46,形勢逆転?
「――これ随分切れ味の良い刃物ね。おかげで一瞬で縄が切れちゃった…」
フィアルは、手に持つナイフを見せびらかしながら、調子の乗った声でしゃべる。
彼女の股より下は未だ乾いていないが、そんな事気にしていない様子だった。
「――私、さっき言ったわよね。私が受けたそれ以上の恥を与えてから殺してやる。って」
いや、濡れていることを気にしてないだけで、先程受けた恥辱に沸々とした怒りを催しているようだった。
その証拠に、フィアルの右瞼がピクピクと痙攣して、ナイフを構えている。
「――フィアル!話し合うんでしょ!!」
俺はフィアルを宥めようとするも、彼女はどうやら思ったより融通が利かないらしい。
「それならいくらでも時間があるからゆっくり話しましょう。それは、今じゃないけどね……!」
フィアルは俺の言葉に耳を貸さず、臨戦態勢を崩さない。
なんでこんなにも彼女らは、融通が利かないものなんだろう俺は思った。
その融通というのも俺の都合で考えて、意味を穿き違えているものかもしれない。
しかしそれでも、こんなに無益な争いをすることの意味が俺には理解できなかった。
人間というのは、追い詰められている時だけ神頼みをして、平常時には神なんて基本信じない。
フィアルも前例に従って、追い詰められていた先程は“話し合おう”と俺に懇願してきた。そして、俺はそれに一考した。
でも余裕がある今のフィアルには、俺がお願いしても即決拒否される。
今朝からの疲労が蓄積していたことも相まって、思い通りに事が運ばないことに若干の苛立ちを覚えてしまった。
これ以上の独りよがりな独白はもうおしまい!
対するミーニャの所持している武器は、俺の見た中ではあのナイフ一本だけだった。
しかし、それもいまフィアルの手の中だ。つまり、今ミーニャは丸腰だった。
そしてまずいことに、標的にされているのもミーニャだ。
他に武器になりそうなものといえば、フィアルが使っていた剣なのだが…
それも生憎、フィアルの左後ろに置いてある。幸いなことにフィアルはまだ認知していないみたいだ。
それでも、ミーニャが不利なのは変わりない。
俺は他人事のように語っているが、これでも何とかしようと思案を高速で巡らせている。
フィアルはミーニャに釘付けだ。もはや俺のことなど彼女の頭の中で処理されていない。
これなら隙だらけで通常なら絶対できない単純かつ、強力な大技が使えた。
「――あっ!?」
――俺はフィアルに突っ込みそのまま上半身に飛びついた。
正直フィアルの右手に持っているナイフが体に刺さることも厭わなかったが、彼女のその咄嗟の反射神経で右手のナイフの刃を隠した。
飛びついたのにも拘わらず、彼女の体幹が優れているのかフィアルの体はびくともしない。
短い悲鳴を上げるだけで済んだ彼女は慌てて俺に言ってくる。
「アル!離れて!その、今私汚いから!!臭いとか……付いちゃうから!!
あ……でも、これは………」
フィアルの言いたいことは分からなくもないが、こちらにそんなことを気にする余裕はない。
丸腰状態のミーニャを助けるためにも、これが一番手っ取り早かった。
俺のこの行動は、決してミーニャ側に加担したわけではない。
ただこのままでは一方的な展開になりそうだったから…
いや別に対等だったらいいとか言う訳でもなく、何とかして場を収めたかった。
でもこれはもう、どちらかの主張が通るまで収まる気配を見せなかった。
実を言うと、この後の展開を全く考えていなかった。
手と足を使って、フィアルを抑え込んだまでは良かったのだが、俺はこれ以上の行動が起こせないし……
正直言うとミーニャ頼みだった。
いやでも今までもそうだった。いろいろなトラブルがあったが、全部ミーニャが対処してくれた。
ミーニャならきっと何とかしてくれる。一種の信頼のようなものを俺はミーニャに抱いている。
しかし、何という事だろう。ミーニャの方に振り返ると彼女はその場から動かず、神妙な顔で視線を横に流している。
まさかとは思うが、絶望的な状況を前に尻込みしているわけではあるまいか。
いや彼女に限ってそんなことは無いだろうと信じたいが……
いや、確かに俺がミーニャの立場だったとしても、具体的にここからどうしたら良いのかというのは俺も思いつかない。
俺がこのままフィアルを開放するのは違うし、ナイフを奪ってミーニャに返すのも何か違う。
でもどうせ二人とも俺の言葉には耳を貸してくれないし……いっそのこと二人とも拘束するか?
そうすれば、嫌でもこちらに話を聞いてくれるだろう。
フィアルも何故か暴れる様子もなく、俺も何かできるわけでもなく、ミーニャは硬直している。
辺りに静かな時間が数秒続く……
しばらくの後、ミーニャが突然俺に語り掛けた。
「――トピア様、ここから今すぐ逃げましょう」
「――へっ?」
あまりにいきなりの事で、変な声が漏れた。
ミーニャが続ける。
「――囲まれてます。しかも数が多い…」
ミーニャのその耳が今までにないくらいピンと立っていた。
――俺とフィアルはそのままの状態で、ただ固まっていた。




