嫉妬に焦がれ
「ロキ殿、ユーリ王女達をどこへやったのだ?」
アルフレッドがさすがに焦る。
非公式の訪問ではあったが、シェスタの者にこれ以上迂闊に手を出してしまっては、本当に戦争になりかねない。
許可は出したが、呪いをかけた事さえ相当まずいのに。
「ユーリ王女達は本来招待状もないし、ここにいないはずの者たちでしたので、シェスタへお帰り頂いたんですよ」
「ですからどうやって…?」
アルフレッドはその方法を聞きたいようだ。
「俺様の転移魔法で飛ばしました」
事もなげに言ったその言葉はアルフレッドだけではなく、アドガルムの者は皆驚いている。
「転移…そんな高度な魔法を使えるのですか?」
アルフレッドも話には聞いた事だけはある魔法だ。
しかし、使えるものは少なく目の当たりにしたことすらない。
そんな魔法を使用出来、且つあれだけの大人数をそんな遠くまで飛ばせるとは。
「俺様はミューズの叔父です。ミューズより凄い魔法を使えるのは、当然ですよ」
ロキは大威張りで言った。
「さて、俺様はそろそろサミュエルを休ませてやらないとな。ティタン様とミューズの為に頑張ってくれたんだ、ゆっくりさせてやるか。シフも来い」
シフもロキの側に近づいて、皆に頭を下げた。
「アルフレッド殿、サミュエルに呪いの使用許可を出していただきありがとうございます。少しは気が晴れたでしょうから」
転移前にロキが感謝を述べるが、アルフレッドは首を傾げていた。
「はて、呪いとは何のことかな。私はサミュエルに、『大丈夫か?』と聞いただけだ」
そらとぼける国王の言葉。
「父上、それで突き通すおつもりですか?」
ティタンがまさかなと疑いの眼差しでアルフレッドを見る。
「父上は呪いなんて言葉を出してはいない。サミュエルを心配して声をあげただけた」
エリックも重ねて説明する。
本当にそれで押し通そうとするようだ。
「それで誤魔化せるとは思えませんが…」
「こういうのは話し方次第だ。元から招かれざる客であったユーリ王女が、無断でこちらの大事な式を邪魔しにきたんだから、強い文句は言えまい。正当な招待もなく不当に侵入したのだから、尚更だ」
アルフレッドは何を言われようと突っぱねるつもりだ。
ユーリは侮辱だけではなく、婚姻についての否定もしてきたのだ。
つまりアルフレッドの決定に文句を言ったのだ。
シェスタ国から抗議がきても、それを理由にしてアドガルムは徹底抗戦するつもりであった。
「ではここで失礼します。シフ、飛ぶぞ」
「はい!」
サミュエルは任せろと言うと、三人の姿があっという間に消えた。
「ロキ殿は一体何者なんだ?」
アルフレッドはロキの魔力の高さと魔法に感心していた。
ティタンはミューズが自身に寄りかかっているのにようやく気づく。
「ミューズ大丈夫か?」
「怖かったです…」
白くなった顔をしており、気が抜けたのか、体からは力が抜けている。
ミューズを椅子に座らせ、ティタンは膝を折って目線を合わせ、心配そうな顔を向けた。
「すまない、まさかこんな事になるとは思ってなかった。嫌な気持ちになったよな、本当にすまなかった」
焦る思いだ。
折角の式なのに、こんな風に横槍を入れられるとは思っていなかった。
ユーリの行動に、増々彼女が嫌いになる。
「いえ、いいのです。ティタン様は私を選んでくれた、サミュエルも呪いの使用で罰を受ける事もなかったし、本当に良かった…」
ぎゅっとミューズはティタンにしがみつく。
自分を選んでくれた、なのにまだ心がざわめいている。
「ユーリを受け入れるわけがなかろう」
「わかってます…でも、不安でした」
ミューズの目には涙が浮かぶ。
「元婚約者が来たとなれば、心配もするし、心穏やかにはいられませんわよね。こういうのは理屈じゃありませんから」
レナンが慰めるようにミューズに声を掛ける。
気が気ではなかったはずだ。
「挨拶も終わったし、後はゆっくりするといい。こちらは任せてくれ」
エリックの声掛けにティタンが頷く。
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせて頂きます」
部屋へと戻り、二人きりにさせてもらった。
ティタンはミューズをソファに座らせ、その隣に座る。
「大丈夫、ではないよな。すまなかった…」
ユーリが来ることをティタンは全く予想などしていなかった。
婚約破棄をしてから連絡も取っていない。
シェスタへの訪問があっても、けして二人きりになることもなく、会話とて必要なもの以外していない。
サミュエルとの約束も、そんな機会があれば、くらいの軽い気持ちだった。
「どうにもならない事なのですが…」
下を向き、ミューズは膝の上に置いた手を強く握る。
「私の知らないティタン様をユーリ様が知っている、というのがとても辛かったのです」
サミュエルが傷つけられた事は勿論許せない事だった。
しかし、ユーリの言葉で一番ミューズの心を抉ったのは、その事実。
「二人で、食事をしたり、プレゼントを貰ったり…」
ユーリにも笑顔を向け、ユーリの為にプレゼントを選んだのだろうか。
過去の事とはいえ、自分以外にティタンが心を向けていた事を聞いて、嫉妬と悲しみが止まらない。
その時自分は彼の側にいなかったのだから、仕方ないとしても妬む気持ちが溢れてしまう。
「ごめんなさい…」
今日は折角の結婚式なのに、こんな醜い気持ちを持つ自分が、ミューズは嫌になった。
過去は過去、足掻いてもどうしようもない事なのに。
「ミューズ…」
静かに泣くミューズに、ティタンも胸が痛む。
「ごめん、悲しませて。でも本当に何もなかったとしか言えない」
もっと近くに居てほしくて、もっと側に寄りたくて、ティタンはミューズを膝に乗せて抱き締める
涙を拭い、優しく触れ、話をした。
「二人きりになんてなっていない、常にマオやルド、ライカの誰かが居た。聞けば皆証言してくれる。プレゼントだって、俺は何をあげたかも覚えていないし、忙しさでマオに頼んだ事もあった。エスコートやダンス以外では触れる事すらしていない」
「そんな…だって」
ユーリの話しぶりではとても親しげだった。
そしてミューズとの婚約が決まる時はマオに怒られる程、ティタンの愛情表現は激しかった。
優しい笑顔と声を向けてくれる、そんなティタンしか知らない。
そうであるならば婚約者であったユーリにも同じだったのでは?と思ってしまう。
「マオもルドもライカも、あの頃からユーリを認めていなかったからな。ユーリも俺の側近を認めていなかった」
マオは女性なのもあり、真っ向から従者を今すぐ辞めるようにと言われた。
黒髪黒目という明らかに平民出であることも気に食わなかったらしい。
ルドとライカは諸事情でシェスタよりアドガルムへと来た騎士である。
ルドやライカはシェスタに対して憎悪しかなく、ユーリのような王族は特に嫌っていた。
ユーリもその事情からルドやライカを信用していなかった。
皆反りが合わなかったのだ。
「板挟みだったあの頃は胃が痛かったよ、だから破棄になったときは心底ホッとした」
ミューズの首元に顔をうずめる。
「こうして触れたいと思うのはミューズだけだ」
ミューズの体に回された腕に力が入る。
「でも、私はユーリ様のように美人ではないですわ。身分だって、あのような高貴な血筋ではないし…」
「条件だけで結婚するならば、死んだほうがマシだ」
自分を殺し、笑顔を作るだけの生活。
相手の要望だけを聞き、叶え、自分の意見など罷り通らない。
心が壊れるかと思った。
「ミューズといるのは楽しい。君は俺の言葉に耳を傾け、自分の思いをこうして伝えてくれる。それは俺の望む夫婦の在り方だ」
間違えれば正してくれ、それでも尚、側に居てくれる。
ティタンは顔を上げ、真っ直ぐにミューズを見つめた。
「俺のことは嫌いか?」




