クリスマスイヴの小料理屋ひまらや~おっさんたちの余計なお世話
「カレンちゃん、会社とのトラブル片付いたって、良かったね。あんなに有名な会社でパワハラ警察沙汰ってビックリしてたんだ」
「まったくだ。同族会社だっていうし、やっぱそういうのはダメだな!」
オヤジさんと団塊さんがしみじみしている。
会社を退職したのは先月だが、その後は特に拗れることもなく退職金や慰謝料等が支払われたと常連たちも聞いていた。
この頃になるとカレンは元勤め先から慰謝料も受け取っていて、示談が成立していた。
つまり、本人が考えていた労基への訴えなどしないように、と弁護士事務所が間に入っての結果だ。
「でも次の仕事もまだ見つかってないんでしょ? 大変だよねえ」
「まあ、あいつなら何とかなると思いますよ。あんまり難しいこと考えない奴ですし」
「確かに。いきなり仕事辞めてラスベガス行っちゃうぐらいだもんなあ〜」
それでしばらく、店主のオヤジさんも交えてカレン談義で盛り上がった。
「何て言うんだろうねえ。彼女、マイペースっていうのとも違うし」
元同級生で、再会してから親しく友人関係を続けているセイジから見ても、カレンはバランスの良い性格だと思う。
「社内でパワハラや嫌がらせだなんて、面倒くさいことに巻き込まれたのに、周りに結構助けてもらったって言ってたね。カレンちゃん、わりと人徳があるのかも」
「今どきは見て見ぬ振りするほうが楽だもんね。でも通り過ぎないで助けてくれる人がいたってのは良かったよね。僕なんか話を聞いててほんとハラハラしちゃって」
わかる、と男たちは皆頷いた。
「俺は中学のとき、クラスでいじめみたいなのに遭ったのを彼女に助けられてるんです。なのに恩着せがましいこととか全然言わないし」
良い意味で正義感がある。
ただ、リーダーシップを取るタイプではなく、自分のこだわりを優先させる感じか。
「……ああいう女はさ、一人でも生きていけちゃうよね」
ぽつりと、今回お久し振りの院長さんが、ベレー帽の端を摘まみながら呟いた。
「一人でスーパー銭湯行っちゃう奴ですしね」
「「「ああ〜」」」
それは駄目なやつかもしれない。
「よし。なら俺が一肌脱いでやるよ!」
「「「え?」」」
麦焼酎のお湯割りを飲んでいた団塊さんが、グラスの中身を一気飲みして、何やら決意した顔になっている。
「俺、田舎の県人会の役員やってんだ。年末は東京の同郷会で芋煮会。芋煮、土産に持ってきてやるから。カレンちゃん誘って食べに来いよ」
「え、芋煮って」
主に東北、宮城や山形などのソウルフードだ。
しかも年末ってクリスマスイヴの今日も既に年末の範疇じゃないか。
「大晦日の前日なんだ? じゃあうちもその日で年末は締めようかな」
「今はセイジ君の勤め先でバイトなんだろ? 機会があるうちに捕まえておくんだよ?」
弁護士事務所でも周囲にしょっちゅう揶揄われているネタだった。
「まあ、そのうち」
「そんな悠長なこと言ってると横から掻っ攫われるぞ。早く一発やっちまえ。んで即プロポーズな!」
「……それ本人のいるところで言わないでくださいよ、セクハラになりますからね」
「おっと、こりゃ失礼」
剛毅だがちょっと無神経なのが団塊さんだ。
だが、一理あるのも確かだった。
「あいつなら、告って断られた後でも友達のままでいられそうかなあ」
「バッカ、お前そんな後ろ向きでどうすんだ!」
「アタッ」
隣から団塊さんに背中をバシバシ叩かれた。
院長さんやオヤジさんもニヤニヤ笑っている。
「若いっていいよね」
「いいですねえ。酒が美味い」
と、そんな話でクリスマスイヴの小料理屋ひまらやは盛り上がっていたわけだ。
そして年末、弁護士事務所の仕事納めの日の翌日。
夕方にカレンとセイジは連れ立って小料理屋ひまらやへ、団塊さんご自慢の芋煮を食べに行った。
「わあ。芋煮って里芋のお汁なんですねえ」
団塊さんが所属してる東北の県人会の芋煮会から、鍋ひとつ分の芋煮をジップ袋に分けて入れて土産に持ち帰ってきてくれたのだ。
「重かったんじゃないですか? 大変だったでしょう」
「はは、まあね! でも駅からはタクシー使って持ってきたから大丈夫」
自宅から保冷剤入りのクーラーボックスを持参して持ってきたとのこと。
本人は少し前に店に着いて、早々にビールとつまみを摘んでいた。
「団塊さん、そういうとこマメだよね」
「子供たちが小さかった頃、海やキャンプ行くのに使ってたんだよ。久し振りに出してきたけどまだ使えて良かった」
芋煮は店主のオヤジさんが温め直して、少しだけ醤油を足し直して小口ネギを散らしてのご提供。
「芋煮って味噌汁の一種かなって思ってました。お出汁きいててお醤油味も美味しいですねえ!」
「味噌味でもいいんだよ」
「最初に材料全部煮込んだ後で、半分ずつ醤油味と味噌味とかやるぞー」
バリエーションは豊富らしい。
今回の芋煮は、里芋、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、油揚げに豚肉を入れたものだった。
「大鍋で大量に煮込んでるのもあって、家で作るより美味いんだよな。芋煮会の芋煮」
「あ、テレビで見ましたよー郷土料理の芋煮の風景! 学生が田植えの手伝いの後に自分たちで作ってるの楽しそうでした!」
「採れたての里芋は口の中で溶けるんだ。ああいうの東京の人は知らないだろうなあ」
今日はもう芋煮が酒のつまみ状態だったが、年末で正月も近いということで、店主のオヤジさんが作ったお節料理を少しずつ味見させてもらって早いうちに解散となった。
「年末は今日でおしまい。年明けは4日から再開ね」
お正月用にお節料理のお裾分けまでいただいてしまった。
「オヤジさん、ほんと大好き。伊達巻き入ってたりしますか!?」
「あと黒豆と紅白なます、クワイの煮物ね。冷蔵庫入れておけば日持ちするから」
「元旦に食べ尽くす自信ありますー!」
そして見送られて、カレンとセイジは自宅方面へのバス停へ。
「おおい、セイジ君」
「はい?」
店主のオヤジさんや常連さんたちが、ニヤニヤ笑いながらセイジを呼び止めた。
親指を立てたり、片手の親指と人差し指で作った輪の中にもう片方の手の親指を突っ込んだジェスチャーをしたり、わりと露骨な応援を寄越してきた。
「男見せろよー」
「そうそう」
「もう、おっさんたち、余計なお世話ですって!」
ムキになるセイジに、親父どもは無邪気に笑っていた。
「何の話?」
「なんでもないよ!」
ちょうどバスが到着して、慌ててICカードを取り出して搭乗した。
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