02:スパイスで彼の心を掴むのです!
スター・アニス子爵令嬢に直接問い詰めようかとも考えたが、それははしたない行為だと自分を制した。
「私の婚約者と何をしているのですか」だなんて、恥ずかしくてとても言えたものではない。
だからと言ってこのまま放置しておいては、『真実の愛に目覚めた』だなんておっしゃられて、婚約破棄されるかも知れない……。実際、貴族の中ではそういうことが流行っているらしいので油断は禁物だった。
「じゃあどうやったらスペツィエ様を……」
その答えが出ないまま過ごしていたある日のこと。
私は、友人の侯爵令嬢から、とある茶会にてこんな話を聞いた。
「ねえ聞きましたかしら、シラントロ公爵令嬢」
「何をですか?」
シラントロというのは私の家名。
私たちは友人といえど互いを名で呼び合うことはせず、家名で呼んでいる。
「あなたの婚約者でいらっしゃる王太子殿下が、最近どこか上の空だとおっしゃっていたでしょう? もしかしたら、あなたのお力になれるかも知れない情報を聞き及びましたの」
私は思わず目を丸くした。
この前彼女と話した時、少し愚痴を漏らしてしまったのだが、侯爵令嬢はそれを覚えていたらしい。
何かいい話かも知れない、と思い、彼女の話に一も二もなく飛びついた。
ふふ、と小さく笑うと、侯爵令嬢は言った。
「実はですね、王太子殿下はスパイスがお好きなんだそうですのよ」
「スパイス……って、香辛料のことですか?」
「そうですわ。――それが王太子殿下のお心が揺れていらっしゃる原因にもなっているのだと噂されていますの」
……?
香辛料でスペツィエ様のお心が揺れる?
私は首を傾げた。けれど侯爵令嬢はそれ以上話そうとせず、茶会の席を立ったのである。
「どうぞ、頑張ってくださいましね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんだかよくはわからないが、少しだけ希望の光が見えた気がした。
確かにスペツィエ様が香辛料――スパイスがお好きなのは本当らしくて、王城では最近スパイスの取り寄せが多いのだとか。
どんな料理にでもスパイスを入れるのだそうだ。ちなみに、私はスパイスなるものを食べたことはほんの数回あったかどうかであるが、さすがは王族。
「そうです。香辛料を使えば……」
スペツィエ様がスパイスをこよなく愛しているのであるなら、私がスパイスをお渡しすればきっと振り向いてくれるのではないだろうか。
私にはどことなくそんな確信があった。途端にすっかり諦めていた心が熱を帯び始める。
ぎゅっと拳を握り締め、固く決意する。
そう。スペツィエ様のために、私は――。
「スパイスをこの手で作って差し上げる。――スパイスで彼の心を掴むのです!」
子爵令嬢なんかにあの人は渡さない。
私が世界一のスパイスで、スペツィエ様を魅了してやるのだ。