誤解と謝罪
「何が言いたい?」
怒気を孕んだエリックの声が響く。
「好きでもない男との婚約をさせられるのは可哀想だと言うことです。呪い返しは大いに結構、そこは同意します。しかし、婚約パーティをすれば後には引けない。余程の理由がない限り、解消することは出来なくなってしまいます」
ミューズは衝撃を受けていた。
「ティタン様は、私との婚約解消を、お望みだったのですか?」
声が震える。
「そうだ。なんなら婚約破棄でもいい。俺の有責として慰謝料も払う。ほとぼりが冷めたらと思っていたが、このままではすぐにでもお披露目となってしまう。そうしたら別れることが出来なくなるからな」
ミューズは耐えきれず、涙を溢した。
「そこまで、私との婚約は嫌だったのですね」
ミューズの涙と表情に、ティタンの胸が痛む。
「ティタン様、何を言うですか!ミューズ様を大事に想ってるのに、何故そのような事を!」
マオが吠える。
「大事だから言うんだ。ミューズ嬢に相応しいのは俺じゃない、想い人がいると言っていたではないか。ならばここできちんとしたほうがいいだろう、俺とミューズ嬢は形だけの婚約者なのだと」
マオはカッとし、拳を握る。
「いい加減にするですよ!」
「マオ!待て」
エリックは制止の声を上げる。
アルフレッドがティタンの前に立った。
「つまり、ティタンはミューズ嬢の為に、婚約を解消したいと?」
「はい」
その言葉に拳を振り上げた。
「この、馬鹿息子がっ!!」
アルフレッドは渾身の力を込めて、ティタンの頬を殴る。
多少よろけはしたものの、頬が少し赤くなったくらいだ。
「父上…」
殴られた頬を押さえもせず、ティタンは真っ直ぐにアルフレッドを見る。
「何がミューズ嬢の為だ!きちんと目を開けて見ろ!あんなにも、悲しんでいるではないか!」
言われるがまま、ミューズに目を向けた。
ポロポロと涙を溢し、レナンとアナスタシアが背中を擦ったりハンカチを差し出している。
「想い人だと?お前に決まっているじゃないか!婚約を受けるといったあの表情と、お前に向ける笑顔、何をもって違うと思った!」
アルフレッドは再度拳をティタンに叩き込む。
ティタンは膝をついた。
体の痛みではない、心の痛みで崩れたのだ。
「何を見てきた?何を話してきた?ここまでお膳立てしても、ミューズ嬢の気持ちに気づかなかったのか?情けない」
アルフレッドはため息を吐く。
ティタンは言い訳すら出来なかった、実際に傷つけたのは自分だ。
「人の気持ちがわからないのはお前も同じだ、ティタン。ユーリ王女の事を言えんな」
ティタンは表情を歪めたが、すぐさまミューズに頭を下げた。
「すまない。俺は、ミューズに選ばれるような男ではない、と考えていたんだ」
蓋をしていた自分の気持ちをミューズな前で告白していく。
「俺は、このように自分が傷つきたくないがために、君を傷つけた、狡い男だ。君のためだとすり替えて、言い訳して、君を諦めるふりをして自分を守ろうとしていた」
ティタンはミューズと目を合わせることが出来ない。
「ミューズは誰にでも優しく、きれいな人だ。俺のような剣を振るうしかない男と一緒になるよりは、もっと隣に立つべき男性がいると思った。だから婚約を解消出来るようにしていれば、いずれミューズは好きな人と一緒になれるだろうと思ったのだ」
「浅はかな俺の考えが、結果君を傷つけた。謝って許される事ではないが、謝罪させてほしい。受け入れなくてもいいから」
ティタンはミューズの目を見る。
涙に濡れた双眸。
ティタンの胸に後悔が押し寄せ、自分への怒りがこみ上げる。
「本当に済まなかった」
再度頭を下げた。
長い沈黙が流れる。
「ティタン様、顔を上げてください」
ゆるりと顔を上げる。
ミューズはまだしゃくりあげているが、ティタンをまっすぐに見つめている。
「私も、誤解を与えるような言い方をしてしまったのが悪かったのです」
「そんな事はない、俺が勝手に勘違いしただけで…!」
「マオの言うとおりに早く言えば良かったわ」
ミューズはポツリと溢した。
「ティタン様…あなたが好きです。お慕いしております。以前から、ずっと」
「俺を…?以前から?」
本当か?と聞きそうになり、言葉を飲み込んだ。
疑うような事をもう言ってはいけない。
「アドガルムとリンドールの交流試合…何度も見に行きました。その頃からティタン様をずっと見ておりましたわ」
ひっそりとばれることがないように。
その頃にはもうユーリ王女との婚約話が出ていたから。
「お祖父様からもティタン様のお話を聞いておりました、筋が良くて腕の立つ人だと。そしてとても芯のある、優しい人だと」
涙は止まったものの、ミューズの目元は赤い。
「私はずっとあなたに惹かれていました。交流試合にてティタン様の姿が拝見できることを、待ち焦がれる程に」
そっとミューズが手をついて頭を下げる。
「だから、他の人の元へなんて行かせないで下さい。私をあなたの側に置いてほしいの」




