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次で最後です
ようやく落ち着いてきた頃、柊木さんはあることを語り始めた。
「アタシの家、凄い貧乏だったんだよね」
ポツポツと、柊木さんの口から紡がれるそれは、“過去”だった。
「親がどっちも働いていてなくて、そのくせギャンブルが好きだから、いろんなとこから金を借りてて……その中に、やばい奴らが居てさ」
今まで触れることの無かった、なんとなく触れてはいけないような気がした、柊木さんの根幹を。
「当然返せなくて、そのやばい奴らに取り立てられたんだよね。お金も、家も、親も……アタシも。十……いや、十一の時だったかな分からないけど、とにかく蝉が鳴いてたのは覚えてるよ」
柊木さん自身が、今私に見せている。
「親は多分死んだんじゃないかなぁ。ほら、臓器売買とかあるじゃん?アタシも売られそうになったけど、ご覧の通り顔が良かったから、生かしといた方が旨味があるって思われて」
淡々と語っていくその様子は普段通りの柊木さんだった。
しかし、柊木さんの鼓動が僅かに早くなって行くのが、未だ胸に顔を埋めている私には分かった。
「野郎と仲良しこよしするのは死んでもごめんだったけど、稼げなくて殺されるのもごめんだったから、そいつらの仕事手伝うことにしたの」
きっと、私と同じだ、
私が家のことを柊木さんに教えたくなかったように、柊木さんも私に自分の過去を教えたくなかったんだ。
「子供の頃から中身の分からない荷物を運んでたよ。紙袋から段ボールまで、大人になってからは“大きい荷物”も増えてきて、稼ぎは良くて食うには困らなかったけど、何やってるんだろうなって、自分でも思ってた」
無理しなくてもいいんだって、言いたかった。
貴女の過去がどんな物だろうと、私は貴女が好きなんだから。
「これ以上やりたくないって、嫌だって思ってた時期もあったけど、次第にどうでもよくなっていったんだ。逃げたら殺される、けど、そんな危険を犯してまで逃げる理由が無い。何より……ずっとそうやって生きてきたから、そこから離れたらどうすればいいのか、分からないんだよね」
言いたかったけど、言えなかった。
だって、自分のことを話すのは勇気が要るから。
「アタシさ、皆が言う“愛”ってやつが、いまいち理解出来なかったんだ。今まで何人もアタシに愛してるって言ってくれたけど、何かが違うの、どこかピンと来ないの」
柊木さんの勇気を、踏みにじる訳にはいかなかった。
「ミキちゃんと会って、アタシ初めて人からちゃんと怒られたんだ。ほら、今までは仕事しくじった始末だとか、女関係でひっ叩かれることはあったけど、ミキちゃんのはそういうのじゃなくて…………ねぇ、ミキちゃん」
背中に回されていた腕が解け、その代わり柊木さんの手が私の頬に添えられる。
顔をぐいっと上げられて、柊木さんと目が合った。
「愛してるよ」
真っ直ぐにそう伝えられて、ジワジワと私の顔に熱が溜まる。
何か言おうとしたけど、口を開きかけた途端、それを遮るように柊木さんが額を私の額に当てた。
「ミキちゃんと付き合いたい、ミキちゃんと恋人になりたい。恋人になって、いっぱいデートしたい、いっぱい手を繋いで、抱き合って、いっぱいチュウして、一生一緒に居たい、結婚したい」
きっと、傍から見た私の顔は、リンゴみたいに真っ赤だ。
「あの時はごめんね。いきなりあんなことされて、不安だったよね。不安だったのに、アタシがあんなこと言って、分かんなくなっちゃったんだよね」
そう言う柊木さん、眉を八の字に下げて、心の底から申し訳なさそうで、泣きそうで。
「アタシって碌でなしだからさ、きっと、ああやってミキちゃんを困らせること、いっぱいしちゃうと思う。でも、でもね?それでも、アタシはミキちゃんと一緒に居たい」
柊木さんは更に顔を近付ける。
ほんの少し動かせば、唇と唇が当たる距離。
心なしか、柊木さんの顔も赤くなってて、潤んだ瞳が扇情的だった。
心臓が張り裂けそうな程、脈打つのを感じる。
「ねぇミキちゃん、アタシじゃダメかな……?」
形容し難い感情が、グルグルと胸の中を回る。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
夢なんじゃないだろうか、幻なんじゃないだろうか。
返事をしたいのに、声が出なかった。
嬉しいのに、嬉しいからこそ、言葉に詰まって、きっと何も言わなかったら、それを否定と取るこの人は離れていってしまうのに。
だから、私は。
ぐっと結んだ唇を、柊木さんの唇に押し付ける。
柔らかい感触が伝わって、恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになって、堪らず私は泣き出した。
「わた、しも……すきです、ひいらぎさん」
上手く舌が回らなくて、まるで小さい子供のようだった。
ああ、やっと言えた。
ずっとずっと、胸の内に秘めてきたこの感情を、貴女に伝えられた。
「わたしも、ずっと……ひいらぎさんといっしょにいたいです」
好きなんです、愛してるんです。
貴女と一緒に居れるなら、どうなったって構わないぐらいには、愛してます。
また柊木さんに抱き締められる。
今度は、私も抱き締め返した。
「帰ろう、ミキちゃん」
暖かかった。
心も体も、暖かくて満たされて。
ふと、私の頭に過る父の姿。
本当に、このまま帰っていいのだろうか?
「……柊木さん」
きっと、変わるなら今だ。
「お願いがあります」
◇◇◇◇
真っ暗な廊下、父の部屋の前。
昼間は襖を見るだけで鬱々とした気持ちになったのに、柊木さんが隣に居るだけで不思議と平気だった。
私は、今から父と話をする。
「ねぇ……本当に大丈夫……?」
柊木さんが不安そうに聞いてくる。
私は頷いた。
不安が無いと言えば嘘だったが、それでも、これは私一人で行くべきだと思ったから。
「ここで、待っててください」
そして、私は襖を開けた。
寝ている父を叩き起こす気でいたのに、予想に反して父は起きていた。
どうやら晩酌をしていたようで、父の傍には酒が入ったグラスがあった。
「……何をしている」
「貴方と、話を」
「お前と話すことはない。部屋に戻れ」
口の中が異様に渇く。
唾を飲み込んで無理矢理潤すと、私は口を開いた。
ここで、負ける訳にはいかなかった。
「私は、家を出ます」
「お前は縁談が決まっているだろう」
「断ります」
「……ふっ、お前が?」
嘲るような父の声。
この男は、私が逆らえないのを確信している。
一年前に家出したことを除けば、従順だった私しか知らないから。
「ええ……私は今、盛川と縁を切りに来ました」
私がそう言った瞬間、父は眉をひそめた。
癪に障ったのだろう。次に話した時の父の声は、不機嫌その物だった。
「お前は、自分の役割を理解していないようだな……また昔のように“教育”が必要か?」
「っ……」
その言葉を聞いて、一瞬怯んでしまった私の隙を、父は突いてくる。
「盛川の為に結婚し、盛川の為に子を産む、それがお前が生まれた意味だ。それに逆らうだと?愚かにも程がある」
道具は道具らしく。
それが私が生まれた意味であり、意義である。
「……違い、ます」
私はもう、大人しく従うつもりはない。
今まで、鳥籠の外にも中にも居場所なんて無かった。
だから道具でも良いと思ってた。どうせ逆らったって無駄だと知っていたから。
だけど、今の私には、帰る家がある。
柊木さんが居る。
「私はもう、貴方に従いません。貴方を親とは思いません。私はもう、二度とこの家の人間として生きません。無理矢理結婚させられれば、噛み付いてでも逆らいます」
力強く、そう吐き捨てた。
しばしの沈黙。しばしの睨み合い。
まるで父と私の間に、目に見えない火花が散っているかのようだ。
やがて。
「そうか、勝手にしろ」
父は私への関心を無くした。
さっきまで話していたのが嘘のように、グラスを掴んで酒を飲み始めた。
私の姿は見えているはずなのに、見えていないかのようだった。
(結局、この人は最後まで変わらない)
きっと死ぬまで、この人はこの人だ。
私は会釈をして、部屋を出た。
やはり、父だった男はこちらを見なかった。
部屋を出ると、柊木さんはちゃんとそこに居た。
どうだった?と目で語りかけてくる柊木さんに、私は何も言わず抱き付いた。
私が何も言わなかったから、柊木さんも何も言わなかった。
だけど、どこかスッキリした私の顔を見て、安心したようだった。
そして私達は家を出た。
何故か全く警備の人間と出会わなくて、柊木さんが何かしたのかと思ったが、それだけではないような気がした。
(天美さん……?)
弟の不敵な笑みが浮かぶ。
そうすることで、弟にどんな利益が出るのかは分からなかったが、天美さんならやるような気がした。
門の前には黒いバンが停まっている。
運転席には岩津さんが乗っていた。
「…………」
岩津さんはじとっと柊木さんを睨み付けていた。
柊木さんは気にする素振りを見せなかった。
後ろの席に柊木さんと乗り込むと、車が動き出す。
どんどん遠ざかって行く盛川の家を、私は二度と振り返らなかった。
以下プロフィール。
柊木明美
年齢・永遠の20歳(自称)
身長・172cm
職業、年齢不明の謎のお姉さん。
20歳を自称しているが実際は25、6程。
根っからの女好きで女誑し。
ミキちゃんにちゃんと気持ちが伝わって嬉しい。
既に婚約指輪と結婚式場に想いを馳せている。
ミキちゃんとミキちゃんパパの会話は外から聞いてた。殴り込みに行きそうだったけど、ミキちゃんに待っててって言われたから待った。
盛川美希
年齢・17歳
身長・163cm
生徒会長をしている高校3年生。
文武両道で家は超大金持ち、家事も完璧にこなせるハイスペック人間。真面目である。
思春期で反抗期。父親と縁を切った。
盛川なんて知らないもん!!しちゃったから名字を変えないと気まずい。
柊木美希になろうかと考えている。
岩津聡
年齢・23歳
身長・175cm
見た目チャラ男な純情ボーイ。
女性とは手も繋いだことない。ちなみに、その女性に柊木はカウントされていない。
柊木をぶん殴った人。後でもう一回ぶん殴ろうとしている。
とりあえずミキちゃんが無事でホッとしている。
盛川天美
年齢・15歳
身長・177cm
成績優秀容姿端麗ある意味問題児な高校1年生。
盛川美希の腹違いの弟。
姉とは違い、盛川に生まれた自分を誇っている。
監視からの報告で姉に良い感じの人が居ることを知っていたので手を回しておいた(有能)
姉と柊木さんは、天美にとって実質推しカプのような物。
何回も言うが、父のことは嫌いなので洗濯物は分けて洗ってもらっている。
盛川天弥
年齢・56歳
身長・174cm
美希と天美の実父。
超絶名家な盛川の当主で、何よりもまず盛川のことを第一に考える人。
娘から「パパ嫌い!!」されてる上に息子からも「パパ嫌い!!」されてる人。わりと自業自得。
どう足掻いても小物っぽくなる。