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03




目が覚めると、辺りは真っ暗だった。

渇いた喉を少しでも潤そうと唾を飲み込んで、私は布団から上半身を起こした。


壁にかかった時計は、午前二時を指している。


「う、ん……」


柊木さんの声が聞こえて、ベッドの方を見る。

朝に出掛けたはずの柊木さんは、いつの間にか帰ってきていて、今はベッドの上でぐっすりと眠っている。

寝起きのぼんやりとした頭で、珍しいな、なんて思ったりした。


柊木さんを起こさないように、なるべく音を立てず布団から出ると、水を飲む為にキッチンへ向かった。


コップに水道から水を注ぎ入れ、それをこくこくと飲んでいく。

私はふっと息を吐き出して、まだはっきりとしない頭で、現状について考えていた。


(未だに、信じられない)


盛川家の大きな屋敷ではなく、こんな古ぼけたアパートに、自分の世話もまともに出来ないような人と住んでいるなんて。


もしかして夢なんじゃないかと思いながら頬をつねってみるが、痛いだけで夢から目覚める様子はない。

これは現実なんだと思う度、なんだかホッとして、胸がじわりと暖かくなる。


同居人に不満はあれど、私は今の生活を存外気に入っているようだ。


信じられないと言えば、私の父の態度もそうだったと思い出す。

柊木さんの家に居候することを決めてから、柊木さんにお金を借りて、一度だけ公衆電話から連絡を取ってみたことがある。


誘拐されたこと、無事に逃げ出したこと、柊木さんの家に住むことを伝えた後、父は。


『そうか』


とだけ答えて電話を切った。

一年は時が経ったが、それから一度も連絡は来ていない。

授業料やその他学校生活に必要な金銭だけはきちんと払われていて、辛うじて忘れられていないということは分かった。


(余計なこと思い出した)


父のイメージを頭の中から振り払うと、コップを流しに置いて、リビングに戻った。

このアパートは風呂やトイレ、キッチンを除くと一部屋しかない。


リビングが寝室を兼ねている訳だが、このおかげで掃除が少なくなっているのかもしれないと思うと、むしろ良かった。


柊木さんの個室……聞くだけで、部屋の惨状が想像出来てゾッとする。

私がこの部屋に来た当初なんて、玄関からリビングまで足の踏み場が無かった。


リビングまで戻り、再び布団に入ろうとした私は、寝ていたはずの柊木さんがこちらを見ていることに気付いた。


「起きてたんですか」


「起きちゃった」


私はため息を吐く。

じっと暗がりから見つめられるのは心臓に悪いから、起きたなら声をかけて欲しかった。


「起こしてしまってすみません」


「んーん、大丈夫」


布団の中に下半身を潜らせる。

さっきまでは温もりがあった布団は、既に冷えきっていた。


「あ、ねぇねぇミキちゃん。一緒に寝よ」


「……寝惚けてます?」


「まさかぁ」


「……寝惚けてますね」


この人の発言は本当に読めない。

一緒に過ごしていると「何を言っているんだこの人は」と思うことが多々ある。


柊木さんのベッドはセミダブルだ。

シングルより広いとはいえ、二人の人間が寝れるスペースは無い。

だから普段私は床に布団を敷いて寝ている。

……例えダブルベッドだったとしても、私は布団で寝る。


「ん」


柊木さんは布団を捲ると、自分の横をポンポンと叩く。

ここで寝ろ、ということだろう。


「寝ませんよ……」


「えーっ」


大人なんだから、一人で寝れるだろうに。

不満そうな柊木さんを放置して、私は寝転んだ。

目を瞑ると、すぐに睡魔が襲いかかった。


うとうとしていると、突然布団が捲られる。

布団の外の空気が入ってきて、寒かった。

こんなことをする人はどう考えても柊木さんしか居ないので、私は文句を言おうと口を開いた。


「ちょっ……!」


「よいしょっと……ミキちゃん暖かいね」


何をするのかと思えば、柊木さんは私の布団に入り込んで来る。

そして抵抗する間もなく、柊木さんは私の腹に腕を回す。

まるで抱き枕のようだ。


「どれだけ……一緒に寝たいんですか……」


「人肌恋しくなることはあるからね」


柊木さんの顔が近い。

さっきとまでとは打って変わって、柊木さんは満足そうだ。


(子供みたい……)


抵抗する気が失せた私は、せめてもの思いで柊木さんの腕の中で体を動かし、柊木さんに背を向けた。

柊木さんが私の体をぐっと引き寄せて、より一層密着する。

きっと、私の心臓の鼓動が、柊木さんにも伝わっている。それぐらいの距離。


熱い。体も、顔も。


「ミキちゃんホント抱き心地いいね。あったかいし柔らかいし。これからは毎日一緒に寝ない?」


「勘弁してください」


「うーん、残念」


そうやって会話をしている間、柊木さんの手は私の腹をずっと揉んでいた。

なんなんだ、脂肪が付いてるとでも言いたいのか。

とにかく、くすぐったいから止めて欲しかった。


カチコチカチコチと時計の針の音が部屋に響く。

外からは野犬と虫の鳴き声が聞こえてきた。


「……柊木さん、起きてますか?」


「うん、どうしたの?」


ほんの気まぐれだった。


「柊木さんって、何のお仕事をしているですか?」


私と柊木さんの関係性は、上手く言い表せない。とても曖昧だ。

柊木さんは、私の上の名を知らない。

私は、柊木さんが何者なのか知らない。

お互いに知らないことばかり。


私達の間には透明の薄い膜があって、それを撫でることがあっても決して破ることはしない。

相手の領域に踏み込むことはしない。


元々、思ったことははっきりと言ってしまいたい性分なのもあり、居候させてもらってる身だと言うのに、私はよく柊木さんへの不満をぶつけ、時には叱り付ける。

それに柊木さんは怒って家を追い出すどころか、煩わしそうな顔一つせず、むしろ嬉しそうに笑うのだ。


謎だった。この人の全てが謎だ。


知りたいと思った。

この人の底知れぬ腹の中を、少しでも。

探って潜って、深く深く。

この煙のような人を捉えたかった。


「アタシの仕事?そうだなぁ…………薬とか?」


「それ……冗談ですか?」


「冗談だよ」


ああ、困った。

謎を減らそうとして聞いてみたのに、減るどころが逆に増えそうだ。


「もし本当に私がそういうことしてたらさ、ミキちゃん幻滅する?」


「……幻滅する程、美化してないです」


「そっか」


そう言う柊木さんの口調は、いつもと変わらず飄々としている。

だけど、本当になんとなく、寂しそうに感じた。

ついつい柊木さんに素っ気なくなってしまう。これは、私の悪い癖だ。


「私は……柊木さんがどんなことをしていようが、柊木さんの人間性は理解しているつもりなので……その……なんと言うか……」


自分の気持ちをどう伝えればいいのか分からなくて、言葉に詰まる。

柊木さんからの反応は無い。

寝てしまったのかと思い、再び体を動かして、柊木さんの方を向いた。


起きていた、ばっちりと。

柊木さんの顔からは笑顔が消えていて、でも不機嫌そうだとか、そう言った暗い表情ではなくて。


その瞳に込められた“熱”を見た瞬間、私は堪らず布団から出ようとして、すぐに柊木さんに阻まれた。

それどころか、柊木さんと向き合う格好にされ、思い切り抱き付かれた。


「ひ、いらぎさん……!は、離してください、流石に近いです……!」


「ミキちゃんが可愛いから無理」


意味が分からない。

私は踠いて脱出を試みるが、柊木さんの力の方が強かった。


やがて疲れきった私は、諦めることにした。

目の前の圧が凄い上に落ち着かないが、柊木さんはこれ以上何かをする素振りは見せていない。

とくとくと鳴る柊木さんの心臓の音。

こんなに優しい温もりに包まれるのは、初めてだ。


「好きだよミキちゃん」


柊木さんの吐息が耳をくすぐる。

高鳴った気持ちは一瞬で静まった。

この人の好きは、違う。


この人はこの暖かい腕で何人もの女の人を抱いて、すっと染み込むような心地いい綺麗な声で好きを囁いて、誑かすだけ誑かして消えていく。

柊木さんが特定の一人を作る気がないことを、私は知っている。


(なんだか、悔しい)


もしも私が「私も好きです」なんて言ったら、この人の心を揺さぶれるのだろうか。


決して、そう口にすることはないけれど。





以下プロフィール。




柊木明美(ひいらぎあけみ)


年齢・永遠の20歳(自称)


身長・172cm


職業、年齢不明の謎のお姉さん。

20歳を自称しているが実際は25、6程。

根っからの女好きで女誑し。

女の子と遊ぶ時に「可愛い」とか「綺麗」とかそういう褒め言葉はよく口にするが「好き」と言うことはそうそう無い。

誰かと一緒に寝るとなかなか寝付けないタイプだが、ミキちゃん抱き枕は相当気に入ったらしい。




盛川美希(もりかわみき)


年齢・17歳


身長・163cm


生徒会長をしている高校3年生。

文武両道で家は超大金持ち、家事も完璧にこなせるハイスペック人間。真面目である。

夜中に起きてもすぐに寝付けるタイプ。

誰かと一緒に寝るのは苦手なタイプ。

と周りに言っているが、今まで一緒に寝る人が居なくて慣れてないだけ。


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