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オカルト同好会にようこそ  作者: 野田あご
第一章 それはまだ梅雨に入りたてのころのお話
7/20

-07 調査

「家庭科室? あんな人気のないとこ、なんかいても不思議はないけど……あそこ職員室からも死角になってるしなぁ」


 翌日、俺はクラスの奴らに家庭科室について尋ねて回った。


「ああ、あそこ昔さ、タバコ吸っている生徒がいて、煙探知器を付けたとかって聞いたぜ」

「男女のヤリ部屋とかって噂聞いたことある」

「さぼるのに最適だって」

「放課後生徒が悪いことしないように、家政部の活動を活発にしてるって噂」


 なんかいかがわしい噂があったが、肝心の幽霊のゆの字も出てこない。


「家庭科室? 何調べてんの、お前?」


 同じクラスのいけ好かない奴、鳴沢にも一応聞いてはみたものの、返答が何だかむかついたので速攻で話を打ち切ることにした。


「家政部に聞く方が早いんじゃないのか」


 立ち去る直前にそんな建設的な意見を言われて、少しだけ鳴沢を見直した。

 が、すぐに、


「ばーか」


 と直接的に悪口を言われたので、絶対に礼は言わないことに決めた。

 

 なんとなく気が合わない奴ってどこにでもいる。

 俺ににとっては鳴沢がそれ。向こうも俺相手にはどこか棘がある態度だし。

 あいつ、他の奴らには親切な感じなのに。


 昼休みももうすぐ終わり。女子のほとんどが弁当を食べ終えて友人たちと談笑したり、読書をしたり、まどろんでいたりと思い思いに過ごしている。

 家政部っぽい女子にあたりをつけて声をかければ、どうやら正解だったらしい。


「家庭科室に幽霊? ってそんなのないない! 結構遅くまで残ってるけどさー、明るいし、何にもないって」


 明るく否定する家政部員。隠し事などしているようにはとても見えないから、やはり何もないのかもしれない。


「そういえば、家政部の二年生に宮上遥先輩っているよな」

「宮上先輩? あの先輩、優しいよく見ればキレイだし。更に大人しくて控えめで、しっかりしてそうなのに、どことなく抜けててかわいいんだよね! 何? 二月君、もしかしてそーいうこと?」

「違う」


 どうやら宮上遥の評判はすこぶるいいようだ。

 妙な誤解を生みそうで慌てて首を横に振るが、「ふーん」と意味ありげな笑みを浮かべられてしまった。……これだから女子ってのは………。


「宮上先輩の話? あの人目立たないじゃん。みんな帰ったかなって思って電気消そうとすると隅の方にいて『まだいます』って申し訳なさそうに言うの、面白いんだけど。存在感がないっていうのかな」


 別の家政部員も横からそんなことを付け加えた。

 よく見れば美人なのに、地味に見えて目立たない、か。

 もう宮上先輩が幽霊ってオチなのかもな。


 馬鹿馬鹿しいと自覚はあったが、そんなことを思って胸中で笑った。

 



 そんなに収穫ははなかったから、同好会には寄らずに帰宅することにした。

 本日は梅雨の合間の晴天。


 夕日に染まった街をぶらぶら歩きながら帰宅。雨が降ると思って自転車は自宅に置いてきた。

 バスに乗りたくなくて、できるところまでは徒歩だ。バス代浮いた分だけ小遣いゲットだし。


 いつも通りかかるだけの公園。

 遊んでいる小学生の姿は、今日はもうない。

 時間が遅いからだろうか。


 ふとジャングルジムを見れば、一番高い場所に黒いモヤを見つけ息をのんだ。

 こんなところに単体でいるなんて、何で。


 別に放っておいてもよかったが、と思いながらも俺はジャングルジムへと向かった。

 公園の目玉なのだろう。大きいジャングルジムは上るのに手間がかかる。

 リュックがひっかかったので、一度下まで降りてリュックを降ろし、もう一度。

 

「あの、如月君、だっけ?」


 声をかけられて、我に返った。登るのに夢中になってしまっていた。

 見られた! という羞恥心に焦りつつ、肩越しに声がした方を見下ろせばそこには知っている顔があった。


「……宮上先輩」

「……えっと、こんにちは、かな? こ、声かけちゃまずかった?」


 ものすごく気まずそうな顔で言われてしまって、俺も気まずい気持ちでいっぱいになる。

 ジャングルジムの上にいるモヤを消そうとしていた、とか言ったら狂人扱いされそうだ。

 どうやってこの場を切り抜けようかと考えながらも、俺はジャングルジムから飛び降りて宮上先輩に曖昧にお辞儀をした。

 

「ちょっと、その、童心に戻ってまして」

「あ、そうなんだ。……邪魔しちゃったかな。ごめんね」


 適当に、かなり苦しい言い訳を口にすると、宮上先輩に謝罪されてしまった。

 何か本当に気まずい。

誤魔化すように目をそらしてジャングルジムの頂上に在る黒いモヤを見やる。

 それは動くことなくその場にとどまっている。

 

 本当に、あれはいったい何なんだろう?


 わからないけれど、消すことはできる。

 でも今は、敢えてあそこまで登って行って消すような真似はしない方がよさそうだ。ただでさえ準不審者だし。

 宮上先輩も、俺のつられるように視線をジャングルジムの上に向けている。


「えーと、上から見たら夕日に染まった街がよく見えるから?」

「ああ、はい、そんな感じです!」


 ちょっとだけそれってどうなんだって気がしないでもないけれど。

 何か背中に嫌な汗をかいているのがわかる。早く話題を変えたい。


「あ、そうだ、昨日はごめんね、何だか無理難題押し付けてるよね」

「今日は大丈夫だったんですか?」

「うん、まあ、普通に避けられてるけど、何かされてるって感じじゃないから……大丈夫じゃないかな」

「それ、大丈夫じゃないですよ!」


 いじめに近い気がする。

 そんなことを思いながら、俺は下に置いたリュックを拾って背負った。


「如月君って家、どっち方面?」

「駅方面です。バス代浮かせたくて、徒歩」

「健康的だね」

「ちょろまかして小遣いにするんです」


 冗談めかしてそう言うと、宮上先輩が笑顔になったのでちょっとだけ安心できた。

 注意深く宮上先輩を観察するが、やはり黒いモヤはどこにも見えない。


「何か見える?」

「いえ、何も」

「そう。あ、じゃあ、私も駅方面だから、ご一緒してもいい?」


 特に断る理由もないから首を縦に振って俺はもう一度ジャングルジムを――正確には上にいる黒いモヤを見上げた。

 かなり気になるが、別に放っておいてもいいだろう。

 人についていなければ悪さはなしないと思いたい。


「夕日、綺麗だね」


 宮上先輩もジャングルジムを見上げてそんなことを口にする。


「上からならよく見えるよね。上りたくなる気持ち、わかるかも」

「馬鹿にしてます?」


 やっぱり気恥ずかしい。ごまかすように拗ねて見せれば、宮上先輩は大慌てで首を横に振った。


「う、ううん、違うの。如月くんに言ったんじゃなくって、一般的な話」


 おっとりとした口調でそう言う宮上先輩は確かに大人しいタイプに見える。

 そしてどことなくぼんやりした印象、抜けている、と言った方が正しいのかもしれない。


 それはまあ、いいとして。

 なんだろうな、本名なのに「如月くん」と呼ばれるとなんでこんなに違和感があるんだ。

 神月が勝手に呼び始めたあだ名なのに、そっちの方がしっくりくるってのはどうなんだ。

 公園の出口に向かって先導するように歩きだすと、宮上先輩も俺に続いた。


「”二月“って呼ばれてるんで。俺。よかったらそう呼んでくれれば。何か本名の方が変な感じって微妙なんですけど」

「ああ、如月だから二月君?」


 ちなみに神月は、葉月という名前の奴を「八月君」とは呼ばない。そういう顔じゃないとか言っていたが、ひいきなのか、差別なのか。


「真名とか忌み名とか言うんだっけ?」

「はい?」


 突然飛び出してきた聞きなれる単語に思わず聞き返してしまう。


「昔の人は本名を知られると精神を支配されて操られちゃうからってわざと隠したんだって」

「あー、何か聞いたことあります。昔話にそんなのあったような」

「二月君は隠してることになるのかな」

「名前じゃなくて名字っすよ」


 別に隠しているつもりはない。

 今気づいたけど、このあだ名がついてから下の名前で呼ばれることほとんどなくなったな。「凌」って呼ぶのは学校じゃ会長ぐらいかもしれない。


「そうだよね。でも名前を知ることで縁ができるとも聞いたことがあるよ」

「へえ。ああ、でもそうですね、名前を知れば声かけちゃいますよね」


 さっきの宮上先輩みたいに。

 もし俺の名前を知らなければジャングルジムで戯れる高校生になんて声をかけなかっただろう。


「無理言っちゃってごめんね」

「え?」


 唐突に謝罪されれば驚くしかない。

 宮上先輩を見やれば、困ったように眉を下げている。


「『助けて』って言われても困っちゃうよね。人の噂も75日っていうし、三ヶ月もすればみんな飽きちゃって、状況は変わると思う。あんまり気にしないで」


 淡々と、そんなことを言う宮上先輩から目を逸らして、視線を前方に戻す。

 そう言われても、もう調査のようなことを進めてしまっているわけで。


「ちょっと気になってることがあって、会長たちも俺も勝手に調べてるんです。逆に宮上先輩も気にしないでもらいたいんですけど」

「え、気になること?」

「何か幽霊っぽくないなって思って」

「幽霊っぽくない……」


 宮上先輩はオウム返しのように呟いて、俺を見たのがわかった。


「ちょうど今ぐらいの時間、逢魔が時って言って、魔物に遭遇しやすい時間なんだって」


 突然の話題転換に戸惑ったが、そのまま乗ってやることにする。


「ああ、暗くなってきて、人か人でないものなのか区別がつかなくなってる? んでしたっけ?」

「さすがオカルト同好会。詳しいね」


 オカルト同好会は関係ない。

 ただ、自分の力が知りたくてそっち方面をたくさん調べただけ。


「逢魔が刻ではなくても、人じゃないものは人のふりをして紛れているのかもしれない。人にしか見えないからそうだと気づかないだけで。なんて」

「気づかないだけ?」

「見えていても、それは人じゃないモノなのかも。そんなこともありえそうな作り物みたいな赤だよね」


 宮上先輩は夕焼けに染まった周囲を見回した。

 梅雨の合間の貴重な夕焼けだ。本当に赤い。


 そんなことを話しながら歩いていたらあっという間に駅についた。


「じゃあ私あっちだから。さようなら、二月君」

「あ、はい、どうも……」


 ぼんやりと宮上先輩を見送って、はっと我に返る。

 何となく宮上先輩の空気にのまれていたというか、なんというか。

 

 作り物みたいな赤さは段々薄闇に紛れていく。

 俺には不気味な赤さのように見える。

 宮上先輩は、不気味というよりは、不思議すぎてよくわからない。


 あの人、幽霊じゃないけど人もなくて、妖怪ってオチなんじゃ?

 唐突に奇妙なことを思いついたが、今度は笑えなかった。

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