04:スパイス作りは想像以上に大変らしい
胡荽なる植物は、葉と種の二つの楽しみ方があるらしい。
双方とも特徴のある味や香りで、料理にはとても合うのだという。
「でもスパイスと呼ばれるのは後者の種の方でございます。ので、種を採取するのを目標にしましょう」
そう決めたらしいメアリーは、どこからともなく小さな袋を取り出した。「お嬢様、これ」
私は何だかわからないままに小袋を手にし、そして中身を取り出す。そこに入っていたのは、薄茶色の球――否、種であった。
「これが胡荽の種ですか?」
「はい! それを土にまくと胡荽が生えてくるかと!」
種は乾いているようだが、これ自体もスパイスになるのだろうか……?
私は疑問に思ったものの、たとえこれがスパイスとして使えたとしても、意味はない。私は一から愛情をたっぷり込めてスパイスを作り上げるのだから。
屋敷で育てることができれば良かったのだが、公爵邸には庭園はあるものの胡荽をたくさん作るにはもっと広い場所が必要だった。
「どうします?」と困り顔のメアリーに、私は「大丈夫」と微笑む。
「場所ならいくらでもあります。さあ、行きましょうか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
幸いなことに、我が公爵邸はとても広大な敷地がある。
もちろんその中には農地も含まれており、最寄りかつ今は使われていない畑を胡荽の栽培地とした。
「屋敷から歩いてしばらくかかるのが玉に瑕ですね」
徒歩十分。普通であれば近いだろうが、私はあくまで公爵令嬢。そこまでの体力はない。
でもメアリーの話によると、農作業に体力は不可欠なんだとか。……気が滅入りそうだ。
「いけないいけない。胡荽を育て上げ、スペツィエ様のお心を鷲掴みにするまでは何があっても屈してなどやりません!」
決意を改める私を、メアリーがにやにやと薄笑いを浮かべて見ていた。
畑に着いてまず最初にすること、それは土を耕す作業。
他の植物に比べて割合育てやすい胡荽は、そこまで土に気を使わなくてもいいとはいうが、スペツィエ様のためだと思うと手抜きはできなかった。
「ふ、はぁ、ふぅ……はっ」
「そうそうその調子でございますよ」
元々は農民の娘として育ったらしいメアリーと違い、私はすでに音を上げていた。
肩が痛く、腕もだるい。せっかくのドレスは汚れてしまったしもう最悪だ。
「あらあら、お嬢様ったらもうお疲れになってしまわれたんですか?」
「いいえ、まだまだ私は大丈夫です」
メアリーの挑発に乗り、私は全力を尽くして奮闘。
そしてやっと土を耕すことができた……と思ったら。
「次は種まき作業に入りましょう。胡荽は発芽率が低めなので、たくさんまかなきゃですね」
小袋に入っていた何十という種を、私とメアリーは一緒になってまきまくった。
種を埋め、軽く土をかぶせる。この中のいくつかでも芽となって地表に顔を覗かせることがあれば嬉しいのだが。
「きっと大丈夫でございますよ。お嬢様のコ……胡荽畑は、きっと素敵なものになること間違いなし!」
「そうかしら? そうだといいのですけれど」
そう言って私は、小さな庭ほどの畑をじっと見つめた。
――これが私の、私とスペツィエ様との愛の種。
想像以上に大変な手間ひまがかかるのだろうけれど、それでもこの種が私と彼を繋いでくれるものになることを信じて、また明日もこの畑に来ようとそっと思った、