3,夜闇に響く音
――俺はずっとこの体は、さすがにきついと感じていた。
食事の際も、手が使えない俺はミーニャかフィアルに、食べさせてもらうしかない。
「はい、主様!お口開けてー!」
「はい、アル!あーんして!」
何故か笑顔で、二人は交互に食べさせてくる
そして排泄の時も……
後処理含めて全部どちらかには見られないといけない。
これはもう羞恥心を捨てないと、俺の精神も長くはもたなそうだった。
俺を介護する時、なぜかどちらも笑顔なのが逆に怖い。
手足があるなんて、ごく当たり前のことだと思っていた。
しかし本来は、普通という素晴らしいものに感謝しなければならなかったんだ。
この世界では、テレビや漫画といった娯楽も無い。
そんなものが何一つ欠けず、楽しむことができることにありがたみを感じなければならならったんだ。
しかし、人は当たり前の事には感謝したとしてもいずれ薄れる。
俺の今の当たり前と言えば、強いて言えば、膝より下、肘より上があることだ。
もし、あの時、メイに四肢を根元から切り落とされていたとしたら………
考えただけでもぞっとする。
俺はミーニャの体を敷布団代わりにして、その体毛でフカフカのベッドの上で眠った。
ミーニャもこちらを抱き抱えるように仰向けで眠っている。
――その日の夜、俺は謎の音で目を覚ました。
――ガリゴリッ!ガリゴリッ!
という音が、林に響く。
辺りはもう闇に飲まれ、その音以外は何も聞こえない。
唯一の灯りと言えば、寝る前に起こした今は消えかけている焚火だった。
……こんな夜更けに、誰か木でも切っているのだろうか。
しかし、その音は俺のすぐ隣から聞こえていたのだった。
体は、ミーニャの腕が邪魔で起き上がれない。
その音の方向に俺は目を遣る。
すると、一人の見覚えのあるシルエットの人物が、頭に何かを宛がい、
そしてそれは何かを削っている音だった。
「フィアル?何してるの?」
「アル!?……ごめんなさい。起こしちゃったわね。ごめんなさい。こっそりやるつもりだったのに……」
フィアルがやっていた事、それは自分の頭に生えていた二つの角を鑢のようなもので、削っていた。
その削る音が先程の音となって響いていたのだった。
「どうして角を削っているの?」
「それは………この姿だと、周りから亜人ってすぐ分かるでしょう?それに……」
「それに?」
彼女は俯き、一瞬言い淀むが、俺に本当の理由を話してくれた。
「私、人間になりたいの。あなたと同じ人間に………髪色とか目の色は無理でも、せめて姿形だけでも人間になりたいのに………この角は切り落としても削ってもずっと生え続けて鬱陶しいの」
それは………俺は彼女の想いが分からなかった。
見た目が亜人であることで、何か悲惨な過去があったのかもしれない。
しかし、亜人としてこの世界で生きたことが無い俺には知りえることができない事だった。
あるいは、俺があの町の広場で民衆から受けたものと同じようなことなのかもしれない。
「もしかして、毎日ずっと削っていたの?そんなことしたりして、痛くないの?」
「そう、でもこの角は柔らかいし、削っても痛くは無いけど、ただ私のとっては邪魔者なだけ………」
「そうかな?角が生えたフィアルを初めて見た時、かっこいいと思ったけど……」
しかし、フィアルは俺のその言葉を、褒め言葉としては受け取ってくれなかったようだ。
「そう……かっこいい、ね………可愛いじゃないんだ。やっぱりこんな角なんて、無い方が………」
俺は慌てて意味を正しいものへとの、修正を試みた。
「いや、そうじゃなくて、角が生えたフィアルの方が良いと思っただけで………」
「ほんとっ?この角は可愛い?」
フィアルの機嫌はよくなったが、それでも言葉の受け取り方をまだ間違えているようだった。
「フィアルは、その……もともと可愛い……よ!?角があっても無くてもそれは変わらない、し!」
「アルが言うなら………このまま、伸ばしてみようかしら………」
「うん、そうしなよ!伸びきった角のフィアルも見てみたいから!」
しかし、フィアルは複雑な表情を浮かべている。
「いや、でも人間に変に絡まれたくないから、そのミーニャの故郷に行ってからにしたい、かな?」
それは、彼女の昔の経験から来るものなのだろう。
俺も、それが何か詮索したりするつもりはない。
「そっか………じゃあ、それまで楽しみにしてるよ………」
「うん!きっと驚くと思うわ!」
彼女は薄がりの中、俺に目いっぱいの笑顔を見せる。
そういえば、一つ忘れていたことを俺は思いだした。
「そうだ。フィアル、メイが俺に渡してきた物があるんだけど………」
「あの女が……?」
そう、それは、メイがミーニャたちの戦闘の最中、俺の懐へ入れてきた二つの硬くて小さい物の事だった。
あの時のメイの様子から、万が一俺が彼女の元から離れた時、俺に必要なものを渡してきてくれたんじゃないかと思っていた。
何か気になることも言っていたが、それを含めて中身を確かめたい。
「俺の服の裏に入っているんだけど、自分じゃ取り出せなくて……ちょっと手伝ってほしい…」
「わかったわ!」
フィアルは手に持っている物を置き、俺の元へ寄ると、服の裏をまさぐり始めた。
「くすぐったい」
「ご、ごめんなさい……あ!これだわ!」
そう言うと俺の服から引き抜いたフィアルの腕には、二つの小さな物が握られていた。
暗くてよく見えないが、それは瓶?なのか?中には謎の液体が入っている。
――すると、その中身を見たフィアルはさっきまでは朗らかだったのに突然、顔を顰め何も言わなくなった。
「……フィアル?」
その突然の変わり身に、俺は体に寒気が走り、恐る恐る彼女の名を呼んだ。
「………………」
俺の問いには答えず、フィアルはずっと二つの瓶の中身をただ見続けていた。
俺に彼女の思考が読めるはずもなく、ただただ静寂な時間が流れていくのみ。
そして、フィアルは俺に静かに告げた。
「アル、これ二つとも私にくれない?」
「それをどうするつもりなの?」
「………売却してお金に換える。それがこれの一番いい使い方よ」
「それが何なのか、フィアルは知ってるの?」
「今の私達には必要ない物よ。だったら売ってこれからの路銀にした方が、アルのためにもなる」
「そうじゃなくて、中身は何なの?」
「………アルは、知らない方がいいと思う」
それは、メイと同じようなはぐらかしだった。
人からの厚意かどうかはともかく、貰った物を勝手に売るというのは、人としてどうなのだろうか。
いや、でも――
「………そう……でも、売るっていうのは俺の事を考えてくれた結果だよね?」
「それはもちろん!当たり前じゃない!」
「………………」
「………………」
二人とも押し黙り、何故か気まずい空気が流れる。
……根拠は無い。しかし、フィアルは何かを俺に隠している気がする。
でもフィアルはいつも俺の事を第一に考えてくれる。
だからその行動も、きっと俺のためへの何か意図があるものなのだと思っていた。
夜はさらに更けて来た。
話すこともこれ以上思い浮かばないので、この会話をもう終わらせることにした。
「………じゃあ、俺はもう寝るね。フィアルも早く寝てね」
「うん!これが終わったら私もすぐ寝る!」
そう言って俺は再びミーニャの上で眠りに付いた。
――その後に林に響く削音は、どこか調子が良く、楽し気なものだったそうな……
その後、ミーニャの故郷に到着した彼らは、そこに住む亜人達の旗頭となり、そして彼らのために大業を成す。
しかし、それはここでは語られないまた別のお話なのです。




