイティ。バウソーは、彼のしわと傷だらけの手を握る。
「悪いなケイティ…お前は自分を捨ててまで、俺達を助けようとしてくれたのに…。でも…友達を見捨てて、一人で逃げるなんて俺には出来ない。ここにいる皆は、こんな俺の為に、お前と同じ様に危険を顧みず、命懸けで助けようとしてくれたんだ…。なのに、俺だけ逃げて、それで俺だけ助かっても…俺は全然嬉しくない。ズーケンもお前も、俺にとって大切な友達なんだ。俺だって、友達を守りたいんだ。お前が命を捨ててまで俺達のことを守ろうとしてくれたように、俺だって…大勢の人達を守りたいんだ…」
「バウソー…」
かつて、戦争の犠牲となった両親の仇を討つため、兵士になろうとしたバウソー。勿論、親しい友人や自身と同じような子供達を守りたい気持ちもあった。だが当時は、シゲン人への憎悪が彼の心を支配していた。だが、今やその思いは逆転し、彼の心は、守ろうとしてくれた友を守りたい気持ちで満ちていた。
「俺だけじゃない。皆だってそうだ…見てくれ」
「…!」
そこには、己の命を犠牲にしてまで助けようとした、亡き親友の孫と、痛む身体を引きずりながらも集まった友人達6人、ケイティは気付いていないが、彼らの傍にいる傘、風呂桶、担架、そしてバウソーの腰に巻かれているベルトを含めて全員ズーケンの元へ集まっていた。
「愚かな奴らめ…。そんな死にかけの小僧と老いぼれなど見捨てて逃げればよかったものを…。そんなに一緒に死にたいか!ならば…全員仲良く…あの世に送ってやる…!」
全滅の危機が迫る中、全く動かないズーケンの大きな二本指に、バウソーは、ティラノズ剣を握らせる。
「ズーケン…頼む…もう一度立ち上がってくれ…!俺だって本当は…もうこれ以上お前に傷ついて欲しくない…。だが、今皆を救えるのはお前だけだ!お前さえ立ち上がれば、奴に勝てる…皆を助けられるんだ…!」
「ズーケン…校長先生が助けに来てくれたよ…。皆も、ズーケンのことを助けたいんだよ…。僕だって、ズーケンのことを助けたい…。でも、このままじゃ校長先生も皆も…誰も助からない…。だからお願い!もう一度僕達を助けて…。今度は僕が…今まで君が助けてくれた分…君を助けるから…皆で一緒に君を支えるから…お願いだよ!!!」
ベロンとヘスペロー達は、今度という今度こそ目の前に迫った自分達の死と、命が絶えようとしている友を前に、恐怖と涙が溢れて止まらなかった。そんな彼らの願いを持ってしても、ズーケンは倒れたままだ。
「いくら喚いても無駄だ!!今度という今度こそ終わりにしてやる!!全員まとめて死ねぇ!!!」
60年もの間、自身の野望を妨害し続けてきた者達に終止符を打とうと、マニヨウジは鋭く血のように真っ赤な牙が並んだ大口を開け、これまでよりも激しい紫炎を溢れさせる。
「ちきしょう…折角ここまで来たのに…これで終わりかよ…!」
ズーケンが倒れ、最早対抗する術を失った彼らに、最期の時が迫る。ある者は泣き叫び、ある者は目を向け、ある者はアムベエのように、ただただ自分達を焼き尽くそうとしている悪意の炎を睨んでいた。そしてある者は…呻き声を上げながら、両手に握られた最後の希望を強く握り締めた。
「終わりだぁ!!死ねぇぇぇぇぇ!!!!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」
マニヨウジが炎を放とうとしたその時、それまで全く立ち上がる気配もなかったズーケンから、けたたましい咆哮が上がる。同時に、炎が放たれるよりも僅かに早く、巨大な光の刃が炎諸共血怨城を貫いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
喉元を光の刃で貫かれ、これまでよりも激しく悶え苦しむマニヨウジ。血怨城はそのまま倒れ、その巨体を激しく動かしながら悶え、藻掻き苦しんでいる。
「ズーケン…!」
万事休すにまで追い込まれた彼らは、またも絶体絶命の窮地から自分達を救ってくれた友に目をやる。
「ズーケン…ありがとな…!またお前には助けられちま…」
ルベロが感謝しようとした直後、自分達を救った光の刃は消滅し、ズーケンの両手に握られていた最後の希望も、彼の手元から落ちた。
「ズーケン…おい…冗談だろ?おいズーケン!死ぬな!目ぇ開けろ!!!」
ペティがズーケンの名を呼び、身体を揺さぶるも、反応はない。ついさっきまで辛うじて聞こえていた息の音も、もう聞こえなかった。
「ズーケン…死なないで…お願いだよ…。僕には君が必要なんだ…君がいなくなったら…僕は…僕はどうしたらいいんだよおおおおおおおおおおお!!!!!」
親友を目の前で喪うかもしれない、非情で残酷な現実に、レーガリンが、皆が泣き叫ぶ。その絶叫が、辺り一帯に空しく響き渡っていた。