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01


タイトルに書きたかった物の全てが詰まってる





アパートの階段を、ゆっくり踏み締めるように登る。

古びた鉄の階段は、足を乗せる度にぎしりぎしりと音を立てた。


学校の鞄を肩にかけ直し、ある部屋の前で立ち止まった私は、そのドアノブを掴むとなるべく音を立てないように開けた。

このおんぼろアパートは階段を含め、至るところにガタが来ている。


この扉も、油断して勢いよく開ければ、辺りに耳障りな音が響き渡ることになる。

つまりは、ご近所迷惑なのだ。


僅かに開いた扉の隙間から部屋の中を見て、私はため息を吐いた。


部屋の中は真っ暗だ。今は夕方とはいえ、カーテンさえ開いていればほんの少しでも明るいはずなのに、その様子もない。


(まだ寝てるのか……)


そうして私は部屋の中へ入ると、玄関に持っていた鞄を置いて、そのまま奥へ進んだ。

窓際のベッドの上には、布団がこんもりと山を作っている。

私はその山を掴むと、思い切りひっぺがした。


「柊木さん、起きてください」


「う”っ……」


私がそう言うと、布団の下に籠っていた一人の女性が、苦しそうな呻き声を上げながら目を開いた。


「……もう朝?」


それを聞いた瞬間、張り倒してやろうかと思った。いや、まだ起き上がっていない人間をどう張り倒せというのか分からないが。


そんな私の脳内とは裏腹に、柊木さんは起き上がると、呑気に欠伸をしながら体を伸ばした。


(ああ、むかつく)


今、私の目の前に居る女性の名前は、柊木明美。

永遠の二十歳(自称)で、家事どころかゴミ捨てさえまともに出来ない碌でなしだ。

そんな碌でなしは、私の同居人でもある。


背中まで伸びる黒髪はとても綺麗だけど、ろくに手入れしてないことを私は知っている。


というか、この盛川美希は柊木明美について、それぐらいしか知らなかった。


生活能力の無さは別として、年齢も、職業も、そもそも柊木明美という名前が本名なのかさえ私は分からない。

はっきりとしているのは、この人が自堕落なダメ人間ということだ。


夜中にふらりと出掛けては、朝や昼になると帰って来る。

ある時は酔っ払って、ある時は笑顔で土産を買って、ある時は知らない女性を連れ込んで……


特に、最後のパターンが最悪だ。

気まずい、とにかく気まずい。


私が居ない平日の昼間に全て終わらせてくれればいいのに、柊木さんは私が丁度学校へ向かう時間や休日の家に居る時間でも平気で女を連れ込む。

しかも毎回違う人で、同じ人が来たのを私は見たことがない。


何が悲しくて、同居人の爛れた関係を目にしなくてはならないのか。

いつか刺されるんじゃないか、この女誑しは。


「ミキちゃんこれから学校?」


「はぁーっ……!」


何をふざけたことを言っているんだと思い、私はまたため息を吐く。

そのままカーテンを開ければ、真っ赤な空が見えた。


「夕方ですよ、今は。学校なんてとっくに終わってます。というか、私学校に行く前に貴女と話しましたよね?まさか覚えてないんですか?」


「うーん……?」


「……お昼、ちゃんと食べてって話をしたんです」


「あ、そうだったそうだった」


「貴女……もっとちゃんとしないと、いつか野垂れ死にますよ」


「あはは、大丈夫大丈夫。アタシにはミキちゃんが居るからさ」


柊木さんは無駄に整った顔に微笑みを浮かべた。

黒いタンクトップの紐がずれて、左肩が剥き出しになっている。

デニムのショートパンツから覗く太ももは、すらりと細いのに、程よく肉が付いていて、柔らかそうだった。


私は、柊木さんから顔を逸らす。


「……お昼ご飯温めて来ますから、それ食べてください」


「えーっ!ミキちゃんの出来立てホヤホヤ手料理が食べたいー!」


「わがまま言わないでください」


そもそも、柊木さんがお昼をちゃんと食べていれば叶った要望だというのに。

なんて言葉を口にするのも今は面倒で、私は黙ってキッチンへ向かった。


冷蔵庫から取り出したタッパーには、グラタンが詰まっている。

それを電子レンジに入れて、温まるのを待っている間、私はぼんやりと柊木さんと出会った夜を思い出した。


確か、ポツポツと雨が降っていた。


私は人気の無い路地裏で、体を丸めて震えていて。


どこに行けばいいのか、どこに行きたいのかも、何も分からずに。


目の前に形成されていく水溜まりを眺めながら。


水溜まりに混ざって溶けて、そのまま消えてしまいたいと願っていた。


『ねぇ君、大丈夫?』


柊木さんに声をかけられて、そして―――


「はぁ……」


何度目かのため息を吐く。

グラタンはとっくに温め終わっていて、私はそれをリビングのテーブルの上まで持って行った。


柊木さんは何をしていたのかと言うと、ベランダに出て煙草を吸っている。

夕日を眺めながらたそがれるその後ろ姿は、嫌になる程様になっていた。


「…………」


柊木さんはダメな人間だ。

昼夜逆転の生活をしているし、料理も洗濯も掃除も、ちょっとしたゴミもちゃんと捨てれない。

女性関係なんて最悪で、女誑しで、最低で。

何の仕事をしてるのかも、年齢も、何もかもはっきりしない。

何もかも適当で、軽薄で、胡散臭い人。


絶対に信用しない方がいい、絶対に関わらない方がいい人。


(でも……)


私を、助けてくれた人だ。


複雑に絡まった感情を胸の奥へと押し込み、私はベランダの窓を開ける。


「ご飯の準備、出来ましたよ」


「お、ありがと~」


そう言って部屋の中に入る……かと思ったが、柊木さんは景色を眺めたままだった。

せっかく温めたのに、なんて思いながら、私は柊木さんの隣へ移動した。


太陽が沈んで、代わりに月が昇る。

朝でもない、夜でもないこの時間が、心地いい。


「……ミキちゃんさぁ、煙草吸ってみない?」


「は?」


何を言っているんだこの人は。

私は未成年だ。伊達に高校生をやっちゃいない。

柊木さんも、私の年齢は知っているはずだ。


「一回、騙されたと思ってさ」


「吸いませんよ、何考えてるんですか?」


「ん~?うーん……内緒」


ああ、この人は、本当に。

黄昏時のようにはっきりしない。

曖昧で、捉えようがない。


煙草の先から上へ上へ上がっていく煙を見て、まるでこの人のようだと思った。


「ね、やってみない?」


尚も柊木さんはそう聞いてくる。

気だるそうな笑みを浮かべて、私の顔をじっと見てくる。

無駄に顔が良くて、少しむかついた。


「煙草の匂いは、嫌いです」


「あれ、そうなの?」


私がそう言うと、柊木さんはうーんと唸りながら考え込んだ。

そしてしばらくして、そっと私と距離を取った。


「……何してるんですか」


「いや、煙草の匂いが嫌いって言うからさ……アタシよく吸うし、煙草の匂いが染み付いちゃってるでしょ」


「…………」


私が居ようが平然と女を家に連れ込むこの人は、変なところで気を遣う。

私は少し迷った後、柊木さんと開いた距離を詰めた。


「それは……別です」


肩がギリギリ触れるか触れないかの距離感だ。

ほんのりと、柊木さんの体温が感じられた。


そんな私を、柊木さんは何を思っているのか、黙ってただ眺めている。

その視線と合わないように、合わせないように、私は正面の景色に集中した。


しばらく、沈黙が続く。


「ミキちゃん」


それを破ったのは、柊木さんの声だった。

名前を呼ばれて、私は柊木さんの方を向いて。


暖かい手が、左頬を這う。


「可愛いね」


耳に髪をかけるように、柊木さんは私の頬を撫でると、微笑みながら、どこか真面目な調子でそう言った。


「は……」


突然のことに動揺して、上手く言葉が出なかった。

柊木さんの手が私の頬を離れた後も、情報を処理しきれなかった。

息の吸い方も、吐き方も忘れて、呆然と柊木さんの顔を見ることしか出来ない。


心臓の音が、うるさかった。


「さぁて、ご飯食べよ」


いつの間にか煙草の火を消していた柊木さんが、妙に明るい声を出す。

くるりと振り返ると、私一人をベランダに残し、部屋に戻って行った。


「…………はぁ」


顔がやけに熱い。

横目で部屋の中を見れば、柊木さんはグラタンに夢中になっていた。


私のことを気に留めている様子は、全くない。


柊木さんはいつもそうだ。

人の心をかき乱すだけ乱して、その後のことはお構い無し。ズルい人だ。


「女誑し……」


そう呟いた声は、黄昏に飲み込まれて消えて行った。






以下プロフィール。




柊木明美(ひいらぎあけみ)


年齢・永遠の20歳(自称)


身長・172cm


職業、年齢不明の謎のお姉さん。

二十歳を自称しているが実際は25、6程。

根っからの女好きで女誑し。

すぐに女を誑かすが、彼女だと思ったことのある人は1人も居ない。それ関係でトラブって刺されたことが8回ある。

顔が良いしそれを本人も自覚してる。




盛川美希(もりかわみき)


年齢・17歳


身長・163cm


生徒会長をしている高校3年生。

文武両道で家は超大金持ち、家事も完璧にこなせるハイスペック人間。真面目である。

ちょっと素行が悪い生徒には嫌われているが、それ以外の生徒から絶大な支持を集めている。



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