05
本日2話目です。
あの場はアーリアに任せることにして、ハヤトは領主であろう反応の元に向かっていた。階段を昇って、二階のとある部屋の前へと辿りつく。
「この部屋だな」
魔力反応から目的の部屋であることを確認すると、ハヤトは警戒することもなく扉を開け、中へと入った。
部屋の中には領主と思われる恰幅のいい男が、机に座りこちらを向いていた。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
男は椅子から立ち上がると、こちらを歓迎するかのように大袈裟な動作をしながら、ゆっくりこちらへと歩いてきた。
何かを企んでいそうな言動もあわせて、自分の勘が子供たちの誘拐を主導したのはこいつだと言っていた。けれど、相手が何を企んでいるかわからないため、計画を潰すためにも情報を引き出す必要がある。
「あんたがこの国の領主か? 今の言葉を聞くと僕のことを待ってたようだけど……」
男は立ち止まり、尊大な様子でこちらへ答える。
「いかにも。私がこの国の領主だ。君のことは館に入ってきてからずっと見ていたよ。私が雇っていた人間も簡単に倒し、捕らえてきた子供を解放するところまでね。そんな正義感溢れる君なら、私の所へ必ず来るだろうと思っていた」
予想外の拾い物を見つけたといった感じで、嬉しそうな顔をしていた。
「まんまと思惑通りって言いたそうだね。それで? 僕を呼んで何をするつもりなんだ?」
「なに、元々子供たちを攫っていたのは魔力が必要だったからなんだ。子供は攫いやすくていいけど、どうしても魔力が少ないからね。全然必要な量に足りなかったんだよ」
男の言葉を聞き理解する。
「それで僕ってわけか」
「そういうことだ。あんな子供より、君一人の方が十分な量の魔力を持っているからねぇ」
男はねっとりとした口調で返してきた。
「なるほどね。やっぱりそうだったか」
ハヤトはその言葉を聞いて確信した。
「何がだい?」
「あんたは人間にしては奇妙な魔力を持っていたから、最初から不思議に思っていたんだ。でも、納得したよ。僕の魔力量は一般人と同程度に見えるよう隠しているから、たかだか国の領主程度にバレるはずはないんだ。となると、あんたの正体にも予想がつく。――お前、魔族だな?」
魔族という言葉を聞き、やはり気付くかと思いながらニヤリと笑みを浮かべる。
「さすがそれだけの魔力を持つ男。魔力の感知もお手の物ということか」
「最初から正体を隠す気なかっただろうに。お前の魔力に気付く奴なら実力者だし、魔力も十分持ってるだろうしな」
「驚いたな……。そこまで気付いているのか……。なら、その魔力を何に使うのかも気付いているのではないか?」
答えはわかっているのだろう? と期待するような目をしながら、こちらが返答するのを待っていた。
「魔族が魔力を大量に必要とする状況なんて限られている。大体が大型の魔力兵器か、大規模な儀式に使われる。今回は兵器ではないだろうから儀式、それも先ほど把握した魔法陣から魔王化の儀式だな」
魔王とは大量の魔力を持った魔族が自然となるものだ。しかし、中には魔法陣に大量の魔力を捧げ、人工的になる者もいる。そのために人間を大量殺戮し、魔力を得ようとする輩は今までに何度も見てきた。領主になっている奴は初めてだが、これまでの奴らと何も変わらないだろう。
男はこちらの答えに満足したのか、すばらしいと言いたげな表情をして、全身に魔力を溢れさせていた。
「その通りだ。子供を一匹ずつ捕まえてきて殺す方法では、なかなか溜まらなくてね。最近は捕まえてくる子供も減ってきていて困っていたのだ」
「既に何人か殺していたか……」
「あんなのは何の足しにもならない。このままでは何十年後になるかと思っていたが、そこに運よく君が現れた。俺の見立てでは、君を殺せば半分以上は溜まりそうだ」
男は自分の計画が早まったと、楽しそうに話していた。
「僕のことを評価する割には簡単に殺せるつもりみたいだけど、そんな上手くいくと思っているのか?」
「ふははははは、いいねぇ。たかだか魔力が多いだけの人間が、数百年生きてきた魔族に勝てると思っているところが!」
全体的に丸みを帯びた肉体が変化したかと思うと、そこには細身の男がいた。尻尾を生やし、背中には羽、極めつけに頭から角を生やした姿は悪魔族と言われる種族だろう。確か他の種族と比べて、魔法が得意な種族だったか……。
そんな中、ハヤトは特に身構えることもなく、これから何をしてくるのだろうかと、ぼんやり一連の流れを眺めていた。すると、目の前の魔族は全身から魔力を発し、部屋一面を黒い魔力で覆っていった。
「この姿を見て逃げられたら面倒だからな。これでもう逃げられる心配はない……」
これで確実に獲物を確保できる。魔族の勝ち誇った顔からは、そんな考えが透けて見えた。
「わざわざそんなことしなくても逃げないよ。むしろお前が逃げられなくなったな」
「いつまで減らず口を叩けるかな? 何なら命乞いをすれば楽に殺してやるぞ?」
「はぁ……」
こいつはいつまで自分が上位だと思っているのだろう……。
「殺せると思うならやってみればいいじゃないか? 口ばかりだとすごく滑稽だぞ?」
嘲るような言葉に、不快な顔をしながら手のひらをこちらに向け、無言で魔法を放ってきた。見たところ闇魔法、それも相手に苦痛を与える魔法だ。恐らくこちらが平気な顔をしているから、苦しませていたぶってやろうという魂胆だろう。
放たれた魔法を無防備な状態で受けたが、闇魔法の耐性があるため特に何も起きなかった。魔族はそれを見て、予想外だというような顔をしていた。
恐らく苦痛耐性を持っているせいだと勘違いしたのだろう、再び先ほどとは異なる闇魔法を放ってきた。けれど、当然のごとく効くはずがないため、先ほどと同じく何も起きないことに驚いていた。
「貴様、闇魔法耐性を持っているのか! だから余裕な表情をしていたのだな」
一人でそう納得しつつ、それならばと今度は火魔法を放ってきた。
「さすがに火は見過ごせない。館が燃えてしまうからな」
向かってくる火の玉に手のひらを向け、拳を握るような動作をすると、たちまち火の玉はすべて掻き消えてしまった。
これにはさすがの魔族も驚愕しており、動揺した様子を隠せてはいなかった。
「これだけ試せば十分だろう? そろそろ大人しくしていろ」
そう言いながら目に魔力を込めていく。見る見るうちに目の色が碧から黒、黒から金へと変わっていき、銀色の髪も黒色へと変わっていった。
その金色の目で睨むと、魔族は体全体が痺れてしまったかのように、指一本たりとも動かせなくなっていた。
「これまで目的のために何人もの子供を殺してきたんだろう? この国にとって害にしかならないし、消えてもらおうか……」
すると、あ……が……、と口を動かし何か言いたそうにしていたので、口元だけ拘束を緩めて喋れるようにしてやる。
魔族は口が動き喋れるようになったことに気付くと、こちらに向けて怒鳴るように言葉をぶつけてきた。
「何故人間の味方をする!? 貴様、魔王だろう?」
そう断定しつつ、言葉を続ける。
「昔魔王を倒した勇者が逆に魔王になったという話を聞いたことがあるが、貴様がそうなんだろう?」
「それが?」
「仲間だった者たちに剣を向けられ、国から逃げる羽目になり、それで人間を恨んでいるだろう。なのに何故その人間を助けようとする?」
魔族からの問いに、ハヤトは答える。
「人間を助けようとなんて思ってないよ。正直どうなろうと僕の知ったことじゃない」
ならば何故? との問いに、続けて答える。
「けれど恩には恩を、罰には罰を報いることにしてるんだ。僕を家に泊めてくれた人が、妹を誘拐されて困っているみたいだから解決に来た。ただそれだけだよ……」
話を終えると、まるで理解できないといった表情をしているのが見えた。そして悪態をつきながら、拘束から逃れるために体へ魔力を込めようとしていた。けれど、当然のごとく失敗して、さらに怒りを増していた。
「そんなわけだから、諦めてくれ。じゃあね」
「くそがーっ!」
声だけで殺してやるとばかりの叫び声をあげる中、黒い靄を生み出し魔族の全身を球形に覆っていく。そして、靄が中身を消化していくかのごとく次第に小さくなっていき、最終的に消滅した。そこには魔族の姿はない……。
「これで恩は返せたかな?」
独り言ちて、ハヤトは部屋を後にするのだった。