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うす皮  作者: 青山えむ
3/15

3話 処理能力

「若いうちにいい人見つけないとね」

 

 職場の同僚やおばちゃんからは、同じ内容の談笑が聞こえる。不思議と近頃そんな言葉ばかり耳に入る。

 誰かの知り合いが四十歳を超えて浮ついた髪型をしているという内容だった。

 その人は「昔は大変モテていた」と過去の栄光を引きずり未だ独身だというのはいいとして、可愛くて有名な新入社員の女子を狙っていたらしい。しかしその新入社員はエリート社員とつきあっていると。それを聞いたおばちゃんが「だからモテていた若いうちに相手を見つけないといけないのよ」と言った。

 

 妙に納得した。おばちゃん、私の倍以上に人生を経験しているんだから私の倍以上の知識があるはず。

 そうか、若いうちにいい人、を見つけないといけない理由はそういうことなんだ。

 

 私はアイドルが好きで、もしかしてどこかで会えるかもしれないと思っている。

 例えばアイドルが運良くロケでこの地を訪れた時。それがアイドルに会える一番高い確率だと思う。そんな時ですら、きっとお喋り出来る権利は数秒間だけだろう。

 その数秒間に、何を話す? 好きです、応援しています。そんなありきたりな言葉を発するの? 私の顔と存在は、一秒後には忘れられるだろう。

 ではアイドルの印象に残る台詞を考えよう。普段アイドルが私たちファンに対して言うような台詞を言ってみる。


「あなたの瞳に映る私が見えない、あなたが眩しすぎて」

 

 恐らく逆効果だろう。アイドルの真似をしただけの台詞。なんのひねりもない、目立とうとしているのがバレバレだ。アイドルに引かれるか軽蔑されるかもしれない。

 他にも少し考えてみた。


「応援しています」

「大好きです」

「あなたに出会えた奇跡に感謝です」


 恐らくアイドルは用意していた笑顔と言葉を返してくれる。私が私たちが喜ぶ反応をくれるはず。結局、ファンらしい台詞が無難なのかもしれない。

 

 その前に、会える確率なんて低いのだけれども。

 なんだか白々しくなった。アイドルに会えたとして、多分それは一生の思い出で終わるんだろうな。

 まさかアイドルと恋仲になろうなどとは思っていない。アイドルにお似合いなのはきっと、同じ芸能人や業界で輝く人間だと思う。現実を見ても、そうじゃないか。


 

 私はアイドルファンをやめた。没頭していたものに急に興味が失せることはあるのだろうか。

 急にではなく、徐々にこうなるのだと思った。

 それとも本当はもう、アイドルに対して気持ちがなくなっていたのだろうか。だからあの髪色をダサいと思ったのだろうか。寂しいという気持ちよりも、大量のCDや雑誌の切り抜きファイルをどうしようかと思った。

 

 逆はあるのだろうか。嫌いなものが一気に好きになることは多分、ない。

 少しずつ少しずつ、気になるのだと思う。

 私はアイドルよりも周りの声が気になっていた。少しずつ、少しずつ。


「若いうちにいい人見つけないとね」


 今までアイドルに向けていた感情はどうなるのだろう。

 推すアイドルがいなくなったことで、その感情もなくなるのかと思っていた。それなら何も、問題はない。けれどもそうはいかなかった。

 

 今までアイドルに対して抱いた感情は、私の中の「女」の部分だった。

 そうだ、アイドルと恋愛することを夢見ていた自分に気づいた。そうなったら愉しいな、そうなってほしいなと、連日妄想していたじゃないか。

 実際ありえないけれども、想像だけでも愉しかった。私の欲望を含んだ感情は、想像で処理出来ていた。

 けれども対象を失った今、私の感情も行き場を失った。私のなかには「恋をしたい」に近い欲望と感情が溢れていた。

 けれどもそれを処理出来る想像力は沸かなかった。今までどうやって想像力を働かせていたのだろう。分からなくなった。


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