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初投稿です。
この章は全6話構成となります。
本日は3話上げる予定です。
神聖歴五八三年
辺り一面に広がる緑の絨毯。それを二つに割くかのように、青々とした森から一本の茶色の線が延びていた。
その土で出来た道は、先日雨でも降ったのだろうか、既に乾きつつも少しぬかるんでいた。
道の中央には幾つもの車輪跡がくっきりと残されており、ここ数日で人の往来があったことが窺えた。
そんな道から少し離れた草むらに、ひと際大きな影がゆっくりと落ちてきた。それは巨大な鳥だった。
全身は炎のような赤で彩られていて、その背には何者かが乗っていた。見た目は青年ぐらいの男性で、銀の髪に碧の瞳をした整った顔をしている。
その男は灰色のローブを身に纏い、腰には剣を携えていた。
その人物が鳥の背から飛び降りるようにして草むらに降り立つと、先ほどまで乗っていた巨大な鳥は、突如赤い光に包まれだした。
そして、暫くして光が消えると、そこには巨大な鳥の姿は無く、代わりに赤い髪をした少女が立っていた。
外見から十二歳程に見える、白いワンピースを着た少女は周りの景色を見回していた。
「アーリア、行くよ」
草むらの中に立っている少女へそう告げると、その青年は草むらを抜けて、少しぬかるみが残る道を歩いていった。
「あ、待ってほしいにゃ、主様」
青年の声を受け、アーリアと呼ばれた少女は雨露に濡れた草をかき分け、先を進む青年の後を追いかけた。
「それにしても、道がぬかるんでて歩きにくいにゃ」
少女は体に泥が跳ねないように気を付けながら、ゆっくりと歩いていた。
「あの土砂降りじゃあ仕方ないんじゃないかな。前が一切見えないほどの豪雨だったし。むしろ、歩ける程度までには乾いていてよかったと思うべきかな」
「あれは本当に酷かったにゃ……。出来ればもう遠慮したいにゃ……」
アーリアは先日のことを思い出したのか、うんざりとした様子を見せていた。
「まぁ、僕もあれは勘弁してほしいね。あれのおかげで、旅の予定が大幅に狂うことになったし……」
予定では数日程で次の国に着く想定だったが、あの土砂降りのせいで足止めをさせられてしまった。
「とりあえず、国に着いたらまずは食料の補充が優先だね。予備として残してた分も、大幅に減ってしまったし……」
「わかってるにゃ、主様」
アーリアは当然とばかりに頷いた。
そうして暫く話しながら歩いていると、次第に国の姿がはっきりと見えてきた。
国全体を囲う石造りの壁。遠目で見た時にはわからなかったが、その壁面には幾つもの傷跡があった。
ところどころ瓦礫の崩れた場所もあり、長期にわたり国を脅威から守り続けてきたことがわかる。そして、正面には人の高さ程の門があり、その傍らには兵士が立っていた。
二人は入国しようと門に近づくと、兵士はこちらに声をかけてきた。
「あんたら商人ではなさそうだな。もしかして旅人か?」
「ええ、そうです。先日の雨で食料が減ってしまったため、この国で補充させてほしいのです」
「あれか……。それは災難だったな。子供も連れて大変だっただろう。この国でゆっくりしていくといい」
兵士は一度アーリアへ顔を向けた後、こちらに向き直して哀れみの表情を浮かべていた。
「それで、名前を教えてもらっていいか?」
「僕はハヤトと言います。こっちの少女はアーリアと言います」
「アーリアにゃ」
兵士は懐から書類を取り出し、一度目を通した後、こちらに視線を戻した。
「ああ、特に問題はないようだな。通っていいぞ」
入国の許可が出たので、二人は門を通って国へと入った。
門をくぐった先には、真っすぐ大通りが国の中心に向かって伸びていた。大通りでは馬車が頻繁に行き交っていて、何やら忙しそうな雰囲気が感じられる。
「なんだかすごく慌ただしいにゃ」
「ほんとだね。何かあるのだろうか?」
「お祭りかにゃ?」
「さぁ、どうだろう」
溢れかえる人ごみの中、商店へと向かうためハヤトたちは大通りを進んでいく。周りの建物を見ると、それぞれの建物から何かの紋章が描かれた旗が掲げられていた。
そんな様子を眺めながら歩いていると、何度か騎士らしき人とすれ違った。
「やたらと騎士の姿を見かけるけど、やっぱり何かありそうだね。後で誰かに聞いてみようか」
「そうするにゃ」
そうして歩いていると、道の端に商店と思われる建物を見つけたので、二人は店内に入った。
ハヤトは店内の様子を確認し、目的の買い取り窓口を見つけた。傍にあった休憩所で待っているようアーリアに告げ、窓口へと進んでいった。
「魔物を買い取ってもらいたいのですが、こちらで問題ないでしょうか?」
「はい、こちらで大丈夫です。それで、買い取らせていただけるものはどちらでしょうか?」
受付の若い女性にそう聞かれ、ハヤトは指先に軽く魔力を込める。すると、左手にはめていた指輪が光り、空中に黒い渦が現れた。その中に手を入れて、買い取ってもらう魔物を次々と取り出していった。
受付の女性は、彼が珍しい空間収納を持っていることに驚きつつも、積まれていった魔物一つ一つを確認していった。
「ウェア・ウルフが全部で八体、こちらでお間違えないでしょうか?」
「はい、これら全部をお願いします」
「かしこまりました。少々換金までにお時間がかかりますので、あちらの休憩所でお待ちください」
そう言いながら、アーリアがいる休憩所を指さした。
ハヤトは軽く頷きながら、アーリアのいる所へと向かった。
「主様」
「どうしたの?」
「あそこにもあるにゃ」
アーリアが指さした先には、先ほどから外に掲げられていた紋章が壁に飾られていた。その紋章は、交差した二つの剣と盾が描かれていた。
「本当だ。この国では有名なものなのかな?」
「きっとそうに違いないにゃ」
「わかった。ちょっと誰かに話を聞いてみるよ」
周りを確認すると、自分たちと同じように休憩室で時間をつぶしている四十歳ほどの男性を見つけた。その男性は口に葉巻を咥え、一服しているようだ。
「すみません。少しよろしいでしょうか?」
ハヤトは男性に近づくと、男性は視線をこちらへと向けた。
「はい、何でしょうか?」
「あの紋章なのですが、一体何の紋章なのでしょうか?」
すると男性は、怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
「あんた、あの紋章を知らないってことは、この国は初めてなのか?」
「はい。旅人なものでして、この国には初めて来ました。それでもしよろしければ、どういったものか教えていただけないでしょうか?」
ハヤトはそう答えると、男性は納得したようで紋章について説明をしてくれた。
「あれはこの国と同盟を結んでいる、近くにある大国の騎士団の紋章だ。この時期になると、周囲の森から魔物が溢れてくるんで、この国に騎士団が派遣されるんだ」
「なぜわざわざそんなことを? この国には騎士団はないのでしょうか?」
そう聞くと、男性は答えてくれた。
「どうやら昔はたくさん人がいたようだが、今となってはほとんど人がいない。このままでは、定期的に襲ってくる魔物に為す術がないってことで、領主様が大国に頭を下げてくださったんだ」
男性はそう得意そうに言った。
「領主様が?」
「ああ。領主様が大国に騎士団の派遣を掛け合ってくれたおかげで、今この国は存続できている。さらに、魔物の討伐を終えたら国で派手な催しを開いて、観光客を集めるようにもしたんだ。おかげで、今やこの国は活気に溢れているよ」
なるほど、そんな理由があったのかとハヤトは納得した。
「だから、騎士団が派遣されているこの時期は、あらゆる場所で紋章が掲げられているのですね?」
「ああ、その通りだ。これで大丈夫かな、兄さん?」
「はい、理解できました。教えていただきありがとうございます」
「なに、いいってことさ」
説明してくれた男性に感謝を示し、ハヤトはアーリアの元へと戻った。
「どうやら近くにある大国。その騎士団の紋章らしい。さらに今の時期には、この国へ騎士団が派遣されてくるそうだ」
「なるほど、そういう理由だったにゃ」
アーリアは元気そうな声でそう答えた。そして彼女は、突如普段の人懐こい表情を崩し、真面目な顔をしながら声を落として聞いてきた。
「大国となると、主様の顔が知られている可能性があるのではないですか?」
彼女に合わせて、こちらも声を落として答える。
「ああ、その通りだ。だから、あまり目立つ行動は取らないようにしないとね……」
「大丈夫でしょうか?」
「いつものように髪と目の色を変えているから、力を使わない限りそうそうバレないと思うよ」
そうして二人で話をしていると、買い取りの窓口からハヤトを呼ぶ声が聞こえた。その声に気付き、アーリアへ断りを入れて窓口へと向かった。
「こちらがウェア・ウルフ八体分の硬貨となります。どうぞお受け取りください」
窓口の女性から報酬を受け取ると、休憩所にいるアーリアに向かって「行くよ」と声をかけ、二人は店を後にした。