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オカルト同好会にようこそ  作者: 野田あご
第一章 それはまだ梅雨に入りたてのころのお話
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-03 遥が語る相談事②

 体育館は表側は校舎に裏側は運動場に面している。

 彩子が言った開けておいた窓というのは運動場から入ることができる場所にあった。

 体育館の周囲を歩き運動場側まで回り込んで、一行はその窓までたどり着いた。


 掃きだし窓というのだろうか。

 体育館の床面に近いその窓は閉じていたが、鍵は開いている。開いたその窓から、全員床に這うような形で体育館の中に侵入する。


 中は暗くしんと静まり返っていた。

 しばらくすると目が慣れてきて薄暗いがお互いの姿が確認できるようになる。

 いつもの体育館だが、暗いだけで別物のようにも思えてくるから不思議だ。


 前方にはステージがある。

 ステージにかけられた緞帳もいつもと変わらないはずなのに影に何かがひそんでいてもおかしくないようなそんな雰囲気だ。


 恐怖よりも、遥にとっては、そういった違和感が面白く感じてしまう。

 ただ中に体育館の入ってから、遥の腕に絵美がぎゅっとしがみついていて痛い。


「し、静かだね」

「うん」


 さすがに先ほどまで明るかった彩子も雰囲気に呑まれたのか、震えた声での絵美の問いかけにとぼけたような返事を返す。


(セキュリティとか大丈夫なのかな? あ、そういえばまだ職員室に先生がいたから作動はしないのかな?)


 恐怖の欠片すら覚えていない遥はそんな場違いなことを思って、遥たちとも彩子とも少し距離をあけて突っ立っている里美を見やった。

 薄暗いのでその表情まではわからない。ただ、何となく気になった。


(何だろう? 何か見えてる、とか?)


 目線を動かして遥は辺りを見回すが遥たち以外は誰もいない。


(いない、よね)


「ねえ、気づかないの?」


 訝しがっていると、冷たい声で里美は言った。

 どうやら里美の顔は遥に向けられているようだ。暗い中でもそれはわかる。


「な、何が」


 平静を装うように彩子が里美に尋ねる。

 里美はふうと小さく息を漏らして、


「ねえ、宮上さん」


 と、遥に呼びかけてきた。

 遥の腕を掴む絵美の力が一瞬強くなり、彩子が遥たちから一歩後退する。

 遥は里美の呼びかけよりもその二人の態度にびくつきながらも問い返した。


「な、なに」

「さっきから宮上さんの後ろから女の子がべったり抱きついてるんだけど」

「え」


 慌てて絵美を見る。絵美は右腕だ。

 そうではなくて後ろから?しかし振り返らずに里美を見つめ返す。


「女の子って……」

「近寄らないで!」


 里美に近寄ろうと足を踏み出せば、途端に彼女が金切り声にも似た悲鳴を上げた。


「宮内さん気に入られているの! その子に! 連れて行きたいって言われてる!」


 悲鳴を上げながら、里美は入ってきた掃きだし窓に向かい駆け出すと、逃げるように外へと這い出て行ってしまった。


「ちょっと! 里美! 置いてかないでよ!!」


 半狂乱で彩子も叫びながら里美を追って外へと逃げていく。


「あの……」


 二人の剣幕とあまりの素早さに、遥はただ呆然と佇むことしかできなかった。

 絵美に腕を開放されたことで、はっと我に返る。


「……相、内さん?」

「……」


 魂が抜けたような声音で呼びかけると、絵美もやはり気が抜けたような、ぽかんとした顔を遥に向けているのがわかった。


「えーと?」

「逃げ、そびれちゃった……」


 どうしたらいいのかわからずに遥が途方に暮れかけていると、我に返ったのか絵美が今にも泣き出しそうな表情でぽつりと漏らした。


「い、今からでも間に合うんじゃないかな」


 何と声をかけたらよいかわからず、遥は悩んだ挙句そう提案してみる。


「一人で逃げるなんて怖い!」

「えー……。で、でも、一緒に逃げても、怖いんじゃないかな」


 なんといっても女の子がべったりとくっついているらしいのだ。

 まだ一人で逃げた方が怖くないはず。


 遥はそんなことを考えつつも、後ろを振り返って確認してみた。

 本当に女の子がいたらどうしようとこっそり思っていたが、何も見えなかった。


「何かいるの!?」


 遥の行動に不安を覚えたのか、絵美は大声をあげる。

 遥は慌てて首を横に振った。


「な、何にもいないなぁって確認しただけ」


 単に見えないだけ、の可能性もあったがそれは言わないでおく。

 絵美を不安にさせる必要はないだろう。


「宮上さんに抱きついている女の子?」


 気を取り直したのか、突然角度を変えながら絵美は遥を観察するがやはり何も見えないのだろう。

 何度か小さく頭を振って首を傾げる。


「いないよね?」

「うん」


 遥も軽く首を傾け、もう一度後ろを見やった。何も見えなかったので頷いて答える。


「肩とか重かったりする」

「重くないけど?」


 確認なのか、絵美は遥の後ろに回りこんで遥の背中をぽんっと軽く打った。


「あの、怖くないの?」


 躊躇うことなく自分に触れてくる絵美に、先ほどまでの怯えっぷりはない。

 遥が不思議に思って尋ねてやると絵美は小さく笑いを漏らした。


「何だか宮上さんと話してたら冷静になったっていうか」

「そうなんだ」

「馬鹿馬鹿しい、帰ろうか」

「うん」


 白けてしまったというのが一番しっくりとくる感想なのだろうか。

 遥は小さくため息をついた。

 暗い中で絵美もため息をついて、そのまま小さく笑った息づかいが伝わった。


「連れて行かれないように、気をつけてね」

 

 揶揄するように言ってくる絵美は、里美が言ったことを信じていないのだろう。

 遥も全然信じていない。


「でも、あんなこと言われたらやっぱびびるよね、大丈夫?」

「うん、何にも見えないし」

「そうだよね、見えないもんね」


 遥にとってはそれが絶対の理由であった。

 絵美はまだ少し半疑的なのか自分を納得させるように言葉にして一人で頷いていたが。


 とりあえず、二人で外に出て窓を閉め体育館と校舎をつなぐ廊下の前まで来て別れた。


 別れる間際に絵美が、


「本当に里美には見えてたのかな?」


 と、遥に問いかけてきたので、遥は少し悩んで首を縦に振った。


「守屋さんには見えていたんじゃないかな」

「そういうもんなのかな、でもああいう怖いこと言うのはひどいと思うけど」

「見えないから信じなければいいだけだと思う」

「そっか、宮内さんって大人な感じ~。でもちょっと抜けてるとこが可愛いよね」

「え!」


 そんなことを言われるのは初めてだったので、遥が驚いてみせると「そういうとこ」と絵美は笑って、すぐにその表情は曇った。


「里美のこと、確かにひどいとしか思えないけどあんまり嫌わないであげてほしいんだ。いいとこもあるんだよね、宿題写させてくれるしね」


 自分の言っていることが気恥ずかしかったのか、誤魔化すように冗談めいた言葉を口にして笑顔になると、絵美は遥に手を振った。


 嫌わないであげてほしいんだ、と言った絵美の表情が遥の心に深く印象に残った。

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