03
3話目
ハヤトはアーリアと共に、観光のため外へ繰り出していた。教えてもらった通り、国の中心に向かって大通りを進んでいくと、やがて噴水のある広場へ着いた。
そこでは吟遊詩人が音楽を奏でたり、旅芸人が大道芸などを披露していて、とても賑わっていた。そして、噴水の周りにはいくつかの露店が開かれており、道行く人に商いをする姿が見受けられた。
「ずいぶんと賑やかだにゃ」
「ああ。確かに言われた通りだ」
辺りを見回すと、子連れの母親や老人といった人ばかりではなく、貴族然とした男性や騎士の姿もチラホラと見かけ、昼間にも関わらず人々の姿で溢れていた。
「それにしても、なんでこんなに人がいるんだろうか?」
「それはこの時期だからだな」
後ろから声が聞こえてきたため振り向くと、中年ぐらいに見える露店商人の男が、こちらへ朗らかな顔を向けていた。
「この時期は魔物退治のために騎士の数が増えるって知ってるか?」
「ええ、聞きました」
「なら話が早い。この国に騎士たちが集まるってことで、それに向けた商人たちが集まってくる。そして、商人が集まるなら商品を買いに人々が集まる。当然人々が集まるなら、大衆向けの娯楽として、旅芸人や吟遊詩人などもやってくるわけだ」
商人の男は物知り顔でそう語る。
「何せ俺もその内のひとりだからな」
「……どうりで詳しいわけだ。自分が当事者ですからね」
「おうよ! それで、情報提供の代わりと言ってはなんだが、何か買っていかないか?」
「商売上手ですね……」
苦笑しつつも、確かに教えてもらった礼もあるし、何か買っていくかと考えていた。
「おっちゃん、この串焼き二つお願いにゃ!」
「はいよ。嬢ちゃん、ちょっと待ってな」
すると、こちらの表情を見て察したのか、アーリアが横から注文をしてきた。普段のふざけたような口調とは裏腹に、相手の表情から考えを察する力は相変わらずだなと感心していた。
彼女自身はそんな聡明な素振りも見せずに、商人へと愛嬌を振りまいていた。
「はい、お待ちどおさま」
そう言って、三本の串を渡してくる。
「注文は二本のはずだけど?」
「なに、サービスだよ。その可愛らしい嬢ちゃんに免じてな」
「おっちゃん。ありがとうにゃ」
アーリアは串を受け取りつつ、目一杯の笑顔をしていた。
「ありがとうございます」
「別にいいってことよ。今度うちを見かけたときに、また買ってくれればいいさ」
気の利いた商人の計らいに感謝をし、ハヤトたちは硬貨を支払ってその場を離れた。
「今度はお隣の娘さんが誘拐されたんですって」
「これで一体何人目なのかしら? 本当に恐ろしいわ……」
二人で串焼きを食べながら再び大通りを歩いていると、ハヤトの耳にふと気になる単語が入ってきた。アーリアに止まるよう軽く合図をし、その会話に耳をそばだてて聞いていた。
話の内容によると、ここ最近誘拐事件が頻発しているらしい。しかも被害者は子供ばかりという。この時期のため騎士団も頻繁に巡回しているらしいが、まだ犯人の確保に至ってないそうだ。
「なんか物騒な話だね」
「まったくにゃ。許せない奴だにゃ」
そんな話を小耳にはさみつつ観光を続けていれば、次第に日が傾いてきたので、二人は青年の家に戻ることにした。
「お、戻ったか。例の場所はどうだった?」
「はい、行ってきました。確かに言われた通り賑やかで、興味深い場所でした」
「おもしろかったにゃ」
彼の問いに、正直な感想を答える。
「それはよかった。……だけど、その割には浮かない顔をしているな」
「ええ。少し物騒な話を聞いてしまいましたので……」
その言葉を聞き、彼の表情は段々と曇っていった。
「もしかして、誘拐の話か?」
「はい。……やはり知っていたんですか?」
「もちろんだ。俺が知らないわけがない……」
溜息を吐きつつそう言った彼の顔は、次第に悔しさへと変わっていった。そして彼は、自身の罪を告白するかのようにゆっくりと語り始めた。
「……もしかしたら気づいていたかもしれないが、うちにはもう一人妹が住んでいたんだ。数日前の夜、いつものように俺と妹で買い物をした帰りだった。近くで酔っ払い同士の喧嘩が聞こえてきて、そっちに一瞬目を向けたんだ。たった、たったそれだけだったのに……。気が付けば、俺の傍には誰もいなくなっていた。周りを見れば、路地裏に逃げる男たちと、その脇に抱えられた妹がいた。もちろんすぐ追ったさ。けれど、奴らには何か逃走手段があるのか、すぐに姿を見失ってしまった。その時騎士団も巡回していたのに、奴らは平気で事を起こし、逃げおおせてしまったんだ」
彼は泣きそうな顔をしながら言葉を続ける。
「今日まで俺もずっと探してきた。だけど、妹も含めて未だに誰も見つかっていないんだ。そうして落ち込んでいる時にあんたらを見つけてな。顔は違うけれど、そっちの少女が妹にダブってしまって。……あの時は困っているようだったから、つい見かねて声をかけてしまったよ」
そう言って、彼は自嘲気味に笑った。
「なるほど。泊めてくれる裏には、何か意図があるのかもと思ってましたが、そんな理由だったんですね」
「おいおい、そんなこと思ってたのかよ……」
泊めてくれたのはアーリアのおかげだな、と頭を撫でつつ言うと、彼女は「もっと褒めるにゃー」と両手を腰に当て、胸を張りながら偉そうにしていた。
そんな彼女の頭から手を離すと、途端に彼女はしょんぼりとしていた。
「そうですね。あなたには泊めていただいた恩もありますし、僕も誘拐の犯人を捕まえるのに協力しますよ」
「本当か! ありがとう……。もう俺だけではどうしようもないと思っていたんだ」
協力を申し出ると、彼は目の前に救世主が現れたかのようにハヤトへ感謝し続けていた。
その日の夜、犯行現場を見つけるためハヤトとアーリアは外の見回りをしていた。あの後、彼に事件の詳細を聞けば、一連の犯行はほとんど夜に行われているらしい。
ほとんどというのは、犯行の現場を見ていない場合もあるからだ。犯行は子供が一人の時や子供から目を離した隙に、路地裏まで一気に連れていくというものだ。
そのため、最近は路地裏が近くにあると、皆警戒して子供から目を離さないようにしていた。その結果、確かに以前よりは被害にあう子供は減っていた。
しかし、それでも被害自体は無くなることはなかった。
見回りを始めてから暫く時間が経ったが、今のところ何も起きてはいない。
「さすがにそんな簡単には見つからないか……」
「そんな頻繁に誘拐されてたら、この国は滅んでるにゃ」
「滅ぶって……。まぁ、確かに子供がいなくなれば、跡継ぎもいなくなっていずれ国は衰退していきそうではあるね」
警戒を怠らないようにしながら取り留めもない話をしていると、突如辺りに何かが割れるような音が、辺りに大きく響き渡った。
驚いて音の発生源に目を向けると、割れたツボが地面に散乱していた。二人の男が言い争っているところを見ると、お互いにぶつかりでもしてツボを落としたのだろうか……。
「主様!」
そんなことを考えていると、アーリアが慌てた様子で呼んできた。急いで視線を戻し、彼女の指さす先には、路地裏に走り去る男たちと脇に抱えられた女の子の姿があった。
「行くよ」
ハヤトたちは隠蔽魔法で気配を消すと、奴らの後を追うべく走り出した。
明日も3話投稿します