07:心を込めたスパイスを
水やりなどはもちろんのこと、剪定を頻繁に行い、肥料を撒いたり病害虫を徹底的に駆除したり……。
公爵令嬢らしからぬ農作業に明け暮れる日々。まるで農民になった気分だったが、悪い気はしなかった。
愛情を込めて育てた胡荽はすくすくと成長し、蒼く美しい葉を茂らせていた。
「おおー、すごく綺麗でございますね。さすがお嬢様!」
「メアリーのおかげです。なかなかに時間はかかっていますが、それだけ美味しいスパイスになるはずですもの」
そんなことを言いながら、畑を見回っている時だった。
私は、今まで見たことのない『それ』を発見し、思わず声を上げた。
「メアリー、メアリー。これ、何でしょう?」
「何でございますか?」メアリーが駆け寄ってきて、私と同じものを見て叫んだ。「あっ!」
それは、緑の中に埋もれるようにして咲く白い花だった。
「これが胡荽の花? ――綺麗」
小さく可愛らしい花は、よく見ると他にもチラホラあった。
この花が終わり、種となったら……と想像し、私は胸を躍らせた。
「お嬢様、乙女のお顔をしていらっしゃいます」
「ええ。貴族一の才女と言われる私であっても、恋心は普通の女子と変わらないのです」
くすくすと肩を震わせて笑うメアリーに釣られ、私も思わず微笑を漏らした。
そっと胡荽の花を撫でる。どうか、たくさんの種をつけてくれますよう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
花はやがて畑を覆い尽くすほどになり、日が経つとともにふっくらと膨らんで、青い実となっていく。
それが変色していき、収穫時期になるまではそう時間がかからなかった。
二人でせっせと種を集め、風に晒して乾燥させる。
その間私は、待ち遠しくて仕方なく、何も手につかなかった。ああ、ああ。今すぐにでも乾かないかしら。
そして数日後、やっと薄茶色の種が乾き切った。
それを思い切り叩き割り、あとは粉状にするだけ。すると――。
「できました。見てくださいメアリー」
「はいはい。いやあ、よくできましたね。私奴もこれには感心」
……胡荽の粉末が完成した。
三ヶ月以上――管理を入念にしたおかげか普通よりは早かったらしい――もの間、心血を注いだ結果が、今この手にあるのだ。
思った以上に時間はかかったし、手間暇もかかったけれど。
これでお手製の、私だけのスパイスができあがった。
達成感に頬を緩ませるとともに、私にはまだやらなければいけないことがあるのを思い出す。
肝心要のスペツィエ様に、この胡荽をお渡しし、ハートを鷲掴みにしなければならない。
「お嬢様、どうやってお渡しになるのでございますか? お料理などに入れるという方法もありますが」
「そうですね。でも私はこのままでお渡ししたいと考えております。袋に詰めて行きましょう」
私は王城へこれを持っていくつもりだ。
さすがに警戒はされるだろうけれど……でもきっと大丈夫だ。
袋詰め作業も自分でやって、それから私は綺麗なドレスに着替えた。
これからが私の本番の勝負。そう思うと、身が引き締まる。
「絶対に彼を振り向かせてやりますから。……では、行って参ります」
私は覚悟を決め、胡荽の袋を片手に屋敷を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
風に美しく揺れる金髪を眺め、少女は静かに笑う。
まったく、なんて健気な人なんだろう。そう思いながら呟いた。
「お嬢様、どーんとやって来い!」
「殿下に告っちゃえばいいのでございますよ。向こうがどんな顔をするか、ちょっと楽しみかも。真っ赤になるのでございましょうか、それとも顔面蒼白でぶっ倒れるのでしょうか?」
「どちらにせよ大丈夫ですよ、あの人は。心を込めて作った胡荽……いいえ、『――――』は、きっと気に入ってもらえます。……本当にお互い、素直じゃないんですから。見てて痛々しいくらい」
「お嬢様! 私奴、応援しておりますからね!」