常連おじさんたちに話を聞いてもらいました……が、もう無理ー!
店主のオヤジさんや客たちは、泣きそうなカレンの会社での話を聞いてくれた。
最初は笑いながら「そういう奴、どこにでもいるよなー」と言っていた彼らも、上司のセクハラ疑惑にはさすがのおじさんたちも慌てて深刻そうな顔になる。
「カレンちゃんの会社、ものすごい老舗の菓子店じゃないか。ボクの病院の入院患者さんが退院時にお礼でよく持ってきてくれるよ。最中とかさ」
「ええ、デパートなら大抵売ってますし」
「規模は中小企業でも、伝統ある会社でセクハラ問題はヤバいよな。それにカレンちゃんみたいな若い女の子が被害に遭ったら、カレンちゃんも会社もダメージデカいだろ」
カレンのケースでいざというとき、誰に頼ればいいのかという話になると。
「本当にいざとなったら会社の中からでもいいから、110番しなきゃ。俺よく知らねえんだけど、今どきのスマホはボタン一つで通報できるんだろ?」
「あ、そうですね、緊急通報……」
団塊さんが自分のスマホをシャツの胸ポケットから取り出す。
黒い手帳型ケースに入ったスマホはリンゴマーク入り。カレンと同じメーカーのスマホだ。
「娘にさあ、『お父さんの持ち物でスマホが一番高いんだからね、失くしたりしたらタダじゃおかないんだから!』って脅されてるわけ。聞いたら誕生日に下の娘がくれたヴィトンの財布より高えんだって」
「団塊さん、スマホだからって外じゃ通話やバスの時刻表検索しか使わないのにねえ」
「宝の持ち腐れだけど、俺みたいなオッサンが最先端機種を持ってるってのも気分が良いわけ」
ちょいちょい自慢が入るのが難だが、団塊さんはスマホの電源ボタンを指差して見せた。
「ここ、ここね、お姉さん。このボッチを長押し」
「は、はい。大丈夫です、おぼえました!」
「いざってとき、すぐ押せないもんだからさ。しばらくは社内でもずっと手に持ってたほうがいいよ」
「……はい。あたしもそのほうがいいかなって」
その後、オヤジさんが出してくれた栗おこわと茶碗蒸しがまたじんわり染みた。
おじさんたちに話を聞いてもらえて、帰りのバスに乗る頃にはカレンも随分と気が楽になっていた。
「また仕事頑張るぞー!」
頑張れたらいいな。
その日、カレンが社内で手洗いに行き、女性用トイレから出ると目の前の壁に例の飴田課長がいた。
「ひっ!?」
課長はじっとりした気味の悪い目つきでカレンを睨んでくる。
あまりの気持ち悪さに眩暈がしそうだった。
「おい、青山。お前、トイレ内で副業やってたんだろ!」
「もうほんと、いい加減にしてください……」
幸いだったのは、このとき後からトイレから出てきた社員が同期女性と、総務部の女性課長だったこと。
彼女たちも、女子トイレ側から出てきたら飴田課長がいて目を白黒させている。
ましてや、若い女性社員に怒鳴りつけているわけで。
「も、もう無理……」
あの様子では、他に利用者がいないとき、女子トイレまで入り込んで来かねない。
そう思い至り、ぞっとした。
急激に血圧が下がって、本当に頭がクラクラしてきてカレンは思わず壁に手をついた。
そこに飴田課長が腕を伸ばしてくる。
「いや! 触らないで!」
「何だと? 手を貸してやろうとしただけじゃないか!」
「触らないで! 触らないで!」
何だ何だと通りかかる社員たちの視線が集まってくる。
「飴田さん、よくわかりませんが落ち着いて。彼女は調子が悪いようです。すこし落ち着かせてから戻らせますから」
総務部の女性課長が取りなしてくれたことで、飴田課長は舌打ちしながらも庶務課へ戻っていった。
「し、心臓ばくばくいってる……」
「え、大丈夫!?」
相手の後ろ姿が見えなくなったところで、カレンはその場にへたり込んでしまった。
すこし落ち着くと立ち上がることができたので、同僚女性と女性課長に連れられ、総務部で話をすることになった。
一通りカレンや、事情を知る同僚から話を聞いて、女性課長も呆気に取られていた。
「まさか、そんなことになっていたなんて」
総務部の女性課長はさすがにビックリしている。
いくらなんでも男性上司が、女性の部下のトイレまで見張るのはセクハラだ。
飴田課長へは、事態を目撃した総務部の女性課長から上へ話を上げ、会社側から厳重注意することになった。
一度、庶務課の部長が注意せずスルーしている件なので、その上の専務の誰かからの注意になるだろう。
このときようやく、主人公の副業疑惑については、口頭で「趣味に過ぎず、利益もほとんど発生していない」ことから不問であることも飴田課長へ伝えられる。
もうこれで、煩わされることはないはずだった。
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