-04 遥が語る相談事③
「体育館で肝試し? 面白そう!」
神月が興味深げに言っているのを聞いてか、渡瀬は少しだけ嫌そうな顔つきになった。
「肝試しって、どうみても死亡フラグでしかないじゃない」
冷たく吐き捨てられた身も蓋もない渡瀬の言葉は、宮上先輩と相内先輩には届いていないと思いたい。
「女の子ってそんな噂あったか?」
「聞いたことはない、と思いますけど」
会長に問いかけられ、噂を思い返しながら俺は答えた。
体育館と言えば、ボールを隠す妖怪の噂と期待のバスケ部員の未練たらたら幽霊の噂ぐらいか。高校の体育館に幼女なんて接点がないだろう。
戦時中にここが防空壕で空襲があって、のような話も聞いたことはない。その関連の噂もない。
学校内の怪談めいた噂集め、みたいなオカルト同好会っぽい活動もしていなくはないのだ。
「でも、里美はそう言ってたの!」
「私にも見えないからよくわからないんだけど、でもそう確信したみたいに言うんだから、いたのかなって思う」
言い切る相内先輩に比べ、宮上先輩の言い回しは曖昧だ。
本当に信じているのか? じっと宮上先輩の様子を伺う。
確かに、背後には何も見えない。女の子の幽霊も、そうじゃないものも。
「そんなことがあって、昨日――」
*** ***
肝試しの翌日、遥が登校すると一瞬だけ里美が視線を向けてきたがそれだけで特に何も言ってこなかった。
休み時間に、彩子から「置いてっちゃって本当にごめん」と頭を下げられたが「気にしないで」と言ってそれを受け入れた。それだけだった。
放課後、外は雨。
また薄暗い校舎の中、遥は家庭科室にいた。
所属している家政部の課題を片づけるためだった。
他の部員の姿はなく――というのはやはり遥の要領の悪さゆえかもしれなかった。
課題が終わっていないのは遥だけのようで、同じ部員である友人には「え、まだ終わってなかったの!」と驚かれて初めて危機感を抱いたのだ。
(まだ締め切りまで二週間あるのに、みんな終わらせてるなんて……)
慌てていたが、針はゆっくりと進める。
自由課題で『パッチワークで作るぬいぐるみ』を選択してしまったことを今になって後悔していた。
編みぐるみならばここまでてこずることはなかっただろう。
何となく作ったことがないものに挑戦したいと欲が出た。
家政部という文化部の中でも帰宅部に近そうな響きの部活だが、かなり活動的だと遥は思う。
調理実習をやれば実習計画からレポート提出まで求められるし、月に一つは作品を作り提出する必要がある。
調理実習は月に二度、活動計画づくりと報告レポート作成が週に一度、これは全員出席しなければならなくて、あとの作品作成は自由参加。
自分のペースで好きな時に家庭科室を使っていいことになっている。
この自分のペースでというのが、遥にとってはありがたかったが。
(そんなに要領悪いのかな――って悪いんだろうけど)
丁寧に縫い目が曲がらないようにと念じるように針を動かした。
まだ生地作りで四苦八苦だ。これが隠れる箇所の縫い目ならもうちょっとささっと縫える。
二つの布を無事に縫い合わせることができて、よかったと息を吐いて顔を上げると、家庭科室からつながる家庭科準備室の扉が開いていることが気づいた。
普段は鍵がかかっている部屋だ。
(何があるんだろう?)
ちょっとした好奇心だった。
一休みも兼ねて、針を針山に刺したのをしっかり確認してから立ち上がる。
ドアに近づいて、中を見る。
ウナギの寝床のような細長い部屋で備え付けのガラス付きの本棚に参考資料と思われる本が並んでいる。
隅に寄せた机にはミシンが10台ぐらい並んで置かれているのが目に入った。
カツン、と、その机の辺りで、何かが下に落ちたような音が鳴った。
なんだろう? と遥は目を凝らすが床に落ちているものはない。
ミシンのボビンとか小さいものかな、と準備室の中に遥は足を踏み入れた。
不要なものならいいけれど、大事な部品だったら困るだろうなと単純に考えた。それだけの気持ちで。
ミシンが並べてある机の前に来て、その場にしゃがみこむ。
何が落ちたんだろな、と辺りを見回した、その時。
バタン。
音を立てて家庭科室に続く扉が閉まった。
「え」
どきりとしたが、多分風か何かで閉まったんだろう、と判断して遥は自分を落ち着けるようにその場で一回深呼吸をする。
立ち上がって、今度はドアを確かめようと足を踏み出した途端――
ガチャ ガチャガチャガチャガチャガチャ
閉ざされたドアの、ドアノブが乱暴に回されている音に思わず足を止める。
「ひっ」
小さく悲鳴をあげてしまうのも無理のないことと言えよう。
ただ、ここにいるのがこのドアノブを回している者に見つかるのは、なんだかまずいことのような気がして悲鳴は途中で飲み込んだ。
ガチャガチャガチャ ガチャガチャガチャ ガチャ
まだドアノブは回されているが、ドアが開くようなことはなく。
遥は震える自分を自覚しながらも、足音をたてないように細心の注意を払いながらも後退した。
誰かが入ってきたら、と辺りを見回し、出しっぱなしになっていた分厚い参考文献を手にとった。『世界の衣服の変遷』と書かれた図鑑のようだが、殴れば武器になりそうだった。
(く、来るんだったら! これで!)
覚悟が決まったところで、ガチャガチャと回されていたドアノブの音がやんだ。
止んだら止んだでそれはとても不安だ。
遥はその場で動けないまま、本を掴む手に更に力を籠める。
どん!
と、今度は鈍い音が鳴り――なんだか殴りつけたような蹴りつけたような音。
びくりと遥は身を竦ませた。
どん!
もう一度だ。
(早く、どこかに行って!)
図鑑を握りしめながら、遥は半泣きで祈っていた。
できればここから早く逃げたい。
だから、どこかへ行ってほしい。
きゃははははは~
遠ざかっていく女の子の笑い声のような、そんな声。
同時に遠ざかっていく足音。
それらが去った後、静寂のみが残った。
「……っ!」
しばらく呆然としていた遥は、こぼれた涙を拭い、意を決して扉へと向かってドアノブに手をかけた。
「開かない!?」
そんな、と何度もノブを回すが鍵がかかってしまっているようでどうしても開かなかった。
つまみを回して施錠する、いわゆるサムターン錠ではなく、鍵がないと開閉できないタイプのドアのようだった。
当然ながら遥は鍵を持っていない。
完全に閉じ込められている――そう気づいた瞬間遥はその場にしゃがみこんでしまった。
「もう、やだ……」
*** ***
「え、何それ、怖すぎるんですけど」
さすがの渡瀬の顔も引きつっている。
神月も少し泣き出しそうな表情だ。
「で、その後どうやって脱出したんですか?」
「教材室に内線電話があって、職員室に電話したの」
俺の疑問に、答える宮上先輩の顔色は悪い。
話していて恐怖を思い出したのだろう。
「嫌がらせにしたってやりすぎだな」
「準備室に入るドアには誰かが蹴ったような足跡がついたから、生きてる人間だと思うんだけど」
閉じ込められたと切羽詰まった様子で内線電話をかけてきた宮上先輩に、すぐに家政部の顧問が駆けつけてきた。
その時には誰もその場にはおらず、宮上先輩一人が教材室に閉じ込められていただけだったらしい。
「その後、生徒指導の先生とか担任の先生とかいろいろ事情聴取みたいなことをされて、多分、谷口君が言ったみたいにやりすぎな嫌がらせってことになったんだけど」
「宮上さんが嫌がらせされるなんておかしいよ!」
相内先輩が口を挟んでくる。
控えめで真面目な宮上先輩が誰かの恨みを買うとは思えない、と。
「そうとは限らないんじゃないか」
と、会長が言う。
「誰だって、誰かの恨みを買う可能性はある」
「うん、それには同意」
宮上先輩はこともなげにそんな会長の言葉に同意して、心配そうな相内先輩にはかすかに笑って頷いてみせた。
「ただ、どこかで買った恨みを晴らすにしては、ちょっと……」
「やりすぎ、だよなー」
「宮上さんが閉じ込められたって話、なぜかうちのクラスで噂になってて」
「え!? なんで??」
「……誰にも言わないようにって先生たちには口止めされてたんだけど」
相内先輩が発した内容に驚けば、それを補足するように宮上先輩が付け足した。
「それって」
「うん、犯人はうちのクラスの誰かだとしか思えない」
「もしくは、本当に幽霊?」
神月が冗談めかして言ったが、とても笑えるような話じゃない気がする。
「里美が言ってたの、『やっぱり宮上さん呪われてる』って」
「はあ?」
呪われてる? 思わず俺は聞き返していた。
なぜそこで断言できる。霊感少女? そんなのわかるのか、と疑問しかない。
「そうなの?」
宮上先輩も初耳だったようで相内先輩に聞き返している。
「それで宮上さん、クラスでも遠巻きにされちゃって、呪いがうつるーとかって。元はといえばあたし、あたしが宮上さんを肝試しなんかに誘ったからこんなことになっちゃったの。ねえ、谷口、お願い! 宮上さんを助けて!!」