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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
58/88

55,思惑

 


 ――部屋から出てきたメイは、扉を閉めるとふらふらといた足取りで目の前の通路の壁にもたれ掛かる。



 顔全体を覆うように添えられた手、その指の隙間からメイが持つ瞳がわずかに見える。

 彼女の瞳は本来新緑のような明るい緑のはずなのに、今の彼女のそれはひどく淀み切っている。


 ――その理由は単純明快、トピアの事だった。

 極度のうつ状態に苛まれながら、彼女は覚束ない思考を巡らせる。





 ――自分でもよく抑えられたと思う。

 彼に自分が信用で出来ないなんて言われた時、胸が張り裂けそうになっていた。

 まるで世界の全てに絶望した時でも、こんな思いはしなかった。


 でも、あそこで取り乱した態度を彼に見せたりでもしたら、まためんどうな女だと思われてそれこそ失望されてしまう。


 彼にどこまでの記憶が残っているかは分からない。

 今まで何回も他の人間で治験したはずなのに、なぜか彼に表れたのは治験では一度も無かった症状。


 彼が屋敷から逃げたのも、きっとそのせいだ。治験通りに効能が出たのなら絶対そんなことにならなかった。彼の様子がおかしかった時に、もっと用心深く様子を見るべきだった。



 過去と同じ過ちは絶対繰り返さない。どうしたら、彼から信頼を寄せられ、彼に取り入ってもらえるのか。

 また彼に見向きもされなくなったら今度こそ自分は……


 それと彼からのあの目、あれは本当に耐えられない。かつてですら自分にあんな目は向けられなかった。

 …もう、なりふり構っていられない。何とかして、何とかしなければならない。


 でも彼から見たら今の自分の信用度は、あの呑気に眠りこけている連中より劣っているらしい。

 でなければ、自分がしっかり握っていた手を振り払ってまで、あの者らの元なんかに行かなかったはずだ。


 彼の望み通りにあいつらを助けたというのに……

 あの場で見殺しにしても良かったがそれこそ彼からの軽蔑の目を向けれる気がした。



 いや……呑気だったのは自分の方か。

 彼のためとはいえ、屋敷を留守にしてしまい、彼を見つけるのがこんなに遅れたのだ。

 当然の報いなのかもしれない。だがそうであってはならない。


 これから、時間をかけて信頼関係を育むのも手だがそれよりも……




 ――あそこに寝ている奴らの彼から信頼を、貶めてやった方がはるかに手っ取り早い…



 そうだ、そうしてしまえばいい。時間なんかをかけたりなんかをしていたら、それこそ呑気だというものだ。

 もしそれでもだめなら、今度こそその時は……



「――あはっ、あはははっ!」




 ――彼女は隠そうともせず、それでも努めてほくそ笑みながらまたふらふらとした足取りで、何処かへと向かうのだった。



 ◇◆◇◆




 ――メイの後から食堂に向かおうとしていた俺だったが、思わぬ出来事により足を止めざるを得なかった。



 ――その出来事というのは、フィアルが目覚めた事だった。



 俺が扉に手を掛けた時、後ろから謎のうめき声が聞こえたことにより、それに気づくことができた。


 俺はフィアルが眠っているベットに駆け寄ると――


「――フィアル!?フィアル!!」


「うぅーむ……?」



 目覚めたと言ってもまだフィアルの意識はおぼろげだった。こういう時なんて声をかければいいのか分からない。


 やがて、彼女の目が開かれる。

 本来垂れ目に近いはずだったフィアルの目尻は吊り上がっていた。寝起きで目付きが悪くなるというやつだろうか。



 彼女の顔色はまだ良くはなっていない。どう見ても具合の悪そうな顔をしている。

 むしろ、一日で目覚めるまでに回復しきっている方が異常なのだろう。

 メイの治療の腕が良かったのか、それともフィアルの体の自然治癒能力でも高いのか…


 ――俺は徐に部屋にあったもう一つのベッドに視線を向ける。


 ミーニャはまだ目覚めてはいない。だからその事から思うに、おそらく後者なのだろう。



 フィアルがベッドからゆっくりと体を起こすと開口一番………



「――最悪だわ…」


 そう一言だけを呟いた。


 俺はその言葉を聞いて少し安心した。悪態をつくだけの元気は一応あるようだ。

 俺は彼女を気に掛けながら声をかけた。


「喉とか毒とか、その、具合はどう?」


 顔色的に大丈夫なわけがあるはずもないが、それでも聞いてみる。


「最悪よ………悪夢だわ。整ってない髪と寝起き顔をアルに見られた……」


 フィアルは先程と同じことを繰り返すと、そう続けた。そしてそれは俺の質問の答えにはなっていなかった。

 

ミーニャもそうだが、フィアルも喉を矢で射抜かれている。

 その矢で声帯などが損傷したのかは謎だが、喋れるという事は思っているよりずっと状況は良いみたいだ。



 ――そして、両手をこちらにゆっくりと伸ばしてくる。


 …??

 手を取ればいいのか?一瞬そんな事を考えていたが、彼女はそれ以上の事を考える暇を俺に与えずに――



 ――俺の服と手を掴んで、ベッドに引き釣り込んだ。


「うわ?!」


 それが短い悲鳴を上げるが、フィアルは関係なく俺に抱き着いて言って来た。


「ありがとう!約束を守ってくれて!ありがとう!ありがとう!!」



 今まで最悪と言っていたのに、彼女の表情は今まさに人生の最高潮かのような弾んだ笑顔だった。




 ……一瞬でフィアルの顔が目の前に来る。

 先程撫でていた空色の髪、そして水色と黄色の美しい瞳、それらをこんなに近くで見たことは今まで無かった。



 ――だから思わず口から零れた。



「――綺麗……」


 俺の完全なる無意識の発言――

 そう言うとフィアルの顔が急に嬉しそうになる。そしてその双眸が更に輝きを増す。

 彼女はその顔のまま、俺に勢いよく聞いてきた。


「なにが…!?」


 特に意識してなかったので俺は、その不意打ちにまた思わず言ってしまう。


「フィアルのその瞳が……ね」


「どっちの瞳の方が綺麗?!」


 間髪入れずにそう聞かれた。


 ――そんな事考えた事も無かった。

 そもそもどちらかに優劣を決める必要があるのか?

 彼女の唯一無二の瞳の色合いは、二つ揃ってこその美しさだ。


 だから俺は答えた。


「両方とも綺麗だよ!」


「どっちかって言うならどっち!?」


 それでもフィアルはしつこく食い下がってきた。

 これは、彼女の納得いく回答を得るまで続きそうだった。そこまで俺に決めてほしいのか?


「……どっちも綺麗なんだけど……どちらか決めないとダメ?」


「両方はさすがに無理だから!」



 ――ん?彼女は何を言っているんだ?

 両方は無理?その言葉の意味が俺には理解できない。

 んーでもまあ、とりあえず決めてほしいなら一度考えてみるくらいはいいだろう…


 …どちらも決めがたいが、まあ強いて言うなら黄色い方の瞳かな?フィアルの髪も左の瞳も水色系だから、それに際立って右目の黄色が黄金のように綺麗に映る。


 俺はフィアルにそう告げると――



「――うん!分かったわ!じゃあこっちの目をあなたにあげるね!今は無理だけど、この騒動が一息ついたらね!」



 そう言うと、フィアルは自身の右目を指差すと、俺にそう告げた。



 ………あ?どういうことだ?


 目を他人にあげるというのは、もしかしてこの世界では何か儀式的な意味があるのだろうか………


 まさか本当にあげるわけじゃなくて魔眼を授けるみたいな、何か言葉の綾かだと思っていた。



「いや………あの………」


 困惑しながら、俺は言い淀む。するとフィアルは俺の疑問に気が付いたのか説明を始めた。



「――大丈夫!腐らないように表面を加工して、その上で保存液に漬けとくから、劣化して汚くなったりはしないよ!」



 それは確かに説明だったが、俺の求めているものではなかった。

 彼女が何を言っているのか、そのよく意味は分からないが、それがなにか良くないという事だけは理解した。


「目を人に渡すことに何の意味があるの?」


 フィアルの言葉は、終に俺の理解を超えた。だから恐る恐る聞いた。



「……?――あなたがまた綺麗って言ってくれたから、いっそのことあなたにあげようと思っただけだけど?」


「いらない!貰っても困るし………」


「えっ――?」


 段々彼女がしようとしていることが分かってきた。それはもはや常人の考える領域を超えている。

 俺は気持ち悪いというより恐ろしくなり、速攻でそれを否定した。



「いらないの!?もしかして、瞳が綺麗っていうのは嘘なの!?」


 何故か彼女は慌てふためいて俺に更に顔を近づけてくる。

 いや、そんなことは言っていない。なぜ彼女はいつも逸脱した思考に陥るのだろう。

 しかし、俺は冷静に返す。


「どっちか片方だけだと、瞳の綺麗さがほとんど無くなってしまうから………」


 またも間を空けずに、そして意を決したようにフィアルは言って来た。



「――分かった!じゃあ両方ともあなたにあげるから!」


「違うよ!!そうじゃなくて!!」


 フィアルのふざけた様子の無い表情、そして彼女の精神状態というか性格なら、やりかねない気がした。

 俺は一旦深呼吸をすると、落ち着いてフィアルを説得する。



「そうじゃなくて、瞳は両方とも揃ってフィアルの元にあってこそ綺麗で美しいんだから!片方でも両方でも無くなったら意味が無いの!」


 説得というにはやや、語気を強めて言ってしまったかもしれない。でもそれくらいはしないとフィアルには聞き入れてもらえないかもしれなかった。



「あっ………そう……なの………」



 ――フィアルはかすれ声で途切れ途切れにそう言うと、やっと落ち着いてくれた。

 でも次の瞬間にはまた、興奮して聞かれた。


「――あなたがそう言うなら、そうする……でも私の瞳が綺麗っていうのは本当なんだよね!?」


「もちろんだから!なんなら髪も綺麗だから!!」




 ――俺がそう言うとフィアルは嬉しそうながらも、どこか悲しい顔をしていた。


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