44,信用
――目隠しが外れたフィアルは俺を見ると、急に慌てふためいたように言った。
「――っなんで!?いや……ねえアル早く縄をほどいてほしいの!もうそろそろ限界で……いや、とにかく早く助けて!」
彼女は顔を上げるのが大変な姿勢なのに、ずっと俺の方を見ながら、申し出る。
俺はその前に彼女に問わねばならないことがあった。
「そうして、また俺を殺そうとするの?」
「ちがっ!――あ、あれは、ミーニャを脅すのに必要で……
信じて!!あなたを殺そうとだなんて微塵も思ってなかった!!」
その必死さは何故か――
「じゃあそもそも、なんで脅そうとしたの?」
「そんなの――」
フィアルは涙ぐみながら語った。
「――そんなの、あのまま何もしなかったら、アルの口から絶対受け入れたくない、それを聞くくらいなら、死んだ方がましだと思えるような言葉が出てくると思ったから!あなたが他の誰かに取られるだなんて、例え嘘でもそんな言葉聞きたくない!!」
死に物狂いでの最中、彼女の口から出た言葉は真実を射ているような気がした。
だからといって、信じて縄をほどいたら、また先程と同じ轍を歩む事になるというのはごめんだ。
それでも、もしその言葉が真実なら、フィアルをこの場から解放してやりたいと思った。
疑惑の念を抱いたままではそれも叶わない。だから何か、フィアルのその言葉を、信じるに値する安心材料が欲しかった。
「アル!私に約束してくれたわよね!?絶対に私を見捨てないって!置いてかないって!――まさかまたどこかに消えたりしないわよね!?ね!?それに――」
手足を拘束されたフィアルは、その顔に流れる涙を自分で拭えない。それこそ、顔が雨に打たれたかのようにぐっしょりと濡れている。
その悲惨さと、彼女の必死さに俺は胸のどこかに同情の気持ちが表れていた。
しかし、フィアルの次の言葉は俺を再び疑心を浮かび上がらせた。
「――それに、私と“結婚”してくれるって言ったでしょ!!」
フィアルはこちらに顔を向け追い縋るように俺を見た。まさしく助けを求めるように、突き詰めた。
「――っそれは……」
俺は一瞬言葉が出そうになるが直後に、二の足を踏んだ。
先程も語った通り、俺がそんなことを約束した覚えはない。そんなことは単に否定すればいい話だ。
――でも、でもだ。フィアルのその目が、俺の発言を拒んだ。
彼女のその発言は嘘を言っているようには見えない。
ある意味、俺を信頼してくれている。その証拠に今のフィアルの瞳は、涙に濡れていると同時にそれを打ち消すほどの輝きを放っていた。
――その信頼を打ち砕いたら、彼女はどうなってしまうだろうか。
今朝のあの出来事、フィアルが小川の畔で自傷していた時。
フィアルの瞳が深淵のように底無しに見えた。もしあのまま俺が介入しなかったら彼女はどうなってしまっていたのだろうか。
それと同じかそれ以上の事が、俺の発言で起きそうな気がする。いやこれは自分でも確信が持てるほど、確定している未来だった。
無論、そんなの知ったこっちゃないとフィアルを、切り捨てることもできる。しかしこれは気持ちの問題だ。
――かといってフィアルの言葉を肯定するわけにもいかなかった。
辛い現実を突き付けることには変わりない。そもそも、フィアルが勝手に言っていることだ。でも、だからこそ突き放すように言うことはあってはならない。
俺はフィアルに告げる。
「――フィアル、その……それって……いつそんな約束したっけ…?」
「――えっ……??」
いきなり、否定しても良かったのかもしれないが、俺はそれを柔らかく伝える術を持っていなかった。
だから、一旦緩和材を挟むことにした。
しかし、その緩和材もクッションとしての機能を果たしてはくれなかった。
フィアルの両目からは輝きが失せ、さっきと同じような暗く毒々しいものに変わっていく。
その瞬間になって、俺は初めて自分の過ちに気づいた。
でも、気づいたからといって、他の手立てが思い付いたわけではないが……
「――今朝にそう約束してくれたじゃない………」
一瞬、瞳が絶望に染まった。何故か俺は罪悪感に苛まれる。
しかし次の瞬間には真剣な顔持ちになり俺に訴えかける。
「アル!話し合いましょう?さっきあなたが言ってたみたいに!そうすれば誤解も何もなくなるから!だから、早く縄をほどいてほしいの!!」
フィアルは先程から執拗に縄を解けとせがむ。
拘束されながらも体をもじもじとしながらも同時にくねらせ、俺の方に這いよってくる。
「フィアル、ごめん。また、暴れられても困るから縄をほどくのは………」
俺がそう言うと、フィアルは顔を真っ赤にして泣きはらした目で俺に懇願してきた。
「お願い!暴れたりしないから!!信じて!!二度とあんなことはしないって誓うから!!」
「でも……」
どうしたものかと言い淀んでいると――フィアルは観念して意を決したように大声で言い放った。顔を赤らめて…恥辱にまみれながら
「――トイレに行きたいの!!さっきからもう限界で……だからアル早く!!!早くほどいて!!!」
俺はどうしたらいいか戸惑いながらも、無意識に彼女の拘束を解こうとフィアルに駆け寄っていた。
さすがにそれはかわいそうだと思ったから。俺も人がそんな辱めを強いられるのは気が滅入る。
そして、縄をほどこうと縄に腕を伸ばした瞬間――
――俺の伸ばした腕を右後ろからミーニャに掴んで動きを止められた。
フィアルの目隠しをとってから今まで、ただ黙って、動かずに居たミーニャがここで初めて動いた。
「――トピア様、ダメですよ、縄をほどこうとしたら……トピア様を騙してまた同じことをしようとしているのかもしれませんよ」
ミーニャは笑みを浮かべながら俺に助言する。
「ミーニャ…!どこまで私の邪魔をすれば気が済むの…!!?」
「その元気な様子はやっぱり嘘なんじゃないですか?」
「そんな事あるわけないじゃない!!!」
ミーニャは余裕綽々と言った表情で床に這いつくばるフィアルを見下す。
フィアルの焦りはミーニャと相対して、剣ヶ峰のように見えた。
「――くそ!くそ!!くうぅっ!!」
フィアルは悪態をつきながらも必死そうだ。あまりの不憫さにミーニャに具申する。
「ミーニャ!解いてあげよう?あまりにかわいそうだから!」
「いいえ、もし本当だとしてもこれくらいの罰があってもいいです!」
「そんな……」
ミーニャは俺の手首を掴んで離さない。
俺はどうする事もできず、フィアルの苦しんでいる姿を目にするだけだ。
――やがてフィアルのが限界に達する。
――そして温かい液体が滴る音が部屋に響いた………




