06
駅前のモダンな喫茶店。
窓際の席に座った私は、人が流れて行く様をぼんやりと見ていた。
カラン、と氷が鳴る。
正面の席に座った柊木さんが、アイスコーヒーをストローでかき混ぜた音だった。
かれこれ三十分はこうしている。
自分のアイスコーヒーと、私のカフェラテを注文してから、柊木さんは一度も話していない。
けど、気まずそうじゃない。
美味しそうにアイスコーヒーを飲んで、楽しそうに景色を眺めている。
気を遣われていると、そう気付いた。
「私の学校、知ってたんですね」
ようやく出てきた言葉は、酷く冷たい。
自分で自分が嫌になった。
「うん、その制服見たことあるなって思ってさ」
一緒に暮らしてるんだ、柊木さんは何回も私の制服を見ている。
そこそこ知名度のある学校だ。特定するのは簡単だったろう。
むしろ、今まで全く触れられなかったのがおかしいのかもしれない。
「ミキちゃんが気にしてるのって、盛川のこと?」
不意に、まるで世間話をするような軽い口調で、柊木さんはそう言った。
風が頬を撫でるように自然に、私の核心を突いた。
一度崩れてしまえば、後は脆かった。
「柊木さんと出会った時……名前を聞かれて、嬉しかったんです。この人は、私が盛川だから声をかけたんじゃないんだって……そう思って……」
「うん」
「分かってるんです、私が思ってるより、皆盛川に興味無いって。でも、全員がそうって訳じゃないから、今まで優しくしてくれた人や友達が……私が友達だと思ってた人が、実は盛川目当てで、私を利用出来ないって判断した瞬間捨てられるなんてこと、いっぱいあったから」
「……うん」
「だからっ……だからわたっ……私……信じていいのか分からなくて、裏切られるくらいなら、いっそのこと信じなければいいって思って……」
「…………」
「だから、だから貴女には……貴女は信じていたいから、離れたいってどうしても思えなかったから、柊木さんには、盛川じゃないただの私を、見て、欲しいって……」
無意識に、ポロポロと涙が出ていた。
私は涙の止め方も、拭い方も忘れてしまったように、ただ泣いてしまった。
ああ、みっともない。
この人には嫌われたくないのに、見捨てられたくないのに、私は困らせるようなことばかりしている。
嫌だ、とにかく嫌だった。
「ミキちゃん」
そう言って柊木さんはテーブルに体を乗り出すと、私の涙を拭った。
そしてそのまま私の手を握ると、席に座り直した。
「……?」
柊木さんは私の手を撫でて揉んでいる。
相変わらず暖かい手だった。
「アタシね、ミキちゃんが作る料理が好きだよ。……ミキちゃんにお帰りなさいって言われるのも好きだし、ミキちゃんに叱られるのも大好き」
目を細めてそう語る柊木さんの姿が、なんだか眩しくて。
涙で滲む視界では、あまり柊木さんの顔は見れなかったけど、それでも。
この人はいつも、私の欲しい物をくれる。
「ミキちゃんが生まれた家がどこだって、それは変わらないよ」
この人はいつも、私を私として見てくれる。
柊木さんが私の手を一瞬だけ離した。
かと思うと、次の瞬間には指先を絡ませるような繋ぎ方になって、柊木さんはそれを口元に運ぶと。
そっと口付けをした。
「それじゃあ、ダメかな?」
さっきまで大人の色香を漂わせていたのに、そう言って首を傾げる柊木さんは少し不安そうで。
子犬、まるで子犬だ。
私はダメじゃない、という気持ちを込めて首を横に振った。
それを見た柊木さんは、顔を綻ばせた。
明るい、キラキラした微笑み。
私の胸の内から、どうしようもない感情が沸き上がってくる。
今にも飛び出しそうなその感情を、無理矢理抑え付けると、代わりにまた涙が出てきた。
でもその涙は、さっきよりも嫌じゃなかった。
「ありがとう、ございます」
「元気出た?」
「はい……」
「そっか……アタシ、ミキちゃんが笑ってるところも、大好きなんだ」
そして柊木さんはまた私の手を離した。
離れていく温もりが、とても惜しかった。
柊木さんはテーブルの横に置いてあったメニュー表を取ると、ペラペラと捲り、あるページを開いてそれを私に見せた。
「どれがいい?」
開かれているページには、様々なデザートが載っている。
ほんの少し迷った後、ケーキ、アイス、パフェ……その中の一つを、私は指差した。
「これで……」
「びっ……BIGジャンボチョコレートパフェ……!?意外なとこ行ったね……え、相当でかそうだけど食べきれる……?大丈夫……?」
私の選択肢を前に目を丸くし、取り乱す柊木さんを見て、私はなんだか達成感を得た。
ちょっとした悪戯が成功したような、そんな感覚を。
いつも平静を崩すのは、柊木さんだったのもあってか余計に。
「柊木さんも……一緒に食べませんか?」
「え!?いいの!?半分こ!?」
私がそう提案すれば、柊木さんはすぐに店員を呼び、パフェを注文してくれる。
ウキウキとしてパフェを待つ柊木さんを見て、私の頬も自然と緩んだ。
ふと、さっき柊木さんの言葉を思い出して、私の悪戯心がふつふつと湧いてきた。
「柊木さんって……叱られるの好きなんですね」
「ん”……!?いや、そうなんだけど……そうじゃないっていうか……語弊があるっていうか……」
「冗談です」
「もー!」
柊木さんは怒ったふりをして、不満そうに頬を膨らませているが、ただ可愛いとしか思えなかった。
先程抑えた感情が、再び込み上げてくるのが分かった。
この人の、ダメなところも、家事が出来ないところも、だらしないところも、カッコいいところも、可愛いところも、綺麗なところも、素敵なところも、大人なところも、全部。
(好きです、柊木さん)
私はどうしても、貴女を愛慕してしまう。
きっと貴女は、女の人であれば誰にでもこういうことをするんだろうけど、優しくするんだろうけど、それでもいい。
今まではそれがとても悔しかったけど、今はもう、貴女が与えてくれているだけで、その事実だけで満たされているから。
「ねぇねぇミキちゃん、今日の夜ご飯って何?」
「最初は親子丼でも作ろうと思っていましたが……これからパフェを食べるなら、もう少し軽い物がいいですかね」
「親子丼……いいね、食べたくなってきた。親子丼にしよ!」
「お腹に入るんですか?」
「ミキちゃんの料理だったらいくらでも食べれるね」
「……帰りにスーパーで鶏肉と卵、買いましょう」
「あ、作る時さ、アタシも手伝っていい?」
「ええ、勿論です」
こんな会話を貴女と出来るだけで、私はとても幸せだから。
美味しそうにご飯を頬張る柊木さんを想像しながら、私はおかずのレシピを考えていた。
曇天だった私の心は、晴れきっていた。
以下プロフィール。
柊木明美
年齢・永遠の20歳(自称)
身長・172cm
職業、年齢不明の謎のお姉さん。
20歳を自称しているが実際は25、6程。
根っからの女好きで女誑し。
結果的に好感度アップには成功した。
ミキちゃんが泣いちゃった時はショックで内心焦りまくった。
帰宅後、ミキちゃんの料理を手伝ったところ、キッチンへの立ち入りが禁止になった。
盛川美希
年齢・17歳
身長・163cm
生徒会長をしている高校3年生。
文武両道で家は超大金持ち、家事も完璧にこなせるハイスペック人間。真面目である。
いろいろと拗らせた結果があれ。
柊木さんのことは心の底から信用し、慕っているし、大好きで結婚したいと思っているが、それはそれとして柊木さんの女性関係に対する信用度は無い。