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わたしの従者は転生魔王   作者: ネムミヤコ
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 それは遠い存在だと、彼は思った。

 自分を忌む者、羨む者、貶める者と多くの存在に出会ってきた彼は強大な力で以て支配してきた。彼の側近も、服従する意を示した多くの下僕も、彼の真意には気づいていない。彼の本当の願いなど、口にしていいはずがなかったからだ。

 死期を見出すことができた彼は、それでもこの願いは叶えられることなく、しかし祈るように焦がれて敵わないと知っていた。死してなお自分の定めを変えることができないくらいには彼は長く生きすぎて、そして感情を殺してきたから。

(それでも試すことくらいは許されるであろう?)

 不敵に笑った男はあらゆる魔物を屠った血を拭いながら、そんな大胆なことを言った。自分の配下たちを殺されても心揺らがなかった彼が初めて心を揺さぶられた。許されるのだろうか、と呟いてみると男は首を傾げて、しかし少し憤然とした様子で詰め寄る。

(お前のようなものがためらってどうするのだ。自分の夢を試すこともせずに延々と閉じこもりおって。戦い続けてきた俺の身にもなってみよ、鎧は傷つくし汚れるし、仲間は疑心暗鬼になり裏切り減っていく。全く、どうしてくれるのだ)

 男の事情など知らないし興味もないと彼が言うと俺だって同じだ、阿呆と罵られた。

(俺も貴様自身に興味はない。だがこれからも貴様の業に付き合わされたくなどないのだ。だからこそ貴様に問いかけているのだろうが)

 選べ、と男に聞かれた。このままただ定めの流れに従っていくのか、それともたった一度だけ願いのために動くのか。そう言われて彼ははたと気づいた。

 自分は、一度もこの場所から動いたことがないのではないか。と。

 絶望を与える存在の権化が最初に抱いた感情は絶望で、それ以後は淡々と決められた道を歩いてきたつもりだったが、もしかしたら自分は一歩も動いていないのではないのか。そんな考えが浮かんで、彼は男を見上げて言った。

「殺してほしい」

 それは彼にとって絶望のための言葉ではなかった。ただ、一度きりの賭けをしようとしている。そのための言葉を発しているだけで、彼は緊張で息が詰まるような思いがした。

 だけど。

「どうしても、諦めきれないから」

 死ぬことが怖かった。この身が死んでも魂が死ぬことはないが、繰り返される生に再び戻されるのが怖くてたまらなかった。玉座で見えるのは時の流れと戦いによる生死の摩耗で、それに同感する者はいない。

  その感覚を、共有できるとすればそれは。

「ありがとう………勇者」

  彼は目を閉じる。

  男、………勇者は武運を祈る、と自分の刃を振り下ろした。

  僅かな、彼にとってはほんの瞬きの時間が過ぎて。目を覚ました彼は微かな光を見た。少しの力を込めれば、きっとすぐに散るような儚い灯火。

  彼は手を伸ばす。伸ばした先の光は確かに彼の手元にやってきて、ほんの少しだけ彼の冷たい手を温めた。

(………ああ、これが、)

  眩い、柔らかい、これは、彼が欲しいと願って、祈り続けたもの。

  頬に何かが滑り落ちる。光がそれをすくってくれた。

  それが魔王再来。

  そして魔王が遠いと思っていた、ずっと焦がれていた感情。初めて出会うことができた初恋だった。


「かくれんぼ」

  アリーシュは子供らしい遊びを、何故か王女殿下であるゼアトリーチェと王宮内でしている。文通のやり取りをしている中でゼアトリーチェが「あなたの眷属が見たいわ」という話題があげた。それに対し、アリーシュはいないので無理ですと丁重に伝えたのだが、次にきた返事は王殿に遊びにきなさいというお誘いという名の命令だった。

  どうしてそういう話になるのかわからないが、断るほどの勇気も理由もないアリーシュは父に相談した。父のグウェンは快く了承すると王殿に手紙ではなくアリーシュを届けたのである。

  ゼアトリーチェ王女殿下はグウェンに礼を言うと眩い微笑を浮かべてアリーシュを迎える。きっとこの微笑に世の中の殿方は心奪われるのだろうが、アリーシュは殿方ではない。それにゼアトリーチェは何故かアリーシュを気に入っているので再び会うことができて嬉しそうにずっと笑っていた。だからもしアリーシュが男だったら今頃はもう奪う心は在庫ゼロになっているかもしれない。

「アリーシュは眷属がいないのよね?もし使役するならどんな眷属がいいかしら?」

「ええと………考えたことがありません」

「一度も?それはどうして?」

「………欲しいと望んだことがないのです。魔王復活に備えよ、と陛下に命じられていますので、いつか眷属を見つけなければならないことはわかっているのですが………」

「陛下の命令がなければ眷属はいらない、と?」

「………はい」

  ゼアトリーチェはくすくす笑う。わたしは何か面白いことを言ったかしら?と首を傾げるアリーシュにゼアトリーチェは「素直な子ね」とだけ答えた。

「眷属の見つける方法は知っていて?」

「いいえ。わたしは魔力無しに等しいので危険だと、探すことを禁じられてましたので」

「そうね。それはいい判断よ。眷属になる前の魔物は魔力に敏感で獰猛だから、見つかったら食べられていたでしょう」

  でもね。ゼアトリーチェは目を細めた。

「魔物の序列が貴いものほど魔物は知性が深まるの。自分の強さに相応しくないと判断すれば余計は争いはしない、執着もない。無駄だからよ」

「無駄?」

「魔物は序列を尊ぶ。それは人間に対しても同じように働くわ。感情に左右されやすいのは自身の魔力を制御しきれないということを意味するから、理性を強く保ち序列を示したいということなの」

「……ということは、つまり、魔物の中には魔力を食らうために手当たり次第襲うことがない、我慢強い魔物がいるのですか?」

「いるわ。けれど何も感じていないわけじゃなくてよ。理性を上回るほどの魔力に出会ってしまうと何をするかわからないから、気をつけてちょうだいね」

  それでね。とゼアトリーチェが意味深に微笑んだ。

「かくれんぼしましょう」

  そして今に至る。アリーシュは探す側、ゼアトリーチェは隠れる側で王殿内だけに範囲は決まっている。

  だが王殿内といっても舐めてはいけない。その広さは世界中の勇者の血族を集めても余裕のあった大広間が語ってくれる。アリーシュは精神を集中させて王宮内を見渡すことにした。


  魔力無しのアリーシュという世間の見方はただの無能な勇者の末端だ。だが実際は少し違う。

  魔力に耐性がないというのも半分正解で半分間違っている。確かにアリーシュ自身の魔力に耐性はなかったが、他者の魔力は慣れることはできる。耐性がないゆえに感知能力、順応能力が優れていることに気づいたアリーシュはその短所を有効に利用し、ある才能を引き出した。

  それは微弱な魔力を利用し、見ることで相手の本質を見極める能力。

  リーンシュタルト家が唯一持つ秘匿の才能、『魔眼』と呼ばれるそれは絶対に公にしてはならない。知っているのは絶対的な勇者の頂点、エインリ陛下と先見の明を知ることを使命とする巫女だけだ。

「けどやっぱりわたしは未熟だからなぁ」

  この広い王殿内でも父のグウェンならすぐに全容を把握できる。アリーシュにとって父とは親というよりも師匠の面が強く印象に残っていた。

(僕のようになりたいなんて、思わないほうがいいよ、アリーシュ。そりゃあ、愛娘に尊敬されるのは嬉しいけどさぁ……でも、僕は、父としての僕は娘を縛りつけることはしたくないんだよねぇ)

  父、グウェンという男はからから笑う。

(アリーシュはまだまだ大きくなるよ。リーンシュタルト家当主になること以外にも興味を引くものがきっとできる。だから、視野を広く持ちなさい)

  それについてアリーシュは頷けなかった。そこで嘘を言っても仕方ないからだ。

  色無しという忌み名を貼られたリーンシュタルト家の令嬢。他の何にもなれやしないという無能な勇者。幼い頃に参加したパーティーで同年代の視線を見た瞬間、そこに仲間意識などなかった。

  楽しそうな笑い声は嘲笑だった。無意識に開いてしまった魔眼はことごとく彼らの本性を見てしまったのだ。よりによって、初めての社交パーティーになるはずだったその日、アリーシュは魔眼の才能を開花してしまった。

  以来、アリーシュは他者よりも早く子供らしい心を捨てることになる。人間の醜い部分ばかりを見ていくことが彼女に子供らしさを捨てさせて成長をもたらしたとは、何とも皮肉なことであった。

  そんなアリーシュが魔力を感じたのは、王殿内でアリーシュが歩くことができた最奥、そして最も暗い場所だった。何の比喩でもない、日の光が一切入っていない部屋は人目を避ける魔術と魔術妨害の結界が張り巡らしてある。

  魔力の塊があるほうにアリーシュは部屋を進んでいく。よく目を凝らすとそれは人の形で、だがゼアトリーチェではなかった。

(魔物?)

  人ならざる者だと理解できたアリーシュは知らず知らずのうちに手を伸ばしていた。危機管理能力が非常に高いと、アリーシュ自身がよく知っているはずだったのに。

  魔物に触れて、アリーシュは彼が泣いていることに気づく。涙をすくってやると魔物はアリーシュの手に頬擦りしてきた。

  その仕草は屋敷に飼う猫に似ていて、アリーシュは思わず頬を緩ませる。

「あなた、名前はあるの?誰かの眷属?」

「ノア」

  彼の声は優しく、その微笑は甘い。

「ノア、と呼んで欲しい。我が君」

  それはアリーシュの知る魔王とはかけはなれた、魔王の姿だった。

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