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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
8/88

8,食堂にて



 俺はミーニャの言葉に釣られるがまま、部屋の中に足を踏み込む。

 先程のミーニャの怯え具合は尋常じゃなかった。

 屋敷の主たるメイスザーディア様はきっと厳格な方なのだろう。

 メイド長がその呼び名や言葉遣いを改めるように言うのも今なら頷ける。

 決して粗相が無いように決心を固める。


 すると部屋の奥からその声はした。


「いらっしゃい。もう待ちくたびれたわよ。」


 夜明け前、寝起きと共に聞いた気品のある声だった



 ◇◆◇◆


 その部屋は俺が使っていた寝室よりちょっと広いくらいで、広すぎると落ち着かなくなる俺の性質からすればありがたいものだった。


 部屋にはやはりというか想像通り、縦に長い形の食事机があった。

 しかし、その机の大きさは想像よりずっと小さいものだった。

 椅子は両端の誕生日席を含めて6席しかなかった。貴族というからにはもっと細長いものをイメージしていたのだが…


 その屋敷の主は主なのだが、食事机の両端にある席ではなくその一つ隣の座席を占めていた。


「疾く座りなさいよ」


 それは気品のあるはずの声だが、ぶっきらぼうというか無機質なものに俺は聞こえた。


 しかしそうは言ったものの、机の上にはメイスザーディア様の分を含めて食事が置かれている様子でもない。

 はて?俺はどこに座ればよいのだろう?

 先程、ミーニャのあの怯え切った姿が脳裏に浮かぶ…

 下手なことをすると、ミーニャがああなったように俺も怒られるのかもしれない。


 それは俺にとって本当の本当に嫌だった。

 それはかつて俺が心に疵を受けたトラウマが原因だった。


 ああ、おそらく前に自分自身で記憶を消したというこの体の持ち主は俺の日本での記憶をもっていなかったに違いない。

 なぜなら、仮に俺が記憶を持ってたとして消す機会があるのにもかかわらず、その記憶を残しておく理由が一片たりとも見つからないのだから。

 先程、部屋で考えた疑問の一つが俺の中で解消されたわけだが、今の状況はそんなことを考えている余裕は無かったことに気が付いた。


 一先ず、俺は主の機嫌を損ねないように、一体どこに座るのが最善なのか脳みそをフル回転させて考える必要性が出てきた。

 俺はこの場合何処に坐するべきなのかというマナーを知らないし、そんなもの無いのかもしれない、それすら俺は知らない。

 たとえマナーを知っていたとしても、それがこの世界で通じるものだという保証もない。


 彼女は席を指定しなかったのであれば、どこに座っても良いという考えもあるだろう。

 ならば、彼女から一番離れた席にするべきか?

 しかし、それは誰が見ても明らかに歪な配席であると云えよう。



にもかかわらず………





 何故か俺はその席に座ってしまっていた。


 朝から頭を使いっぱなしで物理的に脳内がどうにかなってしまっていたのかもしれない。

 それに加えて、屋敷の主であるメイスザーディア様に粗相がないように細心の注意を払っって意識していたことにより、脳の容量が限界値を超えてしまったようだった。

 俺に意識が戻ったのは席に着き終わった後だ。


 これは考えうる中での最悪の結末だといえるだろう。本末転倒であった。



 ところで君たちは『人間万事塞翁が馬』という言葉を知っているだろうか?

 まあ、とっつき易く言うと、たとえ不幸が起こってもそれが根本的要因となって幸福になる。ということわざだ。

 この状況も、もしかしたら、万が一にでもそうなる可能性はあったのだ。

 思考が一周回って座ったこの席が最善だったのかもしれないのだ。

 俺はそう祈った。



「あんた……そんなに私から離れて食事を摂りたいの!!?」



 …大はずれだったようだ。


 彼女は座った俺を見るなり驚いて一瞬あほ面になった後、無表情な顔になり肩を震わせてうつむいた。

 そして次の瞬間にはこちらを睨みつけ、思いっきり感情の籠った怒声を発した。

 そこには、物事がうまくいかないことに憤慨し、癇癪を起こす駄々っ子のような我儘少女が居た、その瞳に涙をためて。




 俺はその言動を見聞きした瞬間咄嗟に、そして反射的に体が委縮する。

 これはもはや俺の防衛本能といえるだろう。


「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!…」


 気が付くと俺は自分で意識せずその同じ言葉を連呼し続けていた。



 寝室でミーニャに怒られそうになった時、上司の怒声を思い出して身構えたと語ったがそれはそう、語ったのではなく騙ったのだ。

 過去を思い出さないように尽くした俺の一種の防衛本能なのだろう。



 不意に部屋を見れば瞳に涙を抱えた少女と、その場に蹲り呪詛のように同じ言葉しか繰り返さない少年がいるだけなのだった。


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