62,推測
「――出て行ったってどういう事!?じゃあ二人はこの屋敷にはもういないって事?ミーニャは起きていたの?」
俺はメイに問い詰める。
「説明してあげるからちょっと落ち着いて……あなたが食堂で寝落ちしたから、ここに運んだの。そのあと彼女らの部屋に行ったら、二人とも既に起きてたわ。だから事情を説明して、少しばかりの迷惑料としてお金を上げたら、ふたりとも納得して勝手に荷物をまとめてその日のうちにここから出て行ってくれたわ」
彼女は丁寧に説明しくれるが、相変わらずその言葉を語る様子は無感情だ。
ミーニャが目覚めたという事に俺は少しばかり安堵できるが、それ以外は不可解な事ばかりだ。
――二人が勝手に出て行った?意味が分からない。
なぜいきなりそんなことになったのだ。
いや、メイの言葉を信じるなら、その文面通りなのだがなぜそうも易々と出て行ったのかが謎だ。
彼女らがどういった思考を得て、屋敷を退いたかが理解できない。
「なんで……そんな簡単に引き下がったんだ……?」
その独り言は俺の本心を代弁したものだった。
しかし、メイはそれを聞くと不思議がるように俺に聞いてきた。
「それは別に何か不思議な事でもないでしょ?彼女らがあなたと一緒に居たって何もいい事ないじゃない。だったらここに留まる理由もないでしょ?」
彼女はさも当たり前のことを言っているように俺の疑問に答える。
その言葉は俺の自尊心を切り裂いた。でも確かに彼女の言う通りだった。
俺が一緒に居ることで彼女らに実質的なメリットは一切ない。
タダ飯喰らいの穀潰しの上、俺がいて何か役に立つわけでもない。
少なくとも屋敷の外に居るときはずっとそうだった。
……あれ?もしかして俺って彼女らにとって邪魔者だったの?
「それとも他になにか腑に落ちない事でもあるの?隠し事なんかしてないではっきり言った方がいいわよ?」
俺の心配をよそに彼女はそう続ける。
隠し事、その言葉を聞いて俺は後ずさる。たった今していた心配事が頭の中から消え失せて、嫌な記憶を呼び覚ましたからだ。
昨日襲われたあの原因不明の現象。またあの不可解な症状に体が脅かされるのでは、とつい身構える。
ただでさえ俺は他にも原因不明の現象を患っているのに、これ以上増えるのは本当に厄介だ。
それもそうだし、あの動悸が激しくなる現象は文面では伝わりにくいが、本当に苦しい。
短時間で収まるところが唯一の救いだが、正直言って二度と味わいたくはない。
何とかあの現象が起きないように何か抑える方法が無いものか、俺はこの刹那の時間を使って思索する。
夜に眠くなる現象同様、発作が起きるタイミングに何か共通点があるのではと思う。
メイが俺に何かした、またはしているのは確実だ。
そしてこの場で昨日と同じ共通点と言えば、隠し事という単語の他には、俺がメイに手を握られている事が挙げられる。
もしかして、これなのか?この手が原因なのか?
確信があるわけでは無い。でもそうだとしたら、彼女が先程から手を握り続けている理由も説明できる気がした。
魔法なんてものも一応存在している世界だ。現実世界の常識に囚われた思考はほとんど意味がない。
――俺は急いでメイの腕を振り払った。
「――きゃ!?」
メイは少し驚いたようで、少しばかり声を上げた。
俺はそれに構わず掴まれていた方の手を確認する。
昨日と同じく強く掴まれていたが、何か痕跡が残っているわけでもない。
原因がこれだとはっきりしたわけではないが、可能性は一つでも排除したい。
「…いきなりどうしたのよ?勢いよく突然動いたりして……」
メイは心外そうに目を丸くしてこちらを見つめながらそう言った。
その様子から察するに、本当にメイにとって予想外の出来事だったようだ。
もしかしたら、彼女の反応で何か分かるかと思ったが、これだけでは俺の推測が確証を得るまでには至らない。
「何でもない。何でも――」
…昨日と同じようなセリフを言ってみたが特に体に反応はない。
やはり俺の推察が正しかったのだろうか。
――結局何も分からず仕舞いだが、この件は一先ず頭の片隅に置いて話を進めよう。
「ごめん。メイの話が突拍子もなくて驚いていただけだよ」
そう言った瞬間にどうだろう。たった今隅に置いて置こうと思った現象が再び俺の体に起こる。
「――ううっ!?」
激しい動悸、心臓がはじけた様に脈が急激に速くなる。
それに伴い、呼吸が荒くなり、激しい頭痛のせいで意識を保つのがやっとになるあの現象。
吐き気が無いだけまだましに思えた。そして俺はその場に膝から倒れ込む。
――大丈夫だ。昨日と同じならすぐに収まるはずだ…
俺は床に突っ伏しながらも、ゆっくり呼吸を整える。
「――トピア、大丈夫?苦しくない?」
そうこうしている間に、背中に何かが当たる感触があった。
どうやらメイが俺の背中を摩っているらしい。
心配しているような声をかけてくるが、いまさら白々しい。
昨日同じ症状だったときは何もしてこなかったくせに、いまさら何なんだよ。
メイの行動には一貫性というものをあまり感じない。
…ようやく呼吸も心拍も落ち着いてきた。
彼女のその言葉には答えず、俺はゆっくりと立ち上がる。
「トピア……?」
彼女が椅子に座った状態で立ち上がった俺を見上げている。
そしてまた心配そうに声をかけてくるが、相変わらず俺は彼女の問いには答えず――
「……ちょっと一人にしてくれない?」
そう言うのが俺の限界だった。なぜなら俺は今、怒りに震えている。
だってそうだろう?俺がこんな症状に襲われるのは、明らかメイが原因だ。
だというのになんだ?メイの対応は?
まるで心配しながらも、さも裏で俺をあざ笑っているかのような感覚に襲われた。
まるでかつてのあの小学校の担任かのようだ。いじめの事を相談しても結局心配するだけで、何も対策を講じないクソみたいな大人。
ああもう、何で今まで忘れかけていたのに、過去のいやな記憶ばかりを思い出してしまうんだ。
…もうこれ以上はやめよう。
「――分かったわ……」
俺か過去の記憶に苛まれている時、メイのその声が俺を現実に引き戻してくれた。
彼女の事だから、てっきりすぐには立ち退いてくれないかとも思った。
だがメイは俺の様子を見るとそれ以上追及するようなことはせず、黙って部屋を去ってくれた。
そして去り際に一言、更に俺に謎を残してくれた。
「――もしその苦しみを味わいたくないなら、これ以上私に嘘をつかない事ね……」
………その言葉の意味はよく分からない。
とにかく、直近で訳の分からない事が多く起き過ぎている。
一旦整理する時間が欲しかった………
――俺はベットに潜り込むと、現状を整理し始めた。




