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オカルト同好会にようこそ  作者: 野田あご
第一章 それはまだ梅雨に入りたてのころのお話
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-01 オカルト同好会

 今日も今日とて今日である、と。


 半分寝そべるように部室の壁に背中を寄りかからせて俺は胸中で呟いた。

 雨が降りそうでまだ降り出していない曇天は心の中も曇らせているようで、気分が晴れない。

 校内の自販機で購入した紙パック飲料――牛乳200mlのストローを吸って空気を抜きながら、紙パックをたたむ。暇すぎる。

 小さくなったそれにストローも押し込んで、通学リュックの隣に置いた。帰る時に昇降口のゴミ箱に捨てよう。忘れないように気を付けないと。


 雨が降り出す前に帰ろうかと、立ち上がる前にスマホを取り出してSNSをチェック。特に何もない。メールもない。


「あーあ、一晩寝て起きたら身長が10センチぐらい伸びてないかなぁ……」

「そんなことが現実に起きたら怪奇現象!」


 何となく口にした願望に返答が返ってきて、飛び上がりそうなぐらい驚いた。

 音もなく気配もなく、部室として使っている旧社会科教材室に一人男子生徒が立っている。恐らくぼーっとスマホを眺めている間に音をたてないように入ってきただけだとは推察できたが。


「会長! いつの間に!」

「よ、凌。寝言は寝て言えよー」


 会長は俺に片手をあげて応じると部屋の奥の方に足を進め、無造作に置かれているブラウン管テレビの前に立った。

 操作するためにしゃがみこんで近くに置かれているビデオデッキを近くに手繰り寄せ、ケーブルを手にする。

 慣れた手つきで、前世紀の遺物ともいえるであろうその二つの配線を整え、双方の電源を入れた。


「またVHSですか?」

「河原で拾った――ってのは嘘だけど」


 この時代にVHSなんて廃棄する奴なんていないだろう。俺自身、会長が持ち込みをするまでビデオテープの現物を見たことがなかった。初めて目にしたときは感動してしまったことを鮮明に覚えている。


「知り合いのリサイクルショップの店長から、買い取ったビデオデッキの中に残ってたってやつを貰った」

「知り合いって」


 会長の交友関係は広い。

 見た目は俺と同じ普通の高校生なのに、知り合いまで範囲を広げるとどのぐらいになるのか。

 恐らく本人も把握しきれていないんじゃなかろうか。


 こんな貴重なVHSをあっさり譲ってくれる知り合いって一体どんな関係なのかと考えるのは野暮だ。

 なにせ会長はこんなヘンテコな同好会を運営してるぐらいだし、と思いながらも壁に預けていた体を起こし、その会長の背後まで歩み寄った。


「さて、女子が来る前に確認しとかないとな。裏ビデオかもしれないし」

「ほう?」


 VHSにはラベルも何も貼られていない。

 ”裏ビデオ”という淫靡な響きは、俺の好奇心をちくちくと刺激した。

 これは男子高校生ならば誰にでもわかるだろう。抗えない魔の魅力。


 再生がはじまる。


 保存状態がわるかったのか、ブラウン管テレビには砂嵐しか映らない。


『アヤカちゃん! こっち、こっち!』

『あんよは上手! あんよは上手!』

『アヤカちゃん、上手よー』


 だが、音声だけは聞こえる。

 

「なんつーか、ホームビデオ……?」


 なんとも微笑ましい音声に、多少がっかりした感情を抱いた自分に、一体何を期待してたんだろうと情けなくなった。


『キャッキャ!』

『上手、本当にアヤカちゃんは上手ねぇ』

『アーウアー』


「会長ぉ」

「このアヤカちゃんが今アラフォーぐらいの熟女だと思うと興奮するだろ?」

「しませんよ! そんな変態は会長だけ!」

「いやいや、この映像が見えない感じが想像力をかきたてるっていうか」

「ストップ! 俺は理解できないんで、そこでストップ!」


 このド変態め。

 

 会長への敬意はある。が、この変態具合はフォローしきれない。

 それでもあえて一つ言わせてもらえるのであらば「この場に女子がいなくてよかったな」ということ。それだけだ。


「呪いのビデオじゃなくて残念でしたね」

「裏ビデオじゃなくて、じゃなくて?」

「いや、ま、それは」


 会長のからかうような問いかけに、即座に否定できなかった。

 情けない。

 

 

 VHSを取り出し片づける会長。俺も片づけを手伝う。

 配線関係をまとめ終わるのと、ほぼ同時だった。


「あ、いたんだ」

「二人して何してんの?」


 女子二人が部室にやってきた。

 二人ともメインの方の部活動が終わってからやってきたみたいだ。

 元々帰宅部の会長と、ほとんど部活に顔を出していない俺とは違って。この女子二人は他の部活をメインでこなしつつ、このヘンテコな会と掛け持ちをしている。



 「これからの活動についての打ち合わせをしようかと」


 さらっと会長は嘘を吐く。

 俺は勿論、女子二人も嘘であることはわかっていると思う。


 変態で交友関係が広すぎで、何を考えているのかわからない。それが会長、谷口 朋(たにぐち とも)だ。



「ふうん、で、今日は何をするんですか」


 今やってきたばかりの女子の片割れがそっけない態度で尋ねてくる。

 俺と同じ一年生で、美術部に所属している女子生徒。

 そのツッコミは鋭く、話がすぐ脱線しがちなこの同好会にとっては貴重な存在である、渡瀬 志保(わたせ しほ)



「もちろんホラー映画の鑑賞ですよねっ!?」


 もう片方の女子が元気よく言ってくる。

 こちらも一年生女子、バレー部所属の元気印。

 俺に「二月くん」と適当なあだ名をつけ、周囲に浸透させたのはこいつのせいだった。

 とにかく行動派な、神月 泉(かみづき いずみ)



「会長、なんかDVD持ってきてます?」


 会長に問いかける俺。

 もはや一年生の間で俺の本名を知る者は少ないのかもしれない。あだ名は”二月君”。

 伸びない身長が目下の悩みの、俺こと、如月 凌(きさらぎ しのぐ)



 この四人が、会長が勝手に作った『オカルト同好会』のメンバーである。

 入会する前に俺も名前だけは知っていた。学校内のどこかで活動をしている怪しい同好会。存在自体がオカルトなその同好会の実体を知る者は少ない。


 勧誘されて入会してみればわかる。

 会長の交友関係の広さで、「オカルト関係で困りごとがあればオカルト同好会へ」と営業をかけているせいで、その名前だけは周囲に知れていただけ。活動をほとんどしていないから実態を知られていないのに他ならない。


 活動といえば、週に一度か二度、現在使われていない旧社会科教材室に集まってホラー映画を見たり、普通の映画を見たり、噂話について語ったり、お菓子を食べたり、それだけ。


 退屈ではないが『活動方針』と言われると困ってしまう。そんな緩い同好会。

 それでも、ゆるゆる活動していれば、教室以外の居場所があるというのは悪くないと、愛着めいたものが湧いてきてはいる。


「DVDはないんだよなー」


 と会長は言って、ちらりとビデオデッキを見る。

 さっきのホームビデオは、全員で鑑賞するようなものじゃないだろうと思う。

 でも会長のことだ、さらっと「見るか」とか言い出しそうな気もする。


「谷口!」


 そんな教材室に、一人――いや二人の女子生徒が部室に勢いよく飛び込んできた。

 実際飛び込んできたのは、一人の女子生徒で、もう一人はそれを追いかけてきたようだ。


「あ、やっぱいた! 谷口、あんた、なんか怪しい同好会やってるって言ってたでしょ」

「相内」


 息を切らせながらも、飛び込んできた方の女子生徒が会長の前に立った。

 会長を呼び捨てにしているということは、二年生か三年生だろう。

 制服を着崩している派手目の女子生徒でとても会長と接点があるようには見えないな思ったが、あえてそれを口にはしなかった。

 渡瀬も神月も、何も言わずに成り行きを見守っている。――言えないだけかもしれないが。


「ちょっと、相談のってくんない?」

「どういう?」


 いわゆる陽キャラっぽい女子に絡まれても会長はいつもの会長だ。

 何でだろうかそんなことに少しだけ安堵する。


「あたしじゃなくて、こっちの宮上さん、なんだけど」

「わ」


 相内と呼ばれたその女子生徒は後ろから追いかけてきた方の女子生徒の手首をつかんで会長の前へと立たせた。

 こちらは相内と呼ばれた先輩とは違ってごく真面目そうな、いうならば優等生っぽい女子生徒だった。よく見ればこの二人、系統が違うが、二人とも美人だと今更気づく。


「ここ、オカルト同好会なんでしょ。宮上さん、ちょっと困ったことになってて、できれば力になってほしいの!」


 内心冷や汗をかいているのを覚えた。

 同好会を名乗ってはいるが相談に乗れるような活動などしていない。

 個人的には、もしかしたら力になれるかもしれない、が。そんなことこの場で提案したくはない。


「力にって、どんな話かわかんなきゃ何にもできないって」

「宮上さん、事情話してみよう」


 宮上さんと呼ばれた真面目系女子は、少しだけ困惑の色のともった目で一同を見回して、一度小さく息を吐いた。


「え、ええと、どこから、話せばいいのかな……」


 まずは自己紹介からかな、と彼女はためらいがちに口を開いた。


 相内と呼ばれた女子生徒は、相内絵美(あいうち えみ)。そしてこの真面目系女子は、宮上遥(みやかみ はるか)

 二人とも二年生で、同じクラスだと言う。


「始まりは、一昨日の放課後だったんだけど」


 と、宮上遥先輩は語りはじめた。


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