-06 きっかけ
次の依頼者はかなり強烈だった。
中学生女子は正直言って面倒くさい場合が多いのは覚悟していたが、自分語りがとにかく長い。
除霊はすぐに終わったが、自慢なんだか愚痴なんだかよくわからない話を延々と聞かされ続けた。
何とか言いくるめて帰宅させて、ようやく一人になれば、もうテーブルに突っ伏すしかない。
疲労感半端なし、だ。
ああいうのをうまく躱せる話術が必要だな、切実に思う。
そういうのってどうやったら身に着くのだろうか。
「生きてるか~?」
ちょいちょいと頭をつつかれ、顔を上げた。
目の前にいるのは、おなじみの顔だ。
「都乃さん」
「お、生きてた」
「バイト終わり?」
「そう。よかったらパフェおごってよ」
言いながら、都乃さんは俺の向かいの席に断りもなく腰を下ろした。
このやりとりも、まあいつものことだけど。
この人はこのファミレスでバイト店員さんだ。
俺が店内で何をやっているのかを知っている人。
「なんで奢んなきゃいけないんすか?」
「平日の夜はこの席が空くように調整しているのは私だよ。感謝して奢ってくれたまえ。クーポン利用価格でいいからさ」
「年下に集んないで」
「いいからいいから」
そう言って都乃さんは注文用端末を操作して勝手に注文する。
それを恨めしそうに睨んだものの、この人には勝てる気がしない。
隅に寄せてあったコップを掴んで立ち上がる。
「飲み物取ってくる」
「新しいグラス使ってくださいよ、お客様」
「はいはい」
*** ***
都乃さんとの出会いは一昨年のこと。
このファミレスに家族でやってきた時に、ホールスタッフとして働いている都乃さんをみたのがはじまり。
都乃さんがあまりに大きな黒いモヤを背中に背負っていたため滅茶苦茶驚いた。
その後友人と訪れた時、やはり店内でバイトに励む都乃さんには前よりも大きな黒いモヤがまとわりついていた。
それなのに全く曇りもない笑顔で仕事をこなしていて、それでもいきなり話かけるほどの勇気もなくそのまま退店してしまった。
小さい頃からモヤは見えたし、小学生の時には、そのモヤに触れて念じれば消滅させることができるってことに気づいていた。
見えても消したり、消さなかったり。大小さまざまな大きさと形のモヤを見てきたけれど、都乃さんが纏っていたのは、今まで見てきたものとは全く違った。規格外に大きいモヤ。
三回目、都乃さんを見たのはこのファミレスの裏口だった。
塾帰りの、やや遅い時間。恐らくバイト終わりだったのだろう。
前に見たよりも大きな黒いモヤに囲まれていた都乃さんに、俺は気づけば声をかけていた。
『何か困ってることでもあるんですか』と。
カルピス(カルシウム入り)をコップに入れて席に戻れば、都乃さんは既にパフェを上機嫌で食べているところだった。
アイスクリームを長いパフェスプーンでせっせと口に運ぶ姿は年齢よりも幼く見える。
出会った時は、高校生だった都乃さんは、現在大学生のはず。
成人年齢を過ぎているのに、子どもかと。
「ご馳走になってます!」
「はいはい」
まあ、それでも今日の収支はかろうじてプラスだ。
儲けようと思ってやっていることではないが、それでも小遣いが増えるのは大歓迎だ
大きな黒いモヤに囲まれていた都乃さんに俺の事情を話して――とは言え最初は信じてもらえなかったけれど――モヤを消し去って。
数日後、このファミレスで見かけた都乃さんは、消滅させたモヤよりももっと大きなモヤに囲まれていた。
それから色々あって都乃さんの件を解決することができて、そこで都乃さんから提案されたのだ。
「その力を使って人助けをしたらどう?」と。
実のところ人を助けるつもりなんて全然なかった。
ただ、ずっとこの力ってなんだろうって思っていたのもあって、力を使う理由を求めていたんだと思う。
力を使っているうちに、知ることができるという期待があったから。
依頼はSNS経由。SNSのアカウントは伝聞のみでの拡散。
そんな狭いコミュニティーで『除霊』という名目でちょこちょこ現れる依頼人に力を使ってきた。
だけど結局モヤのことも、力のことも全然わからないままだ。
「学校で何かあった?」
「……別に」
先輩に話してみなよー、と都乃さんは言う。
助けられたから、今度は力になりたいと何度言われたことか。
力になりたいと言っている相手に集ることの方が多いのは何とも。
二年前に都乃さんを囲んでいたあの黒いモヤは、都乃さんと同じクラスの男子生徒が同じモノを纏っていたのを偶然見かけて、すぐに解決に至った。
都乃さんに想いを寄せていて、あとは受験のストレスと相まって、何だか黒い気持ちになって……みたいな話を後から聞いた。
結局は、話し合いで解決したらしい。
話し合いをする、と言っていた翌日、都乃さんを覆っていた大きな黒いモヤはすっきり消え失せていた。
だから、都乃さんを助けるのに俺の力は使っていない。
「呪われているって言われている人がいるんですけど、その人の後ろに何にも見えないんですよね」
「見えない?」
「そう、何にも見えないんですよね。でも何か奇妙なことが起こってるっぽい」
部外者相手だ。あまり具体的な話はできない。
「意味がわかんねーって思って」
「ふうん、見えるけど何かいるってこと? それって、凌君に見える黒いモヤと同じだよね。私には見えない。でも『ある』んでしょ」
「……見えないけど、ある」
俺以外の人の視点なんて想像したことなかったけれど、言われてみればそうか。
「俺が見えないけど、見える人がいるのかも……か」
「そうそう」
「俺が幻覚を見ている可能性もありますよね?」
「あるね」
自虐的に言ったつもりだったのに、あっさりと都乃さんに頷かれてしまい、ちょっとだけ胸が痛くなった。ああ、やっぱりそう思われるか。
「あ、でもさ、その黒いモヤが消えたって言われた後、何か変な現象がぱたりっと止んだから、私は幻覚だとは思ってないからね、本当に」
「素敵なフォローをどうもです」
半ばやけくそで言ってやれば、都乃さんは少しだけ慌てたような表情になった。
「いや、そうじゃなくってさ、ほら、眼鏡を額にあげている状態で眼鏡を探しているみたいな」
何かそれもちょっと違うような気がするけど。
盲目っていうんだっけ?
「手に持っているものを探しているみたいな」
「はいはい、そこにあるのに見えてないってことっすよね」
「うん。そういうこともあるのかって思ったの」
そこにあるのに、見えない、か。
それは意識的なものなのか、それとも超常現象的な話なのか。
俺そのものが超常現象みたいなものなんだよな。
少しだけ自虐的になってグラスの中のアイスティーを一気に飲み干した。カルピス(カルシウム入り)は甘すぎるから二杯は飲めない。