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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
52/88

49,猜疑

 


「――あたし言ったわよね?その男には傷一つ付けないでって……」



 俺の首を持っていた黒ずくめが、その場で脱力し俺は首に走る痛みから解放される。


 軽く咳込みながら声の方向を見ると、あの見たことのある金色の髪とこちらを見る明るい緑色の瞳が目に入った。



「――なんで……?」


 俺は率直に疑問を吐露した。

 しかし、その彼女は俺の率直な質問には答えず、独り言のように呟いた。



「――あたしの前から忽然と姿を消して……」



 先程放った言葉は、気持ち悪さが残る艶めかしいものだった。それに対し今の言葉は声が震えている。

 この声の震え方は嫌な予感があった。少し前の悶着や何かが起こる前兆のような不快さを感じた。


 実際ミーニャやフィアルがこの声を出した後には面倒事が起こっている。

 だから、今までもそうだったように良くないことが起こる気がした。


 そして――



 ――俺と目が合ったかと思うと、こちらに歩み寄りいきなり抱き着いてきた。


「――ごめんなさい!ごめんね、トピア!あなたをずっと探していたの!」


 突然の謝罪――

 まだ数日しか経っていないというのに、その容姿と声はひどく懐かしいものに見えた。

 なぜだか分からないが、目の前にいることに実感が湧かなかった。



 “メイ”――

 前と同じ服、前と同じ声、前と同じ容姿、見た目は全て同じであるはずなのに、前に感じたものが今のメイからは感じなくなっている。

 それが何なのかは、うまく言語化できない。例えるなら、それは貴族としての気品とか、お淑やかさなのかもしれない。



「怖い思いさせちゃって本当にごめんね。でも屋敷から勝手に居なくなったらだめなの」


 彼女は俺の頭を撫でながら、耳元で囁いてくる。

 いや、俺が屋敷を出たのはあのよく分からないオッサンのせいなんだが……

 メイはそのことを知らないのか…そもそも何で俺の居場所が分かったのか。黒ずくめたちとはどんな関係なのか……

 聞きたいことは無尽蔵だ。



「――さあ、帰りましょう!あたしたちの住まいへ!とっておきのサプライズも用意したんだから!きっと、いや絶対気にいるわ!」


 そして、俺を抱き着きから離すと、俺の手を引いて部屋の外へ歩き出そうとする。





 恐ろしいことに、メイはこの部屋の惨状を目の当たりにしても、さも何もなかったかのような振る舞いだった。

 俺は慌ててメイに掴まれた側の腕を引っ張り戻す。


「待って!フィアルとミーニャを助けないと!!」



 今まさにこの二人は、首に刺さったままの矢を手で押さえながら動けていない。


 喉元のど真ん中に刺さったその矢は、気管も蝕んだのか。

 二人して声を発さず、嗚咽のような掠れた音しか出さず、呼吸の度に損傷部から血が少しずつ流れていく。



「何言ってるの?早く帰って、今まで育めなかった時間を一刻も早く取り戻さないと…!」


 メイは俺の悲痛な叫びを聞いてもなお、困ったような笑みを浮かべるだけで、俺の言葉は流される。

 再び俺の腕を力強く掴み、そしてもっと強く引っ張られる。



「そうじゃなくて…!ミーニャたちを――」


 俺はミーニャを指差して説明しようとした。



 しかし、メイはと言うとミーニャに視線を向けるが――



「――??…誰?それは?――」




 ――俺は絶句した。それはメイが本当に分からないという顔で困惑した表情だったから。


 あれ?俺がおかしいのか?

 俺がこの世界で初めて覚醒した時、ミーニャを紹介したのは彼女ではなかっただろうか?

 この世界の俺の体は、記憶力はいい方だと思ったのだが……

 一抹の不安が頭を過る――


 俺は恐る恐るメイに聞いた。



「フィアルの事は分かるよね?」


 床に膝を突いているフィアルを指差して彼女に問う。

 ――しかしメイは首を傾げ考えるそぶりをするも、やがて閃いたように言った。



「――よく分からないわ!でもそんな事あんたはもう気にしなくていいのよ!!」


 メイは元気溌溂といった様子でにこやかな顔、そして明るい声で言った。

 それは初めて会った時のツンとした雰囲気はほとんど無く、子供の様に無邪気だった。

 以前のメイは非の打ち所が無いと言った様子だが、今の彼女は如才が無い。


 これも俺の記憶と一致しない。フィアルと俺とメイは一緒に居た仲間じゃないのか?



 ……やはりこの人は、いやこいつは、明らかに俺の知っているメイではない。

 見た目は何もかもが俺の記憶の中にあるメイなのに、いやだからこそ際立って立ち振る舞いや雰囲気だけが異質に映る。


 いや、これではそもそもメイ本人なのかすらも怪しくなってくる。ミーニャもフィアルも覚えていないのがその証左だ。


 俺はただでさえ、無理やり連れて行かれそうになっているのに、殊更付いて行く理由が無くなった。



「離して!――」


「えっ!?――」



 便宜上メイと呼ぶが、本人なのか確信が持てなかった。

 俺はメイに掴まれた側の腕をしならせて、彼女の手を払い除ける。

 さっきの黒ずくめ達は居なくなったのだ。そしてこのメイも危害を加えられる様子はない。ならば――


 俺はメイの手を振り切ると一先ずミーニャの方に向かう。



「ミーニャ、しっかりして!」


 しかし、ミーニャは俺の言葉に反応しない。

 彼女の首元からは羽根の付いた棒を生やしている。その表情は苦痛に歪み、俺の方向ではなく虚空ただ一点を見つめている。

 そしてミーニャの柔らかい体毛が血に濡れていた。彼女の首元は特に毛深く、手も添えられているのでその傷口までは見えない。



 相手の武器は室内でも使えるようにか、弓本体も矢の長さもかなり小型化されていた。

 それが幸いで威力が弱かったのだろう。

 矢は首を貫通こそしていないが、矢尻が完全に皮膚の内側に入っているようだった。



 俺はこんな時の最善手を知っている。それは刺さった物を無理に抜いたりせず、医者に任せることだ。

 しかし、さすがにそれがこの場で通用するとは思っていない。


 近くの町の医者に見せようにも、俺たちのいるここが何処なのかも、町までどのくらいの距離があるかも俺は知らない。

 かといって、この場で刺さった矢を無理やり抜くというのはあまりに荒療治、しかもその後の正しい処置も分からない。



 ふと後ろからメイの声が聞こえてきた。好奇心に駆られて不思議がる純粋な者の声で――



「――トピア、トピアは何で死体に話しかけてるの?」




 ――俺はその言葉に思考が完全に停止し、ゆっくりと声の方向を振り返ったのだった。


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