53,舞い戻り
――俺は、屋敷ある部屋の前に立っている。
夜通し移動して、そこから明け方近くに屋敷に着いてから俺は寝た。
日はもう高く上り、正午を過ぎようとしていた。
この扉の中に俺の目当ての人物が居る。
屋敷についたとき、前にも見たメイドたちにその人は介抱されていた。
その人は失禁していたがために、メイド達には嫌がられていたがまあそれでも服を着替えさせて、肌を拭かれていた。
そう俺はミーニャに薬を飲ませたのだった。
どちらを確実に救うのか、どちらを一緒に連れて行くのかで俺はその時に葛藤していたが、それでも俺は決断した。
そして、もう一人あの場から連れてきた者が居る。
部屋の扉を開けて中に入ると、ベットの上にはフィアルの他に見慣れたものがあった。
――それは、道中も良く見たモフモフの毛の塊に包まれている者。
――ミーニャだった。
――そう俺はどちらかを選ぶなんてことはできなかったのだ。二人の命に差は付けられない。
メイに言われた通り、二人とも見殺しにするなんてことも頭を過ったが、救えるものを見殺しにするなんてことも俺は絶対にできない。
そこで俺が考えた奇策――それは二人に半分ずつ薬を飲ませることだった。
メイは言っていた。薬を半分ずつ飲ませたら、死ぬまでの時間がかなり延びるだけと。
そして彼女はこれに同意もした。完全治癒できなかったのなら、屋敷に連れて行くと。
つまり、まず二人に薬を半分ずつ飲ませることで延命する。
そしてメイは完全治癒できなければ屋敷に連れて帰ると言ったのだ。ならば完全に回復できていないのだから両者とも屋敷に連れて帰らざるを得ないというわけだ。
正直メイがこれを受け入れてくれるか、分からなかった。そんなの無効よ、なんていわれるかもしれない。
でも実際そんなことは杞憂でメイは俺のその行動に笑いながら、受け入れてくれた。
またメイがでたらめを言っていて、そもそも延命なんてできない可能性もあった。
だからこれはかなりの懸けだった。
部屋の奥まった場所に二人は横に並べられている。
首にまっすぐに刺さっていた矢は既に無く、傷口が見えないように包帯が幾重にも重なって巻かれていた。
素人の俺には外見だけで彼女らが命の危険を乗り越えられたのかは分からない。
でも、近くによると小さいながらもしっかりと呼吸していて、まだ生きているという事か感じられる。
俺は部屋の隅にあった丸椅子を二つのベッドに挟まれる形のところに持ってきて、そこに腰掛ける。
それがいつかも分からない二人の目覚めを、俺は何をする訳でもなくただそこで待った。
どうせ、この屋敷でやることは何もない。
あの書庫の本もまだ読めていないものがかなりあるが、どうせ役に立つものでもない。
屋敷探索も入れない部屋があるが、扉を壊したりするわけにもいかないのでこれ以上は無理だった。
――待っている間は何をするか……
ただ座っているだけというのもさすがに退屈だ。
部屋を見渡してみるも、部屋の装飾は他の部屋となんら変わらない。
違いがあるとすれば、小さい窓が一つしかない事と、家具もせいぜい丸椅子がいくつかと、この二つのベットだけで殺風景もいい所だった。
ちなみに彼女らの荷物は全て、この部屋に運び込まれている。
だから、ミーニャのナイフもフィアルの剣もここにある。
俺が気になったのは、フィアルのあのレイピアのように細い剣だった。
魔術具だとかミーニャは言っていたっけか。魔法ではないらしいが、俺からしたら魔法に近しい強力な力だ。
二人が生死の境目を彷徨っているかもしれないというのに、不謹慎だが男の子だし、待っている間にちょっとくらい好奇心に駆られてもいいよね。
俺は椅子から立ち上がり、壁に立てかけられているフィアルの剣をゆっくりとそぉーと手に取った。
フィアルが戦闘中に技を出すには構えが要ると言っていた。おそらくその構えというのは広場で見せた居合のような姿勢の事だろう。
つまり、その姿勢をとればきっと俺もあの技を使えるのだろう。
まあ、今この室内であの技を放ったならどうなるかくらいさすがに俺でも分かる。
逆に言えば、あの姿勢をとらなければ、変に暴発することも無いわけで……
俺は手に持っている剣を何回か振ってみる。
その剣は、刀身も細かったからか思っていたより軽かった。
レイピアは本来刺突用の剣のはずなのにここからあの訳の分からない斬撃が出るとは、敵も夢にも思わないだろう。
好奇心が抑えられず今すぐ外に出て技を放ってみたかったが、万が一暴発して自分にあの斬撃が飛んで来たらと思うとぞっとする。
それに俺はこの部屋で待つと決めたのだ。ここは一旦部屋で大人しくしていよう。
とは言いつつ物色はやめないわけで……
俺はフィアルの剣をもと壁に掛けなおすと、今度はミーニャのナイフを手に取った。これも今までじっくりと観察したことは無かった。
ミーニャのナイフには、全体的に深緑色で刀身にも持ち手にも見たことが無い文様が刻まれている。もしかしたら、ミーニャの故郷由来のものかもしれない。
しかしナイフと言うのも語弊がある。一般的にナイフと言うと果物ナイフかのように小型のものを想像するだろう。
でもこれはそんなかわいい物じゃない。包丁なんかよりも刃渡りが長い大型のものだ。
かといって短刀やマチェットほどの大きさがあるわけでもなく、俺は渋々ナイフと表現した。
そして何より特筆すべきはその切れ味、町に至る時猪のような動物をこのナイフで捌いていたことがあった。
野生で筋張っているはずの肉をミーニャはバターを斬るかのように爽快に切っていた。
さすがに金属までは切れないだろうが、それでもこの切れ味は異常だ。
そして、ミーニャは道中にせいぜい付いた血を洗うくらいで、このナイフを研いだり、手入れをしているような様子も無かった。
俺も小さくてもいいから、いつかこんな武器を持ってみたいなと思う俺であった。
二人の荷物は武器以外にも、小さめの鞄を持っていたのだが、女性の持ち物なのでさすがにそこまでは物色できない。好奇心には抗えなかったので武器は別だ。
一通りのことがやって、俺は再び丸椅子に腰かけた。
俺は左右のベットに目をやる。
ミーニャの姿はいつも通りとして、フィアルはいつも髪を後ろで一房に結っていた。
その髪型は所謂ポニーテールだが、さすがにベットで寝かせるときまで結んだまま、と言う訳にもいかず髪は下ろされていた。
初めて髪の下ろされたフィアルを見たがなんというかそれはとても幼げに見えた。
――と言っても特に驚くべきことでもなく、実際に彼女の身長は俺より低い。だから実年齢も俺よりはきっと低いのだろう。
その空色の髪は見てるだけでもサラサラだという事が分かる。
俺は再び立ち上がって徐に彼女の頭を撫でた。
特に意味は無い。ただ幼い子供の様に見えたからかもしれない。それかミーニャを撫でるときとおなじ感覚だったのかもしれない。
フィアルのあの俺を人質に取るような行動、それははっきり言って俺に悪印象を与えた。
それは確かに事実なのだが、後からそれは悪意を持って行った行為ではないと分かった。
目の前で、自分の受け入れがたい事が起きようとして、それが真正面きて心の整理ができなかったのだろう。
フィアルはそのあとに人前で一生記憶に残るような、思い出すだけでも悶絶するような辱めを受けたのだ。
俺だったら、毎夜悪夢にうなされるような……
フィアルはもう十分すぎるほど罰を受けた。その後のミーニャを脅したことは………きっとこれも今言った罰の件でトントンだ。
今は閉じられていて見えない左右色の違う瞳も、俺の目には神秘的に映る。ミーニャは、それは亜人の血が混じっているからだと言っていた。
そしてフィアルは、亜人と言われるのを嫌がっていたが、俺はこれを彼女の唯一無二の個性だと思う。
――頭を撫でていると、変わった感触にふと気がついたが、思い当たることでもあったので俺は特に気にしなかった。
しばらく撫でていたら、髪が崩れてしまった。ミーニャだったらブラシをかければいいのだが、フィアル相手だとどうすればいいのか分からず慌ててしまった。
ミーニャのブラシがあればなんとかなった気もするが、何処にあるのか分からず俺はとりあえず手櫛でその髪をある程度整えた。
俺は一晩丸々起きていて、朝もよく眠れたわけじゃない。そして、待っている間にいろいろ動き過ぎた。
――やがて俺は椅子に腰かけ壁を背もたれ代わりにして、深く眠ってしまった。




