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ナインテイルの初恋

作者: maricaみかん

 うちは、人間に恋をした。

 かつてのうちならば、鼻で笑ったであろうこの想い。

 九尾の狐として、人々を弄び続けてきたうちにとっては、とてもおかしな事。


 いくつもの国を滅ぼして、うちは月狐と呼ばれ恐れられてきた。

 そんなうちに、ただ微笑んでそばに居てくれる子供。

 名を陽翔(はると)という。日の光を感じさせる、うちとは対極のような名前の男。


 付き合いは、もう10年にもなる。陽翔は、うちの本性を知らぬ。

 だからこそ、ただの妖怪として受け入れてくれたのだろう。

 それでも、結ばれるのならば、うちの全てを受け入れてもらいたい。

 この想いをすべて伝えるために、うちは陽翔を呼び出した。


 いつも陽翔と交流していた、うちを抑えるための神社。

 そこで、思いの丈とうちの正体、すべてを伝えるつもりで。


 待ち合わせ場所に向かうと、陽翔はポケットに両手を突っ込みながら待っていた。

 いかにも少年らしい振る舞いで、心が癒やされるようだった。

 今から、うちと陽翔の関係は変わる。希望を胸に、しっかりと息を吸い込んだ。


「のう、陽翔。うちらも長い付き合いじゃな。だから、お主との関係を、先に進めたい」


「銀華。それって……」


 銀華というのは、うちの偽名。適当に名乗ったものではあるが、今では大切な、とても大切な名前じゃ。

 陽翔が呼んでくれるという事実だけで、とても輝くように感じる。

 うちの心を解きほぐしてくれた陽翔の声ならば、どんな言葉だって心地良い。


「ああ。うちと男女の関係になってくれぬか?」


「……。ああ。嬉しいよ、銀華」


 その言葉で、うちの心は舞い上がるかのようだった。

 陽翔に本性を告げたとしても、障害になんてならないと。そう信じられた。

 だから、何も考えずに言葉が出てきた。


「月狐として、長く生きてきた。こんな喜びは初めてじゃ」


「銀華、月狐って、あの月狐か……?」


 その時、うちは陽翔の表情を見ておらんかった。

 実際は、どんな顔をしていたのじゃろうな。遠い未来でも、気になって仕方のない事実だった。


「ああ。人々を弄び、殺し、奪う。そんなうちでも、人を愛する心を知れた。陽翔のおかげじゃ」


「月狐は、絶対に遠ざけるべきものだって……」


 陽翔の言葉で、急激に心が冷えていった。

 うちを受け入れないということか。そんな感情がほとばしって止まらない。

 だから、つい陽翔の両手を強く握ってしまう。


「お主は、うちと恋人になるのが嬉しくないのか!?」


「痛い痛い! 助けてくれ!」


 興奮のあまり、陽翔の両手を折るほどの力を込めたことに気づいたのは、その時。

 頭が冷えて、陽翔の顔をおそるおそる見る。すると、浮かんでいたのはうちへの怯え。

 だから、理解した。うちの恋は終わったのだと。

 失意のままに、ふらふらと神社から去っていくうちだった。


 そして、しばらくの間ボーっとして過ごして、ある決意をする。

 間違っていると理解しながらも、止まれなかった。


 陽翔の家に向かい、彼の顔を見て。こちらになにか言おうとする陽翔の自由を奪う。

 そのまま、動けない陽翔の前に、家族を連れてきた。


「のう、陽翔。うちを受け入れなかったお主への罰じゃ。心して受け入れよ」


 そのまま、陽翔の家族達を食べていく。

 かつてのうちならば、人を弄ぶ喜びに打ち震えていただろう。

 だが、今のうちにとっては、ただ苦しいだけの時間だった。


 全て食べ終え、陽翔だけが残る。それから、陽翔の口だけを解放した。


「銀華、どうして……」


「どうしてじゃろうな。うちの方が知りたいよ」


 どこまで本音だったのだろうか。分からない。

 ただ、陽翔の姿を見ていたくはなかった。

 だから、陽翔を完全に解放した後は、逃げるように去っていった。


 もう、うちの思いが叶うことはない。

 それでも、せめて憎い敵としてでも良い。うちを心に刻み込んでくれ。

 ただひたすらに、虚しい思いを抱き続けていた。

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