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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
77/88

74,闇夜の黒白

 


 ある日の深夜――それは、突然の事であった。



 その日も、彼女は一方的に行為を一人で愉しんでいた。


 しかし、急に動きを止めたかと思うと、そそくさと上を羽織り、部屋を出てどこかへと消えてしまった。

 こんなことは、今までに無かった。


 でも、俺にとってはどうでもいい事だった。

 結局は何かこれからの日常に変化が起こるわけでもない。

 毎日はなんら変わらず死ぬまでずっとそうなのだ。



 部屋に俺の求めていた静寂が蔓延り始めた頃、

 それはあまりに前触れもなく訪れた衝撃だった。




 ――パリンッ!!



 今日日無かった外からの著しい刺激――

 それは静謐な俺の寝室を劈くように、俺の恒常的な日々を壊した。

 メイの先程の行動と言い、この謎の音と言い、続け様に起こる出来事に思わず目を見開いた。

 しかし突然の事かつ、部屋に跋扈する暗闇のせいで何が起こったのか、俺には分かりかねた。



 俺は、何が起こったのか、を理解する前に目の前に何かが居る、ということを理解した。

 暗闇の中、薄っすらと人の輪郭のようなものしか確認できない。

 どうせ、メイが一瞬のうちにまた戻ってきたとしか思わなかった。


 しかし段々と暗闇に目が慣れてくると、その陰の正体がメイではない事に気が付いてきた。

 なぜなら、その頭に二つの大きな三角形の突起が存在していたからである。

 そして、それはこれまでに俺が見たことがあるものだった。



 ――それは獣人特有の、頭の上に生えている耳だった。



 それがはっきり分かったと同時に、目の前の影が俺に話しかけてきた。


「――トピア様!やっぱりここでしたか!でも………」



 彼女は首を上下左右に振り、視線を俺の手足に向ける。


「……でも…この手足は…いったい……?それに部屋に充満するこの臭いは………」


 俺はその彼女の疑問に――


「………ミーニャ……?」


 ――そう彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。

 久方ぶりの発声で乾燥した口内では、かすれた声しか出なかった。


「はいそうです、ずっとあなたの傍に居ると誓ったミーニャです。こんな長い事離れてしまって申し訳ありませんでした」



「……けがは、もういいの……?」


 久しぶりの再会だというのに、もっと他に言うべきことがあるであろうに、俺はその程度の言葉が精いっぱいだった。

 ミーニャは俺の場違いな対応にも拘らず、快く言葉を返してきてくれる。

 その声はどこか潤んでいるもののようだった。


「トピア様はどうしてあなた自身がそんなになっているのに、しかも私なんかにやさしいんですか?これ以上私を愉悦に浸らさせてもなにもでませんよ?私はもう既にあなたに最大の奉仕をすると約束しましたから……」



 彼女は俺の返答を待たず、続けざまに俺に想いを聞かせて来た。


「私の怪我はもうすっかり治りましたよ。これも全部トピア様のおかげです。あの女と同等に扱われたのは少し癪でしたが……」


「でも、もういいんです。トピア様がまたこの手に戻ってきたという事が、私にとっては何よりです。本当の本当に………」


「そしてあなたがこの部屋でやっていた事を、私が上書きしてあげます。記憶の片隅にも残らないほど、それこそ何回も何回も繰り返し行って………」



 そして、最後にミーニャは俺の体を抱えて、耳元でこう告げた。


「さあ、もうこんな窮屈なところからおさらばしましょう。そして私と一緒に安全な場所で暮らしましょう」



 ――でも、俺はその言葉を聞いて納得ができなかった。

 だから俺の体を持ち上げる彼女をまだあった腕部分を使って制する。

 そして唾液で喉を潤すとミーニャに言った。



「……もういいよ………」


「…え?なんですか?」


「ミーニャ、もういいよ。もう疲れたの……ここに置いて行って……もう見たでしょ。こんな体で俺は何ができる?…騒ぎを聞いてメイもすぐ戻ってくるだろうし……何の価値もなく役にも立たない不用品なんかに構わず棄てて行ってよ………」


 言葉もたじたじとだが、何とか俺の意志を彼女に伝えることができた。

 これは俺の本心ではないが、同時に心からの叫びでもあった。

 これ以上誰かに迷惑をかけて生きるのは、これ以上何でもこなしてもらって自分は何一つできないのは、罪悪感で押しつぶされそうだった。


 であれば、もうこの屋敷で生きていった方が――



「――何言ってるんですか!」


 しかし、ミーニャは俺の考えを知ってか知らずか、激昂したように全身の毛を逆立てて、俺に更に詰め寄ってきて叱責する。

 しかし、次の瞬間に彼女は優しく俺の頬を手のひらで摩り、戒めるように俺に告げる。



「私の最大の幸せは、あなたの傍に居て、あなたに尽くすことです。私が!私だけが!あなたに尽くせることが私にとってどれほど幸せな事か、あなたは考えたことはありますか!?」



「……でも、人前に姿も出せないだろうし、本当に何もできないよ…?」


「そんなことではあなたを見捨てたりする理由には絶対なりえません!」



「……もうこんな手じゃミーニャを撫でたりもできないんだよ?」


「それは……ちょっと残念な事ですが、

 何度も言いますが私はあなたの傍に居ることが私の幸せなんです。だから、絶対にあなたを裏切りません!これは絶対に絶対です!!それに、似たようなことやそれ以上のこともまだできます!!」



「…………」


 何か引っかかる言い回しがあったが、でも俺はこれ以上何も言えなかった。

 俺にはミーニャの考えまでは理解できないが、ここまで確固たる信念を面前でいわれて意固地になる必要も無かったのだろう。


 そして、俺に一緒に居た時に何度も見た微笑みで、俺に語り掛けてくる。


「もう、ここに残る理由なんてあるわけないですよね?ならば私ともに、もう行きましょう?私たちが生きていられる時間は有限なんですよ?」



 そう言うと、素早く俺の背中と膝裏にミーニャの腕を当て、所謂お姫様抱っこの格好で抱き上げた。

 おそらく、俺の手でおんぶでは安定できないと踏んだのだろう。


 ふと、夜風が横から流れてくる。

 突然彼女が何処から現れたのが謎だったが、どうやら窓を突き破って来たらしい。

 あの音と衝撃とも一致するが、ここは二階なのにどうやって来たというのだろう。



 そして、俺を両腕に抱えたまま、そして俺の心の準備を待たずに、彼女は突き破ってきた窓から飛び出した。

 彼女の獣人としての身体能力なら、おそらくここまで登ってくることも、人一人抱えて二階から飛び降り事もきっと容易なのだろう。

 さすがにそのままでは危険なので、窓枠に残っていたガラスの大きくて鋭利な破片は取り除いていた。



 夜の闇夜の空に舞う二つの影――


 それは何かに比喩できるようなものではないが、ただその身のこなしはあまりに艶やかであったとだけ述べておく。

 そして、黒白(こくびゃく)の身体を持つ影の片割れの顔は、一度無くした宝物をその手に取り戻したかのような至上の笑みを浮かべていた。




 ――そして、俺は外に出てその光景を見た時、メイが何故突然部屋から出て行ったのか。

 そして何故あんなに大きな音が起こったのに、部屋にすぐ戻ってこないのかを知ることができた。


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