ダイ10時代 60年越しの悲願 命、思い、未来を懸けて
翌日。時刻は午前7時56分。ズーケンはいつもより早く目が覚めた。というより、いつもより眠れなかったズーケンは、右手にアサバスカサ、左手にコピシュオケ、背にタタンカ、腰にレベルトを巻き、家の外に出た。
「よぉ。昨日は寝れたか?正直、俺は…よく分かんねぇな」
「まー俺も多分、寝てねーだろーなー」
「…全く」
緊張と不安と睡眠不足で、既に疲れ気味のズーケンを出迎えたのは、ケルベロ三兄弟であった。彼らもまた、ズーケンと全く同じ状態であったが、それを表に出さないようなるべく明るく振舞っていたのだ。
「皆…よくぞ来てくれた…感謝する」
「いいっていいって。俺達の故郷がかかってるからな。気にすんな」
アサバスが改めて深く伝えた感謝に、ケルベが応える。
「つーか、お前らズーケンのかーちゃんにバレなかったのか?」
「まぁ…なんとかな」
ルベロの疑問に、アムベエはなんともいえない様子だ。実は一度だけ、ズーケンの部屋に入ったアティラに、不審な目で手に取られ、まじまじと見られたことがある。彼らはヒヤヒヤしっぱなしであったが、その時の彼女は、どこか思い詰めたような表情であった。
「それより皆、早く私達を持ってちょうだい。ズーケン一人に持たせちゃ大変でしょ?」
「ああ。最初からそのつもりだ」
我が子の身を案じているズーケンの母親の為にも、早くこの戦いを終わらせなければならない。そんな思いを秘めたダイナ装備達をそれぞれ、ルベロはアサバスを片手に、ケルベはアムベエを両手に持ち、そしてベロンはカンタを背負った。その際、ケルベがコピシュオケに入ったある物に気付く。
「うん?ズーケン、これなんだ?」
「やや!」
ケルベは、ラーケンの形見である短刀の柄を手にする。
「つーか、早くレーベルもくれよ、ズーケンは留守番なんだからさ」
「ややや…」
ルベロは、ズーケンの腰に巻かれたレーベルを指差す。
「そうだったな…。それについても、説明しなくてはならないな」
マニヨウジのある事実、短剣の柄の正体、そしてズーケンが留守番にならない理由。それら全てを、アサバスは三兄弟に話した。
「つまり、ズーケンに来てもらわなければならない、ということか…」
「まーしょー直…俺らだけってのも不安だったしよ。一緒に来てくれんのは、ありがてーぜ」
「そうだな。こうなった以上は、よろしく頼むぜ。ズーケン」
3兄弟は、驚愕こそしたが、内心ズーケンが同行してくれることを心強く思っていた。
「僕の方こそ、皆がいてくれるのは、すごく頼もしいよ。ありがとう」
そんな3兄弟から歓迎されたズーケンもまた、彼らが一緒にいてくれるなら、不安が少し和らぐような気がした。
「そうだケルベ。それは、僕が持つよ。僕の祖父ちゃんの形見だから」
「そうだな。それじゃ…」
「待ってくれズーさん」
ケルベが短剣を、持ち主の孫であるズーケンに手渡そうとしたその時、アムベエが待ったをかける。
「そいつは、このままでいい。むしろ、このまま俺と一緒にしといてくれねぇか?」
「やや、どうして?」
「…ずっと思ってたんだよ。俺はあいつに人生を救ってもらったが、俺はあいつに、大したことはしてやれてねぇって。むしろ、ちょっとマイナスが残ってるだろうな。けど、そんな俺でも、あいつは友達でいてくれた。こいつと一緒にいると、そんなあいつを、なんだか近くに感じられるような気がすんだよ」
かつてラーケンは、家族を喪った悲しみと、幸せを奪ったシゲン人への憎しみで苦しんでいた己の心を救い、かけがえのない友となってくれた。しかも、重病に侵されていた自身を、絶縁まで言い渡したにも関わらず、死の運命からも救ってくれた。感謝してもしきれない程、ラ―ケンに恩を感じていたアムベエだったが、彼が亡くなるまでその恩を返すことが出来ていたとは、到底思えなかったのだ。
「マニヨウジをぶっ倒す為にも、ズーさんにとっても大事なものは分かってるけどよ…それでも、こいつと、一緒にいさせてくれねぇか?」
「アムベエ…」
アムベエの、ラーケンに対する友情は、ズーケンやカンタ達ダイナ装備もよく理解していた。だが、後悔は彼らの想像よりも大きかった。
「うん。いいよ。祖父ちゃんも、そこまで言ってもらえたら嬉しいと思うから」
「ズーさん…恩に着るぜ」
アムベエの思いを汲んだズーケンは、祖父の形見を、その親友に預けることにした。
「どの道、マニヨウジに不意打ちをかける為にも、その方がいいかもしれんな」
「どういうことだ?」
ベロンが尋ねる、マニヨウジへの不意打ち。その方法は、ズーケンが3人の友人達の家に訪れている間に生まれていた。
「それは、マニヨウジの元へ向かう道中で教える。今は、急いだ方がいい。奴の元へ案内してくれ」
「ああ…そうだな。任せとけ」
ケルベロ三兄弟の案内の元ダイナ装備達は、60年にも及んだ因縁に決着をつけるべく、8人は全てが始まった場所、ボンベエ盆地へと向かうのだった。
マニヨウジの元へ向かう道中、一行は、ラーケンの形見である短剣への名前について話し合っていた。名前があった方が良い。なんとなくだが、そう思ったルベロの言葉がきっかけだった。アサバスは当初
それどころではないとは思いもしたが、気晴らしにもなると判断し、皆で話し合うことになった。皆、頭と知恵を絞り、ルベロはダイナソード、カンタはズー剣、アムベエはラー剣、ベロンは文字通り、最後の希望等々、個性豊かな候補が上がった。皆、自身の案が一番だと譲らなかったが、最終的には、ズーケンがポツリと呟いた、ティラノズ剣となった。先程まで言い争っていた全員がその響きを気に入り、持ち主の孫であるズーケンの案ならと、満場一致でズーケンが短剣の名付け親となった。
そんな命名騒動が起きること約15分、気が付けば彼らは、ボンベエ盆地のすぐ近くまで来ていた。そして、ボンベエ盆地にある、マニヨウジが待ち構えているであろう地下の入口前に辿り着いた。地下への入り口を覗き込むと、真っ暗闇の中に、真っ黒い石のようなもので出来た階段が下まで続いている。
「あらかじめ聞いていたとはいえ、まさかボンベエ盆地にこんなものを作っていたとは…」
「こんだけ作れるってことは…思ったより元気そうだな」
アサバスとアムベエは、災厄の怨霊が待ち構える入口に、自分達の想像以上にマニヨウジが力を取り戻しているのかを感じ取った。
「なんだか…怖い…」
「大丈夫よ。正直、私だって怖いけど、レーベルや皆がいてくれるから、きっと大丈夫って思えるのよ。それに、きっとバウソーやアンゾウちゃんが待ってるし、待たせちゃうのは悪いわ。皆も、そう思うでしょ?」
「…ああ。そうだな。行こう」
皆、レーベルと同じ様に、底が見えない真っ暗闇への入口に足がすくんでしまいそうになった。だが、皆と同じ思いを抱えたカンタの、根っからの明るさに励まされ、背中を押され、勇み足のベロンを先頭に暗闇へと降り、辺り一面黒一色の通路を進んでいくのだった。
一行が真っ黒な通路を抜けると、紫色の光が照らす部屋に出る。そこは、部屋の4隅に、紫の炎を宿した黒い石の松明が建てられ、ズーケン達から見て奥の右側の松明の側に、大きな真っ黒い壺が置かれている。それはまるで、仏壇に飾られている、あの小さな壺のようだった。
「ようやく来たな…待っていたぞ」
部屋に入った一行を、60年前バウソーに憑依し、ボンベエ盆地に深く封印された、今回の件の発端にして全ての元凶が、その封印が今にも解かれようとしているマニヨウジが、憑依したバウソーと共に待ち構えていた。
「マニヨウジ…!我々は逃げも隠れもせず、一人残らずここへ来た!最早これまでだ!覚悟しろ!」
ルベロの、少し震えた右手に握られたアサバスが叫ぶ。しかし、マニヨウジは動じることなく、四人のダイナ装備達に目を通す。
「…そのようだな。あの時、私を封印した連中が一人残らずいる…。まさか全員集めてくるとはな…。そいつらを全員、そこへ置いてもらおうか」
マニヨウジは、低く、強い威圧感のある声と共に、乗っ取ったバウソーの右手の二本指で床を差す。
「…分かった。皆、奴の言う通りにしてくれ」
「…わーったよ」
アサバスの緊迫した声色が、彼らの緊張と恐怖をさらに駆り立てる。それぞれ自身が持つダイナ装備達を、マニヨウジの指示通り床に置いていく。この時、ケルベとズーケンは、通路に入る前に互いの持つダイナ装備を交換しており、ケルベはレベルトを、ズーケンはコピシュオケを持っていた。ズーケンは両手で、コピシュオケを上下逆さまに持っており、彼はそのまま、おそるおそる床に置く。
「待て」
「!」
ズーケンがコピシュオケを置いた直後、マニヨウジが、憑依したバウソーの目をしかめさせる。
「何の真似だ?言っておくが、私に小細工は…」
マニヨウジが、ズーケンと目を合わせた直後、その悪意と憎悪に満ちた眼が見開く。
「貴様…あの時の、あの小僧に似ているな…」
「!!!」
ズーケンは、己の瞳を覗き込むように睨むマニヨウジと、目を合わせることが出来ず、瞬時に顔を背ける。
「まさか…!」
ズーケンの反応から、マニヨウジはある可能性を予感し、コピシュオケを掴んで持ち上げる。
「なに…?」
だが、桶の下には、何もなかった。
「どういうつもりだ?これは一体、何の真似だ?」
「…!!!」
マニヨウジは、バウソーの首を傾げ、今度はズーケンの顔を覗き込むように問い詰める。その時、ズーケンは今まで体験したことのない恐怖を感じ、全く顔を合わせることが出来なかった。あれ程強い悪意しか感じない目は、初めて見た。二度と合わせられそうにない。
「何って、そりゃあサプライズだよ。初めてか?まあ、友達はいなさそうだもんな」
「貴様ァ…⁉」
マニヨウジの右手に握られながら、アムベエはからかうように挑発する。彼を握り締める右手に怒りの力が入るものの、アムベエに動揺は見られない。
「ズーケン!こいつを使え!」
「!」
マニヨウジが、アムベエに気を取られている一瞬、ケルベが、腰に巻いたレベルトの裏に隠したティラノズ剣を、ズーケンに投げ渡す。ズーケンは無意識に目を開け、咄嗟にティラノズ剣を両手で掴む。
「今だ!やってくれ!ズーケン!」
アサバスは、自身が今まで背負ってきた使命を、ズーケンに託す。だが、ズーケンは、ティラノズ剣を握り締めたまま、動かない。
「ズーさん!どうした⁉」
マニヨウジの右手に握られるアムベエも叫ぶ。だが、ズーケンの身体は依然、マニヨウジへの恐怖に震えており、ティラノズ剣に光の刃も宿らない。
「おのれ!やはり、それがそうか!させるか!」
ズーケンの震える右手にある、短剣の正体を察したマニヨウジは、右手のアムベエを床に叩きつけ、今度はズーケンに憎悪を宿した右手を伸ばす。
「まずい!」
咄嗟にベロンが飛び込み、そのままマニヨウジを抑えつける。
「貴様…!離せぇ!」
「ズーケン!頼む…!お前しか…いないんだ…!」
「ズーケン!私達からも頼む!やってくれぇ!!」
「「「ズーケン!!!」」」
足掻くマニヨウジに、右腕、左腕と振り下ろされるベロン。彼は痛みに耐えながら、アサバス達ダイナ装備達は60年分の思いを込め、ズーケンに託し、叫ぶ。
「だーいじょーだって!俺らがついてんだから!ほら!」
さらに、震えるズーケンの両手を、ルベロが包み込むように握り締める。ズーケンは、全身を覆い悪寒が走る程の恐怖が、友人達の温かさによって、和らいでいくのを感じた。
「これなら、やれそーだろ?」
「…うん」
ズーケンが小さく、だが、力強く頷くと、ティラノズ剣に光の刃が宿る。
「よっしゃー!そのままいけー!!!」
「いくぞズーケン!今こそ…バウソーを救う時だ!!!」
ルベロが叫び、アサバス達ダイナ装備達の体が白い光を放ち、輝き始める。ダイナ装備達に共鳴するかのように、ティラノズ剣も白い光を纏い、刃を宿す。災厄の怨霊を斬る準備が整いつつある中、ティラノズ剣の持ち主であるズーケンの目に、マニヨウジの抵抗を受け、苦痛の表情を浮かべながら、ただひたすら降りかかる痛みに耐えるベロンが映る。
「…!!!」
ティラノズ剣は、実体のあるものは斬れないと分かっていても、マニヨウジを友人諸共斬るのにはためらいが生じる。だが、皆の声援に背を押され、ズーケンは、その眼を見ることすら出来ないマニヨウジを前に、迷いを断ち切る。目をギュッとつむり、両手に全身の力を込め、勢い任せに祖父の形見を振り上げる。
「うああああああああああああああああ!!!!」
マニヨウジの抵抗を受け続けるベロン諸共、無我夢中で白く輝く光の刃を振り下ろした。
「グアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
ティラノズ剣がバウソーの身体を貫いた瞬間、マニヨウジから、バウソーの喉から張り裂けん勢いの悲鳴が上がった。
「お…おのれぇ…おのれぇぇぇぇぇ…!!!」
「皆!バウソーに呼びかけるんだ!今ならマニヨウジの力も弱まり、我々の声が届くかもしれない!」
斜めに出来た光の傷口を抑え、もがき苦しみながら後退していくマニヨウジ。対して、マニヨウジによる殴打から解放されたベロンには、光の刃による痛みも傷もなく、全身から力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「バウソー!聞こえる⁉私達はね、あなたを助けに来たのよ!ダイナ装備になった時は、あなたがこんなことになるなんて思いもしなかった…。でも、ここにいる皆が、60年間ずっとあなたのことを助けたいって思って、今日までこの時を待ってたのよ!皆、持てる以上の勇気を振り絞ってここまでやってきたの!ラーケンだってそうよ!もうここにはいないけど…今だって、あなたを救いたいって思ってるわ!だから…ラーケンの、私達の思いに応えて!!」
「ラ―ケンは、自分の為よりも、きっとあなたを助ける為に生きようとしてた筈よ!それだけあなたのことを大切に思ってた証拠だし、あなただって、ラーケンのことを大切な友達だって思ってるんでしょ⁉ならお願い!ラ―ケンの為にも、何よりあなた自身の為に、自分を取り戻して!あなたが救われなかったら、ここまでずっと頑張ってきたあたし達は勿論、ラーケンだってすごく悲しむわ!あなたは昔、誰かの為に、戦争で戦おうとしてたんでしょ⁉あなたは、自分を投げ出してまで誰かの為に戦える人なのよ!なら、今は、あなたを助けたいって思ってるあたし達皆の為に、何より自分の為に、マニヨウジと戦って!戦って…絶対に帰ってきて!!」
「バウソー!俺達の声、聞こえてんだろ⁉だったらさっさと目ぇ覚ましやがれ!お前がいつまでもマニヨウジに憑りつかれてたら、悲しむ奴がいるんだよ!ずっと悲しんできて、ずっと自分を責めてきて、ずっと助けたいって思ってたのに、死んじまった奴がいるんだよ!これ以上そいつを悲しませたくなかったら、そんな奴さっさとねじ伏せて、とっとと戻ってこい!!」
「バウソー!ラーケンは…もうこの世にいない…だが、その孫のズーケンがいる!ラーケンの孫とはいえ、この件とは何も関係ない彼が、お前を助ける為に我々と共に来てくれたんだ!本当は、我々よりも強い恐怖や不安を抱えている筈なのに…ズーケンだけではない!ここにいる少年達全員が、お前とは何の関わりのない少年達が、自分達と何の関わりもないお前を助けようとしているんだ!そんな彼らの勇気と思いに応えてくれ!バウソー!!」
全てはこの日の為に。ここにはいない、誰よりも親友の元へ駆けつけたかった親友の分まで、ダイナ装備達が熱く強く呼びかける。だがその度に、マニヨウジに苦痛が生まれ、憎悪の炎を宿していく。
「うるさい…!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええええええ!!!」
バウソーの鋭い牙が並んだ口が開かれると、苦痛による絶叫に近い咆哮と、紫色の火球が乱発される。
「いかん!避けろ!」
襲い掛かる火球を前に、ズーケン達は咄嗟にそれぞれ、身体を伏せ、宙に浮かせ、左右に逸らし、直撃寸前のところで逃れる。
「あいつ…マジかよ!」
「これじゃ近づけねぇな…!」
「どうしたらいい…?」
火球は絶え間なく一行に襲い掛かり、ケルベロ三兄弟も避けるだけで精いっぱいだ。近づくことさえままならない状況の中、ズーケンは、あることに気付く。
「が…あ…がぁ…あ…」
「!」
マニヨウジは、炎をまき散らしながら呻き声を上げている。つまり、マニヨウジは、苦しんでいる。そしてそれは、バウソーがダイナ装備達の必死の呼びかけに応えようと、自分を取り戻そうと必死にもがいているのではないか。ズーケンは、無意識の内にバウソーの元へ飛び込み、気が付けば、まるで彼を抱きしめるかのように取り押さえていた。
「ズーケン⁉そんな無茶よ!」
「よせ!戻ってこい!」
レーベルやケルベの制止も聞かず、ズーケンは、バウソーを強く抱き締めたまま、頑なに離そうとしなかった。
「おのれ!今度は貴様か!ええい離せ!貴様のせいで私はこんな目に…!」
「ううっ…うっ…!」
さらなる憎悪を燃やすマニヨウジは、ティラノズ剣による一撃を受けたこともあり、ズーケンの身体に、ベロンよりも激しい殴打を浴びせる。
「ズーケン!あのやろー…!」
「近寄るな!」
今まで味わったことのない苦痛に、涙を浮かべるズーケン。ルベロ達は彼の元へ駆けつけようとするも、自身やその足元に向けて放たれた火球によって阻まれてしまう。
「くそっ!ズーケン!」
3兄弟が火球を避けている間も、ズーケンはバウソーを離そうとせず、彼に訴えかける。
「バウソー…ダメだ…こんなの…絶対ダメだ…!君は、本当は心優しい子なんだ…。祖父ちゃんが言ってた…君は誰よりも真っ直ぐで、人一倍正義感が強いって…。シゲン星の人達と戦おうとしてたのも…お父さんやお母さんの仇を討つ為だけじゃなくて、きっと自分と同じように、お父さんやお母さんのいない子達を、これ以上増やしたくなかったからなんだよね…!君は、自分の為だけじゃなくて…誰かの為に戦おうとしてたんだ…!そんな君が…ただ誰かを傷つける為だけに利用されるなんて…そんなの嫌なんだよ…!」
バウソーを救いたい。その一心で、ズーケンは、日頃誰にも見せることのない、深い悲しみの感情を露わにしながら、溢れる涙と共いその思いをぶつける。
「ええい!いい加減離せ!離さないなら…こうだ…!」
マニヨウジは、バウソーの鋭い牙がズラリと並んだ、憎悪の炎が溢れ出す火口を、今自身を抑えつけているズーケンに向ける。
「ズーケン!逃げろぉ!」
「死ねぇ!!!」
その場にいる一同が叫ぶ中、恨みの紫炎は、ズーケンを焼き尽くさんと放たれようとしていた。だがそれも、放たれる直前、瞬く間に消え去った。
「なに…⁉馬鹿な…⁉有り得ん!何故だ⁉何故出ない…⁉」
マニヨウジは何度も炎を放とうと試みるも、一向に出る気配はない。一体何が起きたのか…。マニヨウジはこの状況を全く理解出来なかったが、ズーケンにはすぐに分かった。
「バウソー…!君が…君が僕を助けてくれたんだよね…!僕や皆の声が届いたから、君は応えようとしてくれたんだよね…!僕達が助けに来た君が今、僕を助けてくれた…!やっぱり君は、ラーケン祖父ちゃんの言った通り…優しいよ…!ありがとう…バウソー!」
ズーケンは、涙を滲ませながらバウソーに語りかける。その涙は、マニヨウジから殴打を受けた苦痛によるものだけでなく、バウソーの中にある優しさを感じ取ったことへの、感涙でもあった。
「ラ…ラー…ケン…」
「!!!」
そして、バウソーもまた、ズーケンや皆の思いと優しさに、その心で応えようとしていた。
「ば…馬鹿な…⁉あ、有り得ん!バウソーの意識が目覚めるなど…!」
「ズーケン!もう一息だ!バウソーは今、己を取り戻そうと戦っている筈だ!そのまま呼びかけ続けるんだ!」
マニヨウジが動揺している。おそらく、マニヨウジにとっても想定外の事態なのだろう。つまり、バウソーが60年振りに意識を取り戻すかもしれない。今、バウソーを救えるのは、ズーケンしかいない。アサバス達は、ズーケンに全てを託した。
「バウソー!僕を助けてくれた君を、僕達は助けたい!本当は、誰かの為に自分を投げ出せる程強くて心優しい君なのに、こんなことに、誰かを傷つける為だけに君が利用されているのはすごく悲しいよ…。何より…許せないんだ…!!」
何故、強い正義感と優しい心を持ったバウソーが、こんな目に遭わなくてはいけないのか。ズーケンは今、目をつむってしまう程悲しみ、つむった目とバウソーを抱き締める両腕に、強い力が入る程、激しい怒りを覚えていた。
「ズーケン…」
また、いつも優しく穏やかなズーケンを見てきたケルベ達にとって、彼が怒りを露わにしている姿を見るのは、初めてだった。ズーケン自身も、今まで生きてきた中で最も、下手すると怒りを感じることさえ、生まれて初めてかもしれない。
「僕は、絶対…君を助け出す…!でも、その為には、マニヨウジと戦わなくちゃいけない…。たとえどれだけ怖くても、このままマニヨウジを放っておいたら、大勢の人達が君みたいに、ずっと辛くて苦しい思いをすることになるんだ!僕は、皆を守りたい!でも、僕だけじゃ出来ない…君の力が必要なんだ!」
「ええい!黙れ黙れ黙れぇ!!あの忌々しい小僧の孫がぁ!!!」
光の傷が疼くマニヨウジの報復が、さらに激しさを増す。両腕による頭部や背中への殴打に加え、腹部への膝蹴りが、ズーケンの身体をさらに痛めつけ、彼に激痛を与えていく。
「ズーケン!!!」
「君が…!自分を取り戻して…自分の中からマニヨウジを追い出せば…!マニヨウジのせいで、苦しむかもしれない大勢の人達を守れる…!マニヨウジから人々を守る…それは、君が一番望んでいたことじゃないか!僕だって同じだよ!皆だってそうなんだよ!戦おう!僕達と一緒に!マニヨウジと!今度こそ…平和も…幸せも…そして何より…君自身を守るんだ!!」
激しい報復に耐えながら、最後にズーケンが叫んだ時、バウソーの胸の傷口が、眩い光を放つ。同時に、苦痛を与え続けていたマニヨウジの手が、脚が、その動きを止める。
「い、いかん…!バウソー…貴様…!おのれ…よくも…ぐっ!」
マニヨウジにさらなる苦しみを与えていく、今のマニヨウジは最早、声を縛り出すのがやっとだった。
「ズーケン!ほら、頼んだぜ」
「!」
今が好機とみたケルベが、咄嗟にズーケンの足元にあるティラノズ剣を拾い上げ、それを受け継いだ者に託す。
「バウソーを助けてやれ。あと、もう少しだからな」
その際、ケルベはマニヨウジに痛めつけられ、ボロボロになったズーケンの身体を、これまでの頑張りをねぎらうかのように優しく支えていた。
「ズーケン!お前には、我々がついている!!だから大丈夫だ!!」
「「「「「「「ズーケン!!!がんばれえええええええええええええ!!!!」」」」」」」
「ありがとう…みんな…!」
アサバス達から力いっぱいの声援を浴び、ズーケンは、ケルベからティラノズ剣を、今度はしっかり両手で受け取り、力強く握り締める。そして、最後の希望に光と刃を与え、高く突き上げる。白く輝く刃は、ダイナ装備4人と3人の友人達の思いを受け取ったズーケン、8人の思いによって更なる輝きを放つ。もう、迷いはない。
「うおああああああああああああ!!!!」
バウソーの光る傷口をなぞるように、ズーケンは光の刃を力の限り振り下ろした。
「グエアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
傷口に更なる一撃を加えられたマニヨウジの口からは、先程よりも痛々しい悲鳴が上がり、部屋中に木霊する。
「「「「バウソー!!!」」」
60年間悪霊に囚われ続けてきた身体の持ち主に、彼らは呼びかける。マニヨウジは傷口を抑え、呻き声を上げながら倒れ込み、その苦しみから逃れるように藻掻き、苦しみ続けている。そして、その身体は突如、大きく口を開けたまま、ピタリと動きを止める。
「あ…あ…ラー…ケン…」
「!!!」
その絞り出された声は、マニヨウジのものではなかった。
「お…れ…は…おれ…は…」
彼は、目だけを動かし、辺りを見渡す。その瞳に、ズーケンが直視出来なかった程の悪意は宿っていなかった。
「ここは…どこだ…?俺は…一体…」
「バウソー…!」
身体を動かせないバウソーの元へ、ズーケンは歩み寄り、その気持ちの高ぶりのまま彼に抱きついた。
「うおっ⁉」
「バウソー!!良かった…!君が戻ってきてくれて…本当に良かった…!バウソー…!!」
「やった…やったぞおおお!!!とうとうバウソーを救い出したぞおおおおおおおおおおおお!!!!」
60年ぶりに自身を取り戻した、正真正銘のバウソーに、ズーケンから嬉し涙が一気に溢れ出す。また、60年間この瞬間を待ち望んできたダイナ装備達も、普段とは想像もつかないような雄叫びを上げるアサバスを先頭に、ついに使命を果たしたことを実感し、その歓喜を共にした。
「お前は…お前達は、誰なんだ…?それに、ここは一体…」
一方、60年ぶりに目を覚ましたバウソーは、ズーケンが何故涙を流しているのか、何故傘や風呂桶などから歓声が上がっているのか、そもそも自身に一体に何が起きているのかさえ分からず、ただただ首を左右に振りながら呆然としている。
「バウソー。おめーはマニヨウジに憑りつかれて、一緒に60年間ボンベエ盆地で寝てたんだよ」
「なに…マニヨウジと…?」
ズーケンとダイナ装備達は、感極まって説明出来そうにない。バウソーを救い出したことに感情が高ぶっている彼らとは反対に、安堵し全身に疲れがドッと出たケルベロ三兄弟。その次男坊ルベロが説明役に買って出るものの、それは大分ざっくりしたものだった。バウソーは、始めは顔をしかめるも、すぐにハッとさせる。
「そうだ…俺はあの時、ラーケンから離れた後、彷徨うシゲン人の魂と出会って…なんてことだ…!」
全てを思い出したバウソーは、一人頭を抱え、強い罪悪感に見舞われる。
「俺は…俺は取り返しのつかないことをしてしまった…!俺があの時、奴に心を許さなければ…!」
「何が…あったの?」
ズーケンが、おそるおそる尋ねる。ここから先は、誰も知らない、バウソーが何故マニヨウジに憑りつかれたのか、バウソーが歯を食いしばる程悔む、マニヨウジに心を許した理由が、語られようとしていた。
ズーケン達の奮闘により、バウソーはついに自身を取り戻した。ラ―ケンとダイナ装備達の悲願が、ついに達成された。だが、60年振りに悪霊から解放された少年には、喜びは一切なく、恐怖、後悔、罪悪感がその心を満たしていた。
「ラーケンから離れた後…俺は偶然、彷徨うマニヨウジの魂と出会った。その魂は、自らシゲン人だと名乗ったが、まさかマニヨウジだとは思いもしなかった。奴は仲間に裏切られ、肉体を消されたと言い、自分に争う意思はなく、ただ故郷で平和で暮らしたいとまで言った。今までの俺なら、シゲン人の言葉に耳も貸さなかった。だが、ラーケンの話を聞いて、もし心優しいシゲン人が本当にいるなら、信じたいと思った。もしこの魂が、平和を望む心優しいシゲン人のものなら、俺は助けたいと思った…シゲン人を…受け入れようとしたんだ。だが…そのシゲン人が、よりにもよって…マニヨウジだったんだ…!」
「!!!」
60年前、バウソーが何故、マニヨウジに憑依されることになったのか。何故、故郷を戦禍に陥れ、戴せな家族を、幸せを奪った元凶であるマニヨウジを受け入れたのか。バウソーはかつて、ラ―ケンが信じたいと望んだ、心優しきシゲン人の存在を、自身もまた信じたいと思い、手を差し伸べた。しかし、手を差し伸べた相手が、よりにもよって大勢のダイチュウ人から全てを奪ったマニヨウジであったことが、彼の不運であり、60年にも及ぶ悲劇を生むこととなってしまった。
「…」
その真相を知った誰もが、言葉を失った。かつて、ラーケンとラミダスに歩み寄る際に、相手に歩み寄る勇気と、信じる心を持ったラ―ケンは、ラミダスと分かり合うことが出来た。だが、同じ心を持とうと勇気を振り絞ったバウソーに待っていたのは、彼が最も憎む災厄の悪霊との60年にも及ぶ長い眠りという、親友とは全く真逆の運命であった。誰にも想像も出来ない、誰にも理解出来ない程の後悔と罪悪感に苦しむバウソーに、誰もがなんと言葉をかければいいのか、分からなかった。
「そうだったんだね…。辛かったよね。バウソー…君が今、僕達じゃ想像し切れない程苦しんで、辛い思いをしているのは分かる。でも、今の君の苦しみや痛みは、僕じゃ分かってあげられないんだ…」
だが、それでも何か言葉をかけずにいられないのが、ズーケンなのだ。
「けど、たとえ君の痛みや苦しみ全部は分からなくても、僕だって、君と同じ目に遭ったらきっとすごく辛いだろうし、苦しいと思う…。だから僕は、君の痛みや苦しみを、少しでも和らげる為に僕が出来ることは、全部したいって思ってる。君がこれから、楽しく幸せに生きていけるように、力になりたいって、思ってるよ」
「…!」
バウソーは、ズーケンの言葉と、その声の温かさに覚えがあった。マニヨウジに囚われていた時、自身に必死に呼びかけ続け、己を取り戻すきっかけをくれた声と言葉の主だ。
「お前…!」
まるで、かつての親友であり、恩人のようだった。バウソーは、自身をマニヨウジから救ってくれただけでなく、その後のことも、己の為に尽力してくれようとしている。ズーケンのことを、その少年の孫だとは知らずとも、どこか彼の面影を感じていた。バウソーは、親友であり恩人であるラーケンの孫に、今の自分の恩人となったズーケンに、手を伸ばそうとした時だった。
「誰を…助け出せただと?」
「!!」
その手を、バウソーの中に潜む悪霊が止める。
「まだ私は…バウソーから離れたわけではないぞ…!今一度…こいつの身体を乗っ取り、貴様らにこれまでの仕返しをしてくれるわ!!」
「うっ…ぐっ…うああああああああああああ!!!」
「バウソー!!!」
マニヨウジが、ズーケン達への恨みを込めて報復を誓うと、バウソーの身体を、妖しい紫色の光が包み込む。
「バウソー!いいかよく聞け!貴様がこの私に心を許した後、何が起こったのか!まず、己の命や人生を犠牲にする者が現れた!同じシゲン人でありながらこの私に反旗を翻し、私の肉体を消し去ったラミダス!貴様の命を救う為、貴様諸共この私を封印し続けた!己の命を捨ててなぁ!」
「ううっ…ぐうう…!」
再びバウソーの身体を乗っ取らんと、マニヨウジは敢えて、両手で頭を抱え込むバウソーの罪悪感を煽るような言い回しで事実を明かしていく。
「バウソー!マニヨウジの言葉に耳を傾けるな!マニヨウジはお前に自責の念を持たせ、その心に隙を作り、再びお前の身体を乗っ取るつもりだ!惑わされるな!奴の言葉など、聞く価値もない!」
「そうよ!元はといえば全部マニヨウジのせいよ!あなたは何も悪くないわ!ラミダスが自分を犠牲にしたのも、あなたを救う為だったのもあるけど、元々ラミダスは、最初から自分を犠牲にしてマニヨウジをあの世に送るつもりだったのよ!あなたのせいで犠牲になったんじゃない!」
マニヨウジに苦しめられるバウソーを救う為、アサバスとカンタは懸命に呼びかける。だが、マニヨウジは、それすらも利用する。
「そうだ!奴はあの時、自身諸共この私をあの世に送ろうとした!だが、貴様がいた為にそれが出来なかったのだ!あれが私を倒す最後のチャンスだったというのに…貴様が奴を無駄死にさせたのだ!それに、私をあの世に送る為、奴が作り上げたダイナ装備達!それを作る為に子供が4人、いや貴様の親友含めて5人が犠牲になった!まずダイナ装備を作るにはな、ダイチュウ人の魂が必要不可欠!しかも、若ければ若い程、つまり幼い子供であればより強力なダイナ装備が出来上がる!奴は私を倒す為、貴様と同じくらい幼い子供の魂を使ったのだ!ダイナ装備になったことで肉体を失っただけでなく、身動きを取ることも物を食うことも出来ぬ体になった!元の肉体があれば、これから待っているであろう幸せな未来も失ったのだ!」
「なぁに言ってやがんだ!!俺達ぁ元々死にかけだったんだよ!ダイナ装備にならなきゃそもそも未来もクソもなかったんだよ!俺達の命は、あの時点でなかったようなもんなんだ!それで、俺達は誓ったんだ!ダイナ装備としての命と人生は、誰かの為に使うってな!そもそも、俺達を死にかけに追いやったのは戦争だ!その戦争を引き起こしたのもてめぇらで、結局全部てめぇの所為だろうが!勝手に人の所為にしてんじゃねぇよ!だからバウソー!お前は何にも引け目を感じる必要なんかねぇんだ!目ぇ覚ませ!」
「バウソー!確かにあたし達は、元の身体はなくなっちゃったけど、病気でいつ死んでもおかしくなかった私とアムベエは救われたのよ!あたし達はダイナ装備になったことで、なかった筈の人生を貰ったのよ!だからあたし達は、犠牲になったなんて思ってないし、後悔だってしてない!むしろ、この星の人達やあなたを救う力を貰えたんだから、誇りに思ってる!あたし達だけじゃない!アサバスとカンタちゃんだって同じよ!」
ダイナ装備となったことにより、死の運命を免れたアムベエとレーベルも、それぞれダイナ装備になったことへの思いを乗せ、バウソーに呼びかける。そんな彼らの思いすらも、マニヨウジは利用し続ける。
「ダイナ装備になって後悔していない…確かにこいつらはそうかもしれんが、だが肝心の貴様の親友はどうだ⁉奴が遺したダイナ装備は、奴の寿命を犠牲にし作られたものだ!奴もそのことを知った上であの剣を作ったのだろうが、後悔していないと果たして言い切れると思うか⁉寿命が減っているということは、少なくとも他の者より長く生きられず、他の者よりも先に死ぬということだ!明日死ぬかもしれない恐怖を抱え、そしていずれ復活するであろうこの私に怯え続けながら、奴は一人死んでいった!親友である貴様を、この私から救おうとしたばっかりにな!貴様が奴と親友でなければ、奴は貴様を助けることもなく私諸共あの世に送れた!それさえ出来ていれば、少なくとも私への恐怖を味わうことなく生きられた筈だ!貴様の親友の人生は、貴様のせいで犠牲になったようなものだ!それでも奴は、貴様のことを親友だと思うのか⁉そして貴様は、奴の親友だと言えるのか⁉答えてみるがいい!」
「ううっ…!ううううううっっっ!!!」
親友と犠牲。マニヨウジはその言葉を強調し、敢えてバウソーが傷つき、罪悪感が増すであろう言葉や言い回しを使い、バウソーの心を傷つけ、弱らせ、隙を作りだし、再びその身体を乗っ取ろうと画策していた。その狙いを知る由もなく、正義感や責任感が人一倍強いバウソーは強い自責の念を抱え、その目からは涙が流れだし、再び怨霊が宿ろうとしていた。
「そんなことない!!!」
「!!!」
だが、ズーケンが鋭い目で卑劣なマニヨウジに怒り、その策略を吹き飛ばす勢いで叫ぶ。その後、鋭くなった目つきを緩め、今も苦しむバウソーに歩み寄る。
「バウソー…確かに、ダイナ装備になった皆や、ラーケン祖父ちゃんは、ずっと怖い思いを抱えながら生きてきたのは、本当のことだと思う…。でも、君を助けたいって言う思いも、間違いなくあったんだ。あの時、君と一緒にマニヨウジをあの世に送ることだって出来た…でも、皆はそうしなかった。たとえ、マニヨウジみたいな恐ろしい存在といつか戦うことになっても、ずっと心の中で戦い続けることになっても、誰も後悔なんかしていない!マニヨウジが怖い気持ちよりも、君を助けたい気持ちの方がずっと強かったんだ!どれだけ怖くても、君は救われてほしいから、ここに、君を助けにこれたんだよ!!君がいたから、僕達はマニヨウジと戦えたんだよ!!マニヨウジの悪い言葉ばかり耳を傾けちゃダメだ!僕達の声も聞いて!バウソー!!」
「…!!」
言葉に、徐々に感情が籠っていくズーケン。だが、マニヨウジは鼻で嘲笑う。
「何を言い出すかと思えば…さっきも言ったが、こいつらが味わった恐怖も、貴様を助けようなどど考えなければグエエエエエエッッッッ⁉」
まだ、話は終わっていない。そう言わんばかりに、バウソーに憑りついた悪霊と光る傷口目掛け、ズーケンは、無言でティラノズ剣を突き立てた。
「き…きさ…ま…!」
マニヨウジの、気にも留めず、ズーケンはバウソーに語り掛ける。
「ダイナ装備になれば、死んじゃうことはない…。けど、身動きは取れないし、皆とご飯も食べれないし、夜は…すごく寂しいって、皆言ってた。元の身体よりも、良いことは少ないかもしれないけど…それでも、悪いことばかりじゃないって言ってた。身動きが取れない、ご飯が食べられない、寝ることが出来ない。当たり前に出来ていたことが、出来なくなった。だからこそ、寄り添ってくれる誰かの優しさとか思いやりとか、心の温かさを誰よりも強く感じることが出来たって…それは、幸せなことだったと思う」
無論、幸せを感じていたのは、彼らだけはない。
「失ったものは大きかったけど、何もかも不幸になったわけじゃない。皆、自分なりに幸せを感じて、周りの人達のことを幸せにしてきた。その周りの人達に出来ないことが、皆には出来る。それは、君を助けること。皆、君を助ける力を持った自分を誇りに思ってるんだ。失った代わりに得たものも、大きかったんだよ」
悪霊との心の戦いの中、苦悶の表情を浮かべるバウソー。その顔を見ていると、ズーケンの中に、彼を助けたい思いがさらに高まっていく。
「これであとは…バウソーが、自分を取り戻すだけだよ。君が救われれば、今まで皆が辛い思いをしたり、苦しんだり、悩んだりしてきたこと全部が、やっと報われるんだ。でも、ダイナ装備皆の力だけじゃ、君を救うことは出来ない。一番必要なのは…バウソー、君自身の力なんだよ」
ズーケンが最後に、優しく微笑んだ瞬間、バウソーの両腕が、今まで抱えていた頭から離れ、握り拳を作っていた。
「俺自身の…力…」
「⁉」
それは、己をねじ伏せようとするマニヨウジの意思に反し、バウソーの心が、ズーケンの思いに応えようとした瞬間だった。そのことを察したズーケンは確信する。あと、もう少しだ。
「一人じゃどうにも出来なくて、誰かの力が必要な時だってある。でも、その誰かの力だけじゃマニヨウジには勝てないし、バウソーも助けられない…。最後にマニヨウジを倒すのは、君を救うのは、やっぱり君の力、君自身の強さなんだ!もう君には、その強さがある!誰かを守る為に戦うのは、強い人じゃないと出来ないから…自分と同じ境遇の子供達の為に戦おうとしてた、あの時から君は強かったんだ!その戦おうと思ってた相手にも、本当は怖いと思った相手にも手を差し伸べた!そんな君が、弱いはずない!君の中にある強さがあれば、マニヨウジにだって勝てる!一緒に戦おう!僕達には、君が必要なんだ!僕達は勿論、60年間君を救うことを考え続けてきたダイナ装備の皆や生きている間ずっともう一度君に会いたいって思い続けていたラ―ケン祖父ちゃんだって、君が救われて、幸せになって欲しいって願ってる!皆の思いに応える為に…何より君自身の為に…マニヨウジに勝って、生きて、君だけの幸せを掴むんだ!!バウソー!!!」
「俺の…俺の為の…幸せ…」
なぁバウソー。お前はそれで、幸せなのか?こういうことを直接言うのもちょっと恥ずかしいけどさ、俺はお前に、幸せになってほしいんだよ。人の為に頑張るお前も良いけど、なんかこう…もっと、自分の為に頑張ってほしいっていうか…自分のことも考えてほしいっていうか…。誰かを傷つける以外でさ、幸せになる方法を見つけてほしいんだよ。もっと長生きしてさ。それが俺の…願い、かな。
「ラ…ラ―ケン…う…う…ううう…!」
今は亡き親友の願いが、涙する彼に、悪霊を抑え込む力を与える。
「ええい黙れ黙れ!それ以上口を開くな!小僧ぉ!!」
このままではバウソーが完全に意識を取り戻す。そうはさせまいと、段々制御が効かなくなってきたバウソーの身体を、彼の内側から無理矢理動かし、右腕を振り上げさせる。そしてそのままズーケンに振り下ろされるかと思いきや、腕はそのまま振り上げられたままだ。
「なっ…馬鹿な…⁉動かん…何故だ…⁉」
何度も腕を振り下ろそうと力を込めるが、腕はピクリとも動かない。
「それ以上…俺の身体で…誰かを傷つけるな…マニヨウジ!!!」
今度という今度こそ、完全にマニヨウジを抑え込んだバウソー。その身体が、ティラノズ剣のように、白く眩い身体を放つ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「バ、バウソー…⁉ぬ…ぬおおおおおおおお⁉」
白い光は、バウソーの雄叫びと共に輝きを増し、60年間彼に憑依し続けた黒い怨霊を払った。
「バウソー!!」
同時に、倒れ込むバウソーを、咄嗟にズーケンが抱き留める。
「バウソー…やったね…!やっと…自分を取り戻してくれたんだね…!」
「ああ…お前達のおかげだ…ありがとう…」
ぐったりともたれかかるバウソーを、ズーケンは嬉し涙を流しながら強く抱き締める。
「やったぞぉ!!今度という今度こそ、バウソーを救い出した…!ついに…ついにやったぞおおおおおおおおお!!!」
「ああ!今度という今度こそ、俺達の勝利だあああああああ!!」
「カンタちゃんやったね!あたし達とうとうやったのね…!!」
「ええ!よく頑張ったわ…!あたし達も…バウソーも…!」
60年間憑りついていたマニヨウジが、バウソーの身体から離れた。その光景をその目で確かに見届けたダイナ装備達。アサバスが二度目の勝利の雄叫びを上げると、アムベエもそれに続き、レーベルとカンタは、互いに元の肉体があれば大粒の感涙を流し、抱き合っていたであろう程感極まっていた。
「やったなズーケン!お手柄だな!」
「やっと今度こそ戻ってきやがったか!俺達くろーしたんだぜ?でも、良かったな!」
「ああ。だが、その甲斐あって、こうしてお前が救われた。そんなお前を見ていると、俺も救われたような気分だ。戻ってきてくれて、ありがとう」
「みんな…」
バウソーをマニヨウジから解放することが出来ただけでも、ズーケンは涙が溢れる程感動し、今まで生きてきた中で最も大きな喜びに満ちていた。そこへさらに、ケルベロ三兄弟から、60年振りに意識をバウソーと共に温かい言葉をかけられ、ズーケンの心は、より温かい気持ちになった。だが一方で、長い時を経てようやく眠りから覚めたバウソーの顔は、どこか浮かない表情だ。
「どうしたんだバウソー?ようやく自由の身になったんだぜ?もっと喜んでいいんだぞ?」
「あれか?もしかして、寝ぼけてんのか?」
「60年もの間、マニヨウジ共々眠らされていたからな。それも仕方ないかもしれん」
「いやいやいややや…」
見方を変えれば、バウソーは60年ぶりの起床を果たしたとも言える。しかし、先程の奮闘ぶりを見ると、流石に目は覚めているだろう。むしろ、激しすぎる程のウォーミングアップで疲弊しているのかもしれない。ズーケンが一人あれこれ考えていると、バウソーが溜息をつく。
「俺は、60年前にマニヨウジに憑りつかれ、奴諸共封印された。そして今、皆のおかげで60年ぶりにマニヨウジから解放され、目を覚ました。だが…ラ―ケンはもう、いないんだな…」
「!」
バウソーにとって、最も信頼し、最も会いたかったであろう親友ラーケンが、そこにはいなかった。ラーケンもまた、この場にいる誰よりもバウソーに会いたかった筈だ。誰よりもこの時を待ち望んでいた筈だ。バウソーとラ―ケン。二人の心中を思うと、誰もが胸を締め付けられ、かける言葉に迷った。そんな中、ズーケンは、一歩前へ出る。
「確かに…ラーケン祖父ちゃんはもういないけど、僕が、いや僕達がいるよ。祖父ちゃんの代わりにはなれないかもしれないけど、僕なりに、君の力になりたいって思うし、君にとって、良い友達でいられたらって思うんだ。上手く出来ない時も多いと思うけど…僕でいいなら、よろしくね」
「…!」
ズーケンは、優しく微笑み、右手の二本指をピースサインのように見立て、そっと彼に差し出す。これは、指が少ないズーケンやバウソーのようなダイチュウ人同士が、人間同士における握手を交わすサインだ。
「バウソー。悲しいが、ラ―ケンは既に世を去った。だが、ラーケンがいなくとも、その孫であるズーケンがいる。ラ―ケンが生涯抱いていたであろう無念を見事晴らし、お前を救ったズーケンがな。これ以上の友はいるまい」
「そうだぜバウソー。折角目ぇ覚ましたんだから、これからは長いこと寝てた分楽しく生きろよ。俺達も、お前が新しい人生を楽しめるように手伝うからよ」
「私達も、出来ることならなんでもするわ。なんでも気軽に言って頂戴ね!私はお節介だから、何も気を遣わず、何の気兼ねも遠慮もしなくていいからね!」
「あたしだって…出来ることは少ないかもしれないけど、せめて話を聞くぐらいなら出来ると思うし、バウソーが少しでもあたしに話してくれたら、嬉しいな。よろしくね」
「…!」
ダイナ装備達からの手厚いサポートと歓迎に、バウソーは胸を熱くし、思わず涙を誘う。
「みんな…ありがとう…こんな俺の為に…!」
「良かったなバウソー。一気に友達が8人増えたな。なら、さっさとそれ、やってやれよ」
バウソーの肩を抱くケルベの視線の先には、ズーケンが友情を交わす為に差し出した二本指がある。
「あ、ああ…そうだな…!」
ズーケンが差し伸べてくれた右手に応えるべく、バウソーも右手でピースサインを作ると、新たな友と、ゆっくり二本指を合わせる。
「ズーケン…こんな俺だが、よろしく頼む!」
「こちらこそ、よろしくね!バウソー!」
ここに、60年の時を超え、新たな友情が生まれた。その瞬間に立ち会い、その光景を見届けた彼らもまた、大きな喜びに包まれると同時に、新しい友人を歓迎していた。
「よっしゃー!あとはレーガリン達も入れて、11人だな。ズーケン!今度しょー介してやろーぜ!」
「うん。きっと、良い友達になれると思う」
根拠はないが、なんとなくそんな気がした。そうであってほしいと、ズーケンは願っていた。
「これでバウソー自身に加えて、その心も救えた…。俺も、新しい友達が出来た。あとは…」
ルベロに続き、ベロンも大きな喜びに満たされていた。だが、あることを思い出す。
「女の子は…どこだ…?」
「!!」
ベロンが、焦りと共に呟いた途端、誰もがハッと思い出し、一斉に辺りを見渡すも、少女の姿はない。
「やっと思い出したか…待ちくたびれたぞ。バウソーをこの私から引きはがしたことにすっかり浮かれ、もう一人の人質の存在を忘れるとは…全く、酷い奴らだ」
揃って少女の姿を捜す一行の前に、彼らを嘲笑う紫の人魂が現れる。そして人魂は、その姿をかつてのマニヨウジの肉体、かつてラミダス達に反旗を翻される前の姿、軍服を着たシゲン人としてのマニヨウジへと変えた。
「マニヨウジ!あの子を何処へやった⁉」
「今に分かる…。そして後悔するだろう…そいつを助ける為に、あの時私をあの世へ送らなかったことを…そして、そいつをわざわざ助けに来たことをな…」
アムベエの怒声を鼻で笑い、そのまま不敵の笑みを浮かべるマニヨウジは徐々に、部屋の隅にある壺に向かって後退していく。
「散々この私の邪魔をしてきたことが、どれ程愚かな真似だったか…その身を持って…思い知るがいい!!」
身勝手な怒りを爆発させたマニヨウジの魂は、炭の様に真っ黒な壺の中に飛び込む。その直後、壺の中から紫色の妖しい光が漏れ、そこから壺と同じ色をした真っ黒い粘土が溢れ出す。
「あれ…マニヨウジのやろーがこねてた粘土じゃねーか⁉」
「一体…なにが起きているんだ…?」
ルベロとベロンが動揺する中、粘土は部屋全体を包み込むように広がっていく。さらに、四隅にあった松明の紫炎も激しく燃え、部屋全体が揺れ始め、全員の本能が瞬時に、危険だと言っている。
「とにかく、ここにいては危険だ!早く離れるぞ!」
「でも女の子が…」
「今は私達の安全が第一よ!急いで!」
この時点で、この場にいる誰もが、今すぐにでも少女を助け出したいと考えていた。誰もが、少女のことが気がかりであった。しかし、ここでもし自分達の身に何かあれば、少女を救うどころか、元も子もない。
(…ごめん。でも、必ず助けるから…!)
必ず少女を救い出すことを誓ったズーケン達は、少女を救う為にも、今は自分達の身を最優先させることにした。
つい先程まで自分達がいた、悪霊の砦を脱出した一行は、マニヨウジが造り上げた小さな要塞が、真っ黒い粘土に包まれていく様を、ただ呆然と眺めていた。
「一体…何が起きようとしているんだ…⁉」
これから何が起きるのか。予測できないからこそ見舞われる不安と恐怖に、バウソーを始め誰もが心を支配されようとする中、その全貌が明かされようとしていた。
「よぉく聞け小僧共…。貴様らは60年もの長きに渡って、この私の邪魔をしてきた…最早、命はないと思え…!」
真っ黒い粘土に包まれた要塞から、マニヨウジの憎悪と怨念の声が、ボンベエ盆地一帯に響く。
「まずはダイナ装備共…貴様らさえなければ、私は60年もの長い間封印されずに済んだ…あの時、バウソーに憑りついた時点で、私の悲願、ダイチュウ星の支配は達成されていたのだ…。次に、そこの3兄弟…貴様らが私の言う通りに動いてさえいれば、私がここまで追いつめられることもなかった…。そして…その短剣のダイナ装備を遺したあの小僧とその孫ズーケンとやら…貴様らだけは絶対許さん!今から貴様ら全員まとめて、絶望の淵に叩き落としてくれるわ!!この私の怒りに触れたこと…骨の髄まで恐怖を味わいながら後悔するがいい!!」
マニヨウジが私怨に満ちた怒声を上げると、要塞を包み込んだ粘土をさらに、妖しい紫の光と炎が覆う。
「今度は何⁉」
レーベル達の不安が高まる中、真っ黒い粘土に包まれ、紫の光を纏った要塞は、一つの巨大な粘土のように液状化したかと思うと、巨大な尾と、巨大な胴体を象っていく。
「教えてやろう…何故この私が、あの小娘をわざわざ攫ったのか…。一つは人質の為…そしてもう一つは…この為よ!!」
マニヨウジと一体化し、紫の粘土と化した要塞は、次に、ティラノサウルスのような獣脚類の逞しい両足、小さな二本指の両腕、そして最後にティラノサウルスよりも細長い口先を持った頭部を生成し、ある一体の恐竜を模した、炭のように真っ黒な怪物が立ち上がる。
「ま、まさか…」
とある恐竜を象り、漆黒の動く要塞となった姿に、ベロン達3兄弟は、思わず後ずさりする。その姿は、誰を象っているのかに、心当たりがあったからだ。
「そうだ…すべてはこの為…。万が一、貴様らの妨害によってバウソーの身体から引き離された際、新たなこの体を得る為…私が最強の姿となる為…!見るがいい…これが我が最強にして最恐の姿…DIE鬼妖竜…血怨城だああああああああああああ!!!!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!」
マニヨウジが咆哮すると同時に、人質となった少女アンゾウの種族キアンゾウサウルスを模した血怨城もまた、絶叫に近い産声をボンベエ盆地一帯に響かせた。これからズーケン達に史上最大の恐怖と絶望、そして最後に死を与えるであろう血怨城は、少年達にとってまさに、最凶最悪の怨霊の要塞であった。




