60,計画
「――きっと何かあの女たちに吹き込まれたんでしょ。そうよ!じゃなかったらあなたがこんなに怯えることも無かったでしょ?」
俺の決意を他所に、メイは何食わぬ顔で俺に囁き続ける。
怯えるというのは、先程の俺の様子を言っているのだろうか。どちらにせよ、もう至極どうでもいい。
俺はもがき、メイの抱擁から抜け出すと一呼吸置いて何も言わずに部屋から出る扉に向かった。
後ろからメイが訝しがるように聞いてきた。
「トピア、いきなりあたしから離れたりなんかして何処に行くの?」
「どこでもいいでしょ――」
やや苛立ちを込めた声色でそう言った。
実際に今俺は、そんなことに気を使っている余裕は無い。
俺の頭の中で屋敷から出るための計画を練っているからだ。
この屋敷からの脱出はそう簡単ではない。何せあの馬鹿みたいに長い森の中の道を進まなくてはならない。
その後も町までには徒歩では何日もかかる。俺一人では命が五個くらいはほしい所だ。
そう、俺一人では、だ。
ミーニャとそれに加えてフィアルも一緒に居てくれれば、命なんか消費する必要すらないだろう。
ん?なんか、俺が一方的にミーニャやフィアルを便利なものとして扱ってしまっているが……
一方的に利用されるだけでは彼女らも納得いかないだろう。
今は無理でもいずれは、何か見返りを用意しなければ……
ミーニャはそうだ。いっぱい撫でてあげよう。
そんなのでいいのか、と思われるがこれは彼女自身で俺に提示した見返りの仕事内容だ。
結局一回しかその仕事は出来ていなかったのだが……
フィアルは……そうだな…、要相談だ。
ともあれこの計画には一つ大きな問題がある。それはメイの事だ。
彼女は俺を屋敷から出させるわけがないのだ。
その理由は定かではないが、とにかく俺が屋敷からいないことが分かれば、すぐにでも後を追われるだろう。
それで捕まって連れ戻されてしまっては意味がない。
不幸なことに屋敷のからあのカロスの町までは一本道しかない。
途中で分かれ道があればどこかで追跡を負けるかもしれないというのに。
どうするべきか、メイを縛り上げてから抜け出すか?
そのうち縛られているメイが、屋敷のメイドに見つかって縛られたままと言う訳になるまいし、時間も稼げるが……
いや、ダメだ。メイはおそらく夜中も移動できる手段を持っている。
俺たちがこの屋敷に行く途中、夜中だというのに馬車が早い速度で移動できていたから分かる。
この世界に街灯があるはずもなく、夜中は星明りもほとんど無く暗すぎて俺たちは移動できない。
だから町に着くまでにほぼ確実に追いつかれる気がする。
いっそのことメイを縛り上げて一緒に同行させるか?
うーん、いずれにせよ、メイが近くに居るのはリスクが高すぎる……
何はともあれ、メイにはバレない様に、ファアルとこっそり話し合おう。
もしかしたらミーニャももう目覚めているかもしれない。
――俺は、考え込みながら、食堂のから出ようとした。
でも俺が意識を保ったまま食堂から出ることは叶わなかった。
なぜなら俺は急激な眠気に襲われたからだ。
本当に突然としか言いようが無かった。
意識が朦朧として足もそれに追随するかのように覚束なくなり、俺は食堂の床に倒れ込む。
――この感覚には覚えがあった。
ミーニャと数日間ともに旅をしていた時、夜の食事の後によく起きていた現象と同じものだ。
――何でこんなところで………
これは持病か何かなのか、それとも他に原因があるのか。
フィアルにでも聞いとけばよかったかもしれない。
思えばこの屋敷から出た時から、この世で界の俺の生活は平穏というものが無い。
それはまるでこの屋敷に留まれと、神にでもに言われているような気分であった。
――そして微かに残った意識がメイの声を掴み取った。
「――あらあら、お腹いっぱいで眠くなっちゃった?こんなところで寝ちゃだめよ。ベッドに行かないと………」
――それがこの場での俺の最後の意識だった。




