08
キラキラと光輝く世界。
まるで、絵本の中を切り取って現実に持ってきたようなそこを目の前にして、私は興奮を隠せなかった。
「柊木さん、あれはなんですか?」
「あれはねぇ、お土産屋だよ」
「では、あれはなんですか?」
「あれはジェットコースターって言うんだ」
「あそこにあるあれは……」
「あれはコインロッカーだよ……!?」
「凄いです……どれも初めて見ました」
「コインロッカーも……!?」
「コインロッカーは見たことがありますが……柊木さん、全部見て回りたいです、早く行きましょう」
「今日のミキちゃんハイテンションだなぁ」
そして私と柊木さんは未知の世界……遊園地へ踏み込んで行く。
遊園地という存在や、乗り物の名前は知っていたが、実際に見るのは初めてで。
奇妙な形をしたアトラクションが沢山あって、見ているだけでも飽きない。
傘のような形をした屋根の下で、馬や馬車を象ったオブジェクトがグルグル回っているのは、かの有名なメリーゴーランドらしい。
「え……これ、上に乗っていいんですか……?」
「そう、これはね、大丈夫なやつ」
馬のオブジェクトに乗って、ただ回る。
不思議な乗り物だったが、柊木さんはとても楽しそうで、私も不思議と楽しくなった。
普段なら乗ることは許されない物に乗る、その背徳感を味わう物なのかもしれない。
二人乗りの車に乗って、コースを走り回るアトラクションの名前は、ゴーカートというらしい。
「柊木さん……私、車の免許を持っていないです……」
「これは免許無くても大丈夫なやつだから!安心して!」
車の運転は初めてだったが、案外なんとかなる物だ。何回もコーナーにぶつかってしまい、とても焦ったが、その度に柊木さんが優しくどうすればいいのか指示してくれた。
先程柊木さんに教えてもらったジェットコースターは“速い乗り物”だということを、流石の私も知っていた。
だが、私が乗ったジェットコースターは、なんだか変だった。
「柊木さん……これ、遅くないですか?」
「今登ってるところだからね。ふっふっふ……これから速くなるよ」
「そういう物ですか……」
後に味わう疾走感と浮遊感を、きっと私は一生忘れられない。
私はどうにも好きになれないが、柊木さんは大好きなようで「もう一回!一緒に乗ろ!」とせがむ柊木さんをなんとか説得した。
(楽しい……)
こんなに楽しいのは初めてで、その楽しさを私に教えてくれているのは柊木さんで、それがとても贅沢に感じる。
その後も、私達は遊園地で遊び回った。
お化け屋敷に行った、コーヒーカップにも乗った、バイキングにも乗ったし、休憩しながらソフトクリームも食べた。
楽しい時間というのはあっという間で、閉園間際、私達は最後に観覧車に乗ることにした。
ゴンドラに乗り込んだ私の腕の中には、柊木さんに買ってもらった、クマの見た目をした、遊園地のマスコットキャラクターのぬいぐるみが、すっぽりと収まっている。
私はそれを抱き締めながら、窓の外から見える夜景に見惚れていた。
園内の建物も遠くに見える高層ビルも、全て明かりが点いていて、夜の闇の中光るそれらはまるで星のように見えた。
「綺麗……」
思わずそう呟くと、柊木さんがクスクスと笑う声が聞こえる。
「ふふっ……」
目を細めて笑う柊木さんからは、大人の色気が漂っていて、普段とのギャップに、私は心臓をぎゅっと捕まれた。
「今日のミキちゃん、凄く楽しそうだった」
「……柄にもなく、舞い上がってしまいました……忘れてください」
「やだ、可愛かった、絶対忘れない」
こうなった柊木さんは頑固だ。
照れ隠しにぬいぐるみを抱き締める力を強めると、柊木さんはまた「可愛い」と言った。
ゴンドラが僅かにギシギシと音を立てながら、上へと回っている。
揺りかごのような揺れが心地いい。
それからしばらく、ぼんやり景色を眺めていると、もうすぐ帰ることに名残惜しさを感じてしまう。
帰ったらまた、いつも通りの日常だ。
今日の思い出は、きっと日々を生きる原動力になる。
「今日は、ありがとうございました。こんな素晴らしい場所……いい体験でした」
「ううん、アタシもミキちゃんと来れてよかった、ありがとね。また来よ?」
そこまで言って、柊木さんはふと思い出したように懐からスマホを取り出した。
「どうしたんですか?」
「そろそろ岩津に連絡しとこうと思って」
それを聞いた瞬間、今まで忘れていた胸のモヤモヤが再発した。
本当に、なんなんだろうかこれは。
「……柊木さんと岩津さんって、どんなご関係なんですか?」
岩津さんには、はぐらかされたこの問い、柊木さんはどう答えるのだろうか。
返ってくる答えを想像すると、なんだか不安になってくる。
「うーん……どういう……腐れ縁かなぁ十五年来の」
十五年、そんなに長い付き合いなのだ。
よくお互いを知っているんだろう。
モヤモヤが、どんどん強くなってくる。
これは嫉妬なんだろうか。
そう思うと、どこかしっくりくる。
だとしたら、何に対しての嫉妬なのだろうか。
柊木さんに?それとも、岩津さんに?
考えて、考えて、一つの答えが頭にふっと浮かんだ。
「あ、あの……柊木さん……」
「ん?どうしたの?」
柊木さんはキョトンと首を傾げている。
『いい返事が聞けて、安心したよ』
岩津さんの言葉を思い出した。
あの人は、と柊木さんのことを大切に思っているんだ。
きっと私への質問も、柊木さんの為に聞いている。
彼が柊木さんに向けている感情がどういった物なのか、私には分からない。
ただ一つ、確かに言えるのは。
「私の方が……柊木さんのこと大事に思ってますからね……」
そう言ってすぐ、己の失敗に気が付いた。
こんなことを急に言ったところで、あの一連の会話も、私の想いも知らない柊木さんは、私が何を言っているのか分からないだろう。
実際、柊木さんは困惑している。
ただそれでも、知ってもらいたい。
柊木さんの一番が私じゃなかったとしても、私の一番は柊木さんなんだって、知ってもらいたい。
岩津さんよりも、誰よりも、貴女を想ってるって知って欲しい。
こんなわがまま、子供としか思えない。
「ミキちゃん」
柊木さんの綺麗な声で、名前を呼ばれる。この瞬間が大好きだ。
「好きだよ」
この人の唇で、その言葉が紡がれる度、私の胸は幸せでいっぱいになる。
「……柊木さんは、ズルいですね」
いつもの軽口のつもりで、私は笑みを浮かべながらそう言った。
こんなに人の心を揺さぶって、惹き付けて。
ズルい、でも、そんなこの人が好きだ。
「本気だよ」
意外にも、返事は真剣な色を帯びていた。
「え……?」
柊木さんは、今何を。
ガタン、とゴンドラが揺れる。
「あ、終わっちゃった」
気付けば、ゴンドラは一番下まで降りていて、外の係員が笑顔で待ち構えていた。
柊木さんが私の手を掴む。
「降りよっか」
頷くこともままならず。
ただ、私の手を引く貴女の背を、眺めることしか出来ない。
(ああ……)
この人は本当にズルい。
涙が出てしまう程に。
以下プロフィール。
柊木明美
年齢・永遠の20歳(自称)
身長・172cm
職業、年齢不明の謎のお姉さん。
20歳を自称しているが実際は25、6程。
根っからの女好きで女誑し。
何回も好きって言ってるのに普段が軽薄なせいで伝わらない。
わりと自業自得だが、諦める気はない。
とりあえず岩津とミキちゃんに感謝を伝えつつ謝った方がいい。
盛川美希
年齢・17歳
身長・163cm
生徒会長をしている高校3年生。
文武両道で家は超大金持ち、家事も完璧にこなせるハイスペック人間。真面目である。
柊木さんの好きに期待するものの「柊木さんだしなぁ……」と思ってしまっていまいち信じきれていない。
私の方が好きだもん!的なノリをかましてしまったことで、後で赤面する。